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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第17話

目の前の「展開」に怯え不安で打ちひしがれるルルカとネビュラ。 駒で遊びながら次の「展開」を選ぶオズとセイラ。 そしてオズとセイラに対抗し、最悪の展開を招こうとしている黒幕。

ゼオン達は何をすればよいのだろう。何が正しいのだろうか。悶々と考えながらゼオンは歩いた。キラならこんな時、何を言うだろうか、とふと考えた。

歩きつづけてしばらくすると、急に冷たい風がゼオンの傍を吹き抜けた。ゼオンは顔を上げた。気がつくと、そこは村の中央の広場だった。

さて、ここまで来たらいい加減行き先を決めなければならない。ゼオンはぐるっと広場から伸びる道を見回した。一度寮に戻るか、ルルカかネビュラの様子を見に行くか。

その時、ルルカの宿屋の方向から近づいてくる影を見つけた。その人物はゼオンを見つけるなり、手を振ってこちらに走ってきた。


「ゼオンだ、おーい!」


やってきたのはキラだった。キラはゼオンの傍までやってくるとぱあっと明るく笑顔を浮かべた。


「こんなとこで会うと思わなかったよ。どうしたの?」


「図書館からの帰り」


その途端、キラの表情に一瞬恐怖の色がかかった。やはり、先日の図書館での出来事がキラには少し恐ろしく感じたのかもしれない。


「大丈夫、特に何もなかった。オズとセイラに言いたいことがあっただけだ」


「あのー……ゼオン? そういうの、何もないって言わないよ……。どんな話だったの。また脅されたりしなかった?」


キラは心配そうに尋ねてきた。ゼオンは淡々と答えた。


「大丈夫、脅されるって程のことはなかった」


「そう、よかった」


「お前はルルカの様子でも見に行ってたのか?」


「うわ、そうだよ。当たり。なんでわかったの?」


「なんでって、お前がルルカの居る宿屋の方向から来たからそう思ったんだ」


「え、ああ、そっか」


キラの何気ない一言一言が暖かく感じた。オズとセイラの二人と話した後だと余計にそう思う。

それと同時に、ゼオンは先程の話をキラに話すべきか迷った。先日キラに言われたことを思い出す。「気づいたことは教えてほしいな」と。

だが、どこまでをどのように話せばいいのだろうか。下手すればまたいらぬ心配をかけたり些細なことから揉めたりしないだろうか。「難しいな」と、ゼオンはまた心の中で呟いた。すると、キラがこう尋ねてきた。


「ところで、あんたはこれから帰るとこ?」


「いや、決めてない。お前はどこ行くんだ?」


キラは少しぎこちなく笑って言った。


「えーっと、あたしはちょっとネビュラ様のとこ行ってみようかなって。あたしにできることなんてないかもしれないし、お節介かなって思うんだけど、なんか落ち着いてられなくって……、様子見に行くだけでもって」


「そうか……、じゃあ、ついてく」


「ほんと? やった!」


キラの声色が途端に明るくなった。ゼオンは言った。


「……そこは喜ぶところなのか?」


「いや、ちょっと、正直一人で行くの不安だったんだよね。あんたが一緒に来てくれるなら心強いかも! ありがと!」


ゼオンはついぐっと黙り込んだ。キラのこういう正直なところは良いところなのだが、ずるいとも思ってしまう。キラは突然ゼオンの腕を引き、ネビュラが居る村長の屋敷へと走り出した。


「おい、腕……、その、走らなくてもいいだろ」


「え? あーごめん、なんかついつい」


キラは立ち止まって手を離した。ゼオンは小さくため息をつき、二人は並んで再び歩き出した。

二人の間を北風が通り抜けていった。空を見上げると、雲が高く、すっと筋を低くように伸びていた。もう随分寒くなった。

ゼオンは隣のキラを横目で見守りながら考えた。キラと出会ったのはたしか春だ。アズュールに行ったのは夏の終わり。そしてもうすぐ冬が来る。

早いもんだな、とゼオンは思った。しばらく歩いていると、キラがふとこう言った。


「なんか、こんなことしたらスパイみたいかな」


「スパイ? なんでだよ」


「ルルカのとことネビュラ様のとこ行ったり来たり、誰の味方なんだって思われちゃうかな」


ふっと、ルルカとの口論の時のことが頭をよぎった。


「さあ……どうだろうな。それでもお前はルルカのこともあの王子のことも放っておけないんだろ?」


「うん、なんか、落ち着かなくって……でも、これでまた何か誤解されたり、喧嘩になったりしないかなって怖いんだよね……。余計なことしない方がいいのかな……」


ゼオンは言葉を返せず黙り込んだ。オズ達のことや黒幕のこと、ルルカのことやネビュラのこと、様々なことが頭を駆け巡った。何と返せば正解なのかわからなかった。会話はそこで途切れた。無言のまま、二人の足音だけが時を刻んでいた。やはり「気が利く答え」というものはなかなか思いつかなかった。

