二条帝崩御
永万元年[1165年]6月、二条天皇が譲位し、六条天皇が即位
病に倒れた二条天皇は子の順仁親王を即位させた
この時六条天皇僅かに2歳
我が子の将来を憂いながら二条天皇は同年7月に23歳という若さで崩御した
「早いな」
「早いでございますな」
二条帝の死には流石に驚いた磯
体調不良という噂は聞いていたが、突然の死には驚く
別に親戚でも何でもないのだからどうでもいいと言ってしまえばどうでもいいが
二条の父親はあの後白河であり、終始に渡りいがみ合っていた親子である
「六条天皇は如何でございましょうか?」
「そうだな・・・まぁ、直ぐに退位であろうな」
「そうなりますか?」
「だろうな、後白河が黙ってはおらんよ」
「では次の天皇は誰が考えられられまするか?」
「んー・・・あるいは・・・」
後白河上皇が現在激しく寵愛しているのは小弁局である
小弁局、即ち平滋子だ
その滋子が生んだのが憲仁親王である
以前、奇人が立太子させようとして二条帝に阻まれたが憲仁親王立太子は後白河とて望む所であっただろう
「憲仁が有力だな」
「憲仁親王様でございますか」
「順仁には後ろ盾がいない、守仁無くしてその地位には留まれまい」
「例の八条院様は如何でしょうか?」
「あの人はよくわからん」
例の蓮華王院での出会いから交流は始まったが、いまいち何を考えているのやらよく分からないのが八条院である
母である美福門院とは違って性格は非常に穏やかででかつ鷹揚であり時としてぼぉーとしている
掴みどころがなくて磯もどう対応すればいいのか分からないのが現状だ
そして会う時にはあの菖御前が必ず待機している
磯としては八条院よりも菖御前の方に興味があるのだが、八条院と一緒にいる時には話しかける事は殆どできない
あの気配を殺す術を修得できれば盗賊としても暗殺者としても間諜者としてもさぞやし易かろうとは思う
もっとも盗みも暗殺も間諜もする気は毛頭ないが
それで菖御前についてあれこれ考えていた時、ふと思い出した事がある
一つの伝説にこんなものがあった
かつて聖徳太子は伊賀国の大伴細人を志能備として使っていたと
志能備とは間者として諜報活動をしていたらしい者達の事だ
しかし別の伝説は語る
志能備とは奇妙な術を使う者達で気配を消す事ができ風のような早さで走り、武士の様に武器の扱いに長け、そしてその跳躍は高い塀すら簡単に飛び越える程であったと
まさに常人を遥かに超えている存在
気配を消す、それはまさに菖御前の事ではないか
つまり菖御前は志能備の子孫なのだ!!
…とまぁ、磯も時々はそういう空想に耽る時もある
こういった遊びも時として面白いものだ
同年8月、二条天皇の葬儀を巡って興福寺と延暦寺が争う
延暦寺僧兵により興福寺の末寺である清水寺が焼かれる
「また焼き討ちか」
「でございますねぇ」
「清水が焼かれたか」
「一度行かれた事がありましたな」
「まぁ、思い入れはないので別に良いが」
「そのような事を申されますと罰が当たりますぞ」
「別に当たっても痛くも痒くもないわ」
「左様ですか」
「うむ」
「それにしても最近は本当に荒れておりまするな」
「末法の世とやらだろう?」
「正法、像法、末法でございますね」
「最近はあちこちで聞くな、末法の世とやら」
「そんなものが流行したのは100年以上も昔と聞きましたが」
「そうなのか?」
「はい、その時代も末法の世という言葉が大流行し世を賑わしたとか」
「100年前か」
「はい、100年程前にございます」
末法思想というモノがある
釈迦入滅後、暫くは正しい仏法が伝えられる正法の時代がある
時が経ちて正しい教えが崩れ、仏法はあるが正しくは伝えらず悟りのない像法の時代が到来する
更に時を経て仏法が完全に廃れる末法の時代の訪れ
どういう計算だか知らないが日本では100年くらい前に末法の世が到来したと大騒ぎであったらしい
まぁ、あながち間違っていないので何ともだが磯に取っては別に仏教があろうがなかろうがどうでもいい事ではある
この日本は八百万の神々がひしめく神の国であったのだからそれはそれで良いのではと
そもそも仏からして外来種であり、それを有り難がっている者達の気が知れない
とは言え別に磯は神道に傾倒している訳ではないが
「それはそうと例の件はどうなった?」
急に小声に変わる磯
流石にこの話は他人に聞かれると非常にまずい
「例の件でございますが」
鈴もまた小声になる
「やはり木曾に逃れているとか」
「なるほど」
それだけ言うと口をつぐんだ
他言無用のこの話は源義賢の子、駒王丸の件であった
義賢は義朝の異母弟である
父為義と仲の悪かった義朝が南関東に勢力を伸ばすのが気に食わなかった為義は義賢に北関東に下らせた
結果的にはぶつかる形になり義朝の長男・義平に大蔵館を襲撃され大蔵合戦において討たれた
源氏は何故か同じ一族同士で争いたがる変な一族である
まぁ、義賢など会った事もない人間なので磯に取ってはどうでも良い
だがその遺児については死んだ逃れたと、そうした噂が飛び交っていた
現時点で源氏の血を引く出家していない有望な若者は二人
伊豆に流された頼朝と木曾に逃れた駒王丸である
年だと頼朝は19歳、駒王丸は12歳
しかし木曾のようなド田舎で育っているとなると駒王丸には期待は持てない
何の期待か?
それは一部で囁かれている噂だ
『挙兵』という只ならぬ噂
崩壊した源氏勢を背負って立ち、再び源氏の時代を蘇らせる棟梁の存在
その存在なくして源氏の再興はあり得ない
その候補に挙がっているのがこの二人だ
磯の勘ではそれは頼朝である
6年前まだ少年であった時の頼朝を思い出し確信出来る
挙兵するらならばあの者をおいて他に無しと
同年9月、奴が帰ってきた
そう出雲に飛ばされていたあ奴が帰ってきたのだ
二条帝の死でかつて二条帝を激怒させ出雲に流された奇人が京に帰ってきた
おおよそ3年ぶりである
逆に言うとあれから3年も経つ事に脅威を感じる
まるで時間の流れが加速しているような感覚に陥る
そうした事で滋子からの連絡で時忠邸に会いにいった
別に奇人などどうでもよかったが祝いにどうしても舞って欲しいと懇願されれば断る訳にもいかない
「ははは、御無沙汰しております、磯殿~」
そう言いながら豪快に笑い頭を掻く時忠
その様子は依然とまったく変わっていない
飛ばされて少しは大人しくなっているかと思いきやまったく変わっていない
「大変でございましたな、よくぞ無事にお戻りになられました」
「いや~、あははは、面目ない」
そう笑う時忠
傍で同じように微笑む滋子
時忠の家族
そしてその中に一人余計な奴が紛れ込んでいた
「お久しぶりでございます、磯殿」
そう言うこの男
権大納言・平清盛である
「磯殿の魔王の舞を見れると聞き、この権大納言急いで駆け付けました」
別に駆けつけてこなくても良いが、今更止める訳にもいかず致し方ない
磯は気持ちを切り替え、舞を舞う時の顔つきに変わった




