第二十二話 第二次サニア戦線
22.a
残弾はまだある。十分に戦える、腰に差した大型自動拳銃は失敗だったかもしれない。走る時に邪魔でしょうがない。
私の周りには、高さの低い建物が点在していてどちらかというと、木や植物が多いように思える。
私がちょうど見ていた木が、何かにへし折られ嫌な音を立てた。敵の姿が見える前からアサルト・ライフルを撃つ。分かっていたことだったが、敵が身につけているマントに全て防がれてしまった。
「あなたはそうでもないけど、そのマントは随分と優秀なのね」
射撃が終わると同時にマントを払い、私を睨みつけるマキナ。プエラさんに教えてもらったグラナトゥム・マキナという存在は、未だに信じきることが出来ない。ただ、彼?彼女?目の前にいるマキナを見ていると、不思議と他人事に思えない自分がいた。
「減らず口を」
手にしていた剣を握り直し、再び私に斬りかかる。
横に構えてから一振り。身を屈めて回避し、繰り出されるだろう足を先に撃つ。
「?!ならば!!」
振り抜いた剣を斬り返してくる、だがそれもお見通しだ。後ろに素早く下がり、肩に見えているマントを止めている金具のようなものを撃つ、金具が短い悲鳴を上げてあらぬ方向に吹っ飛んだ。
「貴様…!」
「そんな物で守っているから本気が出せないのよ」
「…」
(本当に、まるで昔の自分を見ているよう)
そうだ、他人事に思えないのは自分と似ているからだ。何をすべきか分からず、飾った見栄だけが全てだったあの頃の私に。
そんな私の見栄を剥がしてくれて、存在そのもを褒めてくれた人がいた。だから私はこうして戦っている。
「あなたのすべきことは何かしら?あなたもグラナトゥム・マキナよね?プエラさんから教えてもらったわ」
「…!」
「…」
「貴様を倒すことだ、金色の虫よ」
「そう、あなたもちゃんとすべきことがあるのね」
「何なのだ貴様は…何故俺を恐れない!俺は貴様らが戦ってきた駆除機体ではない!剣を授かりしグラナトゥム・マキナ、オーディンだ!」
「オーディン、あなたは本当の恐怖を知っているかしら?」
「それに比べたら俺は大したことはないとでも言いたいのか!」
「黙って聞きなさい、本当の恐怖はね、何もなせずに死んでいくことよ」
「…」
構えていた銃を下ろす。私の話しを聞くきになったのか、オーディンも剣を下ろした。
「私達、人には限られた時間しかない、誰のためでもない自分だけに与えられた人生を、何に使えばいいのか分からずただ人の真似ばかりをしていた時が、一番怖かったわ」
「…」
「私である意味がないもの、誰かに代わってもらえる人生なんてそれこそ意味がないと思っていたわ、私でなければならない理由が欲しかった」
「今は…あると?」
「ええ、救ってもらったおかげでね、だから今度は私があなたを救ってあげる、オーディン、私を倒しなさい」
下ろしていた銃を再び構え、銃口をオーディンに向ける。
「倒せるものならね」
「ーーーーーっ!!」
声にならない気迫と共に、今まで以上の速さで剣を振り上げてくる。剣筋は見えていたが回避が間に合いそうにない、咄嗟に距離を詰めてこっちから体当たりをする。
「?!」
「くうぅっ!」
致命傷こそ避けたが、体当たりをした時に幾らか斬れてしまったようだ、それに見上げる巨体だ、私の体が重量で勝てるはずもなく無様にふっ飛ばされてしまう。ぶれる視界にもオーディンが追撃しようと、剣を肩に担ぎ迫っているのが見えた。
地面に倒れたと同時に、ライフルを方向だけ向けて撃つが、
「痛くも痒くもないわぁ!!」
何発か当たったのか、体の何箇所から火花を散らせているが、怯まずに肩に担いでいた剣を振り下ろす。
「ーーーっ!!」
「っ?!」
避けたつもりだが足に熱い痛みが走った、声に出さず、至近距離から片手でライフルを撃つ。
発射の反動が抑えられずに明後日の方向へ弾が飛んでいく、だがカウンターとしては十分だったようだ。オーディンが追撃をやめて、距離を開けてくれた。
すかさず、腰に差していた大型自動拳銃を手に取り、眉間へ一発。見事に命中した。
「ーーーっはぁ、はぁ、はぁ」
無意識の内にどうやら息を止めていたようだ。
「はぁ、はぁ、ははっ、あはははっ!」
快感だった、生死をかけて戦い、敵を倒したことが。前回とは違い、不意打ちでもない。真正面から戦って勝ったのだ。
「あはははっ!楽しいわ…凄く楽しい…何これ…」
一度も味わったことがなかった快感に手が震え、足も震えていた。いや、全身が喜びと気持ち良さに震えあがっていた。
あの時、副隊長と茂みに隠れて待ち伏せしていた時の震えは、恐怖からではなく...
