安心する桜
オレは田之本に対し精一杯の強面視線を向けて、凄んでみせる。
「女子高校生好きか何か知りませんけどもね。皐月ちゃんやその友達をストーカーしてまで接触しようとするなんて犯罪スレスレなんじゃないでしょうかねえ」
「オイオイ、ストーカー呼ばわりとは酷いんじゃないか。オレは何もしてないじゃないか」
田之本はうそぶいた。
「それよりお前、女子高生をたぶらかすのも漫画家の仕事の内なのか」
「やっぱりオレの家までつけてたんじゃねーか?」
オレは先輩である事を無視して敬語をやめた。
田之本はそれに怯まずニヤニヤしている。
何だか不気味な感じがした。
「皐月ちゃんの方は兎も角としてさ。他の4人はお前の意思次第でオレにもチャンスがあるんじゃないのか」
「……どういう事っすか」
そのあまりの不気味さに、オレはまたもや敬語に戻ってしまった。
『意思次第』という所にビクッとしたからだ。
まるでオレと桜、弓、柿、あなすたしあちゃんの関係性を見抜かれているような気がした。
「まあ仲良くしようぜ。な?」
田之本はどこか存在感の薄い顔を歪めてオレの肩に手を回した。
オレはそれを振り解く。
その夜はそれを最後にまあつつがなく終わった。
田之本は接客をせずバックヤードの仕事に勤しんでいた。
「おかえりなさい、神サマ!」
朝方、銀髪の桜が出迎えてくれた。
どこかしら不安げな表情を浮かべている。
「ああ、ただいま……って、寝てなかったのか」
「昨日の影が怖くて、みんなで起きてたんでしゅ」
『昨日の影』というのは窓から覗いていた黒服の男の事だろう。
「そいつなら、夜ずっとオレと一緒にいたから心配する事はないよ」
「えっ。神サマと一緒の所で働いてるんでしゅか!?」
余計な事を言ってしまった。
「えーと、コンビニバイトに行く途中でそれらしき奴を見つけたから、警察に突き出してやったんだ。交番で色々聞かれて遅くなってしまったんだよ……」
我ながら苦しい言い訳だが、桜は何も考えず「ふーん」と言ってホッとした顔を見せた。
「じゃあ、もう安心でしゅね!」
柿、あなすたしあちゃんの2人も一応はそれで納得してくれたようだったが、弓だけは表情を変えなかった。
いつもの事と言えばいつもの事だが、それが少し引っかかった。
夕方まで睡眠を取ると、昨日の今日でまたもや皐月サマが来てくれた。
学校帰りの制服姿である。
「皐月ちゃん! 今日はいいって言ったのに……」
「でも、漫画のお仕事残ってるじゃないですかあ!」
皐月サマはツインテールをプルプル揺らしながら元気いっぱいに応えてくれた。
……そうだ。丁度良い。
皐月サマにだけは田之本の事を注意しておこう。
何かあったらいけない。
「あのね、皐月ちゃん。コンビニバイトのシフトなんだけど……」
「あー!! あなすたしあがインクをこぼしたあ!!」
桜のデカい声が耳をつんざく。
「あ、たいへーん!!」
皐月サマがティッシュを持ってデスクに駆け寄る。
あなすたしあちゃんがゴメンナサイゴメンナサイとおろおろしていた。
昨日仕事をした後、キャップを閉め忘れていたのだろう。
これはオレのミスだ。
あなすたしあちゃんは悪くない。
こぼれたインクを拭き終わった後、オレは皐月サマに再度語りかける。
「あのさ。昨日の黒い影の事だけど、多分アレ田之本だと思うんだ」
皐月サマは、ん? という表情だ。
同じコンビニバイトがストーカーをしていたと聞かされたら、そんな顔をするのも当たり前か。
「だからさ。皐月ちゃんも今後のシフトを組む時は、絶対に田之本とは被らないようにした方がーー」
「その、『タノモト』さんて誰の事ですか?」
皐月サマは心底不思議だとでも言うように尋ね返す。
「アレ? 皐月ちゃんは田之本と組んだ事なかったっけ?」
「組むも何も、そんな人いませんよー。だって私、バイト先の全員の名前知ってますもん!」
それより、漫画の仕事しましょう!! と、皐月サマは張り切っている。
ーー皐月サマが、田之本の事を知らないーー?
どうなってんだ。
4人の、オレが生み出した2次元少女達が来て以来、妙な事ばかり起こる。
オレは田之本の奇妙な存在感の薄さに思いを巡らせた。
まさかアイツも、無意識にオレが生み出したキャラクターの1人だとでも言うのか?
ーー馬鹿馬鹿しい。