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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第18話

ちょうどテルルも食べ終わったようで、静かにフォークを皿に置いた。


「私も、ごちそうさまでした。おいしかったです」


「そーゆーわけだから、ほら帰った帰った」


あぐらをかきながらそう言うネビュラをテルルがたしなめた。


「ネビュラ様ったら、失礼ですよ。お二人共、ゆっくりしていってください」


「大丈夫です、あたし達もこれ食べ終わったら出るつもりだったんで。あ、でもお皿の片付けくらいしていこうかな」


キラは食べ終わった皿を重ねて片付けを始めた。テルルが手伝いはじめたのでゼオンもそれを手伝った。

ネビュラは片付けの手伝いをせずに窓の外をじっと眺めていた。また何か悩んでいるようだったが、ゼオン達が来る前と比べると顔色はだいぶ良くなったように見える。

キラはまとめたお皿を屋敷の使用人に届けると、ネビュラに言った。


「じゃあ、今日はお邪魔しました。また何かあったら遠慮なく声かけてください! じゃあ、失礼しました!」


「ああそう、帰るのか。じゃあまたね」


ネビュラは窓からこちらへ視線を戻すと、そっけない様子で手を振った。ゼオンは軽く会釈して部屋を出た。キラも部屋を出ようとした時、テルルが言った。


「ネビュラ様、私、ちょっとお二人をお見送りしてきてもよろしいですか?」


「いいよ別に、いってらっしゃい」


「ありがとうございます」


そうしてテルルも部屋を出た。キラはテルルがついてきたのを見て少し顔を綻ばせた。

ゼオンとキラはテルルと共に出口へと歩き出した。テルルは歩きながらゼオン達に言った。


「お二人共、今日はありがとうございました。ネビュラ様も少し気分が良くなったみたいです」


「気にしないでください。テルルさんも、ケーキのこと教えてくれてありがとうございました!」


キラが元気良くそう言うとテルルは軽く微笑んで言った。


「お礼を言われるようなことは何もしていません。偶然使用人の方が教えてくださっただけです。正直、キラさん方がネビュラ様を気遣ってくださって、本当に助かっているんです。ネビュラ様、一人にしておくと何をしでかすかわかりませんから……」


「テルルさん、ネビュラ様のこと本当に心配してるんですね……」


「はい、ネビュラ様にはどうか後悔を残さずに無事に国に戻っていただきたいのです。ネビュラ様だけでなく、ルルカ様にも。もうこれ以上あのクーデターのことで悲しむ人など見たくないのです。

どうか遺恨を残して終わることのないように、けれど、どちらかが悲しい結末を迎えることもないよう願っているんです……酷いエゴですね」


テルルは沈んだ声でそう言った。ゼオンは横目でキラを見た。大きな瞳はテルルにくぎ付けになっていた。何か言おうと必死に言葉を探していた。きっと今のテルルの言葉はキラの願いそのものなのだろうと思った。


「エゴだなんて、そんな……」


「いいえ、エゴです」


キラがふと漏らした言葉をテルルははっきりと切り捨てた。


「実は私も、5年前のクーデターの際にはエヴァンス家側に手を貸していたのです。先代王家側に仕えるゴデュバルトという貴族を滅ぼす際に現国王に協力しました。

私自身はクーデターなんて望んでいませんでしたし、エヴァンス家に仕える者としてやむを得ず……といった感じでしたが、それでもクーデターに加担したのは事実なんです。

だから、本来は私もルルカ様に恨まれて当然なんです。それどころか、ある意味ネビュラ様にも恨まれるべきなのかもしれません。二人の間に亀裂を作ったクーデターを実行したのは私たちですから。その実行犯が二人の和解を望んでるんですもの。とんでもない偽善ですよ」


激しい痛みをこらえているような表情だった。テルルは俯き、こちらに顔を見せないように前を歩いた。ゼオンは呟いた。


「けど、多分ルルカはお前のことは恨んでないだろうな。あの様子じゃあいつが消したいくらい恨んでるのはあの王子だけだ」


「ええ、そうでしょうね。多分私がクーデターを実行した一人だとはご存知ないのでしょう。皮肉なものですね」


テルルの声はしんと静まり返った廊下に染み渡った。また「第三者」か、とゼオンは心の中で呟いた。今の自分を取り巻く人々の関係がどれほど複雑か、果たしてルルカは気づいているのだろうか。ネビュラを恨むことしか頭に無いのではないだろうか。

