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ラグの怒り

ラグさん、怒ってます!

 少年ーー、名はシュウと言うらしいーーの話によると。


 彼の村にいきなり賊が襲い掛かかってきた。

 目的は食料か、人攫いか……

 察しが付かないまま、村人はどんどんと拘束され、一箇所に集められていく。

 中には勇敢にも武器ならぬ農具を持って賊に飛びかかった者たちもいたらしいが、無残にも殺されてしまったそうだ。

 戦いの経験などあるはずもなく、ただただ賊にされるがままの村人たち。

 一頻り家々を回りきった賊たちは、村長の家に集まり始めた。

 今後の話し合いでも始めたのだろう。

 拘束された村人の周囲には見張りもいたが、そのおかげで幾分か手薄になっていた。

 その隙を突いて、シュウの両親は剣士に助けを求めるようにと彼を村から逃がしたそうだ。


「その賊たちの規模は?」


 暗い森の中を突き進みながら、ラグ殿はシュウに尋ねた。


「え、えっと……、お、大勢としか……」


 シュウの話を聞く限り、いきなり襲撃されたのだ。

 その賊たちの目的も人数も分からないとなると、果たして……


「お前の話だと、奴らが襲ってきたのは昼時だったな?」

「はい、午前の仕事を終えて昼ごはんを食べようとしていた時だったので」

「そこで逃げ出したとなれば、お前の足で走ってあの時間だ。俺たちが火の支度を始めたのは日が暮れて少し経ってからだったからな。急ぎたいところだが、怪我をしているお前に無理はさせられん。このペースで行けば、恐らく着くのは明け方だろう」


 私が施した治癒魔法(ヒール)のおかげで、シュウの傷は初めと比べると、いくらかマシにはなっている。

 始めはどうなることかと思ったが、体力もある程度は戻ったようで、こうして手を引きつつ、小走り程度は可能だった。

 全身に傷があったので、追っ手の賊に付けられたのかとも思ったが、追っ手は途中で振り切ったそうだ。

 普通の道を走ればすぐに見つかると思ったシュウは、道無き道を走り続けたが、そのせいで、あちこち転んだりぶつけたりして傷を負ったと言う。

 無我夢中で走り、更には暗くなって来たため、どこをどう怪我をしたのか分からないそうだが、見た感じ大きな痣がいくつも出来ていた。

 恐らく骨にヒビが入っていたはず。

 何故分かるかって?

 私も昔、同じような痣を作ったことがあるからだ。

 奉公先の、心無い主人に何度も蹴られたお陰でな。

 その度に隠れて治癒魔法(ヒール)で治していたのだ。

 全く……今思い出しても虫酸が走る!

 先頭を進むラグ殿は、時折チラリと後ろを進む私たちを振り返っていた。


「シュウ。傷に触るだろうが、エリーがいる。キツくなったら治癒魔法をかけてもらえ! なるべく、足は止めたくない」

「……は、はい!」

「エリー! お前もキツいとは思うが、頼む!」

「大丈夫です、任して下さい!」


 ラグ殿、ご安心を!

 このエリー、どうやら魔法の才能に目覚めたようですから!

 どんな怪我でも治してみせます!


「なるべく急ぐぞ!」


 私たちは夜通し森の中を駆け抜け、目的地の近くまで来た頃には、東の空が薄っすらと明るくなりかけていた。

 木々の間からは、朝日が差し込んでくる。

 先を見れば、森の切れ目が見えてきた。

 その向こうには、村の入り口があるはず。

 と同時に、何か焦げ臭い臭いが漂ってきた。


「ん? まさか火?」

「恐らくな……、奴ら、村を潰したか?」

「……」


 不安そうな表情を浮かべるシュウの手を、私は強く握った。

 そうして走ること数分。

 ようやく村の入り口が見える場所までやって来た。

 入り口の両脇には柱が立ち、その上に丸太が梁として乗せられており、門のようになっていた。

 そこから、村全体を取り囲むように粗末な材木で壁が施されていた。

 外敵から村を守るためだったのだろうが、賊の仕業だろう。

 ところどころ壊れていたり、火を放ったのか黒く煤けているところもある。

 村の中はどうなっているのか?

