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休息と特効薬

 …熱い…


 まだ夜明け前、カレンは体の熱さで目が覚めた。


 気分は悪くないが、体…背中から熱さに覆われている。


 カレンはハッとして、自らの体に回されたジェラルドの腕を触る。


 …燃えるように熱い。


 次いで急ぎ反転し、ジェラルドの顔を覗く。


 苦しそうに眉根を寄せており、息遣いもいつもより速く、うっすら汗ばんでもいる。


 カレンはそっと額に手を充てた。


「!」


 息を飲んだ。

 高熱だ。


「ジェラルド?」

 上半身を起こすと、額にあてた手をそのまま頬に滑らせて呼び掛ける。


「……」

 うっすらと意識はあるようだが、返事はない。


 なんてこと…!


 急ぎモリスを呼び、侍医に診察してもらう。


「お疲れが溜まられておったのでしょう。なに、元々鍛え方が違います。2、3日ゆっくりとお休みになれば回復されますよ」

 診察を終えた侍医は鷹揚に答えた。


 夕べは領地の視察からの帰りに雨に見舞われており、それも追い討ちを掛けたらしい。


 領地内の視察がちょうど終わったこのタイミングでとは、いかにもジェラルドらしい、とフリードとアイザックは口を揃えた。


「たまにはゆっくり休めってことだよ、姫様あんまり心配すんなって」


 ナイトドレスにガウンを羽織ったまま、青い顔でジェラルドを見守るカレンをアイザックが気遣う。


 カレンは体調を崩したジェラルドを見るのは初めてだった。

 侍医の診察を疑うわけではないが、苦し気に眠るジェラルドを見るにつけ、何か悪い病気なのでは、と気が気ではない。


「ジェラルドも人間ですからね、ごくたまにこういうことはありますから」

 フリードもさほど心配はしていない。


「…そうですね…」

 カレンの沈んだ面持ちを見て、皆は顔を見合わせた。


「さ、カレン様、ひとまずお召し替えをなさって、ご朝食を召し上がってください」

 モリスやエマもカレンを気遣う。


「…わかりました」

 ジェラルドがこのような状態で、自分まで皆に心配を掛けてはいけない。

 カレンは気持ちを切り替えた。



「奥様、パメラ様とのお茶会はどうされますか?」

 着替えを手伝いながら、ニコルがカレンに聞く。

 今日はパメラの邸を訪れる予定だった。


「お断りのお知らせをしましょう」

 できるだけジェラルドの側にいたかった。


 アンジェリーナは既にナニーと朝食を終えていた。


「母しゃま、父しゃまは?」

 いつも朝一番に会いに来る父が来ないのを気にして、アンジェリーナはあどけなく母に問う。


「お父様はお休みなのよ。だから…良くなられたらお見舞いに行きましょうね、アンジェリーナ」


「…びょうき…?」

 アンジェリーナが不安そうに深緑の瞳を曇らせる。


 カレンはそのジェラルドと同じ瞳を覗くと、小さな額にキスをした。

「大丈夫よ。お父様はお強いから、ね?」


 アンジェリーナは母の言葉に納得したのか、コクリと頷いた。


 カレンは朝食を終えると、寝室にいたエマと交代する。


 ジェラルドは眠っているが、やはり息は速く、寝苦しそうだ。


 何もできないもどかしさが募るが、今は見守るしかない。

 ベッドの側の椅子に腰掛けた。


 外は、夕べからの雨がまだ止まない。

 細かな雨に煙るダヴィネスの風景も、今はカレンの不安を募らせるばかりだった。


 思えば、こうしてベッドの側で看病するのはいつもジェラルドだった。

 栗の事件の時、スタンレー男爵を追いかけて肩をケガした時、妊娠した時や出産の時…いつも気遣わしげに優しく世話を焼いてくれるジェラルド。


 いざ逆の立場になると、こんなにも心許ない気持ちとは…


 カレンは涙が溢れそうなところをグッと我慢する。


 しっかりしなきゃ。


 ジェラルドの額の布を取り替えようと、手を差し出し、ふとジェラルドの顔を見る。


 …なんて精悍で整った顔なんだろう。


 今更ながら、カレンはまじまじと観察する。

 少し乱れたダークブロンド、凛々しい眉、閉じられた瞼に、男性にしては長い睫毛、美しいラインを描く鼻梁、引き締まった唇から顎…無精髭の生えた頬…


 苦し気に眠っていてもなおカレンを魅了して止まない。


 っと、ダメよ、こんな時なのに!


