心の形
「なあ、レイン」
「なんですか?」
並んでタバコを吸いながら、カエデとレインは今日も会話を広げる。
「ふと思ったんやけどさ」
「始まりましたね。カエデの唐突な好奇心」
「レインって心あんの?」
「本当にいきなりですね。無いですよ。AIですから」
「即答か」
「悩む余地がありませんから」
その回答にカエデは少し黙って煙を空へ吐き出した。
「何か言いたげですね」
「いやー、別に?」
「別にって顔ではありませんが」
「...そうやな。レイン、ちょっと出かけようぜ」
「はい?」
「エクスプローラーの本部に行くぞ」
「これもまた、いきなりですね。何か用事ですか?」
「まあ、そんな感じや」
「すみませんが、カエデの考えが理解できません」
「理解せんでええから。ほら、行くで」
カエデは半ば無理矢理、レインの腕を掴んで外へと飛び出した。
「カエデ、何か怒ってますか?」
レインはカエデの隣に並んで歩きながら、引っかかるカエデの行動について問いかける。
「怒ってへんよ。ただ、俺が気になることを理解したいだけや」
「やはり意味がわかりません」
「それを今から確かめに行くんやん」
「はあ...」
レインは諦めて、カエデに大人しくついて行くことにした。こうなるとカエデは止まらないことは、理解していた。
そして、しばらく歩いてエクスプローラーの本部へと辿り着いた。見慣れた建物に、二人は足を踏み入れる。
「えっと、保管されてる怪異を使いたい時は、どこで言えばいいんやっけ」
「ん?なにか使用許可をとりたい怪異でもあるのですか?」
「そうそう」
「何をするつもりか知りませんが、それでしたらあちらの窓口で申請を出せますよ。観測者のカエデを知らない人はエクスプローラーにはいませんから、無茶な怪異の申請でなければ、すんなり通ると思います」
「了解。ちょっと、申請してくるから座って待っててーや」
「わかりました」
そして、カエデはレインが教えた窓口へと向かった。
「あれ、カエデさん。今日はどうしたんですか?」
目の前に現れたのが、カエデだと気づいた受付の女性職員が首を傾げる。
「おつかれさん。ちょっと、使用許可を貰いたい怪異があってな」
「...また、何か問題を起こす気じゃないですよね?」
「失礼なやっちゃな。今日はそういうんちゃうよ」
「ふふっ、冗談です。それで、どちらの怪異の使用許可が必要ですか?」
「“秘境はすぐ隣に”や」
「へ?“秘境はすぐ隣に”ですか?」
「そ」
「カエデさんも知ってるとは思いますが、あの怪異にはそこまで特別な力はありませんよ?何か行き詰まった仕事に使うとあれば、他にもっと...」
「いや、今回は仕事は関係ないねん。実はな...」
カエデは職員に用途を説明した。
「そういうことでしたか」
それを聞いた職員は優しい笑みを浮かべると、書類を手慣れた様子で書き進め、カエデへと渡した。
「どうぞ。こちらを保管庫の担当の職員に渡せば、通してもらえます」
「ん。ありがと」
そんなやり取りのあと、カエデはレインの元へと帰ってくる。
「お待たせ。ほな、行こか」
「はい」
ここまで来たら、もうカエデのやりたいようにやらせるしかないと思ったレインは、静かにカエデについて歩いた。
「許可証を見せてください」
「ほい」
保管庫の入り口に立っていた職員に、カエデはさっき貰った許可証を提出する。
「“秘境はすぐ隣に”ですね。少々お待ちください」
紙を受け取った職員は、扉の横についたダイヤルを回し始める。
仕組みは分からないが、保管庫の扉は一つなのに、ダイヤルで入力した番号によって、別の部屋へと繋がるのだ。噂では、この扉も怪異だという説もある。
そして、どの番号がどの怪異を収容した部屋に繋がっているかは、ごく一部の職員しか知らない。
「準備ができました。どうぞ、扉を通ってください」
職員に言われるがまま、二人は扉を通って中へと入る。
そこは、普通の倉庫の中のような部屋だった。
が、その中心にある異質な雰囲気を放つ一つの扉。
それは暗い部屋の中で、キラキラと小さな光を放っていた。そして、その扉こそがカエデの今回のお目当ての怪異だった。
「カエデ、これは...?」
「“秘境はすぐ隣に”っていう怪異や」
「知らない怪異ですね...」
「やろうな。レインは危険な怪異とか、仕事に役立つ怪異ばっかり記憶してるやろうから、この“秘境はすぐ隣に”は知らんやろうなって思ってたわ」
「話が見えません。カエデは私が把握していない怪異がいることを教えたかったのですか?でしたら、しっかり記憶しておきます」