「私、私は楽しんでいるのだわ…生きるか死ぬかの戦いを…」
頭がおかしくなってしまったんじゃないかと思ってしまった。
けど!それでも!この勝利は、否応なく私の心も体も鷲掴みにして離さない!もう一度、もう一度この快感を。
「ねぇ?オーディン?あなたの秘密は知っているのよ?」
ふらりと立ち上がり、沈黙してしまった敵に近づいていく。
「この声も聞こえているのよね?もう一度…いいえ!何度でもかかってきなさいな!いくらでも相手にしてあげるわ!こんなに楽しませてくれる相手はあなたが初めてだもの!」
眉間に穴が空いた無骨な顔を両手で挟み、何の反応も示さない目を見つめながら語りかける。
「もっとぉ、私を楽しませてね?オーディン」
熱を帯びた声を、敵に投げかけてその場を後にした。
さらに楽しませてくれる相手を求めて。
22.b
[何をしているのディアボロス、オーディン・マテリアルの反応が失くなったわ]
逃げ回る虫を駆除するのに気を取られてしまい、突然入った通信に驚いてしまった、その相手にも内容にもだ。...何故テンペスト・ガイアが俺に?それにオーディンが何だって?
[馬鹿なことを言うな、オーディンの反応が消失するなど…]
[失くなったのはエディスンの街ね、状況を教えなさい、返答次第ではオーディンを再起動させる必要があるわ]
[ま、待て!まだ消えたと決まった訳ではっ!]
[最終の通信相手があなたなのよ?何も知らないなんてことはないでしょう]
待て待て待て!何だ急に通信を寄越してきたかと思えばオーディンの反応が消えた?そんな馬鹿な話しがある訳ないだろう!奴はオリジナル・マテリアルで戦っていたんだぞ?それにこっちは駆除で忙しいんだ!
[……………………]
[ディアボロス?]
...ない、どこにもない。オーディンのシグナルを検知できない...それにカウントしていた駆除機体の数が、少し見ない間にかなり減っているではないか、急ピッチで製造したからエラーが起こっているのか...エラーを探っている間にもまた一つ、市街地に展開していた駆除機体のシグナルが消えた。
[上層に逃げた人間達を殺して回っているそうね?首尾はどうかしら、今まで好きにやらせていたけどそろそろ報告しなさい]
[な、]
[どうして知っているかって?あなたも私が誰だか忘れているみたいね、テンペスト・シリンダーのマキナ達を統括しているのはこの私よ?]
[プエラ・コンキリオ、奴に報告をもらったのか…]
[知らないわそんな奴、あんなのに報告を貰わずとも調べるぐらいのことは出来るのよ、ナノ・ジュエルを不正利用してくだらない玩具を作っていたのも知っていたし]
[何が不正利用だ!俺はきちんと廃棄された物を使っていただろうが!]
[あなた、今のナノ・ジュエルの総量知らないの?半分近く減っているわ、人間達もリサイクル前を使っているみたいだけど、あなたの消費量の方が上だわ]
知ったことか!こっちには箱庭を管理する役割があるのだ!今はナノ・ジュエルの量よりも、テンペスト・シリンダーの生存環境を整えるのが先だ!
[これも役割を果たすためだ!いくらお前だろうがとやかくと言われる筋合いはない!]
そもそも貴様が余計な計画を立てなければ、こんな事にはなっていないのだ!
[その役割を継続させるか、中断させるか、その権利を持っているのは誰だと思う?]