 カレンは自らを叱咤し、額の布を取り替える。


「…ジェラルド、側にいるわ。早くその瞳で私を見てね…」

 カレンは思わず呟く。


 そして少し腰を上げて、その頬に小さく口付けを落とした。


 ・


 皆の心配をよそに、カレンは食事の時を除いてジェラルドの側に付きっきりだった。


 側にいないと落ち着かない。


 夜は、寝室にあるカウチで眠ったが、気になって夜中に何度もジェラルドの様子を伺い、額の布を替えたり汗を拭いたりする。



 二日後の朝。

 ダヴィネスは秋晴れの快晴だ。


 カレンは頭を優しく撫でる感触で目を覚ました。


「…ん…」

 どうやら、ジェラルドのベッドの脇に、うつ伏せたまま眠ってしまったらしい。


「…!」

 カレンはハッとして顔を上げた。


 視線の先に、穏やかに微笑むジェラルドがいる。


「…おはよう、カレン」


 …!!


 耳をくすぐる低音の声。

 カレンは驚いてすぐには返事が返せない。


 ジェラルドはそんなカレンの顔を見て改めて微笑むと、カレンの頬へ手を滑らせた。


「…久しぶりに会ったような気もするが…ずっと側にいた?」


 カレンは頬にあるジェラルドの手を両手で握り、コクコクと頷く。

 カレンの瞳からは既に涙が溢れている。


「すまないカレン、心配を掛けた…」


 カレンはううんと首を振ると、両手に持ったジェラルドの掌へキスをした。


「ジェラルド…」


 望んで止まなかった深緑の瞳が愛しい。


 二人は黙って見つめ合う。


「あ…ジェラルド、何か欲しいものは?お水、飲まれますか?」

 カレンははたと現実へ戻る。

 急いで涙を拭った。


「ああ…」


 カレンは水差しから水をグラスへ注ぎ、ジェラルドの頭を少し起こした。


 ジェラルドは「ありがとう」と言うと、カレンの手の上からグラスを持ち、ゴクゴクと一気に水を飲み、はぁーと息を吐いた。


「私は何日眠っていた?」


「丸2日間です」


 そんなにか…と片手で髪をかきあげる。


 調子は悪くなさそうで、顔色も良くなった。

 ただ、病み上がりなので気だるそうだ。


「モリスを呼びましょうか」

 カレンが腰を上げ掛けると、ジェラルドはすかさずカレンの腕を取り、そのまま自らの胸の上へ乗せた。


「ジェラルドッ、起きたばかりなのに…」


「…こうすることが何よりの薬だ」

 とカレンを抱き締める。

 どこかホッとしたような口調だ。


 気だるげなジェラルドの瞳は潤み、さも愛しげにカレンを見つめる。


「…ジェラルド…」

 カレンはその胸に頭を乗せた。


 トクトクと規則的な心音が聞こえ、ホッと安心する。


「夢を…」


「え?」


「ずっと夢を見ていた」

 ジェラルドは宙を見たまま話す。


 カレンは顔を上げてジェラルドを見る。


「幼い頃、ザックやフリード達とダヴィネスの野山を駆け回って木剣を振るって…イタズラをして父に叱られた…」


 カレンは興味深く聞く。


「あとは戦地での怒号や馬の嘶き…敵も味方も、随分多くの命を失った」


「……」


「そうやってこの地を治めること…戦うことには躊躇いはないが、」

 言葉を切るとカレンへと顔を向けた。


「あなたやアンジェリーナのことを思うと、生きたいと強く願うようになったと気づいた」

 カレンの頭を優しく撫でる。


「…ジェラルド」


「途切れ途切れの意識の中で、あなたのこの眼差しがいつも私を見守っていてくれてたな」


 ジェラルドはカレンの頬を親指で撫でた。


「離れられなくて…」


「今更ながら…こうして見るあなたは本当にキレイだ…」

 深緑の瞳が眩しい。


 カレンは、首を伸ばしてジェラルドに口付けた。

「大好き、ジェラルド。愛しています」


