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第3章 そんなことよりデートしないと死ぬ

 他の高校はわからないけど、ボクの通う領武高校には武道場以外にも畳敷きの部屋があります。つまりは学校の色々な仕事をしてくれている校務員さんの部屋、校務員室。

「パティたちが戦ってる間に、学校に向かっていたのに、なんで遅刻寸前だったんデスか?」

「やっぱりベルタさんと戦ってたんですね。朝ご飯のあと」

 畳敷きの校務員室。古めかしいちゃぶ台を挟んで、座布団の上、ニーソックスをはいた脚であぐらをかいた女の子が頷きました。

 弾む赤いサイドテール。それに、どことなく漂うネコ科の雰囲気。

 領武高校の制服の上にパーカーを着て、手にしたスニッカーズをおいしそうに食べています。

 パトリシア・S・レグルス――パティさんは朝から戦闘してきたのを当たり前みたいに言いましたけど、ボクもちょっと慣れてきてしまっていました。

「あ、そのあと食器はちゃんと水に浸けておきマシタヨ」

「ありがとうございます」

「それで……なんで遅かったんデスか? 新しく誰か殺しにきたんデスか?」

「えっと……」

 スズ姉さんゴリラ事件で、ボクとアシャさんが学校についたのは始業ベルギリギリでした。

 でも、理由を話そうにも、スズ姉さんがあの巨大ゴリ……じゃなくて、星守サルタヒコノオオカミの姿を気にしている以上、話すわけにもいきません。

「えっと。うーん」

 言い訳が思いつきません。どうしよう……。

ウェルウェルははーん。わかりマシタヨ。また、アシャが何かうっかりしたんデスネ」

 ボクの後ろに座っているアシャさんが「フ……」と不敵に笑います。

「我は神。しかし、《いざという時にうっかりしがち》。だとしたら、どうする?」

「ほんと大変デスヨネ……。その呪い」

 パティさんは心底かわいそうな人を見る目をしていました。

アシャさんは、スズ姉さんをかばってあえて否定しなかったことがわかります。

「いいのだ。我の言葉で鈴金が救われるならば」という顔をしているのもよくわかりました。

 さすがは天則司りし神様。その高潔な心にちょっと感動すら覚えます。神様だからじゃなくて、アシャさん自身がとてもイイ人なんだとも思います。

「それよりデスヨ。あの校務員ビッチ(魔女)。パティたちをこの部屋に呼び出して、何か企んでるんじゃないデスか? 朝のリベンジデスか?」

 毒づきながら、パティさんはやっぱりスニッカーズをモグモグ食べています。

「陰険で卑怯。《タンスの角に小指をぶつける》呪いなんかで、ショーのこと殺そうと、うずうずしてる、あのベルタ・ヴァッサーマンとかいうビッチのやることデスヨ」

「タンスの角に小指ぶつけるのは、確かに辛いですよ。できれば殺されたくないですけど」

ホーリーシットまさか……! 既にパティたちはベルの手の内だったりするんじゃないデスか!? ファック! 殺るならやりマスヨ! イッツ・ア・グッド・デイ・トゥ・ダァァイッ!! ストレスでチョコパイおいしいデス!」

「何がダァァイッ! や。パト。チョコパイ食べてるのは、お前がいやしいからやろ」

 呆れた顔で、ビッチ呼ばわりされていた当の本人、ベルタさんが入ってきました。

 いつもかぶってる魔女っぽい三角の帽子や、マントは羽織っていません。

 学校で校務員の仕事をしている時のベルタさんは作務衣を着ています。

 小柄な身体と、ほっそりとした手足。綺麗な銀色の髪。シュシュでまとめて前に垂らしたおさげがなんだかかわいいです。

 呆れ顔だけど、落ち着いていて、優しげで、でも、どこか怪しいところもある。太陽のようなアシャさんと比べると月の光という雰囲気。

「呼び出しておいて、遅いデスヨ。ベル」

「おっちゃんに部屋使わせてもらうお礼言うてたんや」

「校務員のおじさんですか?」

「そうや。ようしてもらってるからな。パトはいらんこと言ってたら、朝みたいにしばくで」

 ベルタさんは握りしめた杖の石突で畳をドンと叩きました。

 小柄なベルタさんが持つには大き過ぎる金属製の杖。よくわからないパイプが絡み合って、メーターがいくつも動いています。杖に埋め込まれたフラスコからはシューシューと音を立てて、蒸気らしいものまで噴き出していました。

