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女子高生吸血恋愛事情以下略。  作者: 理祭
デイト・ア・デート
22/26

 ◆


 護から届いた意味不明のメールに返事して、それに対する返信がない。

 机の上で沈黙を続ける携帯電話に、それが光るのをじっと見つめ続けている自分に気づいて、途端に不愉快になった。

 ――馬鹿馬鹿しい。これじゃまるで、待ち望んでるみたいだ。

 視線を外しかけた視界の端で、携帯が発光した。間の悪いメールの着信を知らせてくれる機械を睨みつけて画面を開く。本文を読む前に、眉間に眉が寄った。

 メールの差出人は同じクラスの友人だった。

 タイトルがそのまま本文で、『なにかあった?』とある。私は携帯電話の画面を閉じて、目の前を睨みつけた。


「なにしてるのよ」

「あはは。だって吹那、さっきからずっとケータイ見てばっかりなんだもん」


 正面に座った、仲の良い友人が笑う。


「そんなことないでしょ」

「えー、そんなことあるって。なぁに、彼氏と喧嘩でもした?」

「……そんなかまかけに引っかかると思う?」

「バレたか」


 ぺろりと舌をだされる。友人から見ても愛嬌にあふれた仕草に感心してしまう。自分にはとてもできない仕草だからこそ、こういうことを自然と行えることには素直に羨ましさを覚える。


「でもさ、吹那って本当に彼氏できたんじゃないの? この間から、すっごく忙しそうにしてたじゃん。遊びに誘っても付き合ってくれないし」

「ご想像にお任せするわ」


 自分のプライベートを他人にひけらかすような真似は好きではない。彼女のことは得難い友人だと思っているが、それとこれとは話が別だった。勿論、将来的になにか相談する可能性は大いにあるだろう。そして、それはその時になってから考えればいいことだ。


「ま、いいけど。いつか、わたしにも紹介してよね。気が向いたらでいいからさ」


 こんな風に無理強いをしないでくれる相手だからこそ、きっと友人関係でいられるのだろう。私は苦笑して、


「そのうちね」


 果たして、そんな未来が訪れるのだろうか? 護とこの友人が一体どんな風に会話をかわすのか、ちょっと想像がつかなかった。

 そんなことを考えていると、視界に不快なものがよぎった。いかにも人好きのしそうな笑顔がにこにこと、軽薄にこちらへと手を振ってきている。


「なに、あれ。吹那の知り合い?」

「……まあね」


 曖昧に濁しながら、席を立つ。


「ちょっと行って来るね」

「大丈夫? ついていこっか?」

「大丈夫よ。別に喧嘩しようってんじゃないんだから」


 まあ、気構え的には近しいものがある。なにしろ、あの相手には大きな借りがある。それはまだ私のなかで燻ぶったまま、思い出すだけで沸々と湧き上がるものがあった。残念ながら、自分が受けた仕打ちを忘れられるほど、私は器が大きくないのだった。