[…]
[私よ、ディアボロス、だから進捗を聞いているのよ]
...さすがにオリジナル・マテリアルを持ち出すのは不味かったか...今まで沈黙していたテンペスト・ガイアが事情を聞き出すくらいだ。そもそもオリジナル・マテリアルは使用されること自体が想定されていない代物のはずだ。その反応が消失してしまえば、放任主義の統括者も黙ってはいられないということだろう。
[…問題無い、オーディンのシグナルはこちらで確認している、人間側にマキナが一体ついていてな、位置を分からせないための措置だ]
[…そう、相手は誰かしら]
[…マギールだ]
冷や冷やする。バレたらどうなるか分かったものではない、中層に奴の居を構えているのは知っていた。それに元は人間だ、奴なら味方をするだろうと踏んでのはったりだ。
[あら、彼は厳密にはマキナでは無かったはずよ、あなたのマテリアル・ポッドの隣に彼の名前でも見つけたのかしら]
[…忠告痛み入る、措置はこちらで解除しておこう、それよりもだテンペスト・ガイア、お前が立てた計画について我々に周知すべきではないか]
嘘がバレないよう話題を変えたつもりだったが、自ら墓穴を掘ってしまったようだ。
[…………そう、それがあなたが動き出した理由だったのね、不思議だったのよ、マキナとして覚醒してからナビウス・ネットに引きこもっていたあなたが突然、テンペスト・シリンダーに介入したことが]
[…]
[いいわ好きになさい、オーディンのことは保留にしておくわ、リブートしてもどのみちいらなくなるもの]
それを最後に通信を切られた。
迂闊だった、奴の計画は盗み見た結果なのに、それを本人に自分から伝えてしまうなど。
[ウロボロス!オーディンのシグナルが消えた場所に行け!目の前の虫は後回しにしろ!]
[う、うけたまぁ!]
いつもはふざけるウロボロスも、今回ばかりは真面目に返事をする。
ピリオド・ビーストは街の入り口から近い、川を挟んだ通りにいる。駆除機体と人間が交戦した跡が随所に見られる、頭を破壊された機体や、逆に首から頭を抉り取られた人間の死体もあった。両隣に並ぶ民家を破壊しながら真っ直ぐ進んで行く。
[なぁディアちゃん、何でこいつはビーストって呼んでんだ?嫌いな人間が付けた名前だろう?]
[それが何だ]
[いやぁ…こいつだけ駆除機体と呼んでいないのが不思議だなぁって思ってさ]
その途中で、転落防止用の鉄柵が何かの爆発を食らったように、流れている川を中心に外側へ歪んでいるのが見えた。川には、駆除機体が二体破壊された状態で伏しており、その近くには何匹かの虫が体をばらばらにされているのが見えた。
駆除機体に爆発を伴う攻撃手段は設定していなかったはずだが...
(あぁ…虫が自爆したのか)
[ん?自爆が何だって?]
[何でもない、ビーストの名前についてだが、奴らに認めさせるためだ]
[何を?]
[ここの支配者が誰であるかをだ、いや、俺自身を人間に認めさせるためだ]
[?それがビーストに繋がるのか?何で?]
[くだらないお喋りはここまでにしろ、もう間もなくシグナルが消えた場所に着く]
[あ、あぁ]
昔の古傷が痛む前にウロボロスの話しを遮る。今は感傷に浸っている時ではない。
オーディンのシグナルが消えた場所は、街の外れ、山道へと繋がる比較的建物が少ない場所であった。その昔、ここにも虫達が住み着いていた時は、よく山道へと出かけていく奴らでごった返していたものだ。
ピリオド・ビーストの体格と、視覚を調整できる機能を使ってようやく見えそうな時に、追加した機能のロックオンアラートが鳴る。狙われているのは後ろ、どこに隠れていたのか。
[ディアちゃん!狙われてるぜ!]
[転回して、迎え討て]
ゆっくりと振り返った先、いつか見た偽物のマキナが前傾姿勢で佇んでいた。
両肩には電磁投射砲をマウントしている、その二門が同時に火を噴いた。
轟音と共に放たれた電磁気力を纏った砲弾がピリオド・ビーストの腹、それに肩に直撃しリサイクル前の資源で作られた身体が弾け飛んだ。
[痛ってぇぇぇえ?!!くそぉ!めちゃくちゃ痛いじゃねぇかぁ!!]
[喚くな!接敵して近接攻撃をしろ!ウェイトはこちらに分がある!]
[いいぜぇやってやるぜぇお返しだぁ!!!]
その巨体に似合わないスピードで敵へと走り出す、地面は抉れ建物は触れただけで倒壊していく。だが、敵は背中を向けて逃げ出したではないか、元からそのつもりだったのか。
[逃すなよウロボロス!]
