侵入者 一
うるさい客人が帰ったあと、俺は壁の穴をテレビでふさいだ。
いまとなっては、穴のほうがテレビより大きくなってしまったが……。なんでもいい。金貨の山を多賀峰に見せるのが目的だ。
しかし狡猾な多賀峰のこと。
自分で取りに来るのではなく、他の誰かをそそのかして使うだろう。たとえば契約している奴隷だ。すると気の毒な奴隷は獣になる。その前に捕まえることができれば、多賀峰の居場所を吐かせることができるかもしれない。
問題は、侵入者がどのルートで来るか。
考えうるルートは四つ。
一、俺の部屋を経由する。
二、廊下からドアを開けて入る。
三、上階から降りてくる。これはいつもクソガキが使っているルート。
四、真下から天井を突き破る。
五、俺の部屋とは反対側の壁を壊して入る。
とはいえ建物を破壊した場合、他の住民たちを刺激することになる。いたずらにリスクを高めるだけで、まったく合理的とは言えない。
多賀峰は、計算もせずに行動するような女じゃない。これが罠だということにも気づくはず。
ただ、たとえ罠でも金を欲しがるのが人間というものだ。必ずヤツは動く。
わざわざ俺の部屋を通ることはないだろう。上階から来れば、誰にも気づかれることなくひっそりと金を回収できるのだ。
問題は、どこまで上につながっているのか、ということ。これは俺も知らない。クソガキにも聞きそびれた。だいぶ高いらしい。
見たところ、梯子まで設置されていた。かつて誰かが使っていたのだろう。
いったい誰が?
そいつはどうした?
まったく手掛かりはないが……。もしかすると金に手を出して、獣にでもなったのかもしれない。金の下に遺骨でも転がっていたりして。
おっといけない。
多賀峰に集中しなくては。
侵入者が現れたら、その瞬間に分かるようにしておきたい。
マキビシでもまいておこうか?
踏んだら悶絶する。絶対に声をあげる。我慢して声を抑えても、転げて音を立てる。そこを捕獲するというわけだ。
だが、テレビを設置したまま罠をはっても、多賀峰にバレる。
一時的にテレビをよけなければ。
その上で、テレビから監視できない位置に罠を設置する。
問題は、俺にその技術がないということだ。
そもそも罠の知識がない。
師匠を頼るか?
あの人も、もしかするとこのテレビを監視しているかもしれない。状況を把握している可能性はある。金に目がくらんでいなければ、俺に手を貸してくれるだろう。
*
罠をどうするか考えているうちに、数日が経過してしまった。
いまいち師匠を頼る気になれない。
食堂でメシを食った。
今日は蕎麦といなり寿司。
ここにはたくさんの住人がいるのだが、その人数分のいなり寿司を、食堂の婆さんがひとりで作ったとは思えない。
だが、そのことを考えている余裕は、いまはない。
軽率に厨房を覗こうものなら、ここを出入禁止になる。
「ねえ、お兄さん。無視しないでよ」
蕎麦を食おうと思ったそのとき、後ろから声をかけられた。
デコの印象的な三千穀舞華だ。そういえばあれから会ってなかった。
「おお、久しぶりだな。あんたらも昼メシか?」
「いや、昼メシか、じゃないっしょ。ずっと探してたのに」
「えっ?」
「あたしら昼休みしか外出できないんだから。この時間に来てくんないと困るって」
それもそうか。
俺は時間など気にせず生きているが、彼女たちはそうではない。
俺は食器を持ち、女子高生たちのテーブルに混ぜてもらった。
「そういや、なんか話の途中だった気がするな」
「多賀峰さん探してるんでしょ? あたしが紹介してあげるってハナシ」
「ああ、そうだった」
それと引き換えに、彼女たちの友人を始末したのだ。
あれは結構な重労働だった。戦闘よりも、ドアを開ける方にエネルギーを使ってしまった。
「でも、ごめん。あのあと多賀峰さんどっか行っちゃって」
「ああ、いいよ。ムリしなくても」
「ムリとかじゃなくて。あたしらも行ける範囲で探したんだけど、全然見つかんなくて」
つまり行動傾向を変えたということだ。
これまでと同じ方法では接触さえできないだろう。
「いや、いいんだ。もう探さなくても。きっと遠くに行っちまったんだろう」
「マジで? それじゃあたし、恩返しできないじゃん」
「気にしなくていい。計画通りにいかないこともある」
この子たちを巻き込んで、またクソガキみたいなことになったら……。
そっちのほうが怖い。
責任を取れない。
するとずっとニヤニヤしていた友人が口を開いた。
「ねえ、そろそろ本題に入ろうよ」
本題?
いまのが本題じゃなかったのか?