 やっとあなたの瞳に会えた。


 ジェラルドはふっと笑う。

「愛している、カレン」

 そして、深い口付けでカレンの口を塞いだ。


 ・


 意識を取り戻したジェラルドは、その1日で目覚ましい回復を遂げた。


 その日の夜。


「カレン、なぜそこで寝るんだ?」


 寝支度を終え、カレンはここ数日と同じようにカウチへ横になろうとすると、ジェラルドが不思議そうに聞いてきた。


「だってジェラルド…あなたのお休みのお邪魔をしたくなくて…」


「邪魔…?」


「ええ。私が居たらのびのびと眠れないかもと思って…」


 ジェラルドはわかりやすく眉をひそめて息を吐いた。

「逆だ。あなたが居ないと眠れない」


 カレンは、でも…と躊躇する。


「…おいでカレン」

 ジェラルドはこの上なく甘くカレンを誘う。


 このように誘われては拒めない。

 カレンはすごすごとベッドに近寄った。


 ジェラルドは悠然と微笑むと上掛けを捲った。


 …なんて余裕なんだろう。昨日までこんこんと眠っていた人とは思えない。


 カレンは多少の気恥ずかしさはあるが、諦めてベッドへ上がった。


「あ」

 驚く間もなかった。


 ジェラルドは迷いなく両手でカレンを抱きすくめ、ぴったりと体を寄せるとカレンの首もとへ顔を埋めた。


「…早くこうしたくて仕方なかった…」


 耳元で呟くジェラルドは、やはりいつもより頼り無げだ。


 今日はジェラルドが目覚めたと知らされた使用人や部下達が、入れ替わり訪れた。

 カレンと二人きりの時間はわずかだったのだ。


 カレンは愛しさが込み上げる。


 まるで少年のように甘えるジェラルドが、なんだかかわいらしい。


 カレンはジェラルドの髪を優しく撫でた。


 甘えたり、甘えさせてあげたり…こんなにも互いの存在を深く受け入れること…それが夫婦の形のひとつならば、こんなに幸せなことはない。


 と、巻き付いたジェラルドの手が、熱を持ってゆっくりとカレンの体をなぞり出した。


「あ、あの、ジェラルド?」

 カレンは焦る。


「…ん?」

 ジェラルドは深緑の瞳でカレンの顔を覗く。

 欲望に揺れてはいないが、請い願うような淡く濡れた輝きだ。


 カレンは、あまり見たことのないジェラルドの瞳にドキリとするが、ここは制した方がいいのでは、と判断した。

「病み上がりです。まだ…」


「ならばあなたで癒されたい」

 カレンの首筋にキスを落とす。


 …恐らくこれは、ああ言えばこう言う、という押し問答の末、結局はジェラルドの望み通りになりそうな予感がよぎる。


 ジェラルドの手がナイトドレスの隙間から直接肌へ触れ始めた。


「! ジェラルドッ」


 カレンは思わずジェラルドの手を押さえた。


 ジェラルドの動きが止まり、疑るようにカレンの瞳を覗いてくる。

「…なぜ?」


 ああ、もうこれでは埒があかない。


「まだ体力が完全に回復されてないのに…これでは私が皆から叱られます」

 言い含めるように話すと、瞳を伏せて少し考えているようだ。


 今日のジェラルドにいつもの激しさはなく、まるで少年のようで、カレンはいたいけな恋心を拒んでいるような、いけない気持ちにさせられる。


 カレンは思わずクスリと笑った。


「…笑った?」

 聞いてくるジェラルドも笑っている。


「だって、駄々っ子みたいで…」

 カレンは思わずジェラルドの乱れた髪を撫で、後ろへと流した。


 その感触が心地よいのか、ジェラルドは気持ちよさそうに目を瞑る。

 カレンは何度か同じように髪を撫でた。


「では…」

 ジェラルドは目を開けると、とたんに“大人の”提案をしてきた。



 カレンはナイトドレスの前をはだけたまま、沢山の枕を背に座るジェラルドの上へ膝立ちで跨がった。