前傾姿勢のまま向こうも走るスピードを上げて、大聖堂前へと駆けて行く。通りから一段高い、礼拝広場と呼ばれている広大な空き地へと飛び上がり、奥へと走って行く。
[何て器用な!]
[そのまま突き抜けろ!]
ピリオド・ビーストに比べたら小さな段差だ、とくに苦労することなく礼拝広場に乗り上げ、大聖堂前に佇んでいる敵へと目掛けて再度走り出す。
[決闘したいってかぁ?!いいねぇ!そのくそ根性は認めてやるよ!]
ウロボロスが吠えながら、ピリオド・ビーストの腕を持ち上げる。あとは叩きつけるだけ、腕の間合いまであと少しという時に、
[なんっ?!!]
地面が揺れたかと思えば再びの轟音、そして爆発。立っていられない程だ。
[ぬぐぅああぁあ!!!足がぁ足がぁ!!!]
[地雷か?!くそっ!!]
まんまと誘き出されたということかっ!!
[何故ロックオンアラートが鳴らなかった?!]
地雷の爆発により、足が損傷してしまった。形は残っているがとてもじゃないがピリオド・ビーストの巨体を支えることができない。煙や火花を上げ、金属が軋む音を鳴らしながらその場で崩れ落ちる。
[…大したことは、なかったな]
人間の...声?あの機体に乗っている偽物か。
[てめぇ…このくそ虫がぁ!!!こっちに来やがれぇ!殴ったら終いなんだよてめぇなんざぁ!!]
両手を振り回しながら威嚇するが、地面ばかりが抉れるだけで敵に届いていない。
[一つ聞こう、お前達は何故我らを狙う]
[ムカつくからに決まってんだろぉ!!いいからさっさとこっちに来い!!]
[もう一体はどうだ?こいつでは話しにならない]
何故...あぁ、奴はマキナ同様こちらの位置をサーバーから探れるのか。だから、こんな下準備をしてピリオド・ビーストを誘き出したのか。
[…聞いてどうする人間よ、始末したければさっさとしろ]
[生憎だが私もマキナの協力者を探してる]
...正気か?命を狙っている敵に言う台詞ではない。何か裏があるとしか思えない。
[他をあたれ、もう人間と組む気はない]
[…残念だ]
肩にマウントしている電磁投射砲がこちらを向く、
[はっ!それはこっちの台詞だぁ!虫さんよぉ!!]
[?!!]
その無駄な交渉が命取りだ、上半身と下半身を分離させ腕の力だけで前へと進む。そしていとも簡単に間合いに入れる。
[この化け物がっ!!]
体に電磁投射砲の直撃を受けるが、勢いは止まらない。そのまま持ち上げた腕を敵に叩きつける。
[ーーーーっ!!]
ギリギリ横に避けたのか、直撃はしなかったが体の半分を圧壊させてやった。今度は向こうが地面に倒れ伏した。
[だぁぁあいしょおおおおりぃぃ!!!]
耳障りなウロボロスの声を聞きながら、今仕方人間に言われた言葉を思い返す。
今更...今更にも程があるだろう。あの時、俺とタイタニスを蔑ろにしたくせに。
沈みそうになっている太陽が、崩れ落ちた機体を照らしている。大聖堂とその向こうには、手前から青く、遠くへいく程に黄色へとグラデーションに色を変化させている大空を背景にして、機体を赤く、眩しく照らしていた。
不覚にも、その姿を見て美しいと思ってしまった。
22.c
マギールに言われた場所まで戦闘機を飛ばしている間、色々な事を考えていた。
どうすればナツメの助けになるのか、どうしたらナツメは私を頼ってくれるのか、ナツメの好きな事って何だろう?あと嫌いな事も知りたい。ナツメの事ばっかりだ。
「それでマギール、行った場所には何があるのかしら」
何の気なしに聞いた言葉だが、マギールの返事にびっくりしてしまった。
[エレベーターシャフトの地下に、グガランナ・マテリアルを隠しておるのでな、それを取りに行く]
「………………………は?」
[聞こえなかったのか?まぁこの音だ、仕方あるまいが、グガランナ、]
「聞こえてるわよ!!はぁ?グガランナのマテリアルを隠しているぅ?」
何を言っているのか...え?本当にあのでかぶつを隠しているのか?
[あぁそうさ、儂がマキナになった際に持ち出したのだ、あれにはマテリアルを修復する機能があるからな]
「…よくグガランナが許してくれたわね」
[いいや、奴の許可は取っておらんって?!おいやめんか!!急制動はするなと言ったはずだ!]