 門には扉はなかったが狭く、中の様子はよく見えない。

 壁の向こうから煙が立ち上ってはいるが……


 だが、いくら気になるとは言え、ここでいきなり飛び出してしまえば、相手に気付かれてしまう。

 茂みに身を潜めながら、賊共の規模や動向を見える範囲で探ろうとしたその時ーー


「……あ、あぁ……!」


 シュウは声にならぬ悲鳴を上げながら、たどたどしい足取りで村の入り口へと進んでいくではないか!

 私は急いでシュウの元へと向かい、背中から羽交い締めして止めた!


「バカ! 隠れていないと!」

「う、ううう、嘘だ! 嘘……あぁぁ……、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 シュウの様子がおかしい!

 い、一体どうしたというんだ!?


「エリー、あれを見ろ」


 私の横へ立ったラグ殿があるところを指差した。

 その先を目で追うと……


「……え?」


 村の粗末な入り口の向こうに、大きな一本の木が立っている。

 その幹に、何かがぶら下がり、揺れているのが見えた。

 何度か揺れ動いた時、村に差し込んできた朝日がそれを照らし出す……


「なーー、なんなの、あれ……?」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私が疑問にかられていると、シュウは私の腕から逃れようと叫び、四肢をもがくようにバタつかせ、暴れ出した!


「ちょっ、シュ、シュウーーー!?」

「お、と、お、お、おーーー!!」


 シュウの叫び声に、今度は泣き声が混じり始めた。

 その時、私はようやく悟ったのだ。

 あの大木の幹にぶら下がっているのはーー


「お、お、お、おとぉぉぉぉぉ! おっーーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「そ、そんな……、あれ、あれは……」

「……惨いことを……!」


 私は驚きのあまり、全身から力が抜けそうになった。

 だが、この場でそんなことすればシュウを離してしまうことになる。

 それだけはやってはいけないと、そう思い、シュウを抱き止める手を緩めはしなかった。


「離せぇぇぇぇぇ! 離してくれ! お父が! おっ母がぁぁぁぁ!」


 村の入り口の前でシュウが暴れ、泣き叫ぶのを必死で止めていると、塀の向こうから数人の人影が見えた。

 こっちへと近付いてくる。


「くっくっく……」

「へっへーーー」


 どいつもこいつも下卑た笑みを浮かべている……

 黒ずんだ汚らしい格好に、相手を射抜くような鋭い目つき。

 それぞれが腰に剣の収まった鞘を下げている。

 見るからに野蛮な出で立ちは、間違いなく奴らがこの村を襲った賊であることを証明していた。

 奴らは私たちの目の前で立ち止まると、足元から頭の先まで、纏わりつくような視線を浴びせてきた。

 まるで品定めのようだ……


「へぇ、ガタイの良い男に、薄汚ぇ小娘か」

「ちょうどいい。二人ほど品切れになったからな。これで頭数はピッタリだぜ」


 品切れ? 二人?

 こいつら、何を言ってるんだ?


「貴様ら、何者だ」


 ラグ殿が口を開いた。

 途端、奴らは堰を切ったように笑い始めた。


「ギャーハッハッハッハッハーーー!」

「何だよこいつ? えっらそうな態度だなぁぁ」

「きさまら、なにものだ。だってよぉぉぉぉぉ! カッコつけてんじゃねぇぇよぉぉ!」


 な、なんなんだこいつら?

 私は背筋がゾッとした。

 奴らの様子に一瞬怯み、後ろに下がりそうになった。

 ……が、絶対にシュウを離してはならないと思い、踏みとどまり、彼を抱き止める手に一層力を込めた。


 賊は更に聞いていて不快な笑い声を上げ始めた。

 ところがーー。


「それとも何か? この村を今更助けに来た救世主とでも抜かすかぁ? あぁぁぁ?」

「なんだ、それぇぇぇぇ! 面白過ぎんだろぉぉ!」


「「ぎゃははははははははは!」」




「あはははははぁ、は? ーーはぐわぁ!?」




 ……あれ?


