やみ夜の森の少年
いよいよ始まりました。
父殺し続編。
ラグとエリーの旅を描いていく予定です。
バルト国より南へ下ったところ。
バルト国とクロノシア国にまたがるようにして広がる広大な国、アダルスがある。
国土の四割を広大な森が占めており、両国それぞれの国境からは、国の中心部まで街道が伸びている。
街道は、街や村に近いところは石が敷き詰められ、通る者の負担を和らげるべく整備されているが、都心部から遠ざかると石畳は消え失せ、そのかわり、締め固められた土肌の道が姿を見せる。
行商の馬車が通ればガタゴトと車体を揺らしながら通るのだろう。
その乗り心地は想像に硬い。
馬に乗っていれば、恐らくその乗り心地を堪能出来るのだろうが、生憎私たちの旅は基本的に徒歩だ。
因みに、どこまで進むかはその日のうちに決めることにしている。
目指すところから今いる場所までの距離を測り、逆算して行程を決めておけば、大まかなスケジュールを立てることが出来る。
大まかだから何かトラブルが発生しても、行程の修正は容易だ。
トドのつまり。
ゆっくりとした旅であるということ。
そして、この旅を始めて既に半年は経っている。
「ラグ殿、火の支度が出来ました」
私は森の中で集めた焚き木に、魔法で火を付けた。
そこそこに枯れていたのだろう、火はアッサリと焚き木に燃え広がり、柔らかい灯りを生み出している。
「あぁ」
私が話かけると、揺らめく炎の向こうで影が動いた。
その影はぶっきらぼうな口調で返事をし、ヌッと鍋を持った手が現れ、焚き木の上に置いた。
「ラグ殿、もうすぐ食料が無くなりますね」
「あぁ……」
私がそう告げるも、またもやぶっきらぼうな返事が聞こえるだけ。
本当に、この人は何を考えているのか分からなくなることがある。
度々……ではなく、しょっちゅうだ。
「どこかで補給できればいいのですが」
「地図によれば、この道の先に村がある。そこで補給しよう」
「そうですね」
「食事が出来るまでまだかかる。今のうちに復習だ」
そう言って火の向こうから彼は回り込んできた。
ガッシリとした体躯にボサボサに伸びた黒髪。
頬には大きな傷があり、私を見る目は鋭いけれど優しい。
腰に下げられた剣を一度抜けば、その鮮やかな剣閃に目を奪われる。
彼の名はラグ。
半年前、私の主人であるアリシア・カムリ様を助けてくれた恩人だ。
初めて出会った頃は、今みたいにぶっきらぼうで、とっつきにくくて、全てを拒否していた。
今のラグ殿を見ていると、それが信じられない。
まぁ、とっつきにくくてぶっきらぼうなのは変わりないのだが。
ラグ殿に「復習」と言われ、私の心は弾んだ。
何故弾んだかって?
それはこの旅の理由にある。
「分かりました! 相手の死角に回り込んでからの、払いの動作ですね!」
私は手元に置いていた木剣を手にすると、パッと立ち上がって構えた。
ラグ殿から初めて教えてもらった基本の形。
中段の構えだ。
ラグ殿もゆっくりとした動作で構えを取っていた。
「よし、どこからでもいい。打ってこい、エリー」
「はい! 行きます!」
私は勢いを付けてラグ殿に斬りかかった!
相手の死角を突くにはフェイントを重ねることが必須だ。
右か左か、上か下か。相手の些細な動きにも気を配り、予測する。
ラグ殿の技量は、私が言うのもなんだが飛び抜けていると思う。
と言うよりも、ずば抜け過ぎている。
相手の動きを見切る時、ラグ殿は相手がどう動くかというよりも、その周りの空気がどう動くかで判断していると言っていた。
そんなこと、並の人間であるわたしが出来る筈がない。
その域に達するまでにどれだけの年月を費やすのだろうか?
とにかく、今はラグ殿の言葉一つ漏らさず聞いて、その通りに動くしかない。
相手がどっちに動くか?
それよりも、どう動かすかを考える。
右? 左? いや、背中か?
