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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第16話

この二人の「会談」にゼオンが居合わせるのは珍しいことかもしれない。よく晴れた日の昼下がりの頃だった。目の前のテーブルにはチェスの盤が置かれている。そしてテーブルの両脇の椅子にオズとセイラが座っていた。

ゼオンは二人の会話を少し離れたところから聞いていた。今日の図書館は居心地が悪かった。オズはチェス盤の上の駒をいじって遊んでいた。盤には黒のルーク、白のポーン、白のナイトの3つの駒が置いてある。

黒のルークの正面直線上に白のポーンが置いてある。そのポーンから見て2マス後ろ、1マス左に白のナイトがあった。黒は次の一手で白のポーンを取ることができる。しかしそのポーンを取った瞬間、次の一手で白のナイトが黒のルークを仕留める。そういった構図だった。

オズは黒のルークを指で押さえながら、向かい側にいるセイラに言った。


「このままいけば、こちらの取り分はポーンが1、あちらの取り分はルークが1や。お前はこの展開、どう思う?」


「論外ですね。割に合いません」


「せやろな。ルークやで、さして重要な位置でもないポーンの為に犠牲にする駒やない」


二人が誰を「ポーン」や「ルーク」に見立てているのかなどわかりきっていた。ポーンがネビュラ、ルークがルルカ、そしてナイトが「黒幕」だ。

ゼオンの脳裏に弱ったルルカの姿、怒り狂うティーナの姿、そして戸惑うキラの姿が浮かぶ。 酷い話だ。この二人はルルカ達を指先でつまめる程度の駒だと思っている。彼女らの心も感情もこの二人には伝わらない。ティーナの言葉を借りるなら、まるでボードゲームで遊んでいるようだった。

セイラは言った。


「ルルカさんがネビュラさんをぶっ殺したりなんてされちゃあ困るんですよねえ」


「せやなあ、どう考えても黒幕はそう転ぶよう仕向けとるもんなあ。ま、黒幕を引きずり出せるんやったら、俺はそれでもかまわへんけど」


「あら、ダメですよ。残せる駒は残さないと。捨て駒するのは勝手ですけど、闇雲に捨てりゃ勝てるというものでもないでしょう。さてはて、キラさんはどこまで仕事してくれますかね。後でもう少しいろいろ言っておきましょうか」


ゼオンは俯きながら小さくため息をついた。駒がころころと転がる音がした。冷たい空気がゼオンの肌を刺す。ゼオンは二人に言った。


「お前ら、それが自分の立場になったとしてもそんなことが言えるのか。そのポーンやルークが自分にとって大事な奴だったとしてもそんなことが言えるのか」


セイラはクスッと笑ってゼオンに言う。


「あらゼオンさん、突然どうしたんですか。もしかして怒ってます?」


「少しな……。サラ・ルピアとの戦いでお前のこと見直した……って思った自分が馬鹿だったって思ってるよ」


「それはすみませんでした。残念ながら私は最初から今まで変わらずこうですよ」


「そう、みたいだな。双子の弟の話になるとちょっと冷静さを欠くみたいだけどな」


セイラの表情が少しだけ不愉快げに歪んだ。やはり、あの「弟」とセイラは何かあるようだ。それからゼオンはセイラに言った。


「そういやセイラ、お前に一つ言いたい。お前、黒幕の正体わかってるんだよな? あの馬鹿に黒幕が誰だかわからせたいんだろ? それならどうしてはっきりあいつに言ってやらないんだ。それどころか、むしろ正体を隠すような真似をする?」


黒幕の正体。そんなものは今更考えるまでもない。オズとセイラはそんなもの最初っからわかっているのだ。ゼオンも二人の様子を見て、それが誰なのかはすぐにわかった。だがキラ達はわかっていない。

だからキラ達の前で黒幕の正体を暴き、それ以降黒幕に近づけさせないようにする。それはゼオンにも理解できた。例え黒幕の正体が受け入れがたいものだったとしても、このままキラ達が黒幕の正体に気づかずに放置しておくよりはマシだと思った。

だが、そのわりにセイラはキラに黒幕の正体を教える素振りを見せない。それどころか、ゼオンがキラにそれを教えようとするのも気に食わないようだった。するとセイラはこう言った。


「これだからゼオンさんは黙ってりゃそれなりにできる男なのに口を開いたらデリカシーもクソもへったくれもないんですよ。キラさん達の前で黒幕の正体を明かしたとして、それを信じ込ませるだけの証拠が足りないんです。

よく考えてください。キラさんの前で、黒幕はこの子ですよーと言ったところで、あの人すんなり信じると思います?

