少年の願い
「だ、大丈夫!?」
私はすぐに木剣を置き、倒れた少年の元へかけよった。
少年を抱き上げたると、グッタリとして顔からは血の気が引いている……
暗がりでよく見えないが、ところどころ血が流れている。
どうやら、怪我をしているようなのだが、どこをどう怪我しているのかが分からない。
それにしても、こんな年端も行かぬ子供がどうしてこんな森の中に……。
「い、一体何が……」
「エリー、ひとまず火の近くへ」
ラグ殿に促され、私は少年を抱きかかえた。
するとどうだろう。
だらりと力なく手が垂れ下がってしまった。
もしかしたら、もうダメなのかもしれない……
そんなことを考えながら、私は少年を火のそばへ連れて行った。
灯りに照らされて分かったのだが、傷は全身に付けられいた。
やはり、出血はところどころからあり、傷が痛々しく浮かび上がっている
ラグ殿も近くに膝をつき、手に持っていた袋から傷薬を取り出すと、少年の傷にペタペタと塗り始めた。
「もう……このまま……」
「分からん。エリー、お前は確か、初級の魔法なら使えたな?」
「え、は、はい。嗜む程度……ですが……」
「治癒魔法は使えるか?」
ラグ殿の問い掛けに、私は小さく頷いた。
「よし、それならすぐに魔法をかけてやってくれ」
「え? で、でも、私は初級しか使えないので、効果はそんなに……」
「いいからやれ! やらないよりはマシだろう!」
ラグ殿が語尾を強めてそう言った。
やらないよりはマシ……
私の効いているのかどうかも分からない魔法だが、それでもやらないよりはやった方がいい……
私は「ままよ!」と心で叫びながら、仰向けで寝そべる少年の胸元に手をかざし、意識を集中した。
「治癒魔法……!」
ホワッと手の周りが白く、優しく光り始める。
それが少しずつ、少しずつ少年を包んで行く。
もっと上位の魔法なら、彼に出来た傷もすぐに治癒出来るのに……!
歯痒さを感じつつも、私は目の前のことに集中した。
暫く治癒魔法を掛け続ける。
少年の苦しそうな表情は、心なしか穏やかになったように見える。
荒かった息遣いも、少しは落ち着いてきたようだ。
「ん、エリー。もう大丈夫だろう」
「は、はい……」
治癒魔法を掛け終え、私は少し目の前がクラっとするのを感じた。
この感じは以前も感じたことがある。
魔力の枯渇による、軽い目眩だ。
額に手を当て、眉間に皺を寄せた。
このままジッとしていれば、動ける分の魔力は回復する。
少しの辛抱だ……
それにしても、私の治癒魔法に効果があるとは……
自分でも驚きなのだが、もしや魔法の才能が?
「……大丈夫か、エリー?」
「あ、は、はい。大丈夫です。暫くしたら動けますから」
「そうか。すまん。俺が治癒魔法を使えれば良かったんだが……」
額に置いた指の隙間からラグ殿を見ると、少年の顔を覗き込みつつ、ラグ殿は私に謝罪をしてきた。
ラグ殿は、元勇者……と言われていた。
勇者ならば、大抵の魔法は使えるのだとばかり思っていたが、実際は違うようだ。
そういえば、勇者は特別な存在として神に祝福され、共に旅する者を優先的に守るための魔法しか使えない、と、何かの本で読んだ気がする。
恐らく、ラグ殿の聖域がそうなのだろう。
私やお嬢様も何度か救われたが、はっきり言ってあの魔法はズルい!
魔法であろうが剣であろうが、どんな攻撃でも弾き、防いでしまう。
その中に入っていれば、まず傷付くことすら敵わない。
まさに聖域。
だが、既に勇者でないラグ殿にとっては無用の長物なのだろう。
使おうにも用途は限られる。
それならば、初級でも治癒魔法や攻撃魔法を使えた方が、普段の生活にだって役立つ。
先程の謝罪は、その歯痒さからではないだろうか。
きっと、多分……
それにしても、私の治癒魔法。
思った以上の効果を発揮していないか?
「……んーー」
ふと、少年が顔をしかめ始めた。
「……!」
「あ……!」
ラグ殿と私は、揃って少年の顔を覗き込んだ。
あ、ラグ殿の顔が近い!
傷だらけだけど、焚き火の炎に照らされた横顔は目鼻立ちがハッキリと浮き彫りになっていた。
よく見たらこの人……
すごく整った顔立ちをしているんだよな。
これであの性格でなければきっと……
と、そんなことを考えつつ、思わずそれに見入りそうになったが……
ーー私は何を考えてるんだ!
今はラグ殿の顔じゃなくで、目の前の少年だろう!!
私は気持ちを切り替えて、再度少年に視線を落とした。
「う、くっーー!」
「大丈夫か? 聞こえるか? 聞こえたら返事しろ」
「んん……、くっ、はぁ…………」
ラグ殿の声掛けに、少年はゆっくりと息を抜き、目を開いた。
「……ここは」
「街道のすぐ脇の森の中だ。俺たちが野営の準備をしていたら、お前が茂みから現れた」
「かい……どう?」
「そうだ、街道だ」
少年は絞り出すかのように掠れた声でそう呟くと、ハッとした表情で体を起こした!
「ちょっ……! まだ動いたら傷口が……!」
「む、村が!」
「村?」
一体どうしたというのだ?
少年の顔からは悲壮感というか、絶望のようなものが漂っている。
村? 彼の住む村のことだろうか?
そこで何かがあったのか?
ラグ殿は少年の肩に手を乗せると、ジッと彼の目を見つめて問い掛けた。
「落ち着け、一体何があった?」
「む、村がーー! 早く助けを呼びに行かないとみんな殺されちゃう!!」
殺される?
村の人たちが?
誰に?
「お願いします! ぼ、僕を剣士がいる街まで連れて行って下さい! 早く行かないと、村が、みんながーー!」
「今から向かったところで時間の無駄だ。諦めろ」
なっーー!?
ラ、ラグ殿! あなたは一体何を考えてーー?
「俺たちが行く」
ん? ラグ殿、今何と?
「ちょうどその村に用事があったところだ」
ラグ殿はそう言って立ち上がった。
ガチャリと、腰に携えた鞘が音を鳴らす。
「ーーあ、あなた、たちは?」
少年が疑問に満ちた表情で問い掛けると、ラグ殿は口元を綻ばせた。
「奇遇だな、俺は剣士だ」
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