三千穀舞華はなんとも言えない顔をしている。
「あー、えーと……。こないだ、学校の図書館に……」
「また獣でも出たのか?」
「違う。ちがくて。その、匿名で本が寄贈されたんだけど……」
「本?」
学校に本を寄贈するなんて、立派なことじゃないか。
なぜ目をそらす?
上になにかあるのか?
友人にせっつかれ、三千穀舞華はこう続けた。
「内容ってのが、あんたの出てる漫画で……」
「……」
「その……男同士で……」
友人たちはケタケタ笑っている。
ホモ漫画だ!
あのクソアマ……。
焚書するとか言ってたのに、焼くのが惜しくなって学校に押し付けたのか……。
「ち、違うの。あたしも途中までしか読んでないから。西那先生がすぐ回収しちゃったし。でも、お兄さん、うちの学校じゃ有名人になっちゃってるから、そこだけ教えとこうと思って」
「……」
あの女、いっぺん話をつける必要がありそうだな。
「ごめん、そんだけ。じゃ、あたしら学校あるから」
「やべ、刀見るだけでウケる」
「やめなって」
女子高生たちは楽しそうにケラケラ笑いながら去っていった。
ネタとして消費するのはいい。
悪いのは、笑えないような状況を生み出す世界のほうだ。
俺はこの世界をよりよい場所にするため、巨悪を排除せねばならぬ……。
*
食事を終えた俺は、すぐさまお姉さんの部屋を訪れた。
前にクソガキを運び込んだから、場所は分かっている。
俺の住んでいるエリアのはるか下。いや上かもしれない。ここでは上下がつながっている。
わりと過疎地域だ。通行人の姿がない。
「失礼。霧島です。います?」
ドアをノックしつつそう呼びかけた。
「わ、わぁ。こんにちは。どうしました?」
お姉さんが、なぜか嬉しそうに顔を出した。
遊びに来たわけではないのだが。
自分のしたことを理解していないのだろうか……。もしかするとサイコパスとはこういうのを言うのかもしれない。
襟のついた服を着ている。部屋着までかわいらしい。かわいいのは外見だけだが。
「じつはさっき聞いたんだ。あんたが学校の図書館に」
「わーっ!」
「なに?」
「な、中で! 中で話しましょう!」
マズい話だという自覚はあるようだな。
屋内の間取りは俺の部屋と同じ……だと思っていたのに、違った。
くっそ広い。
二つの部屋をつなげて使っているらしい。
内装も手が入っているらしく、同じボロアパートとは思えない雰囲気だった。部屋は複数あるし、パステルカラーの壁紙まで張られている。床には大きな絨毯。キッチンにはオーブンまである。ちょっとしたマンションの一室といった感じだ。
クソガキはネコの状態でくつろいでいた。
俺が入ってきたときも、ちらと見ただけで無視。まあネコなどこんなものだろう。
「ところでお姉さん、図書館に」
「い、いまお茶を出しますから! そ、そこ座ってください!」
「はぁ」
低いテーブルの前に座布団が敷かれていた。
俺は遠慮なくそこへ腰をおろす。
「んで、図書館にね」
「わーっ!」
「……」
どうあっても言わせない気か?
だが、なにを言いたいのかもう分かっているはずだ。
むなしい抵抗はやめていただきたい。
お姉さんはポットから紅茶をいれて、俺に出してくれた。お茶菓子まで。
「お、怒ってます?」
「怒るっていうか、あきれてるんだよね。なんでそれでいいと思ったの?」
「学校の子たち、ああいうの好きだから」
好きとかそういう問題ではない。
この子は、本当に他人に対する配慮というものがないのか。しかも善意でやってるから始末が悪い。
「さっき食堂でメシ食ってたら、女子高生から笑いものにされちゃったよ」
「うぅ……」
急に哀しそうな顔をする。
責めづらい……。
「悪いと思ってるなら、まあいいんだけど……」
「許してくれますか?」
「ちゃんと理解してくれるならね」
するとネコがふっといなくなった。
さすがにうるさくなったか。
「代わりと言っちゃなんだけど、例の金のある部屋について教えて欲しいんだ」
「え、代わり?」
「どこから入るの?」
「あ、えーと、ちょうどこの階の……。部屋番号は、霧島さんの階と同じです」
この階なのか。
となると、多賀峰の奴隷もここらへ寄ることになるな。
俺はこの部屋にテレビがないことを確認し、こう尋ねた。
「罠を仕掛けてもらっていい? 侵入者が金に手を出す前に、ちょっと痛めつけたいんだ」
「え、サディストですか?」
「侵入を察知するためだよ!」
サディストじゃない。
一緒にするな。
サイコパスお姉さんと呼ぶぞ。
俺は遠慮なくクッキーをかじり、紅茶を一口やった。