『そんな、決めつけないでよ』とか『そんな悪い子じゃないはずだよ』とか言い出すと思いません? 今はまだそのタイミングじゃないんですよ。決定的な証拠が必要なんです」


「じゃあ、いつどうやって教える気だ。その決定的な証拠なんてあっちが残してくれるのか?」


セイラは答えを返さなかった。ゼオンは姿を見せずにここまでルルカ達を翻弄している黒幕が都合良く証拠なんて残すとは思えなかった。もしそうなったら、オズとセイラはどんな手を使って黒幕の正体をキラ達に信じ込ませるだろうか。万一強引な手段に出たら──その時は今度こそこの手で止めてやる。ゼオンの中でふつふつとそんな想いがこみ上げた。

するとゼオン達の会話を聞いていたオズが口を挟んだ。


「ゼオンの言うことも一理あるやろな。あっちがそう簡単に証拠残してくれるわけない。けど何もせんと、あっちも思い通りに事を運べるはずがない。どっかあると思うんやけどな、チャンスが。さて、それはいつか……」


オズはチェスの盤を睨みながらそう呟いた。ゼオンは小さく舌打ちしてそっぽを向いた。

ゼオンは今の状況が不愉快で仕方がなかった。ルルカ達の悲しみも怒りもオズ達や黒幕に弄ばれ、踏みにじられるというのに、感情に任せてオズ達もネビュラも拒絶してしまったら、黒幕に何もかも刈り取られる結末しか待っていない。

今のゼオン達はボードゲームの駒のようだ。どうしたらこの状況を抜け出せる。そもそもどうしてこんな状況になっている。いつからこうなった。ディオンが村に訪れた時か、キラの記憶の封印が解けた時か、それとももっと前か、それとも、最初から──

その時、突如恐ろしい考えがゼオンに降ってきた。もし今の状況をボードゲームに例えるとしたら、「敵」の駒はどこに居るのだろう。まさかこちらの陣には何人も人が居るというのに敵が一人しか居ないというわけはないだろう。

オズとセイラが打ち負かそうとしている「敵」はどこに何人居るのだろうか。それは誰なのだろうか。

そこまででゼオンはその考えを振り払った。今考えるべきなのはそこではない。ルルカのことだ。

ゼオンもルルカを心配していないわけではない。だがどうもそれを言葉に行動に移そうとする度に裏目に出てしまうのはどうしてだろう。やはり対話というものは難しい。と、ゼオンは小さくため息をついた。するとオズがゼオンの様子を見て呟いた。


「まだまだ若いなあ」


「……悪かったな、子供で」


馬鹿にされたように聞こえたので、ゼオンは少し悔しかった。仕返しのようにゼオンはオズにこう言い返した。


「お前はいいな。こんな時でも楽しそうで」


「楽しい?」


オズは少し驚いたようだった。それからオズはテーブルの上のチェス盤に視線を落とし、声を上げて笑い出した。


「せやな、楽しい。ここ十年で一番楽しい。ほんと、お前らここに餌として置いた甲斐あったわ。ついに奴らが食いついた。ああ愉快やな、楽しいな」


オズは子供のように大声を上げて笑った。ゼオンの脳裏に浮かんだのは、思い詰めた表情でキラ達を拒絶するルルカの姿だった。


「本当に、非道な奴だな。他人事だからって……」


ゼオンは蔑むようにオズを睨んだ後、テーブルの上のチェス盤の白のポーンを指差した。黒側からは首を狙われ、白側からは既に見捨てられている哀れな捨て駒を。


「もしそのポーンの立場に居るのが『リディ』だったとしても、お前はそんな楽しそうにしてられるのかよ」


リディの名前が出るのと同時にオズの笑い声が消えた。オズは眼球が飛び出そうなくらいに目を見開いてこちらを睨んでいた。それからチェス盤に視線を落とす。白のポーンは黒のルークと白のナイト、両方の射程圏内に居た。


「ハハハ、そら最高に楽しいな! リディが、この立場やったら? お前がどこでその名前を知ったかは知らへんけど、せやったら答えは一つや」


オズはそう言うとルークとナイトを盤面から払い落とした。


「あいつは俺の獲物や。俺が取る。他の誰にも取らせへん」


そしてオズは白のポーンをつまみ上げた。それから、「それでもスルスル逃げられるけどな」と付け足した。意地悪い微笑みを浮かべ、オズはゼオンに言った。


「期待してた答えと違ったか? あいつが危険に晒されてたら心配で心配で仕方が無いと言うとでも思たか? 残念やったな。そう予想してたんやったら、お前は一つあいつを勘違いしとる。あれは見た目より厄介な女やで」


