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白拍子ですが何か?  作者: ナウ
四章・平家の陰り
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弁慶と大盗賊

1177年[安元3年]7月、鹿ヶ谷事件で備前に流されていた藤原成親ふじわらのなりちかが殺害される

これは平清盛の命であったと言われ、食事を与えられずに殺されたようだ

亨年40歳

後白河の寵臣として長年に渡ってその地位に守ってきたが、実にあっけない最期を遂げた

先月には同じく鹿ヶ谷事件の首謀者の一人である藤原師高も殺されていた


8月、元号は安元から治承に改元され治承元年となる

この年の後半期は盗賊が横行し京のあちこちで盗みを働いていた



「いやぁ~、大変でございましたな~」


揉み手をしながらそう切り出すこの男は金売吉次

奥州で取れた金を関東~京に行商しにきている男である

とはいえ最近では金だけではなく様々な物品も商品として売買の手を広げている

その吉次が久しぶりに京に登ってきたのだ


「京の三分の一が焼けたからのぅ」


磯は脇息に寄りかかりながら言った


「そうのようでございますな」


「ここも貰い火で焼けたかもしれぬ」


「磯様が危険を顧みず残られて消されたとか?」


「うむ、下手をすれば焼け死んでおった」


そう言い笑う磯に「御無事で何より」とカラカラと笑う吉次

二人のこの会話は今年の4月に起きた大火についてである

京の半分近くを焼いた『安元の大火』はまさしく京の住民に取っては平民・貴族問わず大災害であった

多くの家々が焼かれ、人々は路頭に迷う事になった

富裕層である貴族の立ち直りは早かったが平民達にとっては住の問題は速やかではなく、住む所が出来たとして以前に比べて粗悪な掘っ立て小屋住まいになっている

今や狭いボロ家が各地に所狭しと乱立している状況になっている

そしてそうした状態に失業が重なり、今の平安京は盗賊が横行していた

元々だだっ広い大路であった朱雀大路には民家や畑が出来上がり、夜にはならず者達の隠れ家にもなっている


「最近は京も治安が悪うてのぅ」


そういう磯に吉次も眉を寄せた


「盗賊ですか?、厄介ですな」


「本当に」


最近は特に夜に出歩く事は危険であると磯は弟子の子達に言っている

昼間でも二人以上で出歩く事を奨励している

ちなみに現在の磯宅にはその弟子達が大火から避難してきていた

そしてそのまま住んでいる

元々広い家なので特に問題はない

盗賊が跋扈している今の状況ならば一か所に固まって生活していた方が何かと安全ではあるのだ

というか弟子達は毎日の入浴が出来るため喜んでいた

食も磯宅には豊富にあるので食べるにも困らない


磯曰く食・睡・浴は特に重視せよと教えている

すなわち栄養のある食事、しっかりとした睡眠、毎日の入浴だ

これらは健康にも美容にも良い

それらを無くして白拍子は語れないのである


「盗賊は厄介でございますな、かくいう私もかつて京から奥州に向かう道中で大盗賊に襲われた事があります」


ポンっと自分の頭を叩き吉次は笑う


「ほう?、大盗賊とな?」


「はい、例の御方を奥州にお連れしている最中の事にございました」


「例のあ奴だな」


「はい、例のあのお方です」



3年前の1174年[承安4年]、鞍馬寺を出た遮那王は近江鏡の宿にて自ら元服し九郎判官義経と名を改めた

その義経を京から奥州の平泉まで案内したのが吉次である

その時の話だ

道中美濃青墓宿での事

大盗賊・熊坂長範くまさかちょうはんと諸国の盗賊数百人が吉次の荷を狙わんと集結した

本来ならば吉次が勝てる相手ではない

しかし義経の従者に武蔵坊弁慶なる剛の者がいた

弁慶は大薙刀を振り回し盗賊達を一人また一人と倒していく

同じく大薙刀の使い手である熊坂長範は弁慶に戦いを挑み激しい戦いの末弁慶に討たれて死んだ


「という話です」


「何やらえらく簡単だな」


「はい、話せば長くなりますので」


「なるほど、しかしその弁慶とやらは一人で大立ち回りをしたのか?」


「他にも従者の方々はおられましたが、大体は弁慶様お一人で片を付けられました」


「強いな、そ奴は」


「それはもう」


「で、肝心の義経ぎけいは何をしておったのだ?」


「あのお方は武芸には秀でておられませんので」


「要するに何もしていなかったと」


「一応は戦われましたが」


「一応のぅ」


「はい」


まぁ、正直京の山奥に引っ込んでいた子供が戦い方を知っている筈もなく

磯としても予想通りなのでそれ以上は言う気はない


「大薙刀とは如何なるモノか?」


「ああ、それがですね『岩融いわおとし』という三条小鍛冶宗近作の薙刀でございまして刃の部分だけでも三尺五寸【約一メートル】もある長大なる薙刀でございます


「ほう、そんなモノを振り回せる弁慶とやらは大層な大男なのだろうな」


「それはもう、とてつもない大男ございます」


「ふむ…いや、まて宗近?、宗近か…宗近のぅ」


「左様です、何か気にかかる事が?」


磯は三条宗近という名前に聞き覚えがあった

しかし出かかるも中々思いだせない

だが確かにどこかで聞いた名だ


「三条宗近とやらに聞き覚えがある」


「ああ、それはそうでございましょう、有名な刀工でございますからな」


「いや、そうではない」


「と言われますと?」


「ん~」


扇の先端をおでこに当てる磯


「……」


「……」


「…あ!!」


「思い出されましたかな?」


「そうじゃ、狐じゃ!!」


「狐?」


「実は私も三条宗近が作った刀を持っておる」


「ほう!!」


興味有り気に身を乗り出す吉次


「確か小狐丸とかいう」


それを聞いて吉次の目つきが変わる


「な…何と!!、小狐丸!!」


「知っておるのか?」


「勿論です、名刀と呼ばれておりますからな」


「名刀?」


所有している狐の名を持つ通称『なまくら刀』を名刀と言われ磯は不思議そうな顔をした


「はい、宗近と稲荷神の狐が作ったとされる伝説の名刀です」


「ほう、伝説の名刀か」


「もしそれが本物ならばその価値たるや想像もできません」


「偽物であろう」


「どうでしょう?、一度拝見してみれば分かるかも知れませんが」


「ふむそうか、分かった」


そう言うと磯は桜を呼び、倉に仕舞ってある小狐丸を取りに行かせた


「それにしても小狐丸を所有されておられるとは流石は磯様」


「偽物なら笑い物だがの」

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