懐かしの故郷
バルト国編になりますー。
カッポカッポと調子良く、街道を馬車が進む。
青空が広がると道の先に、バルト国の首都が見えてきた!
何故だろうか。
少し目頭が熱くなってきた。
まだ半年しか離れていないというのに。
「ラグ殿! 首都の門です!」
「あぁ、戻って来たな」
手綱を握る手を片方離し首都を指差すと、ラグ殿も微笑んだ。
「まだ半年しか離れていないのに……、すごく懐かしい気分です!」
「そんなものだ、だから故郷はいいんだろうな」
私が言うと、ラグ殿が意外なことを口にした。
故郷ーー、そうか。バルト国は私の故郷なのか。
そんなこと、考えたこともなかったな。
「あれが、エリーの村?」
シュウが荷台から顔を出してそう尋ねてきた。
「違うよ、シュウ。あそこは村じゃなくて国。あー、国の首都。一番大きな街のことだよ」
私が返事をする前に、シュウの横にいたレオンが口を挟んで来た。
私はムッときて、思わずレオンを睨み付けてしまった。
「っとと! エリー嬢? そんな怖い顔しないでよ」
「……あなたが余計なことを言うから!」
全く、この男!
よくもまぁ、ノコノコと付いてきたもんだ!
この男、レオンは、シュウの村にいた旅人なんだが。
あろうことか、いきなり現れてその日の夕食を一人で食べ切ってしまったのだ!
あれにはもう、怒りを通り越して殺意が湧いてきた!
「まぁまぁ。ほら、僕のおかげで馬車も手に入ったんだし!」
必死に取り繕う辺りが、それがまた腹が立つ……
確かにこの馬車は彼のおかげではあるが……
「僕が強姦に襲われている淑女を見つけたからこそ、お礼にくれたんじゃないか!」
そんなに胸張って偉そうに言うことか?
街道の外れで助けるには助けたが……
淑女と言うほどのものだったか?
いや、そうではなく!
「エリー、もうその辺にしておけ。何を言っても奴の思うツボだ」
「いやー、ラグは分かってるねぇ。僕がエリー嬢を弄んでることを!」
「だ、誰があなたなんかに弄ばれてるって言うんですかーーー!! そんなふしだらな……」
「ほら! 僕の思った通りの反応じゃないか♫」
「だいたい、助けられた分際でラグ殿を呼び捨てするとは! ちゃんと『様』か『殿』を付けるべきです!」
「あったまかったーい。さてはエリー。君、男にモテたことないな?」
「キィィィィィィィ!!」
あぁ!
ハンカチを咥えたい!
咥えて引き裂きたい!
このやろこのやろこのやろーーーー!
そんな私を見るシュウの目が、また冷たい……
「……エリー、何か怖い……」
閑話休題……
そんなこんなで私たちはバルト国へと戻って来た。
首都の門に立つ守衛は、私たちを見るとすぐに門を開けてくれた。
首都に入ると、懐かしい光景が目に入って来た。
オレンジ色や赤、黄色の瓦屋根が軒を連ねて並び、その下を人が行き交う。
ちょうど昼時か。
軒下の出店や食堂には人が溢れかえっている。
以前は、この溢れかえる喧騒が耳障りで眉をひそめたが、今は違う。
懐かしい、全てが懐かしい。
ふふ、半年でも感傷に浸るものなのだな。
「おおー! これがバルトの街かー」
すると荷台に乗っていたレオンが声を上げた。
「……? レオン殿は初めてなのか?」
レオンは私の声が聞こえないのか、首を曲げ、顎を上げながらあちこちに目をやっては
「ほー」
とか、
「はぁぁぁぁぁ」
とか言っている。
そんなに珍しいのだろうか?
