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第1章 燃える瞳は

「こんばんは。スズ姉さんよ」

 ミディアムショートの柔らかそうな茶色の髪と、春の日差しみたいにポカポカと暖かな笑顔。

 ボク――菊月晶きくづきしょうが、スズ姉さんのことを考える時にはいつもそんな顔が頭に浮かびます。

「夕飯作り過ぎちゃったの。晶くんもアシャちゃんも少し食べてもらえないかしら?」

 料理も上手で、困った時にはいつも相談に乗ってくれるし、忙しい両親を手伝って、アパート《メゾンふたつぼし》の管理人までしている。

 優しくてステキなスズ姉さん――双津星鈴金ふたつぼしすずかねは、ボクの従妹で、一つ年上のお姉さん。


   ◆ ◆ ◆


 血のように赤い空とどこまでも広がる荒野。

 ボクとアシャさんの前に広がるのはあからさまな異空間でした。

 荒野の果てを埋め尽くすのは、機械の獣……としか言いようのない明らかな異形。

 虎や狼、獅子のようなものがいれば甲虫のようなものもいて、そのいずれもが十メートルを超える巨体を持っています。

 数百体を超える機械の獣たち。

 それに立ちふさがるように、二人の女の子が佇んでいました。

 一人は領武高校の制服の上にエプロンを巻いたスズ姉さん。

 その隣に立つのはツーサイドアップの髪がかわいらしい顔立ちに似合う、スズ姉さんの妹、双津星銀華ふたつぼしぎんか――ギンちゃん。

 ギンちゃんはいつもの愛らしい服じゃなくて、何故か巫女装束でした。

「スズお姉ちゃん」「ええ」

 二人は荒野を埋め尽くす、機械の獣の群れへと足を踏み出します。

「わたしたちが」「この世界を護りますぅ」

 そんな光景を、ボクたちは吹き荒れる砂塵の向こうに見ました。

「……え? これも呪い!? 世界の命運をかけて機械生命体みたいな侵略者と戦う呪い!?」

 思わずアシャさんに尋ねてしまいます。

「これ、しょうもなくないですよね!? 全然しょうもなくないですよね!?」

「あ、主よ。なんなのだ、あれは?」

「聞き返されても!?」

 天則司りし神様、すごく驚いていました。

 その直後、咆哮が上がりました。

 機械の獣のものかと思ったのだけど……違う!?

 スズ姉さんの身体がまばゆい光に包み込まれていました。

 光は膨れ上がり、次の瞬間には見上げるほどの巨大な姿がそこにありました。

 全身を覆うものは針のように尖った剛毛で、その下でははちきれんばかりの筋肉が脈動する。

 大地を踏み割り、鋭い牙を露わに雄叫びを上げて立つものは、逞し過ぎる巨躯と長く太い腕、禍々しい鉤爪を持ち、野生満ちあふれる炎の眼差しで地平を睨む。

「ゴリラだっ!?」

 全長五十メートルはある!

 そして、スズ姉さんだったゴリラは大地を蹴りました。

 ただのひと蹴りで数百メートルを跳躍したゴリラが地平を埋める化物の中に飛び込み、拳の一振りで機械の化物を百体ぐらいまとめて粉々にする。地平線を埋め尽くす化け物が巨大なゴリラに蹴散らされていく。

「なにこれ……ゴリラになって侵略者っぽいのと戦う呪い?」

 アシャさんはもはや応えてくれませんでした。天則司りし神様は声もありません。

 ゴリラはつかんだ敵を振り回して、また百体単位で吹き飛ばします。

「これもしょうもない呪いドゥルジ・ナス……でいいの?」

 眼鏡がずり落ちそうです。


   ◆ ◆ ◆


 多分、アシャさんが作る隔離空間と似たものだと思う赤い荒野に、スズ姉さんだったゴリラが荒れくるっていました。

 全長五十メートルのゴリラ姉さんが、大地を埋める、とんでもない数の機械の獣を殴り飛ばし、叩き潰し、薙ぎ払い、破壊し尽くしていくのを、ボクたちはただ呆然と眺めます。

 もちろん、機械の獣も抵抗していました。

 狼も獅子も、蠍や竜に似たものも、ゴリラに及ばずとも、とんでもない巨体を持っていますし、全身には大量の火器を搭載しています。

 重機関銃から嵐のように弾丸を浴びせかけ、ミサイルが炎を噴き上げます。さらには多分、パティさんが使う重力兵器のようなものが空間を歪めて大地を引き裂きました。

 でも……ゴリラは銃弾をちょっと頑強過ぎるにもほどがある身体で弾き返して、ミサイルの直撃に毛の一本も焦がさず、重力兵器を蚊でも払うように張り飛ばします。

「アハリヤ アソバストマウサヌ アサクラニ サルタヒコノオオカミ オリマシマセ」

 ゴリラ姉さんの咆哮と、破壊の音に混じって聞こえるのはギンちゃんの声でした。

 機械の獣に突進していったスズ姉さんとは違って、ギンちゃんはボクたちのわりとそばにいます。

 巫女装束のギンちゃんは、神社で聞く……祝詞? みたいなものを歌いながら、舞っていました。

 クルリと回れば、赤い袴が揺れて、白衣の上にまとう千早がふわりと翻り、手にした榊がサラリと鳴ります。

 いつも弾けるような笑顔を浮かべている顔には、見たこともない真剣な表情。

 舞い踊りながらも、ギンちゃんはゴリラになってしまったスズ姉さんを見つめています。

「え、えっと……。本当になんだかわからないんですけど……」

 頭を振ってみたんですけど、幻とかじゃなさそうでした。

「主よ。我にはわかる。今しがた理解した」

「あ、やっぱりわかるんですか。さすが天則司りし神様!」

「そのとおりだ。我が主。我は汝らの言葉を借りれば、ゾロアスター教における七柱神が一柱、天則司りし神、アシャ・ワヒシュタ」

 フッ……と、アシャさんは吐息。それから自分を落ち着かせるように、胸に手を当てて深呼吸しました。クールダウンできたみたいです。

 そんなアシャさんは既に戦闘態勢。輝く三対、六枚の輝く翼を広げ、光の甲冑に身を包んでいます。

 自信に満ちあふれ、気高くも美しい、太陽のような女の子。さっきまで愕然とした表情でゴリラを見上げていたのを思い出さなければ間違いなくそうです。いつもはそうなんです。

