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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白

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36/82

お寝坊さん

 それからの数日、俺はなにもせずダラダラと過ごした。

 先生の荷物は片付けていない。俺は身一つで素泊まり。まるで他人の家を奪って住んでいるかのような気分だ。気分というか、実際そうなのだが。

 背中の違和感には慣れた。


 メシは食堂で食うようになった。


「このところよく来るじゃないか。女ンとこあがりこんでたんじゃないのかい?」

「やめたんですよ」

 食堂のカウンターで、婆さんと他愛もない会話。

 謎の肉をおかずに、白飯を食う。


 テーブル席では、見知らぬ人間たちが、内容の薄い会話をしている。

 俺に言わせれば、もうすべてが終わっているというのに。どいつもこいつも、まだ人間ごっこを続けている。


「ごちそうさま」

 そう告げて、食堂をあとにした。


 *


 神社に入る手前で、背後に気配を感じた。

 だが、あえて振り返らなかった。

 紙を手に取り、記入台で「カーテン」と書く。


「オマエ、姉ちゃんに心配かけんなよな」

「悪いな。そのうち言おうと思ったんだが」

「ま、なにがあったかは、探偵の姉ちゃんが教えてくれたけどな」

 このクソガキめ。

 ぶーぶー文句を言ってくると思ったが、意外と優しかった。


 振り返ると、妙な格好をしていた。

 ジャージ姿だ。サイズがあっていないから、ぶかぶかしている。

 どこかで見たような。


「ん? お前、なんで俺のジャージ着てんだ?」

「もらった」

「誰に?」

「オマエだ。いいだろ。捨てたんだから」

「捨ててない」

 置いてきただけだ。そのうち回収するつもりでいた。

 クソガキは袖のあたりをすんすんとかいだ。

「これ、オマエのにおいすんだよな」

「なんなんだよ。イヌかよ」

「ネコだゾ」

 そうだった。

 イヌが飼い主のにおいに執着するのは知っていたが、ネコもそうなのだろうか?

 なんだかよく分からないが。


「なに書いたんだ?」

「ちょっと、カーテンをな」

「ふーん」

 イチカはずっと光りっ放しで、延々と夕日が差し込んでいるような眩しさだった。さすがに二十四時間連続は厳しい。

 重たすぎるから移動もできない。そのうち床が抜けないか心配だ。


 なぜ先生は、あれを風呂場に設置しなかったのだろう?

 テレビ通話のときに見せるためか?