マギールの言葉に思わず操縦桿を押し倒してしまった。
「はぁーよくもまぁ…自分は勝手な事をしておきながら、私達を礼儀知らず呼ばわりしたわね…一番の礼儀知らずはあなたよマギール!!」
呆れて物も言えない、いや言ったけど。
それにマギールはグガランナ達の面倒をみていたはずだ、よくバレなかったものだ。
[言い返す言葉が無いな、少しは反省しよう]
「こんの…あなた確かグガランナ達の面倒をみていたわよね?よくバレなかったわね」
[本当はみるつもりはなかったんだがな…奴が人間と一緒にいると聞いたもんだから、少しばかり興味が湧いてな、それで会ったみたらアヤメときたもんだ]
「変態マギールめ」
[…お前さんアマンナと友達か?言う事が似てきたぞ]
だからエレベーターシャフトに向かえと言ったのか。街を出発してもう暫くは経つ、そろそろ見えようかという時に夕日を浴びて細長く上へと伸びているエレベーターシャフトが見えてきた。
「そんな訳ないでしょあんな子供と一緒にしないで、どうやって管理していたのよ?まさかずっと地下に隠しっぱなしってことはないでしょう」
[…あぁ詳しくは言えんが、家の地下に管理できる場所を設けてな、遠隔操作だがいつでも使えるように調整はしておった]
今度は操縦桿をゆっくりと倒しながら、エレベーターシャフトの入り口へ向けて高度を下げていく。
「それって男の花園ってやつ?アマンナ達が話しているの聞いたわ、何?花園って」
[……………いや、何でもない]
「いや絶対何かあるでしょ、何その沈黙」
徐々にエレベーターシャフトの入り口が見えてきた。周りは木ばっかりなのでこういう時に垂直離陸式は役に立つ...まぁ一度失敗して、残っていた小さな町を焼け野原に変えた事があったけど。
排気ノズルを水平方向からゆっくりと、ゆっくりと!下に向けて偏向させ高度を保つ、そしてエンジン出力を抑えて無事に着陸することが出来た。過去に二度失敗しているのだ、もう手馴れたものだ。
戦闘機に移した女の子が声をかけてきた。
[あの、私はどうすればいいですか?そのグガランナ・マテリアルに今から乗るんですよね?]
「あんたここで朽ちなさい、その方がいいわ」
[そんな!ひどいですよプエラさん!]
排気ノズルから聞こえる爆音が収まりつつある中、マギールが肉声でとんでもないことを言う。
「それなら儂のとこに来るか、こんなに良い体をしているのだ、じっくりと研究させてはくれまいか」
[…プエラさん今すぐ壊してください、短い生でしたが悔いはありません]
「さっきのは冗談よ、マギールに変なことはさせないから安心しなさい」
「そうか、それは残念だ」
[ぷ、プエラさん!お願いしますね!本当にお願いしますね!]
懇願してくる戦闘機から、心許ない梯子を降りていく。ここに来たのは初めてだ、サーバー越しから観察はしていたが、とても大きい。エレベーターシャフトの先端は雲の向こうに隠れてしまっている。
難なく梯子を降りてきたマギールが先導する。
「それより、お前さんは本当にナツメの味方になってよいのか?」
「はぁ?今更何言って…そのつもりでここまで来たのよ?」
「あぁ、だがお前さんにはテンペスト・ガイアの元で指揮を取る役目があるだろう?今の状況で、ディアボロス側につけと言われたらつく他あるまいて」
「それは…」
思わず下を向いてしまった、その可能性は考えなかった訳ではない。会話もしたことがないテンペスト・ガイアが何も言ってこないのをいいことに、好き勝手やっているだけだった。マキナとして覚醒した時から放任されているのだ、今更私に指示を出すとも思えない。
「儂としてはここで別れてほしいのだがな、お前さんがこれからどうなるか分からん以上は、」
「ふざけないで!私にここまで運ばせておきながら!それに、マテリアルを人間のために使うことは悪いことではないでしょう!」
「…ふむ、確かに、テンペスト・ガイアに許可を取っていないだけで、やましいことはしていないからな」
今のは忘れてくれと、悪びれもなく言ってのけたマギールに腹が立ってしまった。
腹の虫がおさまらないが、私もマギールの後について行く。
雑木林を抜けてすぐ、色んな跡が地面に描かれていた。人の足跡や、小さく掘った穴、それに戦闘機よりも大きい何かが寝そべったような跡まであった。
「この跡って…確か、ナツメがいた本隊とやらの…」
「そうさな」
とくに興味を示すでもなく、淡々と歩みを進めているマギール。元は人間だったんだ、少しぐらいは持ってもいいのにと思う。
見上げる程の階段を、よっこらせよっこらせと登っていく。登りながらもマギールに言われた一言を思い返していた。
(私が…ナツメの敵になっちゃうの?)