 どうした?

 いきなり一人が吹っ飛んだんだぞ?




「……グダグダと、うるさい奴らだ」




 見ると、吹っ飛んだ賊が立っていたところにラグ殿がいた。

 剣は抜いていない。

 どうやら一瞬であそこまで行き、拳を叩きつけたのだろう。

 低い姿勢で、振り出された右腕が地面にめり込んでいる……


 これは……


「て、てめぇ、何しやがるんべらぁ?」


 すると、驚き、声を荒げる賊の口元を、ラグ殿は鷲掴みした。


「むぐぐぐぐぐぐ!!」


 賊は苦しそうにラグ殿の腕を殴り付ける!

 だが暴れる賊の抵抗も虚しく、ラグ殿は口元を掴んだまま立ち上がり、腕を高く上げた。


「ぬぐぐぐ!? むぐぐぐぐぐぐ!」


 ラグ殿は無言のまま、どうやら鷲掴みしている手に力を込めているようだ。

 メキメキと骨が軋む鈍い音が聞こえてくる……


「むぐ!? もごごごごごごここ……!?」


 ボギン!!

 と鈍い音と共に、ラグ殿の手から血が滲み出てきた。

 賊は白目を剥き、体がピクピクと震えている。

 その足元は……


 うわ……、土にシミが広がっていた。


 ラグ殿は賊を無造作に投げる。

 投げられた賊は入り口の柱に叩きつけられ、力なく地面に崩れ落ちた。

 チラリと顔を見たが……

 鼻から下がグチャグチャになっていた……


「おい」


 ラグ殿が残った賊達に話し掛けた。

 その声が異様に低い。

 瞬間、私の背中にまた悪寒が走る……

 そして理解した。

 そうか、さっき走った悪寒は……


「村に入る。そこをどけ」


 残った賊は三人。

 奴らは剣を抜き、一斉にラグ殿に斬り掛かってきた!

 それを見て、思わず私は叫んでしまった!


「ラグ殿!?」


 だが、ラグ殿は一人目の袈裟斬りをすんでのところで避けると掌底を鳩尾に叩き込み、体が折れたところで顔面に膝蹴りを食らわせた!

 顔から夥しいほどの血が溢れ、一人目は倒れ込む。

 二人目が繰り出す真横の斬撃はジャンプして避ける!

 同時に左の側頭部に足蹴り一発!

 ゴギン! という鈍い音に加え、賊の首が曲がってはならない方向へと歪んでいた。

 そのまま着地し、ラグ殿は首の折れた賊の腹に蹴りを入れ、後方へ蹴り飛ばした。

 その先には最後の一人が立っており、剣を構え、ラグ殿に向かって走り出していた。

 その走り出すタイミングに合わせてラグ殿は賊を蹴ったのだろう。

 駆け出した賊はそれを見て止まろうとした。

 が間に合わず、最後の一人は防御する間もなくその衝撃の全てを全身で受け止めながら後方へと倒れ込み、動かなくなった。


「……ちっ! 邪魔をするな!」


 眉間に皺を寄せ、軽蔑の眼差しで吐き捨てるラグ殿。

 そう、私が感じた悪寒はラグ殿の怒りだったのだ。


 ラグ殿は怒っていたんだ。

 賊たちの行いに対して。

 ラグ殿は足元に転がる賊たちに踵を返すと、私たちの元へと戻ってきた。

 そして泣き崩れているシュウの頭に手を乗せ、優しい口調で話し掛けた。


「シュウ、約束だ。お前の大切な家族の仇を討つ」


 髪をクシャクシャと撫でながら。


「それが終わったら弔ってやろう。お前の大切な、父さんと母さんを」


 それを聞いて、シュウは一層、泣き声を上げた。


ここまでお読み下さりありがとうございます!

ブクマ&評価を頂けますと、作者のモチベーションも上がりますので、是非ともお願い致します!

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