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続・朝食室にて

しばらくぶりの投稿です。

ダヴィネス領主夫妻のおだやかな日常のひとこまを綴りました。

お楽しみいただけますように…

 あ…!


「?」


「い、いえ、なんでもありません」




 カレンがダヴィネスへ来て、幾度目かのジェラルドとの朝食。


 カレンは思わずジェラルドを凝視してしまった。



 領内の視察日程が立て込み、ジェラルドは多忙を極める中、予定が合えばカレンと食事を共にしていた。


 婚約したとは言え、まだよく知らない他人同士だ。

 実際、カレンはジェラルドと会う時はかなり緊張しており、目もあまり合わせられない状態だった。


 朝食室では小さめのテーブルで向かい合わせで食事をとる。

 真正面で距離が近いせいか、互いのことはよく見える。


 カレンが思わず凝視してしまったのは…



 今朝の朝食のメニューは、いつものカリカリにトーストしたパンではなく、珍しく柔らかなパンケーキだった。

 カレンも王都でのティールームで食したことはあるが、それはフルーツやクリームの添えられたスウィーツの類だったと記憶にある。


 目の前にあるのは、甘さを控えた薄く柔らかな数枚のパンケーキだ。

 絶妙な焼き加減の目玉焼きや特製のベーコンやソーセージとの相性が良く、併せて口の中で甘じょっぱい味わいはカレンにとっては初めての味覚だった。もちろん、スウィーツとして楽しめるように、コク深いクリームも別添えだ。


 ダヴィネス城では、多様なメニューを食すことができるのはカレンも既に知ってはいたが、朝食にまでバリエーションを利かせてくれる気遣いが嬉しい。


 料理長のオズワルドは、各国を放浪した経験もある変わり種の料理人だ。こだわりゆえか一癖あり、一見とっつきにくそうな外見だが、ダヴィネスへ迎えた侯爵令嬢の婚約者へは、格別の気遣いを見せていた。

 パンケーキのメニューも、そのひとつと言えた。


 カレンは機嫌良く朝食を楽しみ、お茶をコクリ、と飲む。


 ふと目の前のジェラルドを見ると、大粒の苺のコンフィチュールを口にするところだった。


 あ……


 形の整った唇へ運ばれる、シロップのツヤに包まれた、大きな赤い苺。


 まるでスローモーションの様にジェラルドの口へ運ばれる。


 カレンは瞬間短く息を飲み、大きく目を見開いた。

 否、正しくは“目を奪われた”だ。


 …な、なんて色っぽいのかしら…!


 余りに強く見つめたせいだろう。

 視線に気づいたジェラルドは、口に苺を含んだまま「?」とごく自然に疑問の顔をカレンに向けた。


 カレンの頬に朱が差す。

「い、いえ、なんでもありません」


 カレンはすぐにうつむいて、またお茶をひとくちすすった。


 私ったら、何考えてるの???