私は小刻みに身体を揺らし、フェイントをかけるタイミングを見計らう。
ーーが。
「それじゃ動きが丸見えだ」
すかさず、パシーンと私の手から木剣が払われてしまった。
「あ!?」
「エリー。それじゃダメだ」
ラグ殿は眉間を寄せて首を右に左に動かしている。
あ、呆れているのだろうか……?
「す、すいません……」
「いいか、相手を動かそうと思うなら見せるのは体の動きじゃない。目だ。相手の目を動かせ」
ラグ殿は自分の目に指を寄せてそう言った。
「相手としっかり目を合わせることで、相手は自分に集中する。相手に自分を見せるんだ。それで初めて自分の動きを見ようとする。集中する。その時に、自分の視線をズラしたり、体を揺らすんだ。相手の気を引くことで、死角が生まれる。そこに素早く回り込んでーー」
ラグ殿は話しながら言葉通りの動きを私に見せ……
「懐に潜り込む」
私はビクっと肩を揺らしてしまった。
ラグ殿の声がしたかと思えば、私の胸元の下に……、あ、いや、みぞおち辺りにラグ殿の頭があった。
「ーーーあ……!?」
「これで一回斬られたな、エリー」
そう言って私の側から離れると、ラグ殿は口元を綻ばせた。
「すいません…….」
「謝らなくていい。何度も繰り返して体に叩き込むんだ。頭で覚えて考えるより、体で覚えた方が一番手っ取り早い。動きが体に染み付いていれば、どんな状況に陥ったとしても必ず体が動くからな。結果、それが自分を生かすことになる」
そう言いつつ、ラグ殿は鮮やかな手つきで木剣を腰に据えた。
全ての動きに無駄がない。
洗練された動き。
私もいつか、ああなれるだろうか?
いや、ラグ殿に少しでも近付かなければ、私は強くなれない。
私は強くならなければならない。
大切な人を護るために、私は自分自身を鍛えると決めたんだ。
だから、ラグ殿に頼み込んで、彼の旅に同行させて貰っているんだ。
「分かりました! もう一度お願いします!」
「よし、来い」
それから私は、何度も何度もラグ殿と木剣を重ねた。
何度目だろうか。
上手く隙を突き、彼の懐に飛び込もうとしたが、私の攻撃はあっさりと弾かれ、私の首筋にはラグ殿の木剣が添えられた……
「……うっ」
「いい動きだった。懐に潜り込むタイミングは掴めたんじゃないか?」
「は、はい……」
「その感覚を忘れるな。なに、まだ半年だ。お前はもっと伸びる。さて、飯にしよう。そろそろ出来上がったはず……」
ラグ殿は私から離れ、木剣を下げた。
私も弾かれた木剣を拾いに行こうとした。
その時だ。
茂みからガサガサと動く音が聞こえた。
咄嗟に私は足元に転がっていた木剣を手に取った。
ラグ殿を見れば、既に姿勢を低く構え、いつでも剣が抜けるように手を腰元に忍ばせている。
木剣は既に足元に転がっていた。
凄い……鮮やかな身のこなし……どうすればラグ殿のようになれるのか?
私の目標はラグ殿のように強くなることだが、果たして本当に強くなれるのだろうか?
いや、待てエリー。
今は目の前のことに集中だ、集中しろ!
私はラグ殿から視線を茂みへと変えた。
私たちが見つめるその先……
茂みは相変わらずガサガサと小刻みに揺れている。
ーーガサガサ、ガサガサ……
何が飛び出してくるんだろう?
食事の匂いにつられた獣?
それとも、野営をしている者たちを専門に襲う野党だろうか?
頭の中を想像だけが駆け巡りつつ、しかし、視線だけは揺れる茂みに注いでいる。
ガサガサ、ガサガサと数回揺れた後。
それは私たちの前に姿を現した!
「あ!」
「ーーぬ!?」
その動きに合わせて私は木剣を握り締め、ラグ殿は剣を抜こうとした!
ーーーーだが!
「ーーた……」
目の前に現れた者の姿を見て、私たちはすぐにその手を止めたのだ。
「た、たす、け、て……」
私たちの目の前に現れたのは、全身に傷を負い、今にもよろめき倒れてしまいそうな足取りの、幼い少年だった……
「ーーた、たす……」
少年はその小さな手を私たちに差し伸ばしたかと思うと、崩れ落ちるように地面に膝をつき、そのまま倒れてしまった……
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