「レオン殿……」
「初めてだよ、この国は」
ん? なんだ、聞いてたのか。
ならちゃんと返事してほしいものだが。
「初めて、なのか? この大陸を旅しているのに?」
レオン殿の答えに、ラグ殿は怪訝そうな目を彼に向けている。
「あぁ、旅を始めたのも最近だからね。そうか、バルトはこんなに大きな国になったんだなぁ」
「国になった?」
「あぁ、いやいや。何でもないよ」
何だか変なことを言うなぁ。
「で、これからどこに向かうんだい?」
「あなたには関係ないことです。ていうか、いつまで一緒にいるんですか? あなたと行動するのはここまでの筈では……」
「君たちと一緒にいる方が面白いからねぇ。君たちの行くところに、僕も一緒に行くことに決めた!」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「あれ? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……! はぁぁぁぁぁ!?」
「エリー、態度があからさま過ぎだ。もう諦めろ」
御者台の横で隣でラグ殿がそう呟いた。
何だろう、この『ズーーーン』ていう重みは……
程なくして街中を進むと、建物が少なくなってきた。
郊外に差し掛かったのだ。
道を挟んで両側には大きな邸宅が並んでいる。
貴族の家だ。
時折、好奇の視線が刺さるが、気にすまい。
大方、汚らしい格好の者がやってきた位にしか思っていないのだろうし。
私たちはそのまま道を進み、この中でも一番大きな邸宅の前で馬車を止めた。
御者台からサッと飛び降り、シュウに手招きをした。
シュウは驚きつつも、私に従って荷台から降りてきた。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよう!」
レオン殿。
別にあなたは降りなくていいのに。
「さぁ、ラグ殿も」
「いや、俺は馬を繋いでから行く」
「それなら私が……」
「気にするな、あの家の扉はお前が叩いてこい」
気にするなと言われても気にするんだが……
「いいから行け。ほら、レオンがノックしてるぞ」
「は!? なななななな、何ですって!?」
私は「きぃ!」と歯が砕けんと言わんばかりに噛み締めて屋敷の方を見た!
ラグ殿の言う通り!
確かにレオン殿が扉の前に立ち、手を上げて……
ノック……!
「さぁ、せぇ、るぅ、かぁぁぁぁぁ!!」
叫びつつ、私は玄関へ向かって猛ダッシュした!
「うるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
手を振り足を出し、恐らく私の人生で最も速いと思われる全速力!
だが、悲しいかな。
あと一歩のところだったのだ……
「いやー、これ、やってみたかったんだよねぇ」
と呑気に軽口を叩きつつ、レオン殿は『ドンドン』と豪勢な扉に付いているいかつい獅子が咥えるリングを叩いたではないか!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
間に合わなかった!
もう! どうしてそう勝手に行動するのだ!
「レオン殿ぉぉぉぉぉぉ!」
名を呼びつつ、私は急ぎ、扉とレオン殿の間にこの身をねじ込んだ。
「はぁっ、はぁっ、ゼェッ、ゼェ……」
「あ、あれ? エリー嬢?」
「エリー、足速いんだね……」
「っはぁ! っはぁ! な、何で勝手にノックしたんです、か!?」
「え、いや、だって」
「わ、私が、ノック、しようと、思って、いたの、に!」
私は膝に手を乗せ、肩で喘ぎながら声を絞り出した。
「だ、大体、あなたと言う人は!」
「エリー嬢、うしろ!」
「話をはぐらかさないで下さい! 本当に、あなたという人は……」
とレオン殿に声を荒げていた私の手を、誰かが後ろから握ってきた。
「ちょっ……と! 邪魔をしないで……!」
私はその手を振りほどき、眉根を寄せながら後ろを振り返った。
「くだ……さ、い」
後ろへ振り返った時……
肩まで伸びた、艶のある美しい栗色の髪の毛。
スラリと伸びた手足、品の良い誂えのドレス。
フワリと香る、石鹸のような香り。
透き通るように白い肌。
そして、
「あ……」
そして、桜色の唇は柔らかく綻んでいる。
「お……」
あぁ、なんと懐かしい……
「お、お嬢……様!」
アリシアお嬢様……
「おかえりなさい、エリー」
そう言って微笑むお嬢様。
その笑顔が懐かしくて、温かくて……
思わず涙を零してしまった……
「本当に、おかえりなさい」
そう言って、お嬢様は私を優しく抱き締められた。
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