「なにか御用ですか、藤原先輩」


 同じ学校に通う同胞の先輩に対して、私は可能な限り冷ややかに聞こえるよう声をつくって問いかけた。


「こんにちは、神螺さん。……あれ? もしかして、なにか怒ってる?」


 わかっているのに訊いてくるのが腹立たしい。


「怒ってません。貴方のことが嫌いなので、こういう態度になっているだけです」

「ストレートだなあ。そんなこと言われたの、僕、生まれて初めてだよ」

「これまで、よっぽど周りに甘やかされてきたんですね。用件はなんですか?」

「ツレないなあ。ま、きっと“彼”も、君のそういうところがいいんだろうけどね」


 ぴくり、と眉が動いたのが自分でもわかった。――引っ掛けだ。こんなのは幼稚な罠だ。わかっていても、口調が剣呑になってしまうのを止められない。


「まだ護にちょっかいかけてるんですか?」

「違う、違う」


 慌てて手を振ってみせるが、表情はどこまでも余裕のまま。こちらの反応に満足した様子で、いけ好かない先輩は口を開いた。


「何回か電話で話はしたけれど、それだけさ。あれ以来、彼と会ったりはしてないよ。本当だってば」

「……嘘だったら、今度こそただでは済ませませんから」

「わかってるって。だってもう、君と彼とのあいだは赤の他人じゃないんだからね。僕だって、そんな掟破りみたいな真似はしようとも思わない」


 彼の台詞には引っかかる部分があったが、ひとまずこの場は留飲を下げることにして、私は黙って話の続きを促した。


「うん。それでね、まあ、なんていうか。この間のことは、僕なりに君たちのことを思ってやったことではあるんだけどさ。やっぱり迷惑をかけたのは事実なわけで」

「そうですね。大きなお世話でした」


 この男が護にちょっかいをかけなければ、あんなことにはならなかったのだ。間違いなく、諸悪の根源と言っていい存在が、この目の前にいるお節介焼きな吸血鬼だった。

 私が断言すると、藤原先輩は少し傷ついたような表情で、


「それはそうだけどさ。でも、君らが上手くいったのだって僕のおかげでもあるだろう? 彼、宇田飼くんに君の家の住所を教えたのも、僕なんだぜ?」

「……そうでしたね。忘れてました。先輩には、そのお礼もしないといけないんでした」


 言うまでもなく、他人の個人情報を第三者に教えるなんて犯罪だ。怒気を込めた私の台詞に、降参するように両手を挙げた先輩は少し後ずさりしながら、


「待って待って! だからね、そのお詫びをしたいなって」

「……お詫び?」


 きっと私の眼差しは、自分でもはっきりとわかるくらい胡乱なものだったことだろう。心の底から疑わしげなこちらに向かってこくこくと頷いて、先輩は続けた。


「うん。迷惑をかけた君と、宇田飼くんと。それから、僕に協力してもらった新井くんにもね。お詫びがしたいんだ」


 新井。聞き覚えのない名前だったが、すぐに見当はついた。私が迎えに行った日の朝、護を拉致した相手のことだろう。その時のやりとりを脳裏に思い出して、なんだか苛っとした。

 こちらの表情を見た藤原先輩が、なぜか後ずさりする。その相手を冷ややかに見やりながら、私は訊ねた。


「それで。なんのお詫びをしてくれるって言うんですか?」

「うん。あのね、」


 自分を落ち着かせるように息をついてから、美形の吸血鬼はその内容をこちらへ告げた。ぴっと人差し指を立てて、さも楽しそうに、


「――今度の週末、みんなで遊びに行かないかい? ほら、いわゆるグループデートってやつ」


 その提案を聞いた私は、多分この上なく奇妙な表情になっていたことだろう。



「……大丈夫?」


 教室に戻ると、すぐに友人から心配そうに声をかけられた。


「なんか変なこと言われたりした?」

「そういうんじゃないんだけど……。ありがと、なんでもない」


 明らかに納得していない様子で、友人はそれ以上なにも言ってこなかった。気遣いに感謝しながら、内心で考える。

 いったいあの男は、なにを考えているのだろう。なにが目的で、私と護をグループデートなんかに誘ったりするのだろうか。

 意味がわからない。だいたい、デートなんて相手と二人で行けばいいじゃないか。複数人で一緒に行くなんて、わざわざそんなことをする理由がわからない。

 なにかの嫌がらせ? きっとそうだろう。それ以外には考えられない。そうじゃなくても、親切と書いてお節介と読むような、そんな類のものに違いない。


「ま、考えてみてよ。宇田飼くんと相談してもらってさ。返事は僕に直接でもいいし、新井さん経由でもかまわないから」


 そんな風に言い残して藤原先輩は去っていったが、返事なんて決まっていた。せっかくの休日を、どうして嫌いな相手と一緒に過ごさなければならないというのだ。

 護だってそうだろう。護と藤原先輩がどういう間柄かは知らないが、殴り合いまでしたんだから、仲がいいはずがない。一緒に行動するのが楽しいはずがなかった。

 ――もう一人は、どうなんだろう。

 新井とかいう、会ったこともない人間の女の子。あの日、電話口で護との会話中に聞こえてきた声が脳裏に蘇る。それは、はっきりと言ってしまえば、不快な声だった。

 新井というその女の子は、どうやら護と同じ学校らしい。同じ学年だとか言っていたような気もする。つまりは私とも同学年になるわけだ。

 ……なんだか、無性に腹が立ってきた。

 そういえば、護からはまだメールの返信がない。そのことを思い出してさらに腹が立ち、むしゃくしゃした気分で、――さっきの申し出を受けてやろうか、なんてことを考えた。藤原先輩の申し出を断ることが、なんだか負けたような気になる気がした。まったくもって自分でもよくわからない理屈だったが、そんな直感がしたのだ。そして私は、自分の勘を信じる方だった。

 だが、あの男の誘いにそのまま乗るというのも、なんだか気に入らない。別に張り合うようなことではないかもしれないが、相手が信用ならない以上、すべての主導権を渡すのはよろしくないという警戒心があった。

 しばらく考えて――私はとある考えを自身の結論として胸中にまとめた。間違いはないか、問題はないかを繰り返し熟慮検討した結果、オーケー、と自分自身にGOサインを出す。

 そんな私に対して、奇妙な観察動物を眺めるような眼差しを向けてきていた友人に向かって、


彌生(やよい)。実は、ちょっと相談があるんだけど、」


 そう言って、私は口火を切ったのだった。



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