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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第一部 青

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15/82

ぶりんぶりん

「ったく、姉ちゃんにも困ったもんだな。勝手に自分で問題を作って、勝手に悩んで、勝手に答えを出して。その全部がズレてんだからすげーよな」


 まだ寝ている途中だというのに、クソガキが話しかけてきた。

 えっ?

 クソガキ?


 俺は飛び起きた。

「お前……人の姿に戻ったのか?」

「は? べつにいつでも戻れるゾ」

 いまソファの席は俺が占拠しているから、クソガキは床に腰をおろした状態でソファに寄りかかっていた。足はまだ回復の途中に見える。

「大丈夫なのか?」

「なんだよそれ。ぜんぜん大丈夫だゾ。まあホントはつらかったけどさ……。でもドジ踏んだのは自分のせいだゾ。次はうまくやる」

「でもずっとネコのまま……」

「あのなぁ。足を怪我してんだから、人間のカッコじゃ歩けねーだろ? でもネコなら前足が使える。そんだけの話だゾ。なのに、心をやられたからネコのままでいるとか勝手に決めつけて。べつにそんなことねーゾ」

 言われてみれば……そうなのか?

 ムリをしていなければいいが。


 クソガキはやれやれとばかりに溜め息をついた。

「それより、オマエもオマエだゾ。あーしのぶんのプリン、姉ちゃんにあげやがって」

「悪かったよ。代わりと言っちゃなんだが、ネコ缶がある」

「それはあとで食う。それより頭なでろ」

 なんなんだこのクソガキは。

 人を叩き起こしておいて、好き放題しやがって。

 やむをえず、俺は頭をなでてやった。髪がボサボサだ。ちゃんと洗ってるのか?


「雑だな。もっといつもみたいにわしわしやってくれよ」

「ふざけるな。お前みたいなガキをなでくり回したら変態だろ。俺がお前をなでるのは、ネコのときだけだ」

「差別だ」

「差別じゃない」

 グルーミングは、人間のガキにやってはいけない。

 たとえこのネコが俺より長く生きてるとしても、関係ない。ガキはガキだ。


「ところで、いったいなんの用なんだ? まさか、俺の安眠を妨害するために来たんじゃないよな?」

 するとクソガキは、腕の力でなんとかソファによじのぼり、俺の隣に腰をおろした。

「べつに。姉ちゃんが泣き始めたから、外に出たくなっただけだゾ……」

「泣いてた? なんで?」

 あの子もいろいろ抱えているのかもしれない。

 このアパートで生き残るのは大変だからな。


 クソガキは盛大な溜め息をついた。

「たいした理由じゃねーゾ。自分で描いたホモ漫画読みながら、焼きたくないとか言って泣いて。うぜーからいたくなかっただけだゾ」

「マジでクソみてーな理由だな……」

 おっとつい本音が。

 心配して損した。

 いや、だが他人から見ればクソでも、当人にとっては黄金ということもある。こういうのを軽んじると、たいてい嫌われるものだ。俺はそれで何人もの友人をなくした。皮肉なことに、そのおかげで一人でいるのにも慣れたが。