 まあ、風呂場を占拠されても困るが。


 賽銭箱のような箱に紙を突っ込んで、俺は手を合わせた。

 用が済んでからも、たまこはついてきた。


「どこまで来るんだ?」

「あーしの勝手だろ」

「うちに来るつもりだろ?」

「だったらなんだよ?」

「べつに。煎餅は用意してないけど……。イチカに会ってやってくれ。きっと喜ぶから。でも、ケンカだけはするなよ?」

「おう」

 哀しそうな顔をする。


 俺だって分かってる。

 でも、どうしても受け入れられないのだ。

 もう少し時間が欲しい。


 *


「わ、なんだこれ。眩しいゾ」

「ずっとこの調子なんだ」

 たまこは俺の後ろに隠れた。

 恐怖とかではなく、シンプルに眩しいのだろう。


「なあ、霧島。探偵の姉ちゃんも心配してたゾ? そろそろ顔見せてやったらどうだ?」

「まあ、そのうち、な」

 俺は流しで水を飲み、座布団に腰をおろした。


 この部屋にはソファも椅子もない。

 立ったり座ったりするのも一苦労だ。足腰を鍛えるにはいいのかもしれないが。


 先生の布団を使うのはイヤだったので、座布団を枕にして床に寝ている。

 あいつの私物はいつか捨てないと。


 たまこは勝手に家探しを始めた。

 いろんな戸を開けては閉じている。いろんな、というほど収納スペースも多くないが。


「なんか妙なお札見つけたゾ」

「あんまし触るなよ。危ないから」

「んー」

 聞いてるのか聞いてないのか分からないような生返事。


 この近辺は過疎っているので、あまり人通りがない。

 治安は悪くない。

 というか、なにもない。

 住み始めて数日になるが、近隣に誰か住んでいるのかさえ分からない。獣もまだ出ていない。物音もしない。


 仰向けになると、いつの間にかネコになったたまこが上に乗ってきて、丸くなった。

 なでろと言わんばかりだ。

 まあなでてやるが……。

 イチカが見ている前でくっつかれるのは少し困る。


 *


 どうやら眠りに落ちていたらしい。

 目をさますと、なぜか住人が増えていた。

 侵入者かと思って一瞬、慌てたが……。いやまあ侵入者には違いないな。生倉さんと赤尾さんが缶ビールとつまみで飲み会をやっていた。


 いや、なにやってんだよ。


「あ、起きたかな? お邪魔してるよ」

「どうやって……」

「うーん、それは説明が難しいな。まあ開けたんだよね。ほら、飲みなよ。君のぶんもあるぞ」

 どうせピッキングだろう。

 前に見たぞ。


 生倉さんは無表情でネコをなでていた。

「霧島さん、私は哀しいですよ。こんな形で現実逃避なんて」

「逃避くらいさせてくださいよ。本気でつれぇんですから」

 俺は立ちあがり、流し台で顔を洗った。

 ホントに、なにやってんだか……。


 缶ビールを開けて、一口つけた。

 ぬるい。

 アルコールはそれでも体の内側にじわっと来た。


 酒なんて飲むの、いつ以来だろう。

 まだ逮捕される前、師匠とは何回か飲んだ。だが、ほかに飲み会の記憶がない。というか一緒に飲むような友達さえいなかった。

 長生きするつもりなんてないのに、友達なんか作っても……と思っていた。しかし結局、俺は死ぬことなく、ただ逮捕された。


 生倉さんはまだネコをなでている。

「じつは新規の依頼が舞い込んできて……。あなたにも働いてもらいたいんです」

「どんな仕事です?」

「それは事務所で説明します」

 なぜいま言わないんだ……。


 生倉さんは機械的に手を動かしながらも、やや冷たい目でネコを見ていた。

 まさか、たまこにかかわる仕事なのか?

 だとしたら依頼主は?

 いや、もっと違う仕事かもしれない。

 とにかく、たまこの前では言いたくないということだ。


 赤尾さんはスルメを齧った。

「なんか眠くなってきちゃったな」

「布団用意します? 先生のですけど」

「いや結構。飲んだらちゃんと帰るから」

 いつも寝不足みたいな目をしているから、どのタイミングで寝るのか分からない。


 とっとと帰って欲しかったが、俺はつい尋ねた。

「先生はどうしてます?」

「静かなものですよ。死んでるのかと思うくらい」

 死なれるのは困る。

 殺せなくなるからな。


 生倉さんは缶ビールをこくりと一口やり、こちらを見た。

「そうそう。スーツを新調しておいてください。お客さまと会うかもしれないので」

「その、葬式帰りみたいな黒いスーツを?」

「ええ」


 *


 翌日、ネコを追い返して事務所に顔を出した。

 が、いたのはナツさんだけだった。

「あんら、おはようごじぇーます」

「おはようございます。皆さんは?」

「お寝坊さんですよ。いまおぢゃ用意しますね」

「ありがとうございます」

 人に来いと言っておいて、自分たちは寝坊とは。

 きっとあのあと飲み直して、二日酔いにでもなったのだろう。ダメな大人たちだ。


 部屋からボサボサ頭の生倉さんが出てきた。

「あえ……。来てたんですか? うー……。そうですか。ちょっと準備しますんで、しばし……」

 完全に気が抜けている。

 客と会うからスーツを用意しろと言っていた女が、動物柄のパジャマでご登場とは。


 その後、かなり待たされた。

 なんなら赤尾さんのほうが早く来てしまった。


「お、来たな。ボスは?」

「シャワー浴びてます」

「おいおい、寝坊かよ。社会人としてなってないな」

 自分を棚にあげてよく言う。


「で、依頼ってのは?」

「本館の依頼主から、禁足地にいる知人に連絡が取りたいそうなんだ。ただ、その知人ってのが行方不明でね」

「禁足地? 俺、通行許可もってないですよ」

「大丈夫。もう取ってあるから」

 おいぃ……。

 面倒な審査でもあるのかと思ったのに、そんなにアッサリ入っていいのか?