やがて村長の屋敷が見えてきた。キラが一度立ち止まり深呼吸した。城のように静かに佇む屋敷をキラは丸い目を見開いて捉えていた。


「じゃあ、行きますかっ」


自分を鼓舞するようにキラはそう言った。そして屋敷の扉をノックした。すぐに中から使用人が現れ、キラは使用人に事情を説明した。

ゼオンはその様子を後ろで黙って見つめていた。使用人はすぐにキラ達を中に案内した。

キラのすぐ後ろをゼオンはついていった。廊下を歩きながらキラは呟いた。


「大丈夫かなあ……」


ぽつりとキラは不安そうに呟いた。それでもキラの足は止まらなかった。止まることなどできないのかもしれないと思った。

ゼオンは答える代わりにため息をついた。言葉にしようとする度に図書館での会話が頭を駆けていった。「大丈夫だ」と、言える力が欲しかった。

一歩一歩足を踏み出す度にフローリングの床がコツコツ音をたてた。前を歩くキラの背中から緊張の色が見て取れた。ゼオンはキラの後ろを黙ってついていった。窓の外に目をやると、空に赤味がさし、日が陰りはじめていた。

ネビュラの部屋の前までたどり着くと使用人は小さくお辞儀をして去っていった。キラは一度深呼吸してから扉を叩いた。「どーぞ」と、ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。キラとゼオンは静かに中に入った。

まだネビュラが村に来て数日しか経ってないはずだが、部屋の中は服や靴下が散らばっていた。ネビュラはぼうっとソファーに座っており、傍らでテルルがせっせと散らばった服を片付けている。


「また君達か。何、今日は何の用?」


ネビュラはこちらを見ずにそう言った。声は低く沈んでいた。目の下に隈ができていて、疲れた表情をしていた。


「あ、えーっと、今日は様子を見に来ただけです。ネビュラ様元気かなーって」


「元気だとでも思ったの?」


ネビュラが冷たく言い放つとキラの肩が少し震えた。ネビュラはキラを睨みつけるとぷいっとそっぽを向いた。ゼオンはネビュラに言った。


「八つ当たりできるくらいには元気みたいですね」


ネビュラが不愉快そうにこちらを睨んだ。だがネビュラはふとキラの方を見て、それからまたゼオンを見て鼻で笑った。


「あー……やけにムキになると思ったら、そういうことか。悪かったね、その子いじめて」


「こいつのことは関係無いと思いますが……? そんなふうに謝れるんなら俺じゃなくてルルカに謝るべきだと思いますよ」


途端にネビュラの表情が曇った。ゼオンが「一言多かった」と気づいた時にはもう遅かった。キラが若干青ざめながらネビュラとこちらをちらちら見ていた。

ネビュラは深いため息をつき、こちらを睨みつけて言った。


「謝る、か……謝ったところで、何になるのさ。ルルカは俺を赦すのか?」


「……さあ、知りません。それはルルカが決めることです。けど、杖を奪うよりはマシな気がします」


ゼオンは正直にそう言った。ネビュラはこちらを睨むのをやめて俯いた。テルルが散らかった部屋を片付ける音だけがした。重たい数十秒だった。その様子を見て、ゼオンはまた「失敗したかもしれない」と感じた。どうもゼオンは毎度毎度言いすぎて少々相手を落ち込ませてしまう。

事実をそのまま伝えることが相手の為になるとは限らないことくらい頭ではわかっていた。が、どうもこうもその癖はまだ直っていないようだった。すると、隣にいたキラが突如パチンと手を叩いて言った。


「そ……そうだ、お茶、お茶しながら話しませんか! 今日は様子見に来ただけだから、そんなピリピリしながら話す必要無いと思うんです!」


突然キラが何の脈絡もなくそう言い出したのでネビュラはぽかんとして顔を上げた。ゼオンもキラが何故そんなことを言い出したのかわからない。ネビュラがキラに言った。


「なにそれ、どうしたの急に。それで俺がどうかするとでも思うの?」


キラは笑って言った。


「どうにかしようって思ってないです。ただ、その方がちょっと気が楽かなって。ネビュラ様もあたしたちにくどくど色々言われるより、お茶するだけして帰ってくれた方が楽じゃないですか?」