「あーし、ここに住むゾ」

「は?」

「は、ってなんだ! この服、ネコのまま持ってくんの大変だったんだゾ。何回も往復して」

「お姉さん、心配するだろ」

 するとクソガキは、限界まで顔をしかめた。

「うるせーゾ。姉ちゃんはいいヤツだけど、あまりにもウザすぎんだゾ。すぐ吸ってくるしな」

「ネコ吸いか……」

「あーしが怪我して動けねーときも、構わず吸ってきたんだ。姉ちゃんの常識どうなってんだよ」

 それは本気でどうかしている。


「けど、待て。部屋にこんなガキを連れ込んでることが知れたら、俺はここにいられなくなるぞ」

「保護ネコってことにしとけよ」

「ネコだともっとマズいだろ。西那さんに見つかったら、マジで大騒ぎになるぞ」

「めんどくせーな。騒がせとけばいいだろ」

「てめぇ……」

 こんな場所に思い入れがあるわけではない。

 べつにどこでもいい。

 ただ、治安についてだけ言えば、ここは格別だ。死の可能性が低い。


 するとクソガキは、急にしょぼくれた顔になった。

「もしかして、あーし邪魔か?」

「えっ?」

「いないほうがいい?」

「いや、そんなこと言ってないだろ。是非いてくれ。ただ、俺だけの問題じゃなくなるから、ちょっと調整の必要があるっていうか……な? そんだけのことだ」

「うん……」

 ギャーギャー言ってきたかと思うと、今度は泣き落としだ。あまりにもズルい。勝てるわけがない。思えば古人も「泣く子と地頭には勝てぬ」と言っていた。


「そう落ち込むなよ。缶詰あるぞ」

「あとで食う……」

「そうか……」

 なにかないのか……。


 ふと、ごそごそと物音がした。

 背後からだ。

 見ると、穴から女が這い出そうとしていた。


「たまちゃん……なんで逃げるの……?」

 お姉さんだ。

 人間の姿でそれをやられると、間違いなくホラーなのだが……。俺も思わず立ち上がりかけてしまった。ちびってはいない。さすがに。


 クソガキは余裕の笑みだ。

「姉ちゃん、ムリすんなよ。そのぶっとい体じゃ穴を抜けらんねーだろ?」

「はい?」

「あーしはここに住むからな。こいつがあーしの新しい家族だ」

「お姉ちゃんも家族ですけど?」

 床を掻きながら血走った目でそんなことを言ってくる。

 本気で怖い。

「戻って欲しいなら、あーしを虐待するのをやめろ」

「なに虐待って!? 私、たまちゃんのイヤがることしてないっ!」

 たぶんまだ夜なのだが、構わず大声で反論してくる。

 近隣住民から苦情が来なければいいが……。


 勝利を確信したらしいクソガキは、ソファにふんぞり返った。

「自覚ないのかよ。ま、そんなこったろうとは思ってたゾ」

「待って、たまちゃん。お姉ちゃんがなにかしたなら謝るから。ねっ? お姉ちゃん、新しいお姉ちゃんになる。だから帰ってきて?」

「なら、まずあーしを吸うのをやめろ」

「えっ、吸うのを……!? たまにでもダメ? なんで? なんでそんなこと言うの?」

 衝撃を受けたような顔。

 だがそんなことで衝撃を受けるなと言いたい。


「そして二つ目。あーしを風呂に入れるのをやめろ」

「ダメよ! お風呂は入って! 毎日!」

 そうだ。毎日入れ。

 前々から洗ってないネコみたいだと思ってはいたが、本当に洗ってないネコだったとは。


「そして三つ目。寝る前にホモ漫画を読むのをやめろ。一人で読むならまだしも、あーしに感想を求めてくんな。これは普通に虐待だぞ」

「それは……ごめんなさい。でもほかに話す相手がいないから……」

「前みたいに友達作れよな」

「作ってもね、いなくなるのよ……」

 急に真顔になるな。

 俺も似たようなものだから、巻き添えでダメージを負ってしまった。人に合わせることをおぼえないとな……。


「そして四つ目。魚が飛び出してるパイを焼くな」

「あれは由緒ある料理なのよ、たまちゃん」

「味はともかく、見た目がヤバすぎんだろ。なんで魚を横じゃなくて縦に差すんだよ。さすがにこえーゾ」

 よくネタにされるスターゲイジーパイか。

 実際に作るヤツがいるとはな。


「そして五つ目。あーしの毛布を洗濯するな。せっかくいい感じのにおいになってきたのに」

「ダメよ! 汚いでしょ!」

 さすがに姉もキレた。

 このクソガキ、人の姿はしても所詮はけものか。


「以上の五つを要求するゾ。反論とか受けつけねーからな。すべて受諾するまで、あーしは戻らねぇ」

「たまちゃん……」

 お姉さんは涙目になっている。

 気の毒な気もするが。

 それはそれとして、早く出てくるか引っ込むかして欲しい。見た目が怖すぎる。


 俺はクソガキの頭を乱暴になでた。

「おい、たま公。俺はネコも吸わないし、ホモ漫画も読まない。パイも焼かない。だが風呂には入らせるし、毛布も洗う」

「えっ?」

「イヤなら帰れ」

「帰るゾ」

 そんなに風呂がイヤなのか。

 即答しやがって。


 だが、次は姉からオーダーが来た。

「あの、でもその前に、ちょっと……」

 頭と片腕だけなんとか穴を抜けているが、そのままフィットして抜けられなくなっていた。

 まあ、向きが逆じゃなくてよかった。


 俺は近づいて行った。

「引っ張ったほうがいい? それとも押したほうが?」

「あの、たぶん押されると首が折れるので」

「じゃあ引っ張るよ」

「お願いします! なんでもしますから!」

 軽率なことは言わないほうがいい。


 俺はお姉さんの手をつかみ、壁に足をかけて引っ張り始めた。

「痛かったら言って」

「痛い痛い痛い!」

 少し力を込めただけなのに、お姉さんは喚き始めてしまった。

 これじゃ抜けるわけもない。

「少し我慢できる?」

「我慢してます! でも痛いんです!」

「そんなに? なら、あとは壁板をぶっ壊すしかないな……」

「あ、それは……」

 そこまでしなくていい、という顔になった。

 なぜ?