 禁足地なんて、名前だけだな。

 とはいえ、なぜこの話をたまこの前でしなかったのかは理解できた。たまこは、禁足地の話を聞くとおかしくなるのだ。いまは大丈夫らしいが。


 ナツさんが持ってきたお茶を、赤尾さんは「ありがとう」と一口すすった。

「はー、なごむね。もうここへはお茶を飲みに来ていると言っても過言ではないよ」

 いや仕事だろ。

「俺、普通に入っていいんですか?」

「えっ? 禁足地のこと? 問題ないよ。指の間から相手の情報覗く術あるでしょ? あれで許可があるかどうかはすぐ分かるんだ。あー、でも気を付けてね。あそこで見たり聞いたりしたことを、外で喋るとトラブルになるから。最悪の場合、本館から追われることもあるし」

「言いません……」

 やべーやつに追い回されるのはゴメンだ。

 できるだけ平和に過ごしたい。


「で、今回のターゲットなんだけど、名前は久留須くるすさん。あとは頭にツノがある男性ってことしか分かってない。当然、写真もない」

「えーと、不命者の方? ツノがあるならすぐ見つかるのでは?」

「いや、それが皆さんわりと生えてらっしゃってね」

「……」

 それでは探せないではないか。


「あーでも大丈夫。固有情報は把握してるから。サーチかければ見つかるかもだから」

「前から気になってたんですが、サーチってなんです? 術ですか?」

「そう。わりと初歩のね。けど、そんなに簡単に見つかるくらいなら、うちに依頼は来ないわけで……。まあ不命者は死んでも生き返るから、どこかにはいるはずなんだよね」

「禁足地で見つからなかったら?」

「次は別館だね。依頼主の話では、本館にはいないそうなんで。理由は不明だけど。そういうことらしいから」

 怪しい依頼でなければいいが。


 会話が途切れたところで、ナツさんがつぶやいた。

「けんど、そのシトも、禁足地さ入れんのすごいね? 特別なシトなの?」

 シト――。使徒ではない。ヒトだ。なまっているだけだ。

 この口ぶりからすると、ナツさんは通行許可を有していないらしい。フリーパスではないのだ。なんらかの条件がある。


 赤尾さんは肩をすくめた。

「ま、調理師の免許さえあれば、入るのはそう難しくないけどね」

 調理師?


 そういえば、食堂の厨房が禁足地になっているんだったな。そこが本館と別館をつなぐ通路となっている。なぜそんな奇妙な設計なのかは不明だが。

 そこで本館の調理師たちが働いているということは、きっと俺たちが食堂で食っているメシもそこで作られているのだろう。婆さんが一人で用意していたわけではなかったのだ。

 ずっと疑問だった謎がひとつ解けてしまった。


 ふと、赤尾さんが眉をひそめた。

「にしても長いな、風呂。いつまで洗ってるんだ? そんなに洗うところがあるのか?」

「あんまり言うとセクハラになりますよ」

「失礼。けどボスの風呂で待たされるのは、これが初めてじゃないんだ。もっとサッと入ってサッと出てきてくれると助かるんだが」

 気持ちは分からなくもないが、この話には乗らないことにしよう。

 余計なトラブルはごめんだ。


 彼は盛大な溜め息をついた。

「待ってるのもシャクだし、天ぷらそばでも頼まないか?」

「勝手にいいんですか?」

「あー、いいのいいの。いつものことだから。ナツさんも食べるよね?」

 すると「あいー」と返事があった。

 仕事をしに来たのか、そばを食いにきたのか分からなくなるな。


 だが、いい。

 誰かとメシを食っている間は、哀しいことを思い出さなくて済む。


 正直、みんなでそばを食うという話になって、少し高揚してしまった。

 しばらく誰とも会わないつもりだったのに……。きっと会っているほうがいいのだ。孤立が必要なケースもあるとは思うが。ずっと一人では精神を蝕むこともあるのかもしれない。

 何事もほどほどに、というわけだ。


(続く)

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