 音を立てずにティーカップをソーサーに戻し、落ち着きを取り戻すために、ふぅ、と自分だけにわかるよう小さく息を吐いた。


 カレンは考えてみる。


 男性を色っぽい、と感じたことはないわけではない。


 王都の社交界でも様々な紳士が居たものだ。

 ただ、それは一般的な印象に過ぎなかったので、カレン自身は個性のひとつと受け取っており、特段心惹かれることなどなかった。


 しかしジェラルドの場合、本人は意図しない日常の振る舞いだ。

 プレイボーイの長い睫毛の、これ見よがしなウィンクとはワケが違う。


 よく食事は本能的な行為で、異性と食事をするのをためらう女性もいる。が、それも慣れればなんということもない。会食は社交のひとつなので避けては通れないのだ。


 それにしても、赤い苺とジェラルドの官能的な組み合わせ…衝撃と言っていいだろう。


「カレン、何か気になることでもある?」


 ティーカップをソーサーに置いた姿勢のまま、思索にふけるカレンに、ジェラルドが話しかけた。


「…………」


「カレン?」


「え?………あ、いえ、何も…あの、ジェラルド様は、苺はお好きなのですか?」


 辺境伯への質問として、これ程可愛らしいこともないだろう。


 ふと口をついて出たカレンも、我ながら何を言っているんだろう?と思うが、一度出た言葉を引っ込めることはできない。


 かなり拍子抜けな質問に、ジェラルドも一瞬軽く驚くが、なかなか打ち解けない婚約者からの貴重な質問には真摯に答えることにした。


「この苺は料理長のオズワルド自らが苗から丹精して育てたものなんだ」

 と、目の前の苺のコンフィチュールの入った器へ視線を落とす。

「粒が大きく形もいい。シーズンでは生食だが、こうして加工することで年中味わえるのはありがたい……好きかどうかと聞かれれば……そうだな、私は好きだ」


『好きだ』の部分で、朝の柔らかな日差しをその深緑の瞳に映して、ジェラルドは微笑んだ。


 カレンは、幾分ぼうっとして、ジェラルドを眺める。


 まだ微笑み返す余裕はない。


 だが、目の前の婚約者は、再びデザートスプーンに真っ赤な苺を乗せると、ゆっくりと口へ運んだ。


 ・


 クスリ、とカレンは笑う。


 朝日に照らされたいつもの朝食室。



 数年後、同じように目の前のジェラルドは苺のコンフィチュールを口にする。


 甘いものがさほど得意ではないジェラルドは、ディナーのデザートは時に食べたり食べなかったりだが、朝食に出てくるフルーツの類は必ず食している。


 特にダヴィネス城のコンフィチュールは甘さ控えめで爽やかな仕上がりなので、パンやヨーグルトには入れず、そのままを躊躇いなく口にしていた。


「ん?」


 ジェラルドがカレンの視線と笑った雰囲気に反応する。


 ぱくり


 ジェラルドを見つめたまま、カレンも同じように苺のコンフィチュールを食べた。


「!」


 瞬間、ジェラルドの目が見開かれた。


 カレンはモグモグと控えめに咀嚼しながら、ジェラルドの表情を見て口角を上げた。


 ジェラルドはその精悍な顎に手を添え、カレンを見つめたまま真面目な顔で考えている。


「前々から思っていたんだが…」


 カレンはお茶をひとくち飲む。

「何をですか?」


 ジェラルドは使用人達に聞こえないよう、声を落とした。

「あなたが苺を口にする様は、とてつもなく魅力的なんだ」


 大真面目にこんなことを言うジェラルドに、カレンは声を立てて笑ってしまった。


「カレン?」

 ジェラルドも笑っている。


 カレンはナフキンで口元を軽く拭った。

「そのお言葉、そっくりお返ししますわ」


「なに?」


「だって私などより、余程魅力的です。ジェラルドが苺を召し上がる方が」


「???」


 カレンは笑いが止まらない。


 使用人達も、領主夫妻の明るく和やかな様子に目を細めている。


「よくわからないが、あなたにそう思われたなら本望だ」

 言いながら、ジェラルドは自らのデザートスプーンに一粒の苺のコンフィチュールをすくった。


「しかし、やはり私はあなたがこれを口にする様をじっくり見たい」


 ジェラルドはテーブル越しに腕を伸ばし、苺の乗ったスプーンをカレンの口元に寄せた。


 深緑の瞳は、朝だというのに揺らめきをはらんでいる。


 …ジェラルドったら…


 カレンは半ば呆れながらも、誘われるまま、差し出されたスプーンをゆっくりと口に含んだ。


 その間中、カレンの薄碧の瞳は目の前のジェラルドだけを映す。


 互いに微笑み合う、ゆるやかで甘い時間。



 ダヴィネス城のコンフィチュールのレシピは、他の様々なレシピとともに、長く後世まで引き継がれたという……仲睦まじい領主夫妻の秘密のエピソードを添えて……

ずいぶん間が空いてしまいましたが、続行しております!

新シリーズの投稿もままならず、のぞいてくださる皆様には申し訳なく思っております。

先日、JA唐津の「いちごさん」という品種の苺(とっても大きくて甘くて良い香り!)を食べる機会があり、着想を得て、せめて一話なりとも投稿して今年を終われたらなぁと思い、綴ってみました。

おそらく来年もゆるゆるとした投稿になるかと思いますが、お付き合いいただけたら幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

良いお年をお迎えくださいませ。

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