 抜けたいのだろう?


 俺は構わず刀を持ち出した。

 黒曜石のような刀身だ。人のわざによるものではあるまい。


「ひっ」

「動かないで」

 俺は木の壁にズブズブと突き刺して、よきところでぐっと振り下ろした。床まで刃が入ってしまったが、まあよかろう。

 刀を引き抜いて、もうひとつ縦に刃を入れる。

 古い板だから、簡単に裂ける。

 あとは横に刃を入れれば……。


「ま、待って! 待ってください!」

「危ないから暴れないで」

「わた、私……このままでいいので、もうやめてください」

「は?」

 なぜだ?

 まあ死んでも生き返るらしいが……。


「あ、そうだ。お姉さんもネコになれるんでしょ? なったら? 俺、あっち向いてるから」

「いえ、そういうことじゃないんです。ネコにもなれませんし」

「そうなの?」

 血のつながった姉妹ではないのか?

 まあそんな気はしていたが。


 たまこがソファから補足した。

「オマエも知ってるだろ。小銭に潰された男の話。その部屋がそうだゾ」

「えっ?」

「正確にはもっと上だけどな。でも重すぎて床が抜けて、だんだん落ちていって、ちょうどそこで止まったんだ。だから小銭がたんまりある」

「ラッキーじゃん」

 俺の率直な感想に、クソガキは溜め息をついた。

「そうやって手を出したヤツは、みんなビーストになったゾ。持ち主が死んでるとはいえ、結局は他人の金だからな。なのに、そうと分かっていても、実際に見ちまったら我慢できなくなる」

「お前は平気なのか?」

「あーしは興味ないからな。だいたい、ここじゃカネなんて流通してないし。持ってても邪魔になるだけだ」

 その通りだ。

 なのに、なぜカネを欲しがる?


 俺は壁を横に切り、板を外してやった。

 お姉さんを引きずり出して救出。


 穴が大きくなったので、俺も中を覗いてみた。


 ああ、金だ……。

 燦然と輝く黄金だ。

 ひとつやふたつじゃない。

 ゴールドのコインが、山となって積もっている。

 月の光を受けて、そのままキラめいている。暗闇の中とは思えないほど鮮烈に。いや、闇の中だからこそ輪郭が際立っているのかもしれない。

 深みのある黄金色こがねいろ。触れたら傷ついてしまいそうな金無垢。


 あまりにも美しい。

 炎をそのまま結晶にしたかのように。


 俺は人生において、金を渇望したことはない。

 希少な金属だということは知っているが、それだけだ。希少なだけならほかにもある。そのどれも俺とは無縁だ。普通に生きていれば、金について考える機会は少ない。

 だが、目の前に山と積まれている黄金を見ると、考えが変わる。


 価値?

 知らない。

 ただこのキラキラを、すべて自分だけのものにしたい。


「あ、あの、霧島さん?」

 お姉さんに体を揺すられて、俺はハッと我に返った。

「ああ、ごめん。ちょっと見とれてた」

「手を出さないでくださいね?」

「そうだな……。そう。手は出さない」

 一枚か二枚なら、記念にもらってもいいだろう。などと考えてしまいそうだが。これは危険だ。獣にもなる。


 俺はつい笑った。

「なるほどね。こいつは使えそうだ」

「おいおい」

 クソガキがあきれたようにつぶやいた。

 だが、なにも自分のものにしたいわけじゃない。

「分かってるよ。使うのは情報だけだ。誰かにこの光景を見せれば、そいつは必ず手を出すだろう。確実に獣にすることができるんだ。いわば、欲を使った処刑装置だな」

「オマエ……」

 たまこは引いてしまった。


 じつは俺も自分に引いている。

 俺はこれまで、師匠のロクでもない実績を見てきた。他者を破滅に追い込む策は、巡り巡ってみずからを滅ぼす可能性がある。もし使うとしても、慎重に進めなければ。


 ともあれ、ただの金属片なのに、じつに美しい光景だった。

 黄金には、一瞬で人を虜にする力があるらしい。

 何度でも見たい。

 いつまでも見たい。

 見ているだけで頭がどうにかなってしまいそうだ。

 だから、きっと見るべきではない。見れば見るほど欲しくなる。使い道もないのに。


 ま、そういうわけだ。

 あとは多賀峰にこの情報を流せばいい。そういえば俺の部屋のテレビは、監視装置になってるんだったな。

 駒は最初から揃っていたようだ。


(続く)

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