オズは掌で駒を転がしながら言った。ゼオンは傍で何も言い返せず、ただオズの横顔を睨むしかなかった。ゼオンは例の杖を『リディ』らしき人物に手渡された時のことを思い出した。わざわざ牢獄の中に現れ、杖をゼオンに託したあの人物は一体何がしたかったのだろうか。その答えはまだ出ていない。

「その答えが知りたければ、もう一度私のところに来ることね」──鈴の音のような声が頭に響いた。国の兵から逃げつづける為の口実だったはずのあの言葉が未だに引っ掛かって離れない。

ゼオンが一度リディと会ったことがあるかもしれないということは敢えてオズには話さなかった。この情報は万一の時の武器になるかもしれない。

今度は話をずっと傍で聞いていたセイラが口を開いた。眉をひそめ、随分と不満そうだった。


「取るだなんてまあ随分調子こいた妄想言ってくれますねえ、オズさん。ほんと、リディはこんな性根の腐ったゴミ虫のどこがよかったんだか……」


オズは髪をサラッとかき上げて、セイラにウィンクして微笑んだ。


「俺の溢れんばかりの優しさ、麗しさ、紳士的態度」


「卑屈さ、傲慢さ、ペテン師根性の間違いでしょう。全く、リディも選んだのがもう少しマシな男だったらこっちも文句言わないんですがねぇ……」


「ひどいやつやー、小姑ババアがいじめるわー」


「あら、こんな幼い女の子を小姑ババアだなんて、オズさん眼球腐ってるんじゃありません? えぐり出してさしあげましょうか?」


「何しゃあしゃあと言うてんねん。お前は俺より年上やろ。見た目は子供! 素顔はババア! いやー年寄りの相手は疲れるなー」


「年齢詐欺はお互い様でしょう」


「俺はお前らと比べたらまだぴちぴちの若者やけどなー」


オズとセイラの皮肉のぶつけ合いが白熱していった。ゼオンは茅の外状態でその様子を黙って見つめていた。もう見慣れた光景ではあったが、何度居合わせてもこの二人の皮肉の掛け合いは好きになれない。互いの本性が透けて見えるようだった。

するとセイラはちらりとゼオンを横目で見ながら次にこう言った。


「若者といっても、どんぐりの背くらべのレベルでしょう。ゼオンさん達みたいなほんとの若者と比べると、実年齢だけ見たらオズさんなんてただのクソジジイでしょうに。年は無駄に食ってるくせに生活能力と社会的資質は赤ん坊同然、小悪魔ちゃんに頼りっきりクズニートのお相手するのも大変なんですよ。

 ねえゼオンさぁん、こういう大人になっちゃ駄目ですよぅ?」


突然こちらに話題を振られたのでゼオンは反応に困った。とりわけ警戒する必要は無いくだらない話題だとわかってはいたが、咄嗟に言葉が出なかった。

ゼオンはじっとオズの方を見て、散らかったオズの机の上を見て、とりあえずこう答えた。


「まあ、確かに、こういう大人にはなりたくないな……」


「クスクス……さすが、正直で何よりですねえ」


セイラの笑い方はどうもこちらを見下しているように見えて勘に触る。ゼオンは再びぷいとそっぽを向いた。するとオズがゼオンに言った。


「そういやゼオン、お前他にも何か用あるんか? 言いたいことあるんやったら早めに言え」


「いや、別に。言いたいことはもう大方言った。」


「へえ、ならなんでまだ居る? 別にこんな無駄話に付き合う必要無いんやで。」


「別に、なんとなく」


オズの問いにゼオンはツンと冷たく答えた。するとオズはからかうようにゼオンに言った。


「ははは、真面目でええなあ。それで俺らの出方探ってるつもりか? 正直に言ってええんやで。『このままじゃルルカがネビュラを殺しにかかるけどお前らどうする気だ』って」


ゼオンはチッと舌打ちして黙り込んだ。ゼオンの考えは完璧に見透かされていた。そう、このままルルカがネビュラを黙って見逃すわけがない。このままネビュラを赦すわけもないし、ルルカはネビュラを信用していないので、このまま見逃せばエンディルスの国に居所がばれると考えるだろう。

