第二百二話(第五章最終話) 真に誇るべきもの(8/?)
******視点:頬紅観星 [横須賀EEGgシャークス 外野手]******
12月25日、宮崎県某所の練習場。
「はぁ……はぁ……」
この時期でも野球ができる程度の気温があっても、まずはグラウンドの中をぐるりと走り込んで身体を温める。
……うら若き乙女がこんな時期にこんな泥臭いことをしてると何だか情けない気分になるけど、そんなこと言ってられない。
「おーっす、早いなぁ」
「わしらも見習わんとなぁ」
チームメイトで同い年組の麗文ちゃんとエイルちゃん。
ここ最近のプロ野球選手の自主トレって言ったら、むしろ他の球団の人とやることが多いイメージがあるけど、コネのない二軍選手。今回の自主トレは同じシャークスのチームメイトと。
……その中でも、特に余裕がないのは間違いなくわたし。
エイルちゃんは今年、一軍で10試合以上を先発で投げた。結果的に1勝しかできなかったけど、それだけの数の試合を任された時点で、能力や将来性は認められてるってこと。
麗文ちゃんも一軍で少しだけ試合に出て、打率はの■太くん10人前くらいだけど、麗文ちゃんはキャッチャー。マダックスをやったりでリードは監督にも褒められてたし、そんなに危うい立場でもないはず。
そしてわたしは麗文ちゃんと同じくらい一軍の試合に出してもらって、外野なのに打率はの■太くん5人前。去年と違ってどうにかホームラン1本だけ打てたけど……
高校を出てプロになって、ピッチャーだったけど外野に回って、1年目から一軍の試合に出ていきなりホームランを打って。わたしのプロのキャリアは、スタートダッシュはかなり良かった。それこそ今年、『打率4割』とか『史上最年少三冠王』とか意味のわからないことをした同い年の人達よりも。
でもそこから大して結果が出せなくて、気が付けば5年経って、今ははっきり言ってクビ寸前の立場。ドラ5でもスタートダッシュが良かったからどうにかあと1年様子を見てもらえるようなもの。
「…………」
そして参加者はもう1人。今年ついに一軍に復帰した蜜溜さん。何かピッチングスタイルが怪我する前とはちょっと変わったけど、それでも登板間隔を広く開けつつも"エース"としてきちんと結果を出した。
「蜜溜さん、WBF出るんですよね?」
「うん。怪我明けだから偉い人に渋られたんだけど、色々オプション付けて何とかね」
「やっぱりメジャーのスラッガーと勝負したいからですかのう?」
「それもあるけど……どうしても近くで見てみたい子がいてね。他球団でリーグも違うし、こんな機会でもないとね……」
「「「???」」」
誰だろう……もしかして逢ちゃん?
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「じゃ、とりあえずまっすぐだけね」
「はい!」
調整ついでとは言え、蜜溜さんがわたしみたいな崖っぷち相手にバッピをやってくれる。それだけでもありがたい話。
「……おっ、ナイバッチ!」
「右打ちのくせに右中間に一直線……あんなのやられたら溜まったもんじゃないのう」
そしてわたしの得意なまっすぐ打ち。柵越えの1つくらいはやって然るべき。
「ほんとパワーあるね、観星。逆方向でもあの打球速度。飛ばすことなら月出里逢とか猪戸くんにも負けてないと思うよ。お世辞でも何でもなく」
「あ、ありがとうございます……」
「ただ何だろうね……あの2人と比べると、『打たれる』って怖さがないんだよね。ちょっと投げミスしてもまだワンチャンありそうというか……さっきのは普通に打たれたけど」
「わかります。今のは『まっすぐが絶対来る』ってわかってましたから」
「アタシはピッチャーだからバッティングコーチみたいに気取るのはアレだけど……ほんと、もうあとちょっとだと思うんだよね。観星のことは1年目からずっと見てきたから、最初と比べたら変化球の対応も全然良くなったのもわかるし、ボール球はちゃんと見送れるし、何よりこれだけ飛ばせるんだから、何かが……例えば構えだったり間の取り方だったり、そういうのがほんの少し変わったら、『今までの苦労は何だったの』って勢いですごいバッターになれそうなんだけど……」
蜜溜さんは言いたいことをはっきり言う人だし、ちゃんと本音でわたしのことを認めてくれるのはわかる。でもやっぱり、今のわたしには、そんな言葉を信じられるようなわかりやすい結果が欲しい。それこそ逢ちゃんの『4割打者』とかそれくらいのが。
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みんなで少し長めの昼休憩。テレビが置いてあるけど、宮崎は寒い時期の練習場所の定番。お客さんである県外の人に配慮してか、チャンネルはキー局。
「まずは月出里選手、今シーズンもお疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「今シーズン、振り返ってみていかがでしょうか?」
「すっかり大物やなぁ……」
「猪戸と同じでもう年に6億貰う立場じゃ。住む世界が違う」
小慣れた感じで、堂々と椅子に座って淡々と答えていく逢ちゃん。
最近の野球のニュースと言ったらたとえ地方局でも幾重さんの情報はマストみたいなとこがあるけど、それに次いで逢ちゃんを観る機会も多い。成績も凄いし、見た目も画面映えするからね。わたし達が生まれる前、樹神さんが日本でプレーしてた頃も多分こんな感じだったんだろうね。
「日本人メジャーリーガーとしては先輩となる幾重選手が今シーズン、投手として15勝、打者として34本塁打、メジャー史上初の投打両方での規定到達という偉業を成し遂げました。『打つ方で世界で一番』となれば、やはり目標として意識してますかね?」
「まーた幾重さんの話じゃ」
「アナウンサーさんも仕事なんやろ。しゃーないしゃーない」
もうすっかり、幾重さんが競争相手になるような立場。打者としてだけ見ても向こうで30本40本打って、今までの日本人選手の中でも別格の存在。そりゃ聞かれるまでもなく……
「してないです。全然」
「……え?」
「「「え……?」」」
4人で向かい合わせに座って、麗文ちゃんとエイルちゃんはテレビを背にしてたまにそっちを観る程度だったけど、その一言で思わず身体ごとテレビの方に振り返って……
「二刀流って、そりゃ身体はしんどいと思いますけど、気持ちはむしろ楽だと思いますよ?だって打つ方も投げる方も、一番を目指さなくて良いんですから。どっちも中途半端な数字でも、今の時代はWARとかそういうので『トータルでは一番』みたいにフォローしてくれますし。一番になれないまま引退したとしても、周りの人達から『もしどっちかに専念してたら』みたいな感じで、『仮定の数字』で弁護してもらえるんですし。あたしはこれから先も『実際の数字』だけで勝負します。言い訳の余地なんてないところで世界で一番を目指しますから」
あの幾重さんに喧嘩売ってるの、逢ちゃん?
「同感だね」
「「「蜜溜さん!?」」」
「別にアタシは『投手として世界で一番』とかはどうでも良いけど……『自分は投手だから』って言い訳が常にある打者なんて正直勝負する気になれないね。アタシは怪我してから他の投手を参考にすることが増えたけど、WBFでもあんなのからはきっと学ぶことなんて多分ないし」
「「「…………」」」
「まぁこれは自惚れっぽく聞こえるかもしれないけど……アタシは自分が投手になるべく生まれてきたって思ってるからね。それに従って脇目も振らず投手一本でずっとやってきたんだから、本気で命を燃やすくらい勝負するなら、あんな"半端者"よりも、同じように打者一本を貫く人が相手であってほしいね」
……技術がどうとかよりも、このくらいの負けん気なのかな?今のわたしに必要なのって……
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