ネビュラは不機嫌そうに黙り込むだけだった。すると、部屋の扉の方から何やら話し声が聞こえてきた。

振り返ると、テルルが屋敷の使用人達と何か話している。少ししてテルルは三人に言った。


「皆さんちょっとご相談があります。村長さんのお孫さん達がケーキを焼いたそうで、試食してくれる方を探してるそうなのですが、せっかくですからいただきませんか?」


「わぁ、ペルシアが? ほんとですか、いいと思います!」


キラが飛び上がってそう答えた。するとテルルが居た扉の影からペルシアとリーゼが顔を覗かせた。二人ともエプロンを身につけていた。キラはぴょこぴょことペルシアとリーゼの方へ駆け出した。


「わあっ、リーゼまで来てたんだ! ケーキ? ケーキあるの?」


ペルシアが自慢げに言った。


「ええ、リーゼがミルフィーユの作り方を教えてほしいって言うので、練習がてら二人で作りましたのよ」


「うち、オーブンが無くって、ペルシアの家のを借りたの」


リーゼがほんわかとそう言った。ゼオンはついリーゼに背を向けてしまった。キラは再びネビュラのところに戻って言った。


「ねっねっ、どうですか! ケーキ、きっとおいしいですよ!」


するとテルルもネビュラの傍らに戻ってきた。


「いかがですか、ネビュラ様。お疲れのようですし、少し甘い物でも頂きませんか」


「テルル、お前、余計なことを……」


「あら、これでも私が現王家にお仕えしている身であることをお忘れですか? ネビュラ様の身を気遣い、無事に国に帰ってこれるよう見守るのが私の役目ですよ。ネビュラ様の体調管理も私の仕事です」


ネビュラはぶすっとふてくされていたが、しばらくして諦めるようにため息をついた。


「全く、しょうがないなあ……。わかったよ、その代わりお茶じゃなくてコーヒーにして。コーヒー派だから」


「はいはい、かしこまいりました」


テルルはそう言ってペルシア達のところにお茶とケーキを頼みに行った。ゼオンはその様子をぼうっと見守っていた。


「あ、そうだ、あたしも部屋の掃除手伝います! どうせお茶するなら、きれいな部屋でした方が気持ちいいし!」


キラはそう言って部屋に散らばった物を拾いはじめた。戻ってきたテルルも掃除に加わりながら言った。

ゼオンはキラの傍に言ってネビュラには聞こえないように言った。


「急にお茶だケーキだって、どうしたんだ」


キラはせっせと部屋を掃除しながら言った。


「ちょっとティーナの真似してみようかなって思ったの」


「ティーナの?」


ゼオンが聞き返すと、キラは思い出でも語るように、少し微笑んで話し出した。


「うん。ルルカの様子を見に行った時、ティーナが同じことしたんだよね。お茶会。お菓子も並べてさ」


「それで、ルルカが何か変わったのか」


「わかんない。でも、悪いアイディアじゃなかったと思う。だから、真似してみたくなったんだ。

ゼオンは甘い物好きでしょ。お茶飲んでケーキ食べたらそれで帰ろ。今日は様子見だから、それでいいかなって」


ゼオンは否定も肯定もせずに黙り込んだ。その時、扉をノックする音がした。扉が開き、使用人達が紅茶とケーキを運んできた。部屋の中央にカップとケーキが四つずつ並べられた。滑らかな白のカップに紅茶が注がれ、ダージリンの香りが部屋を包んだ。

ペルシアとリーゼが作ったというミルフィーユは断面にくっきりと層ができていて、クリームと苺が添えてあった。

カップと皿の数を見てテルルが言った。


「4つ……? もしかして私の分も用意してくださったんでしょうか……」


するとネビュラが言った。


「どう見てもそうだろ。素直にもらえば? 余って捨てるのも勿体ないだろ」


「でも、一応護衛任務中ですし……」


「護衛なんだからしっかり働いてもらわなきゃ困るんだよ。あるんだから今のうちに食いな。甘い物は疲れが取れるんだろ?」


「全く、ああ言えばこう言う……」


テルルはため息をつきながら席についた。


「仕方ないですね、ではお言葉に甘えていただきます。お部屋のお掃除も満足にできないネビュラ様の為に、私はまだまだ働かなきゃならないですからね」


「なっ、おいテルル、調子に乗るな。」


「キラさん、ゼオンさん、いただきましょう」


「おい、聞け」


キラは少し楽しそうに席についた。ゼオンも後から席についた。ゼオンは砂糖を紅茶に流し込みながら周囲を見回した。お茶とケーキを用意しただけなのに、さきほどよりも部屋の空気が柔らかくなったように感じた。