考えただけでゾッとした、私がナツメに銃を向けているイメージが頭の中に浮かんでしまい、慌てて頭を振るう。
(けど、マギールの言った事はあながち的外れでもない…)
テンペスト・ガイア、彼だが彼女だが知らないがそんな、会ったこともないし何の情も無い奴の一言で、自身の立場を左右されてしまうのは少し理不尽に思えた。
私はナツメの味方でありたい。あの時、一人でくだを巻いていた時に願った通りの人と奇跡的に出会えたのだ。私のことを見てくれて、怒ってくれて、褒めてくれて、泣いてくれて...
もっとそばにいたい、この気持ちは私だからこそ生まれたものなのだ。だけど、この気持ちもグラナトゥム・マキナとしての役割が優先された時、どうなってしまうのか、分からない事が怖かった。
「ほれ、着いたぞ」
マギールと共に入ったエントランスホールは、見慣れた様式だった。植物と一体化した空間は、人のストレスを和らげる効果があるとして、マキナから提案されたものだ。今となっては誰が提案したかは分からないが。
「それで、グガランナのマテリアルはどこにあるの?地下の入り口は?」
「こっちだ」
そう言って、さらに先導するマギールについて行く。入ったエントランスは小型エレベーターで、中身は空っぽだ。それにどこにあるか階の表示も消灯してしまっている。
「あぁ何?エレベーターで地下に向かうの?」
「そうさ、ここで何やらやっていたみたいだが、地下に影響が無くて良かったよ」
「んん?エレベーターが無いじゃない」
「黙って見ていろ」
むすっとしながらマギールが何やら操作しているところを見ていると、消えていたはずの表示が復活し、かと思いきや全部の階層が点灯したではないか。
「…………よく分からないわ、何でこんな手間かけるの」
「秘密基地は男の浪漫さ」
くだらない、そう思っていると下からエレベーターが上がってくるではないか。どうやって上がってきたのか分からないが、興味が無かったので到着したエレベーターにさっさと乗り込んだ。マギールはご立腹のようだ。
「はぁー連れてくる相手を間違えたな、これを見て何とも思わんのか、信じられない」
乗り込んだエレベーターの内装は質素ではなく、とても手が込んでいる。シックな作りで深い赤色をした毛の長い絨毯まで敷いていた。どうでもよかった。
「別に、早くして」
被りを振りながら、マギールが操作盤に網膜を読み込ませている。生体認証まで導入しているのか...そんな無駄に使える資源があるなら、
「ここまで手の込んだものを作れるなら、どうして自分の家に作らなかったのよ」
「秘密基地は男の浪漫だと言っただろう、誰が自分の家に秘密基地を作るんだ、何も分かっておらんな」
「…」
...え何なんなの、なんでそんなに偉そうなの?グガランナのマテリアルに用事があるのであって、誰もあなたの秘密基地とやらに興味が無いと言いたかったけど我慢した。
音も立てずに滑らかに降りていくエレベーター、すぐに地下に到着したみたいで、また音もなく扉が開く。そこには、
「あー…本当だったのね…」
「あぁそうさ、儂にはマテリアル・コアを修復できるポッドが無いからな、ごねて借りてきたのさ」
「誰に?」
「プログラム・ガイアにだ」
「はぁ…ん?よくテンペスト・ガイアが許したわね」
「何を言って…まぁいい」
「あそう…にしても、本当にデカいわね、グガランナのオリジナル・マテリアルは」
私の目の前には、牛の頭を形取った巨大な飛空挺が鎮座ましましていた。
船首は見事な角が二本、周囲を視覚化するためのカメラだろうが、これまた牛の目玉と同じように二つ付いている。残念なことに鼻に模した搭乗口に輪っかは付いていなかった。全長は軽く二百メートルは超えるだろう、本当にデカい。エレベーターから降りた入り口からでは後ろが全く見えない。
「これ、後でちゃんと許可取っときなさいよ、グガランナに」
「起動してしまえばこっちのもんさ、いくらでも罵倒されよう」
今度は私が頭を振る、何を言っても駄目だ。
「これを使って中層にいるピューマを上に運ぶのね」
「あぁ、だがまずは、上層まで飛ばす必要があるだろう、それにナツメには口聞きをしたもらわんとな、いきなり運ぶ訳にはいかんだろう」
