第七話 吐いた唾を飲むつもりはありませんから(7/8)
******視点:吉備公彦******
「フォッフォッフォ、マジもマジでございますよ。これだけの大ごとなら、普段パンサーズにばかりベッタリの関西のマスコミも喜んで食いついてくれるはずでしょう?」
「マスコミが食いつけば良いってもんじゃないでしょ!アンタの理不尽な処分にしても、選手が上に逆らうって事にしても、下手したら球団のイメージダウンにも繋がるわよ!?」
「勝負の世界で最も不名誉たる"最弱"を冠してる状況でそのような不名誉など今更でしょう?」
「だからってそんな……!」
三条と柳監督の口論は続く。貸切のプールゆえ、スピーカーモードにしてくれているが、たとえそうでなくとも内容は概ね予想できたことであろう。何せ麻呂は、三条の目論む処を知ってるし、あの月出里逢の真の恐ろしさを直接目の当たりにした数少ない証人でおじゃる。
三条が頑なに拒むのは、あの天才の天才たるゆえんが漏れるのを警戒してのこと。
「とにかく中止よ中止!予定通り、キャンプの日程を消化しなさい!事前にそうすると決めてたでしょ!!?」
「……オーナー殿。あなたはプロ経験なしでもうすぐ成人という年齢ながら、野球をよくわかっていらっしゃる。ワシが一度離れて以来ずっと低迷が続いたこのチームを立て直すため、前体制より球団ごと買収し、学業に追われながらも奔走していらっしゃることにも心より感謝しております」
普段の外面の良さを忘れ、口調も砕けるほどであった三条が、ここで少し落ち着きを取り戻した。
「ですが……此度の計画は我々にとっては我々がなすべきチーム作りの一環。あなたにあなたの役割があるように、我々には我々の役割がある。チーム作りを1から10までオーナー殿のお許しを頂いているようでは、我々監督・コーチ陣の沽券に関わります。監督・コーチの権威の低下は、今回仕組んだようなものではなく、本物の造反さえ招く。理想のチーム作りなど、到底不可能」
「それは……」
「素人の意見の内容そのものに価値や根拠がないわけではないが、少なくとも権威がない。ビリオンズ黄金時代から今までにかけて積み上げてきたワシのキャリアをあなたが高額を支払って手に入れたのは、『自分勝手の権威付け』の為ですかな?」
「いえ……ブルズとバニーズを優勝させた手腕と、樹神さんや旋頭さんと言った名選手を育て上げた実績を買ってのことです」
半分建前、半分本音……でおじゃるな。残り半分の本音は、柳監督の述べたところそのまま。
「なぁに。ご心配をかけずとも、その両方に見合った働きはしてみせますよ。贔屓はできませんが、あの小娘の面倒もね。わざわざ我々に宣伝して、身内の振旗コーチを招聘してまで育てようとしてるなんて、随分惚れ込んでるようですなぁ」
「……何のことでしょうか?」
「あの小娘に関してはワシも気に入っております。悪いようにはしませんよ。正直、不勉強ゆえにワシにはまだあの小娘の底力を測りかねてはおりますが、ワシとてあの小娘を現時点で世に知らしめたいわけではないので、その辺の工作はむしろありがたいくらいですな。……これでも不服ですかな?」
「……失礼しました。来週の紅白戦の予定変更、確かに承りました」
「フォッフォッフォ、ありがとうございます。仔細は後ほど共有いたしますので」
三条の合図で、通話を終える。
「全く、評判通り性格の悪い爺さんだわ」
「そんな爺さんを抱えて、後悔しておられるか?」
「全く。80超えた球界の重鎮が、私を政争の対象として対等に見てくれてるのなら光栄なことだわ。その上で勝つから面白いのよ」
麻呂としても、柳監督の今回の行動をある意味ありがたく思ってる。この娘は何でもかんでもできてしまうがゆえ、何でもかんでも抱え込みすぎる。それゆえに、この娘は一番望んだことを諦めざるを得なくなった。二度とあのような悲劇を繰り返してはならぬ。
「この後の予定は、各メディアへの根回しですかな?」
「話が早いわね。そうして頂戴。月出里逢の価値を知ってるのは、今は私達だけで十分なんだから。それと……」
「?」
「突然のリスケだから、視察をするわ。来週の紅白戦の日にスケジュール入れといて」
こちらから目を逸らして、そう呟く。
「……御意」
意中の相手の晴れ舞台、よほど楽しみと見える。
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