ゼオンはため息をついた。この状況で、ルルカは自分の過去にどんな決断を下すのだろう。そしてそれを第三者達はどう受け止めるだろう。


「それでも、所詮エゴだとわかっていても、願わずにはいられないんです。これ以上あのクーデターのせいで悲しむ人が出ませんようにと。あれは酷い出来事でした……」


テルルは俯きながら呟いた。皮肉だな、とゼオンは再び心の中で呟いた。ゼオン達が階段を降りて玄関ホールに出ようとした時、二つの人影を見つけた。使用人ではないようだ。何やらぺちゃくちゃと二人で話し合っている。すると、キラが二人に言った。


「ペルシア、リーゼ! おーい!」


ペルシアとリーゼはキラに気づいて手を振った。キラは階段を飛び降りて二人の傍へと向かった。


「二人とも、さっきはケーキありがとね! おいしかった!」


「そう? よかった。砂糖をちょっと入れすぎちゃったかなって不安だったんだけど……」


リーゼがそう言うと、キラはゼオンの方を見て言った。


「あたしは気にならなかったけど、ゼオンはどう?」


「別に。もっと甘くてもいいくらいだった」


「だってさ。それにしても急にケーキなんて焼いちゃって、どうしたの?」


「ちょっと、お菓子作りの特訓中なの」


リーゼは楽しそうにキラに言った。するとテルルが二人に言った。


「先程のケーキ、とてもおいしかったです。私からもお礼申し上げます」


「わあ、よかった。そう言ってもらえると嬉しいです」


するとペルシアがリーゼに声をかけた。


「ところで、来週は何を作りますの?」


「あ、そうだね。何にしようか……」


「チーズケーキとかいかがです?」


「うーん、チーズケーキってちょっと酸味あるよね……」


「では、ガトーショコラとかは?」


「うん、それなら……あっ、一応やめておこうかな。うーん……シンプルにシフォンケーキとかにしようかな。紅茶にも合いそうだし。シフォンケーキの型ってペルシアの家にある?」


「大丈夫ですわよ。では来週はシフォンケーキということで。また作ったらキラ達にもおすそ分けしますわね!」


ペルシアがそう言うとキラは笑顔で頷いた。女子三人がきゃあきゃあと話し合うのが終わるまでゼオンは少し離れたところで待っていた。ついこの間までしょぼくれたり俯いたりしていたキラが、今は楽しそうにリーゼ達と話していることがゼオンには不思議で仕方がなかった。

ゼオンは自分はあんなふうに笑ったりしょぼくれたりはできないだろうと思った。昔からそうだ。クロード家に居た時も、牢から逃げ出してからもゼオンはいつも淡々と目の前の出来事を受け入れてきた。

思えば、ディオンと再開した時でさえゼオンは殆ど泣きも怒鳴りもしなかった。記憶を取り戻した時のキラや今のルルカと比べると落ち着いていた方なのかもしれない。

だがキラを見ていると、自分がいつでも落ち着いていられることが時々寂しく感じるのだった。目の前の一つ一つの出来事に素直に反応できる姿がとても眩しく見えるのだった。


「ゼオン、ゼオン?」


突然名前を呼ばれたのでゼオンはハッと我に帰った。気がつくと女子三人の話は終わり、キラはゼオンのすぐ目の前に居た。


「そろそろ帰ろ、ねっ?」


「ああ、そうだな」


ゼオンはいつものように淡々と返して玄関ホールへ向かった。キラは後ろでリーゼ達にぶんぶん手を振ったり、テルルと何か話しながらついてきた。

ホールに行くとちょうど使用人が一人掃除をしていたところだった。使用人はゼオン達を見つけると、入り口の扉を開いた。外に出ると、冷たい風が二人の肌を刺した。テルルが軽く会釈して言った。


「本当に今日はありがとうございました」


「気にしないでください。何かあったら遠慮なく相談してください! じゃあ、また今度!」


キラが優しくそう言って、二人は屋敷を後にした。冷たい風が吹き付ける中、遠くで太陽が顔を半分隠して燃えていた。

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