第37話
ここまで読んでいただけてとても嬉しいです
その五分後には、私は普通に情報交換をしていた。
むぐむぐ。
目の前には、サキュバスがインベントリから出した焼き菓子と果実のタルト、それから薄く切ったロースト肉のサンドイッチやら何やらが並んでいる。王都方面の高級店で買ったらしい。非常に腹立たしいことに、どれも美味しかった。塩気も甘味も油も強めで、私の好きな系統の味だわ。
私はサンドイッチを齧り、空いた手でタルトをもう一切れ押し込んだ。
「すごい健啖家ですね……」
侍が、やや引いた顔で言った。
「それなりには」 「それなり、で済ませる量じゃないでしょう」 「量の基準なんて、人それぞれよ」
そう返しながら、私はだいたい彼らの性格を把握していた。
善良。常識あり。空気が読める。言い方も柔らかい。
私のコンプレックスを、順番に刺激してきやがるタイプだわね。
【偽装経典】がなければ吐いていたでしょう。
しんどい。こういう“まともな人間”を見ると、自分の出来の悪さがやけにくっきり見えてしまうのよね。でも、それ以上に調子が狂うのはサキュバスの方だった。
妙に軽薄な笑い方。距離感の詰め方がやたら自然なところ。下品なのに、その下品さを隠しきろうともしない空気。そのくせ、芯のところへ妙な熱がある感じ。
見ていて、どうにも落ち着かない。
「……兄さんに似てるわね」
私はぼそっと呟いた。ほんの独り言のつもりだった。
でも、サキュバスはそれへ、なぜか異様な速度で食いついてきた。
「ええっ、グールさん兄いるんですか?」
私は少し眉を寄せた。
「いるわよ。大嫌いな兄が」 「なんで嫌いなんです?」
間髪入れずに来た。距離感が近い。やっぱり疲れるタイプだわ。
私は一息ついて、タルトの欠片を飲み込んだ。
「気持ち悪いし、面倒くさいし、碌でもないし、下半身が終わっているし、馬鹿。公安のくせに小学校へ侵入して女もののスク水着て泳いで豚箱へぶち込まれたり、やらかしがバレて妹にグランドキャニオン紐なしバンジーさせられたり、一族の汚点って感じの兄さんよ」
侍が、なんとも言えない顔で目を逸らした。サキュバスの方は、なぜか微妙に胸を押さえていた。ますます意味が分からないわ。
「……ただ、あの兄さん、それとは別にどうしようもなく厄介なのよね」
私は小さく息を吐いた。
「中学の頃。兄さん、同級生をいじめから助けようとして、逆に自分が標的にされたのよ。助けた相手からも、まとめて」
侍が目を瞬いた。サキュバスは黙っていた。
「普通、そんなことになれば性格が捻じ曲がるでしょう? でもあの馬鹿、“虐げられるのがこんなに辛いなら、自分は絶対に虐げる側に回らないようにしよう。次はもっと上手く助けよう”とか、本気で考えたのよ」
私は肩を竦めた。
「狂っているでしょう。私の性格の悪さの一割くらいは中学の暗黒時代で培われたものだけれど、兄さんは違う。歪まなかった。最初から狂っていたから。私が欲しかったものの一つを、生まれつき持ってたから」
「……へえ」
侍が、ぽつりと漏らした。
「だから嫌い。大嫌い。なのに、一生かかっても返しきれない恩があるのが、本当に嫌なのよねぇ」
言い切ってから、私は眉を寄せた。
何で私は、初対面の気持ち悪いサキュバスへ、こんな話をしているのかしら。だいぶ意味が分からないわ。
「そうか……だからか……」
サキュバスは、にんまり笑っていた。
何だかその笑い方も気に入らない。兄さんのことを少しでも肯定的に捉えられると、それだけで何となく腹が立つのよね。
その流れで、サキュバスも自分には妹たちがいるのだと言った。
「全員異常者だけど、ちゃんと頑張って足掻いてる、自慢の妹たちだよ。減点方式で見ればひどいもんだけど、加点方式なら称賛に値する妹たちだ」