口の中でほろほろと崩れるクッキー。ほのかな甘み。そして香りのいい紅茶。この二人、やたら現代的な生活を送っているようだ。
お姉さんはあたふたしている。
「あの、でも、罠といっても……。即死するようなのは思いつくんですが、即死しないようなのはちょっと……」
「え、即死? いや、威力を弱めて調整して欲しいな」
「手足が飛んでも大丈夫ですか?」
「飛ばないのが望ましい」
「あとは麻酔で弱らせるくらいしか」
「それでいいよ」
あるじゃねーか、まともなのが。
なんなんだよ即死って。
いつもなにを考えながら生きてんだこの人。
ネコが戻ってきた。なにかをくわえている。それを俺の脇に落とした。
かと思うと、血相変えたお姉さんが身を乗り出して、そのなにかをかっさらった。布だ。
「た、たた、たまちゃん! なにやってんの!」
握りしめられているのは薄ピンクのパンツだ。
姉が問題を起こしたから、代わりにパンツをくれようとしたのかもしれない。あまりにも余計なお世話だが。
ネコはうるさそうに目をつむり、その場に丸くなった。
自分の仕事は終わったとばかりに。
俺はまだ熱い紅茶をなんとか飲み干し、立ち上がった。
「とにかく、罠の件は頼んだから。死なない程度にね」
「えっ!? いえ、違うんです! これパンツじゃないです!」
「ハンカチかな?」
「そ、そうです! ハンカチです!」
ウソつけ。
どこからどう見てもパンツだぞ。
お姉さんは頑張ってパンツで顔を拭いている。自己暗示でハンカチだと思い込もうとして。いったん落ち着いて欲しい。
*
俺は自室に戻った。
普通ならベルトを外してソファに置く。だが、俺は身を捌いて抜刀し、周囲を警戒した。
テレビの位置がわずかにズレている。
出る前にペンで小さな印をつけておいたから、そのズレは一目で分かるようになっている。
穴が大きくなったせいで、この部屋は、外部から侵入し放題というわけだ。
見たところ、リビングには誰もいない。
ソファの下には隠れられるスペースもない。
もし誰か潜んでいるとすれば、あとは風呂かトイレ。もしくは金貨の積もった隣室。その上階。
「へっふ、へっふ」
隣室から妙な声がした。
少なくともそこに一人。
トイレと風呂も確認したいところだが。
隣室から、ダァンと壁を叩く音がした。
「へっふ! へっふ!」
なんだ?
変態か?
ダァン、ダァンと叩きつける音がした。
そいつは俺の部屋だけでなく、四方の壁を叩いて回っているようだ。
自分の存在を知らせたいのか?
もう気づいたから静かにして欲しいのだが。
俺はこの隙にトイレと風呂を確認した。
誰もおらず。
侵入者は隣室の一名だけかもしれない。
ずっと騒いでいる。
まだこちらが罠を仕掛けていないのに、勝手にのたうっているようだ。なんだ? 金に興奮しているのか?
覗き込みたい気もするが、あんな穴から顔を突っ込んだらどう考えても危ない。
「へっふ! へっふ! へぁーっ!」
うるさい。
ゴンゴンゴンとノックされた。
「すみません! 隣の勝浦ですけどね! 少し静かにしてもらえませんかね! ここんとこ騒ぎすぎでしょ! ねぇ!」
近所のおじさんが乗り込んで来た。
俺はうんざりしながらも、大きくドアを開けた。
「うちじゃないですよ」
「ひぃっ」
抜き身の刀を持ったまま応対してしまったから、おじさんはひっくり返りそうになってしまった。
「あ、すみません。違うんですよ。隣にね、誰かいるんです」
「と、隣……? で、でもそこ無人でしょ?」
「無人のはずなんですけどね」
ダァンと音を立て、また「へっふ! へっふ!」と騒ぎ出した。
おじさんもさすがに理解したらしい。
「え、誰か住んでるの?」
「外から入り込んだみたいですよ」
「なら金田くんに相談しないと!」
おじさんはダッシュで行ってしまった。
メガネくんもいい迷惑だな。
なにかあるとすぐ彼のところへ負担がいく。
まあ好きでやってるんだろうけど。
さて、侵入者だが、たったいま正体が判明した。
正体というか……。まあ、今となっては、だが。
何度も叩かれたせいで壁板に亀裂が入り、そこから獣の姿が見えたのだ。
それも二体。
がま口から手足の生えたような怪物が、黄金のアルマジロに抑えつけられている。というか壁に叩きつけられている。
仲間割れか?
いつもなら「仲良くしろよ」と思うところだが、いまは違う。遠慮なくじゃんじゃんやって欲しい。
二体同時に相手する必要はないのだ。
どちらかが死んでから参加させてもらう。
(続く)