「言うとくけどな。わたしはもうここを通る霊脈と、この《ヘルメス》を繋げてる。第一原質プリマ・マテリアを引き上げて、自在に四大元素を作り出せるってことや」

「ファック!? ようしてもらってる先輩の部屋に何仕込んでるんデスか!? なら、パティも広域殲滅(キルゼモー!)しマスヨ! そもそも、朝はパティの勝ちデス!」

 パティさんの周囲の空間がグニャリと歪んで、その向こう側から重機関砲が姿を見せます。

 でも、それで終わりじゃない。

 歪んだ空間のさらに奥に金属の輝きが見えました。

 何か大きな、もっとすごい何かが出てこようとしています。

「ちょっと!? パティさん、落ち着い……」

「パティの|火器制御生成ユニット(《デネボラ》)はすごいデスヨ! パティの制御下にある百以上の戦闘ユニットとファックしマスか!」

「朝も聞いた台詞やから、もう飽きたな。殺んのか、パト。朝、負けたのはお前やろ」

「|アスホール(この魔女)! こっちの台詞デス!」

 またガラガラとドアが開きました。

「本当にやめてください。お願いします」

 剃刀のように鋭く冷たい声が響きました。

 眼鏡の奥の理知的な眼差しと、整った顔立ちから、研ぎ澄まされた刃のような印象を受けます。黒髪を前で綺麗に切り揃えた大人の女の人。

 服部大火さん。ボクよりも何歳も年上で成人済み……なんですけど、領武高校の制服を着ていて、ボクと同じ学年を現す赤色のリボンで襟元を飾っています。少し長めのスカートと黒いストッキング。制服姿じゃなかったら、なんとなくOLのような雰囲気もあります。 

 そんな大火さんは部屋に入ってくると、畳の上に座りました。とても綺麗な正座。

 そして、とてつもなく綺麗な、洗練された動きで土下座しました。

「大火さん!?」「ハットリ!?」「なんやねん」

 白いうなじを流れ落ちる後ろで結った長い黒髪。

「《武塔ぶとう》として、私が赤星総理より与えられた使命は【破呪の光輪クワルナフ】である菊月晶様を巡る争いが、大きな被害を生まないことです。菊月様の命を巡る以外の喧嘩で、何の関係もない学校の生徒たちを巻き込むのはやめてください。このとおりです」

「いや、なんや……売り言葉に、買い言葉でやな……」「パティ、全然本気じゃなかったデスヨ」

「そう言っていただければ、ありがたいです」

 大火さんはもう一礼すると、部屋の隅に下がりました。

 ベルタさんは気まずい顔で頬を掻いています。でも、もうパティさんと喧嘩しそうにはなくて、ボクもホッとしました。

「ニンジャデス……」

 パティさんは部屋の隅に下がった大火さんをガン見していました。

 その目はすごくキラキラと輝いています。

「監視していたんデスヨネ! パティたちのこと! 任務で!」

「はい。申し訳ありませんが……」

「そして、自分を殺して、命も投げ出してパティたちを止めようとしたんデスヨネ!?」

「任務ですから……」

「|カワバンガッ(ヒャッホー!)!! ハガクレ! ヤギュウ! バンセンシュウカイ!!」

「いきなり、何興奮してるねん。柳生、関係ないんちゃうんか」

「まさしくニンジャデス……シノビデス。刃の下に心。すなわち、シノビ……! デスヨネ! ハットリ! ……ワッツあれ? でも、さっきから台詞がニンジャっぽくなくて……」

「それこそがシノビでござるよ。臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前! デス!」

 マジメな顔で印を組む二人。

「はー。イイニンジャしマシタ……」

 パティさんは満足げな顔で、新しいスニッカーズのパッケージを開けようとします。

「待てや。パト」

「何を待つんデスか?」

「無意識か、そのチョコ。お前、太ったら、ブラックホールがどうとかで爆発するんやろ」

「それは……そうデスけど。お腹空くんデス。呪いで」

 目を逸らしたパティさんが受けているしょうもない呪いドゥルジ・ナスは《やけにお腹がすく》。未知のテクノロジーを使った試作型のサイボーグ、コンパウンドのパティさんは著しく太ると、体内の暗黒物質変換炉ダークマタードライブというものが暴走して地球もろともに吹き飛ぶらしいです。