そう言って、馬鹿みたいにでかい胸を揺らしながら笑う。
「何より、僕自身も助けられたしね」
その時、サキュバスの前へ通知ウィンドウが開いた。それを一瞥して、彼は「あー」と短く声を漏らす。
「ごめん。リアルの上司に呼ばれた」 「……は?」 「ちょっと外せない用事でね。ログアウトしなきゃいけない。というわけで」
そう言って、彼はインベントリから大量のゲーム内通貨を取り出し、私の前へどさっと置いた。
「この子のキャリー、お願いできる?」 「は?」
私は瞬きをした。侍も、はっきり嫌そうな顔をした。
「いやいやいや、ボス」 「王都まで行くんでしょう? ちょうどいいじゃないか。彼女も王都方面みたいだし」 「ちょうどよくないです」 「報酬は十分出すよ、ほれ」
侍が本気で止めようとする一方で、私は金額の方を冷静に見ていた。
……多い。かなり多い。正直、だいぶ魅力的だわ。
サキュバスは私へ向かって、妙に上機嫌に言った。
「王都までの護衛兼、案内役ってことで。彼、ほんの少し前まで本当に初心者だったから」 「ほんの少し前って、いつよ」 「三時間前くらい」
私はしばらく黙った。それから、静かにお金を回収した。
「……まあいいわ。王都へ行くついでだし、キャリーしてあげる」
食べ物で釣られた上に、今度は金でも釣られたわけね。我ながら、分かりやすい生き物だこと。
「助かる。じゃあ、よろしくね」 「無茶ぶりだけ置いていって、ほんと勝手なボスだな……」
侍がうんざりした声で呟く。
サキュバスはそれへ悪びれもせず笑って、最後に侍の肩をぽんと叩いた。
「ほら、ちゃんと仲良くするんだよ」 「無茶言わないでください」 「大丈夫。彼女、迷惑で性格が悪くてクズで自己中心的なだけで、そこまで邪悪じゃないから」 「全然フォローになっていないのだけれど?」
私が眉を吊り上げると、サキュバスは楽しそうに手を振った。
「じゃ、またね」
それだけ言って、彼は笑いながらどこかへ飛んでいった。妙に身軽な後ろ姿だった。
あの雰囲気、本当に兄さんに似ていて嫌だったわね。
残されたのは、私と侍だけ。
微妙な沈黙が落ちる。
「……ええと」
侍が、軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」 「こちらこそ、と言うべきなのかしらね」
私は最後のサンドイッチを咀嚼してから、小さく肩を竦めた。
「とりあえず、王都へ向かうのでしょう?」 「はい。エリュシオンオンライン初の大規模イベント――【セ・ツ・ゾ・ク】があるらしいので」 「セ・ツ・ゾ・ク?」 「迷宮関係らしいです。詳しい発表はまだですが、人族領の王都に情報が集まり始めてるとか」 「……ふぅん」
私は目を細めた。
迷宮。大規模イベント。王都。そして食べ放題チケット。
やっぱり、行かない理由は一つも無いわね。
「まあ、いいわ。王都へ着くまでくらいなら、面倒は見てあげる」 「ありがとうございます」 「その代わり、道中で何か食べ物を見つけたら、優先権は私にあるものと思いなさい」 「そこは譲れないんですね……」 「譲れるわけないでしょう。私は善良なだけの案内役じゃないのよ」
侍は苦笑した。苦笑できるあたり、やっぱりまともだわ。少ししんどい。
私は立ち上がって、王都方面へ続く道へ視線を向けた。先にはイベント。迷宮。飯。面倒ごと。だいたい全部あるのだろう。
そして、横へ並んだ侍をちらりと見下ろして、私は小さくため息を吐いた。
「……まったく。どうしてこう、私の周りには変なのばかり集まるのかしらねぇ」
そしてこの2時間後、その筆頭たる幼馴染、河村澪と会うことになる
ここまで読んでいただけたお礼として読者様と紬ちゃんの籍を入れます。(確定事項)
嫌だった場合感想か☆評価をお願いします!(脅迫)