「!…そ、そう、そうね、それなら今からナツメを迎えに行くのね!」
「お前は本当に…ナツメが好きなんだな…」
それこそ何を今更。
見上げたグガランナ・マテリアルでナツメを迎えに行く、たったそれだけの事で、鼓動が早くなってしまった。
22.d
「…」
「…」
エディスンの街に、一組の男女が歩いているのが観える。お互いに背中に怪我をしていた、今は止血したおかげか、流血はないがどちらも痛々しい。服も一緒に切られてしまい中の包帯が、ちらちらと観え隠れしている。
幼さの残る中性的な男が、少し前を行く女に声をかけた。その声が心なしか震えているのが気になった。
「…隊長、お怪我は大丈夫…ですか」
「…………あぁ」
ややあって、端的に答える。女の顔はどこか険しい。
「……………さっきのこと、何も言わないんですね」
「あぁ」
表情を変えず今度は即座に答えた。
この街では今、ディアボロスが放った駆除機体と上層から資源を求めて中層に降りてきた人間達が戦闘を行なっていた。損害はどちらも同じく甚大だ、最初は駆除機体が優勢かと思われたが、ある女の活躍により両者の勢力図は大きく変わりつつあった。
どこかで駆除機体の悲鳴が上がる、また一体破壊されてしまったようだ。
「テッド、私のそばから離れるな、お前は今…」
言いかけた女が、男に向いたと同時に押し黙った。それもそのはず、男が女を睨んでいたからだ。
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「…………」
「聞こえているよな?テッド、いい加減に度胸をつけろ」
「…どうして何も言わないんですか」
「…」
二人の間に何があったのか、ここからでは推し量ることすら出来ない。二人が歩いている通りから、さほど離れていない距離で再び駆除機体の悲鳴が上がったが、この二人は注意を向けることなく睨み合っている。
「…何を言ってほしいんだ、詰ってほしいのか?それとも褒めてほしいのか?仲間を殺してでも私を助けてくれてありがとうと」
聞こえてきた会話に耳を疑った。この男は恐らく、駆除機体から女を守るために他にいた仲間を殺したのだろう。
なんと残虐な、同じ仲間を殺してしまうなど。ガイア・サーバーに保存されていたログのとおりである。
「…いえ…」
睨んでいた覇気も失くなり、下を向いてしまった。
何故、この女はこの男と一緒にいるのか不思議でならない。この男は、仲間を殺すことが出来るのだ、次は自分かもしれないと思わないのだろうか。
「他に言いたいことは?」
さらに睨みながら女が問いかける。その顔は怒っているように観えるが...悔しがっているようにも観えてしまう。
「…ありません」
「ならいい、私のそばから、」
一旦言葉を区切り、男を怒鳴りつけた。
「私のそばから何があっても!離れるな!いいな?!」
「?!は、はい!」
「お前のことはこの私が守ってやる!さっきのことを良かった悪かったと話しをするつもりは一切ない!ここにこうして私とお前がいるのが何よりの結果だ!それを私のせいにしたいというなら即刻ここでお前と私で落とし前をつける!!分かったかぁ!!!」
「ーーーっ!」
上げた頭を再び下げ、嗚咽混じりに男が泣き出した。
私には、涙を流す理由が分からない。女の話しは怒っているようにも聞こえるが、男は嬉しくて泣いているようにも観えたからだ。
女の怒鳴り声に反応したのか、通りを挟んだ向こうにいた駆除機体が、雄叫びを上げながら近寄ってきた。すかさず女が銃を構えるが、その顔がさらに険しくなっている。
「テッド!退路を確保しろ!少しでも異変があれば私に報告しろ!いいな?!勝手な真似は許さないからな!」
「は、はい!!」
テッドと呼ばれた男が周囲の確認を行なっている、女はその間、駆除機体が来るであろう方向に銃を向けたまま警戒をしている。だが、一向に駆除機体が現れない事に訝しかっている。
「何故、襲ってこない…」
「あなたの相手は、私よ」
あの女だ、勢力図をひっくり返した異常な女が、今まさに襲いかかろうとしていた駆除機体の腕を捻りながら掴んでいた。何度観ても信じられない、生身の女が頑強な身体に作られた駆除機体を力で捻じ伏せてしまうなど。