「フ……。人の子よ。我は天則により、こんなこともあろうかと」

 アシャさんが鞄から風呂敷包みのお弁当を取り出しました。

 お弁当箱を開けると、サンドイッチがギッシリと詰まっています。

「食べていいんデスか!? いただきマス!」

「まだ食べていい、言うてへんやろ」

「フフ……。無論、食べていい。何故なら、これは汝のために作ってきた昼食だからだ」

「こ、これ……! おいしいデス!」

「だろう? しかし、カロリーは抑えてある。豆腐を使ったパンだ。加えて、具材は野菜中心。ドレッシングはノンオイル。肉はササミを使っているため、カロリー自体はやはり控え目だ」

「デリシャス! デリシャスデス! これ、あっさりしてるから、スニッカーズにも合います」

「オカズ感覚でナッツギッシリ喰うなや……」

 アシャさんは満足げで、ベルタさんは呆れた顔をしていました。

 大火さんは……手についたチョコを舐める女の子を、あんなに悲壮感あふれる表情で見つめている人は他にいないと思います。

「……まあ、こいつが爆発しそうなら、その前になんとかするとしてや」

 首を横に振ると、ベルタさんは棚の上に置いたタブレット端末を取ろうと手を伸ばしました。

「お前ら、ここに集まった理由忘れてるみたいやけどな。ショーくん、今日の放課後、あの狐とデートせんなあかんね……いっ!?」

 ゴヅッ! と、鳴る嫌な音。

 ベルタさんが足袋をはいた足の小指を押さえてうずくまります。

「大丈夫ですか!?」

 小さな背中がプルプルと震えていました。

「もうええ……もうええわ。この学校中の霊脈支配してるんや……全部吹き飛ばしても、バチ当たらん。どうせ、わたしが繊細な実験やってる時に、指ドンしたら関東吹き飛ぶんや……!」

 額に脂汗を浮かべて、ちょっと涙を滲ませたベルタさんの苦しみ。すごくわかります。

「オー。ベル。スニッカーズ食べマスか?」

「よりにもよって、お前が憐れむんか……。冗談や。冗談……。家のタンスとか本棚は角に緩衝剤貼りつけてるんやけど……。この部屋までやるわけにはいかんしな……」

 目元を拭うと、ベルタさんは「まあ、話を戻そ」と、タブレットを手に立ち上がりました。

「注目ー」と、タブレットの画面を、ボクたちに向けます。

「ということでや。『第二回 わたしらが殺す前に、ショーくん殺されへんようにするにはどうしたらええんかな?』会議ー」

 なんとなく拍手しました。

「第一回と趣旨変わってませんか? ボクはできれば殺されたくないんですけど……」

「それはいいねん」

 一蹴されました。

「ショーくん、あのヤコとか言ってたコン助とデートせんとあかんのやろ」

「神霊……白面金毛九尾狐の分霊。巻神夜子まきがみやこ様ですね」

「もうわかってると思うけど、あいつ、本質は動物や。人間の命なんかなんとも思ってへん。あいつの呪い自体ははだいたい解決してるけど」

「《カメムシがすごくたかる》デスヨネ。パティたちと比べるとほんとショーモナイ呪いデス」

「腹減るだけのいやしいのが何言うとるねん……。まあ、それはそれとして、呪いが解決してても関係ない。あいつ、デート中に機嫌損ねたら、蚊でも潰すようにショーくん殺すで」

「確かに……ちょっと怖いですね」

 そうでした。朝見てしまった、スズ姉さんのゴリ……星守としての使命。姉さんが戦っていた敵……アシャさんが言うところのキメラと、それを作り出すジェヌイン。そのことを調べたり、相談したり、スズ姉さんに協力する方法を考えたりしたかったんですけど、それ以前に、この買い物を乗り切らないと、まずボクが死ぬんでした。

「わたしも困る。ショーくん殺して呪いが解けるのは、殺した者だけや。いざという時には殺したいのに、こんなしょうもないことで、呪いも関係なく殺されたらかなわん」

「菊月様。申し訳ありませんが、私にとっての優先順位は夜子様の逆鱗に触れ、多くの犠牲が出ないことです。できる限り、被害を抑えていただけると助かります」

「そう言われると、ボクが死ぬこと前提なんで、かなり怖いです」

「ここでパティにイイ考えがありマスヨ。女の子とのデートは映画デス!」

 パティさんが鞄から何か取り出しました。

 すごく見覚えのある情報密度の濃いブルーレイのパッケージ。巫女さんをモチーフにしながらも独自の路線を開拓している魔法少女! そして、新宮地獄しんぐうじごくちゃん!