その先はルルカの話は一切せず、本当に「ただお茶を飲み、ケーキを食べるだけ」だった。ゼオンは「本当にこれでいいのか」と考えていたが、キラはおいしそうにケーキを口に運ぶだけだった。


「ケーキは久しぶりだから嬉しいな! ペルシアとリーゼにお礼言わなきゃね」


「ミルフィーユって作るのが難しそうに見えるんですが、これは綺麗にできてますね」


キラはテルルとすっかり意気投合したようだった。一方のネビュラは二人の様子を不満そうに見つめながら口にケーキを押し込んでいた。


「全く、なんで俺がこんな時にケーキだなんて……なんかちょっと甘すぎるし……」


「お口に合いませんでしたか?」


「別にそんなことは言ってないだろ。まあ、素人が作ったにしてはいい方なんじゃないの」


そう言いながら誰よりも早くネビュラはミルフィーユを食べきっていた。その様子をテルルは微笑みながら見守っていた。するとキラが突然横からゼオンに言った。


「ゼオン、あまり手が進んでないけどどうしたの? ミルフィーユは好きじゃなかった?」


「いや、そういうわけじゃない。ミルフィーユのことじゃなくて……ただ、なんか、北風と太陽みたいだなと……」


「北風と太陽?」


キラは首を傾げた。ゼオンはネビュラ達の様子を見ながら呟いた。


「そうだな、その、うまく言えないけど……物事予想どおりにいかないものだなと思ったんだ。悪い意味でも、良い意味でも」


キラは手を止めて正面に座る二人の様子を静かに見つめた。部屋に入ってきた時と比べるとネビュラの顔色は良くなり、口数も増えていた。


「たしかに、そうかもね。」


「お前も、この部屋に来る前より笑ってる」


「そう? そうかな。だって美味しいものがあったらそれだけでテンション上がらない?」


そう言ってミルフィーユを頬張るキラの顔はどこか暖かく綻んでいた。ゼオンもミルフィーユを口に入れた。苺の甘酸っぱい香りが広がった。


「後でリーゼとペルシアには礼を言うべきかもな」


「あとティーナにもね」


「ティーナに?」


ゼオンが聞き返すとキラはフォークをゼオンに向けながら言った。


「そうだよ。だって、この状況でお茶するなんて最初に思いついたのはティーナだもん。ティーナはすごく優しいし気が利くよ」


「そうか、あまり気にしたことなかったな……」


「ゼオンってばあたしよりティーナとは長く居るんだから、もっとティーナのことよく見てあげなよ。じゃなきゃティーナはあんなにゼオンのこと好きなのに、なんか報われないよ」


ゼオンは思わず黙り込んだ。その一言がなぜかゼオンの心を曇らせたが、なぜその一言がそんなに引っ掛かったのかはわからなかった。その曇りを紛らわせるようにゼオンは無言でひたすらミルフィーユを口に運んだ。


「あれ、ゼオン、どうかした……?」


キラが横でうろたえていたがゼオンは何も聞こえないふりをした。すると目の前にいたネビュラがにやにや笑って言った。


「臆病者。はっきり言えばいいのにさ。ルルカの矢はあんなに冷静に受け止めたのに思ったよりチキンなんだな」


「臆病者だなんて、あなたにだけは言われたくありません」


ゼオンはそう言ってカップの底に溜まった砂糖を喉に流し込んだ。砂糖と一緒にキラの一言も水に流すことにした。


「たしかに……そうだね。俺は臆病者だ。それは否定できないな。自分が一番よくわかってる……」


ネビュラの顔に一瞬暗い影が落ちた。すると二人の会話を聞いていたキラがふとネビュラにこう言った。


「臆病者? どうして今になって急にそれで落ち込むんですか。もしかして図書館でセイラが言ったこと気にしてるんですか。ネビュラ様は臆病じゃないですよ。だってもし本当に臆病だったら、王様のお父さんに内緒でこんな山奥の村に来たりなんてしませんよ」


ネビュラは驚いた様子でキラを見つめていた。時間が止まったかのように黙り込んだまま目を見開いていた。しばらくして、ネビュラは何も言わずに自分のコーヒーを飲み干した。


「別に、気を遣わなくていいんだよ。それと、とりあえずごちそうさま。ケーキの味はまあまあだったんじゃない。君の友達に言っといて」


そう言うとネビュラはカップやフォークをほうり出した。

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