第15話:最終決算(マージンコール)と、真の聖女の市場開放
地下宝物庫に、重苦しい金属音が響き渡る。
バルカスの背後から現れたのは、かつて王国の魔法騎士団で『精鋭』と呼ばれた男たちだった。だが、その瞳に生気はなく、全身を不気味な黒い魔力回路が侵食している。彼らはもはや人間ではなく、バルカスが作り上げた『強制徴収官』という名の魔導人形に過ぎなかった。
「ステラ様、見てください。これが私の提唱する『完全平準化社会』の先兵です。個人の意志や才能という不安定な『資産』を排除し、すべてを私の回路に連結する。そうすれば、この世から魔力の格差は消え失せるのです!」
バルカスが狂気に満ちた笑みを浮かべ、右手を振り下ろす。その瞬間、黒い魔導人形たちが一斉にレオンハルトへと襲いかかった。
レオンハルトはステラを片腕で庇いながら、聖剣を横一文字に薙ぎ払った。
「……格差を消すだと? 笑わせるな。貴様がやっているのは、他人の財布から勝手に金を引き出し、自分の口座を肥やしているだけの『詐欺』だ。ステラが守ろうとした『期待値』を、貴様のような寄生虫が語るな!」
爆発的な黒い衝撃波が走り、襲いかかる人形たちを粉砕する。だが、砕け散った人形たちの破片からは、さらなる黒い霧が噴出し、地下空間の魔力を無差別に吸い込み始めた。
「ふふふ、無駄ですよ。私のシステムは、攻撃を受ければ受けるほど、その衝撃を魔力として再投資し、成長し続けるのです! さあ、ステラ様! あなたのその膨大な魔力を、このシステムに『寄託』しなさい!」
バルカスが放った黒い触手が、ステラの足元から蛇のように伸び上がる。
レオンハルトがそれを斬り捨てようとしたが、ステラは静かに彼の手を制した。
「……レオンハルト様、下がっていてください。この男の『運用ミス』、私が直接正して差し上げます」
ステラは一歩前へ出た。彼女の周囲で、純白の魔力が穏やかに、しかし絶対的な質量を持って渦巻き始める。
「バルカス卿。あなたは、私の魔力を『無限の資源』だと思い込んでおられるようですが……それは投資家としてあまりに初歩的なミスですわ」
ステラの瞳が、透き通るような蒼色に輝く。
「私の魔力には、すべて『署名』が刻まれています。あなたがルナを通じて、そしてこの地下の回路を通じて盗み取ってきた魔力は、私にとっては『貸付金』に過ぎません。……そして、返済期限は、今この瞬間に過ぎました」
ステラが両手を広げ、天を仰ぐようにして告げた。
「――強制決済。全額、今すぐ回収いたします」
その瞬間。
バルカスが支配していた黒い魔力回路が、一斉にステラの元へと逆流を始めた。
「な、何だ!? 私のシステムが……逆流している!? 止まれ! 私の言うことを聞け!」
バルカスが悲鳴を上げ、自分の腕を必死に抑える。だが、彼が他人から奪い、自分のものだと思い込んでいた魔力は、本来の持ち主であるステラの『引力』に抗う術を持たなかった。
ステラがこれまで静かに耐え、王国で奪われ続けていたのは、この時のためだった。
彼女はわざと自分の魔力を『貸し付け』、敵のシステムの深層部にまで自分の『署名』を行き渡らせていたのだ。いわば、敵の口座を自分の魔力でパンパンに膨らませ、破裂するのを待っていたのである。
「……あ、あああぁぁぁ!! 私の魔力が、私の魂が、引きちぎられる!!」
バルカスの全身から、ドス黒い魔力が光の粒子となって剥ぎ取られていく。
それは、彼がこれまで不正に積み上げてきた『偽りの資本』が、一気にゼロになる瞬間だった。
「バルカス。貴様が信じていたシステムは、最初からステラの掌の上で転がされていた『空箱』だったということだ」
レオンハルトが、絶望に震えるバルカスの喉元に剣を突きつけた。
「お前の負債は、死をもってしても完済できん。……ステラ、こいつの『最終処分』はどうする?」
ステラは、魔力を失って枯れ木のように小さくなったバルカスを、憐れみすら含んだ冷徹な目で見下ろした。
「彼には、自分が守ろうとした『平等』な世界を、身をもって体験していただきましょう。……レオンハルト様、彼をあのノルド村の開拓地へ送ってください。魔力を一切持たない、ただの老いた人間として、土を耕し、一日の労働の重さを学ぶのが、彼にとって最も『適正な価格』の罰ですわ」
バルカスは力なく崩れ落ち、衛兵たちによって引きずられていった。
地下空間に、再び静寂が戻る。
ステラが取り戻した膨大な魔力は、彼女の背後で巨大な光の翼のように広がり、やがて優しく霧散して、帝都の夜空へと溶けていった。
「……終わったな、ステラ」
レオンハルトが剣を鞘に納め、ステラを強く、壊れ物を抱くように抱き寄せた。
「はい。これで、私のポートフォリオから『不良債権』はすべて消え去りました。……これからは、純粋にあなたとこの帝国の未来にだけ、全額を投資できますわ」
ステラはレオンハルトの胸に耳を当て、彼の力強い鼓動を聞きながら、幸福な溜息をついた。
「……レオンハルト様。一つ、お願いがありますの」
「何だ? お前の願いなら、国を半分譲れと言われても即答で『イエス』だ」
「そんな非効率なことは望みません。ただ……明日の朝食は、あのノルド村で食べたような、温かくて地味なスープが食べたいですわ。二人きりで、静かに」
レオンハルトは一瞬、拍子抜けしたように目を見開き、それから堪えきれないといった様子で声を上げて笑った。
「……ああ、承知した。世界で一番美しく、そして慎ましやかな私の皇后。……明日の朝は、私が自ら厨房に立ってもいい。お前への『利息』は、一生かけても払い切れないほど貯まっているからな」
二人は手を取り合い、夜明けの光が差し込み始めた地下階段を、一歩ずつ上っていった。
かつて婚約破棄され、すべてを奪われた少女は、今や一国の運命を握る最強の投資家となり、隣には自分を何よりも大切に想う『最強の資産』がいる。
彼女の人生という名の市場は、これからも右肩上がりの幸福を描き続けていくに違いない。
光り輝く帝都の街並みを見下ろしながら、ステラはレオンハルトの腕に寄り添い、最高に幸せな『決算』を迎えるのだった。