「『弱い巫女さんは絶対に強い』……つまりはミコツヨデスヨ。このとおり、テレビシリーズから、劇場版までソフトを用意しておきマシタ! これでデートはパーフェクトバッチリ!」

「そもそも、あのコン助が誘ってたのは、買い物やろ」

ブルシットしまった!?」

「だいたい、デートいうても、初めてのデートでアニメ全話とかないやろ。どこで見るねん? 家か? 初めてで自宅か? ネカフェとかで黙ったまま、アニメ全話か?」

「その、デスネ……」

「それに、あのエキノコックス持ち()見た目めっちゃチャラいやろ。どう考えても、アニメとか興味ないやろ。相手に合わせて考えられへんのか? アホなんか?」

 パティさんはソフトを鞄に直してすごすごと後ろに下がってしまいました。むしろ、ボクが話したり、一緒に見たいです。まだ、パティさんとミコツヨの話とかできていないんで。

アホパトは置いといてや。朝も言うたけど、わたしはショッピングモール行って、気軽に買い物するのをお勧めや」

 ベルタさんがタブレットをボクのほうに差し出します。

「これ……デート用フローチャート? わざわざ作ってくれたんですか?」

「仕事の合間にな」

 慣れた様子で魔女さんはタブレットを操作。

「今日の学校終わってからやし、夕方やろ? 最初はあいつ行きたいところ……服やったな? そういう店行って買い物や。もし、行く場所、任された時のために、服とか雑貨の店とか、候補は挙げといた。そのあとは、お茶でもいいし、夕飯でもいい。こっちも候補選んでる。あそこ、映画館もあるからそれも一興や。その候補がある上で向こうがやりたいことを尋ねるんや」

「すごい……。ボクじゃこんなの思いつかないです」

 ベルタさん、童顔って言われるボクよりも年下に見えるかもしれないぐらいなのに、実はすごく経験豊富なのかも……と思わず尊敬の目で見てしまいました。

「言うとくけど、理詰めで作っただけやからな。錬金術は理詰めでやるもんやからな。こういうの考えるのが得意なだけやからな」

「は、はい」

 照れた様子でプイと顔を背けるベルタさん。

経験豊富じゃなかったみたいですけど、経験ないのに、ここまで考えられるほうがすごい。

「本当にありがとうございます。助かります」

「お前に死なれたら、わたしが呪い我慢できへんようになった時に困るからな」

「パティもデス。生きねば。」

「お前は食べるの我慢せえ。スニッカーズ離して、頭の後ろで手ぇ組んでうつ伏せになれ。……とはいえ、ショーくん。相手は気まぐれな動物や。ケーキ食いたさに、殺したり殺さんかったりもする奴やからな。こんな予定どおりにいくかどうか」

「死にたくないですし、そこはボクががんばって……」

「忘れてはいないか?」

 バサリと光り輝く翼が広がりました。

 四人入るとちょっと狭い校務員室に容赦なく散る光の羽根。

「我は七柱神の一柱。天則司るアシャ・ワヒシュタ」

 制服姿のまま、光の剣《天則司るワヒシュタ》を握りしめて、六翼の神が太陽のような表情を見せます。

「そして、菊月晶を護るのが我が運命。ゆえに……我が共に行こう。禍々しき妖狐の牙、主に届かせはしない」

「ありがとうございます。でも、いいのかな……」

「あー。天則な。司ってる神な」「ジーザス、サノバビッチ……」

 ベルタさんとパティさんは心底渋い顔。

 部屋の隅に正座した大火さんは無言で眼鏡を押し上げていました。

「禍々しき妖狐の牙、主に届かせはしない」

 アシャさんが二回言ったので、大事なことです。

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