だがルルカがネビュラを殺した瞬間、黒幕は確実に何か仕掛けてくるだろう。ならばオズ達は「ルルカがネビュラを殺さない」ように手を打つはずだ。

するとオズは子供になぞなぞを出すように言った。


「ならゼオン、お前はどう思う? 黒幕にルルカを取らせないようにするには『ネビュラを殺す』展開を避けなあかん。そのためにはどうすりゃええ?」


ゼオンは考えた。ルルカがネビュラを殺さずにこの二人の対立を終わらせる手段はなんだろう。

一つの考えが降ってきた。ゼオンは思った。うまくできすぎていて気味が悪い、と。


「二人を和解させるのか。俺と兄貴が和解したように」


オズは鼻歌混じりに別の駒をいじって遊んでいた。黒のクイーンとナイトを手に取って上に放り投げていた。

和解。それは傍からみれば暴力が無く血が流れることもない美しいエンディングなのかもしれない。

だが、それが第三者に押し付けられる結末だとしたらモヤモヤと納得しきれないものが残るのはゼオンだけだろうか。

ルルカがそれで納得するならば全く問題無い。ゼオンの時はきっとゼオン自身が心のどこかで和解を望んでいた。ディオンもおそらくそうだろう。

だが、果たしてルルカは本当に納得するだろうか。ネビュラを赦せるだろうか。「我慢させられる」結果にはならないだろうか。

それはネビュラと第三者にとって一番「面倒の無いエンディング」ではないのだろうか。

オズはチェスの駒で遊びながら言った。


「和解か、惜しいな。まあ、それでもええんやけど。あの王子にも事情があるみたいやし、『おおルルカ! ネビュラもこんな苦しさ悲しさを抱えていたんだ! 仕方がなかったんだ、赦してやってくれー』って、同情誘うってのも悪くないか。」


「もしルルカの意思を無視して無理矢理和解に持ち込ませる気なら、邪魔させてもらうからな」


「安心しろ。俺はできれば今度はちょっと別の目が出るのを期待したいんや」


「別の目?」


オズは再びチェスの駒を放り投げた。黒のクイーンが宙に舞う。落ちてきた駒を素早く受け止めてオズはゼオンを指差した。


「さあ、その別の目は何やろな。それをお前らが出せ。そしたら余計な手出しはせえへん。」


ゼオンは少し驚いた。ここにきてオズがゼオン達にそんな要求をするとは思わなかった。


「筋金入りの嘘つきに言われてもな……」


「嘘つき呼ばわりするのは勝手やけど、とりあえず言うたからな。お前らが自分でその答えを出せへんかったら、ルルカもネビュラも終了EDか強制的和解EDのどっちかや。じゃあ後はよろしくー」


オズはそう言ってゼオンを追い払うように手を振った。突然そんなことを言われてもゼオンもなんとも答えようが無い。

不満なのはゼオンだけではなくセイラも同じだったようだ。セイラは侮蔑するようにこちらを横目で見て言った。


「まさかオズさん、この人達に期待するおつもりです?」


「同じこと二度繰り返してもつまらへんし進展も無いやろ。どうせ黒幕をキラ達の前に引きずり出せりゃ後はどうだってええんや。

 少し遊んだってええやないか。不満ならお前はお前で好きに動け」


「……なら、そうさせていただきます」


セイラはツンと冷たくそう言った。ゼオンは戸惑い、セイラとオズの様子をチラチラ見たがもう二人ともゼオンを相手にしなかった。

無理な和解に持ち込まずに、ルルカがネビュラを殺すことも避ける。そんな方法があるのだろうか。何よりルルカ自身がその道を選べるのだろうか。

これ以上ここに居ても得られる情報は無さそうなので、ゼオンは二人に背を向けて歩き出した。どこかぎこちなく歩いて行くゼオンの背を見てオズが呟いた。


「おもろいなあ。やっぱり、相手するなら老いぼれよりガキやなあ。」


その声は水面にぽつりと落ちる雫のようにしんと響いた。ゼオンは黙って重たい木の扉を開いた。

扉の向こうへ一歩踏み出した途端に淡藤色の空が目に飛び込んできた。バタンと後ろで戸が閉まる。

その瞬間先程までの会話と時間がとても遠いもののように思えてきた。だが、紛れも無い現実だ。ゼオンは後ろを振り返って確かめた。

ゼオンは特に行く先も決めずにぶらぶらと歩きはじめた。足は自然と村の中心へと向いていた。


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