第七話 吐いた唾を飲むつもりはありませんから(1/8)
◎2月4日 紅白戦メンバー表
※[投打]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 百々百合花[右右]
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○白組
[先発]
1左 相模畔[右左]
2右 松村桐生[左左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 天野千尋[右右]
5三 財前明[右右]
6捕 冬島幸貴[右右]
7二 徳田火織[右左]
8遊 桜井鞠[右右]
9中 有川理世[右左]
投 雨田司記[右右]
[中継登板確定]
氷室篤斗[右右]、早乙女千代里[左左]
[控え]
山口恵人[左左]、夏樹神楽[左左]、伊達郁雄[右右]、
月出里逢[右右]、秋崎佳子[右右]、……
******視点:旋頭真希******
「白組、ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー雨田に代わりまして、氷室。ピッチャー氷室。背番号16」
「キャアアアアア!!!」
「氷室くぅぅぅん!!!」
高校時代から続いてるこの光景。氷室がマウンドに上がれば、まもなく黄色い歓声が上がる。私はそんな光景を見て、「この氷室の指導を独り占めしてたのは私だ」と、ついマウントを取りたくなってしまう。少なくとも私があと20くらい若かったら、間違いなく言ってる。
「雨田の次はパンダかぁ……」
「去年の消化試合の時は割と良かったけど、経験値リセットされてへんとええんやけどなぁ……」
「まぁアカンくても今年も適当に出てグッズ代稼いだらええんちゃう?」
大体の女性ファンは氷室に好意的だけど、男性ファンは良くても中立的。実際、入団以来実力が足りなくて、"客寄せパンダ"、"顔だけ枠"などと呼ばれても反論できない程度でしかなかったからね。
高校時代、嚆矢園のアイドルとして扱われていた氷室は純粋に投手としても"総合力が高く完成度が高い"と評価されていた。
しかしそれは裏を返せば、プロの基準だと"全てが中途半端で伸び代が感じられない"だった。元々ストレートとスライダーとカーブ、そして決め球にフォークという、日本では至極オーソドックスなスタイルの右投手だったから、尚更実力不足が目立ち、将来性も見出しづらかった。
「3番ライト森本。背番号24」
だけど、今年からの氷室は違う。
(……ん?)
「ストライーク!」
「ボール!」
「おお!結構良い球投げてるじゃねぇか!」
1球目は外145km/h、2球目は惜しくも内ボール球スライダー。去年までは一軍だと最速で149km/hだったから、今年初登板でこの球速なら、ギャラリーの反応は妥当なとこ。
(平行カウント……雨田ほどストライクを取るのに苦労するタイプじゃないから、この辺が狙い時か……)
(森本さんはどちらかと言うと積極的に振っていくタイプ……打ち気も感じるし、念の為カーブで冷や水かけてみますか?)
森本を観察して少し考えて冬島はサインを出すけど、氷室は首を横に振る。
(いえ、小手先ばかりに走って手札を減らすことはありません。まだスイングだってされてないんだし、真っ向勝負でいきましょう)
(ん、迷いはないみたいやな……それなら別にええか)
氷室の心境を察せたのか、冬島の次のサインに氷室は迷わず首を縦に振った。ずっと一軍キャンプにいたからプレーはあまり見れてなかったけど、やはり冬島はできそうな雰囲気がある。
(うおッ!!?)
「ファール!」
「え!?マジかよ!!?」
ど真ん中高めのまっすぐに、森本は力負け。そしてギャラリーがどよめくその球速表示は……
「151km/h!?」
「おいおい、氷室ってMAX149じゃなかったっけ……?」
「いや、確か去年二軍の試合で152出してたぞ」
(1球目で感じた通り、フォームに手を加えただけじゃなく、球威も上がってたか……!)
去年、私は氷室と共に様々な試行錯誤を重ねた。投球フォームをもっとオーバー寄りにしてストレートのホップ成分を高めたり、体重を増やして球速アップを図ったり。他にも色々やって、その分練習量は相当なものになってしまったけど、氷室はよく付いてきてくれた。
(なまじ対戦経験がある分、球威は想定外だったが、それでもさっきまで雨田のストレートを見てきたんだ。次は確実に仕留めてやる……!)
とはいえ、流石にストレートの威力は雨田ほどじゃない。雨田と違って狙い球を絞りにくい分、多少は速く見える部分はあるかもしれないけど。
そしてだからこそ、生きる部分もある。
(よし、ストレート……うげっ!?)
やや外目のまっすぐがシュート方向に少し沈み、森本は引っ掛けてしまう。
「アウト!」
結果はショートゴロ。この球もまだ未完成ではあるけど、十分使い物にはなる。
「ストレートを打ち損じたのか?」
「いえ、多分あれはツーシームですね。手元でちょっと沈みました」
森本と、次の打者の金剛がすれ違いざまに軽く一言ずつ。ツーシームも今となっては日本球界でも珍しくないし、多分球種自体はもうバレてるはず。
でも、それでも十分。シュート系の球種が1つ増えただけでもかなり配球の幅が広がる。
そして何より、氷室にはまだあの球がある。
「スリーアウト!チェンジ!」
「うーん、フォークを使ってこなかったな……」
「とはいえ球威が上がってあのツーシームはちょっと面倒だな」
5番のグレッグにテキサスヒットを打たれはしたものの、7回をきっちり無失点で締めた。
「ナイピッチ、あっくん!」
「おうサンキュー!」
マウンド近くを通りがかった徳田が、グローブを重ねて氷室を労った。
「何よあの女、アタシの氷室くんと……!」
「ビ○チのくせに見せつけてんじゃないわよ……!」
妬ましく見つめる女性ファン達に振り返って、徳田はいつものように渾身のドヤ顔。本当にわかりやすい子。
「ところであっくん、あの球使わないの?ツーシームだってまだ未完成でしょ?」
「……ああ、ちょっと色々あってな。けどまぁ、あと1イニングくらい誤魔化してみせるさ」
そう、それでいいのよ。あの球をアピールする機会はすぐにやってくるわ。
必ず、すぐにね。