「tjtjtphp?!」
「な、ナツメさん?!この声は?!」
突然の事に驚き身を竦めたが最後、捻っていた腕を勢いよく引きバランスを崩して地面に叩きつけていた。そのまま駆除機体の顎をブーツで押し広げ、口の中に銃口を入れてトリガーを引いた。
「サニア?!」
「ご機嫌ようナツメ隊長、すぐに終わりますので少しお待ちくださいな」
「ptgmpm!!!」
駆除機体が足掻いて何とか抜け出そうとするが、先に絶命したようだ。顎を外され残虐にも口の中から身体を破壊されてしまっていた。
何でもないように言うその態度に、さらに私は戦慄してしまった。二人がかり、いや三人がかりでも押さえつけられるか分からないのに、この女はたった一人、たった一本の足で駆除機体を押さえつけていたのだ。それも本当に楽しそうにしながら、まるで無邪気に遊ぶ子供のようだ、その無垢な残虐性が恐ろしかった。
「倒し方が分かれば、ビーストはあっけないものですね」
「…」
テッドが絶句している、無理もない。私もマテリアルを持っていれば同じように絶句していただろう。
最初は呆然と見ていたナツメと呼ばれた女は違ったようだ。
「よくやってくれたサニア、すまないが私に同行してくれ、マガジンも残り少ない」
「えぇ!えぇ喜んでナツメ隊長!お力になりますわ!」
喜色満面の笑顔でナツメの指示に答える異常な女、名前はサニアというそうだ。
...見ていられなかった。これ以上は恐怖心を煽られるだけだ、遠隔映像を切り少しばかり思案する。
テンペスト・ガイアより人間をよく見ておけと言われ、エディスンの街で展開している人間の部隊を観てみたが、聞いていた以上のものだった。これは確かに、テンペスト・ガイアやディアボロスが躍起になるのも頷ける。
だが、テッドが仲間を殺した理由が分からない。ナツメと呼ばれた女の怒声に涙を流す程の臆病者だ、そう簡単に奴が殺したとも考えにくい。その様子を確認したくなったので、街中の監視カメラのデータを点検する...あった、これだ。川を挟んだ通りで戦闘しているあの二人の映像を見つけることが出来た。
(これは………)
あの二人以外にも、数名の人間が戦っている。だが、まともに戦っているのはナツメだけのようだ、ナツメが駆除機体を引きつけている間、テッド以外の人間が逃げようとしていた。二体の内一体の駆除機体が一人の人間を川に落としそのまま隣にいた別の人間の頭を千切っている。さらに、また別の人間へ爪を構えた時ナツメに脚を撃たれバランスを崩し...このナツメもよくまぁ駆除機体を川へと落とせたものだ。
その隙に逃げようとした人間をもう一体の駆除機体が体当たりで落としてから、その駆除機体を後ろから逃げようとした別の人間の足を掴み、同じように川へと投げ入れていた。
そして、川に人間が四人、駆除機体が後から下りてきたのも含めて二体の混戦状態の中、テッドがナツメに呼びかけている。駆除機体の爪をすんでのところで躱した後は...テッドが川へ向かって手榴弾を一つ、投げ入れていた。
(そういうことか…)
密集している状況なら間違いなく駆除機体を手榴弾で始末できる、それにあの手榴弾は通常より威力を強化されているものだ、恐らく駆除機体用に人間が開発したものだろう。
(テッドは殺したくて殺した訳では…ない?)
結果的に殺してしまった、ということだろうか。川で駆除機体を始末していなければ、簡単にこの二人も殺されていたことだろう、二人とも背中に傷を負っているのだ、とてもじゃないが駆除機体から逃げられたとは思えない。
分からなくなってきた。この映像を観るにテッドは何が何でもナツメを守ろうとする強い意志を感じたし、他の人間らは駆除機体から庇ってくれたナツメすら置いて逃げようとしていたのだ、テッドの手榴弾がまるで天罰のようにも見えてしまう。
(分からない…この映像だけでは)
私も介入すべきだろうか、しかし私に何が出来る?何か特別な役割があるわけでもないこの私が、誰かの代わりにしかなれないこの私が介入したところで得られるものがあるのか。
次々と扉が開いていくポッドをサーバーから眺めながら、暫く考え込んでいた。