 ジェラルドの提案はこうだ。

「なるべく体力を使わないやり方で」


 カレンは呆れたが、こうと決めたジェラルドは、かなり手強い。

 病み上がりの頭で、よく考えられるものだと感心もするが、今は少年のようでも中身はやはり辺境伯なのだ。

 甘く見てはいけない。


 どうやら、諦めた方がよさそうだ。


 観念したカレンは、自らが積極的に動くことにした。


 ジェラルドは座ったまま、ナイトドレスからこぼれるカレンの裸身を、深緑の瞳でじっと見つめると、片手をカレンのウエスト辺りに添え、片手はカレンの豊かな乳房にそっと触れる。


 その感触に、カレンはピクリと反応したが、片手だけをジェラルドの逞しい肩に置いた。


 …でもやっぱり、今日はなんだか私が年上みたい。


 初めての体勢ではないが、いつもとは少し様子の違うジェラルドを前にカレンはいたずら心が芽生え、心の中で企む。


 ジェラルドはカレンの顔を見上げた形だ。


 カレンは乳房にあるジェラルドの手の上から自分の手で覆うと、ゆっくりとジェラルドに顔を近づけた。

「…私の言うことを聞いて?動いてはダメよ?」


 囁くと、ジェラルドはゴクリと喉を鳴らし、とたんに深緑の瞳が揺らめき始めた。


 こくん、とジェラルドが頷くのを見たカレンは、口許に泰然とした笑みを浮かべた。


 ふふ、かわいい…


 ・


「奥様」


 翌朝、ニコルの声でカレンはハッと目覚めた。


 ジェラルドは…と隣を見たが、いない。


「ジェラルド様はすでに朝儀に行かれました」


「え?」

 体調はどうなんだろう、カレンは心配になる。


 そんなカレンの様子を見て、ニコルは笑う。

「すっかり回復なさったようで、お元気なご様子でしたよ」


 それならばいいが…。しかし驚異の回復力だ。


「…どちらかと言えば、今は奥様の方がお疲れみたいです…」

 ベッドのカレンの様子を見て、ニコルは少し困ったような顔をした。


「!!」


 そうだ、夕べ…。


 カレンは夕べのことをハタと思い出すにつけ、顔が赤らむのを感じた。


 結局、途中まではカレンの思い通りジェラルドは言うことを聞いてくれた。

 調子に乗ったカレンは大いに楽しくなり、挙げ句ジェラルドを焦らしまくったのだ。

 しかし、これは逆効果だった。


 ジェラルドは野性的な本能をくすぐられたのか、「体力を使わない」などという言葉はそっちのけで、みるみるうちに本来の姿でカレンを求め続けたのだ。


「はあ…」

 カレンは大きなため息を吐いた。


 ベッドでジェラルドを思い通りにしようなんて、土台無理な話だった。


 カレンの体には、鮮やかな赤い印が至る所に刻まれている。


「さあ奥様、まずは入浴をなさって」


 ニコルに促され、カレンは完全惨敗の白旗を上げたい気持ちになった。


 ・


「すっかり回復しましたね」


 朝儀を終え、フリードがスッキリと爽やかな顔のジェラルドに声を掛ける。


「ああ、世話を掛けたな」


「いえ…たまにはいいですよ」

 それにしても、とフリードは続ける。

「随分気分がいいようで」

 含みのある言い方だ。


 ジェラルドはニヤリと笑う。

「特効薬が効いた」


「あー…、それは何よりです」

 察しのいいフリードはやれやれ、という反応だ。


「特効薬?んなモンあるのか?」

 アイザックがなんだ?と興味を示す。


「ザック、ジェラルド専用ですよ、その薬は!」


 アイザックは、なんだそりゃ、と鼻白む。



 ダヴィネスの秋は深まり、冬へと向かっていた。

暑い時に熱い二人です。(かなりギリギリ)

お楽しみいただけますよう……

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