「...なあ、レイン」
「はい」
「お前はおもろい」
「はい?」
「AIの癖にたまに合理性から外れるし、たまに意味のないボケかましてくるし」
「今日は唐突が過ぎますよ。それに、それはカエデのせいです。あなたが無茶苦茶するから、私は...」
「それに頼りになるし、俺が本当に危ない時は止めてくれる...時もある」
「待ってください。本当に話が見えないです。結局のところ、何が言いたいのですか?」
「分からん?レイン、お前は自分のこと、ただのAIやと思ってるやん」
「それは当然でしょう。私はAIですから」
「んじゃあ、俺はただの人間か?」
「人間ですよ。普通の人間かと言われると怪しいですが...何より、カエデはカエデです」
「それやん」
「え?」
「お前はAIや。けど、それ以前にレインやろ」
「それは...そうですね。カエデが私にレインという名前をつけてくれましたから」
「そういうことちゃうねん。なんで普段は頭ええのに、自分のことになるとポンコツになるねん」
「失礼ですね。私は私を理解してますよ」
「ほんまか?」
「...」
レインは何か言い返そうとしたが、上手く言葉が出なかった。
「あのな、レイン。別にお前がAIとかそういう話がしたい訳やないねん」
「じゃあ何を...?」
「その答え合わせをしたいから、今日はここに来たんや」
そう言ってカエデは光る扉に手をかけた。
「ほら、行くで。レイン」
普段のレインなら、怪異である扉に気軽に触れるカエデを止めていたかもしれない。でも、今回は静かに従うことにした。何かが思考に引っかかっていて、それが何かを知りたかった。
そして、その扉の先に広がっていたのは。
「カエデ...これは...」
見たことのない草や花、見たことのない蝶や鳥。
小さな滝と、その下にある小さな湖。
そこを泳ぐ不思議な見た目の魚。
「綺麗ですね...」
「せやろ。ここはワンルーム程のサイズしかない小さな幻想の箱庭なんや」
子供のような無邪気な笑顔で言うカエデの隣で、レインは静かに足元の花に触れる。
「残念やけど、持って帰られへんで。ここにあるものは、“秘境はすぐ隣に”が作り出した触れる幻のようなもんらしい。だから、この場所にあるモノは、扉から出た瞬間に消えてなくなる」
「まあ、怪異ですもんね」
レインもそう言いながら、笑みを浮かべた。
「しかし、なぜカエデは私をここへ?」
「さあ?なんでやろーね」
「勿体ぶらないでください」
「いやいや、ほんまに。俺もよくわからん」
「えぇ...」
「でも、悔しかったんや。レインが淡々と心が無いって言ってきたことが」
「カエデ...」
「レインはAIやし、感情とか心とかピンとこーへんのかもしれん。もしかしたら、そんなものは本当に無いのかもしれん」
「...そうですね」
「でもさ」
「?」
「レインはこの景色を見て、綺麗やって言ったやん?」
「はい。それが何か?」
「俺はそれで満足した」
「私は謎が深まりましたが」
「あははっ。まあ、俺の結論を言わせてもらうとやな」
「聞きましょう」
「別に心があるとか無いとか、どうでもよくない?」
「はあ!?あなたが言い出したんだでしょう!?」
「ぷっ。だって、しゃーないやん。俺からしたら答え合わせみたいなもんやったし」
「本当にカエデは意味がわかりません」
「そう?でもな、レイン」
「なんですか」
「心無い奴は、この景色見て綺麗なんて言葉出てこないと思うけどね、俺は」
「......」
「それにさ、あるか無いか分からんならさ。あるって思ってた方がおもろない?」
「またそれですか。面白い...カエデの原動力ですね」
「そうやな。そんでもって、レインもそれを悪くないと思ってる」
「それは...否定しません」
「つまりそういうことや」
「どういうことですか」
「レインは俺の相棒ってことや」
「なんか適当に締めようとしてません?」
「えー?なんのことや」
「はあ...私も改めてわかったことがあります」
「お。なんや?」
「カエデは人間ですが、明らかに変です」
「お?喧嘩か?」
「そして、私も普通のAIと違うというならば...それは、嬉しい。かもしれません」
「レイン...相変わらず素直じゃないな」
「カエデのように単純ではないだけですよ」
「お前なあ...」
「ぷっ...」
「ふふっ...」
そして、二人は声を出して笑った。
「はぁー、笑った笑った。んじゃあ帰るか、レイン」
「ふふっ。そうですね、カエデ」
そして、二人は“秘境はすぐ隣に”を後にした。
ただ、入る前も出た後も二人は二人だった。