 落ち着いたようなので、とても頼もしい。

「汝らが用いた言葉を借りよう。あの機械の獣の如き者たちはキメラ。外宇宙から訪れた侵略兵器だ。無機物でありながらも有機物の特徴を併せ持つ肉体。純粋なるものジェヌインのプラントによって、生み出され、侵略対象を侵蝕同化する特性すら……」

「すごくSFかつ危機的な話が返ってきた!? でも、そんなところ申し訳ないんですけど、ボクは訊いたのはそっちじゃないんです。すいません。あのゴリ……スズ姉さんのほうです」

 ハッとした表情のアシャさん。

「なるほど。なるほどな……。これは、その……主よ。天則、すなわち、世界の理、真理を司る力とは、我が望むことで行使される。つまりは、望むことなければ、天則を知ることはない」

「……? えっと、つまり?」

「我は双津星鈴金のことを調べようなどと思ったことは一切なかった。人の子の言葉を借りればノーマーク。しかし、天則によれば、人と人との信頼は大切なものであり、みだりに個人情報を詮索することは、個人情報保護の観点からすればありえない。ゆえに……あえて鈴金のことを詮索しようなどとはしなくて……我は……」

「神様なのにすごく倫理的でいいと思います」

「つまりは……すまない。我が主よ。正直、うっかりだともいえる」

「しかたないですよ。うっかりするのは、だって、アシャさんのしょうもない呪いドゥルジ・ナスのせいなんですから。すいません。うっかりとは知らず……」

「詫びるな、主よ。詫びないでくれ。かえって惨めになる! 我は……!」

 がっくりとうなだれるアシャさん。

 そこにゴリラが引きちぎった巨大な鉄の獣――キメラの頭が吹っ飛んできました。

 それだけで一軒家ぐらいあります。

 あ、死ぬ。

 そう思った瞬間、アシャさんは手にした剣を一閃。

 迸る光の刃が、鉄の塊を跡形もなく消滅させました。

「天則司りし力……」

 ボクはペタンとへたり込みました。

 とんでもないところにいるってことに、すごく今さらながらに気づきます。

 なんせ、五十メートルのゴリ……スズ姉さんと、巨大なキメラたちが衝突しているんです。

「大丈夫か。主よ」

「はい。ありがとうございます」

 アシャさんが差し出してくれた手にすがって立ちあがれば、戦いは終わっていました。

 砕かれたキメラの山。荒野を埋める残骸の中に、スズ姉さんだったゴリラが立っています。驚くことに無傷。

 ゴリラの身体が光を発しました。巨体を包み込む閃光。

 神々しいほどに綺麗で優しい光が瞬いて消えると、そこにはもう全長五十メートルのゴリラの姿はありません。

 キメラの残骸の上に一人の女の人がいました。ミディアムショートの茶色の髪と、穏やかな表情は、どこからどう見ても、やっぱりスズ姉さんです。

「晶、くん……?」

 そして、目が合ってしまいました。

「晶お兄ちゃん!? どうして……いつの間に、ですぅ!? 神出鬼没にもほどがありますぅ!」

 ギンちゃんもボクには全然気づいてなかったみたいで驚いています。

「それに、アシャちゃん……その姿……羽根」

「はっ!? しまった!? 我としたことが」

「そういえばそうでした」

 ボクもそれどころじゃなくて、忘れていました。

 戦闘態勢のアシャさんは光り輝く翼を伸ばして、ファンタジーもかくやという甲冑姿。あまりの神々しさを隠すことなんてできません。

「え、えっと……」

「すまない。我も日常生活のために神であることを隠そうという意識はあるのだ。だが、これは、先程の光景に驚いて、その、うっかり……」

「確かにそれがバレたことも気まずいんですけど」

 もうひとつ大きな問題があって、ボクは視線を下げるしかありませんでした。

 だって……

「きゃっ!?」

 スズ姉さんの悲鳴。

 つられてそちらをチラ見して、また見てしまいました。

 その……スズ姉さんは今、裸で。白い肌とか、服の上からでも十分豊かだった膨らみとかが、全部目に入ってしまって……眼鏡がずれます。

「や、やだ……! 恥ずかしい! 見ないで! 晶ちゃん、見ないで!」

「み、見ません! 見ませんから!」

 胸を隠してしゃがみこむところは見えちゃったんですけど、事故です。

 今は両手で目を覆っています。

「大丈夫ですぅ! お姉ちゃんのプロポーションは、ミロのヴィーナスすら凌駕するですぅ!」

「ミロのヴィーナスは現代の観点からすると若干安産型よ!?」

 お腹を隠すスズ姉さん。

 妊婦を象った土偶、縄文のビーナスとかじゃないから大丈夫ですよ! と言おうと思ったんですけど、何のフォローにもなってないのでやめました。

 でも……スズ姉さんは実際、すごく綺麗だと思います。


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