九七 落日の貴族
ひとまずの挨拶と、伝えたいことを伝え終えたところで少し心に余裕ができたティナ達は、改めて周りの様子をゆっくりと眺めてみた。
先程待機していた部屋と同様に、この部屋にも大小様々な装飾品が壁に掛けられていた。
「皆様、どうぞ」
しばらくすると、先程出ていったウェレアのお付きの者が花のような香りの付いたお湯をグラスに注ぎ、皆の前に静かに置いた。
「さて、まあこれくらいの物しかないけれど、どうぞ、お飲みになって」
「ああ、ありがとうございます」
ティナ達はお湯を飲みながら、しばし会話を楽しむことにした。
「まあ、ここにも綺麗なレプネム(訳註:髪留めや服につける装飾品の総称。)がたくさん飾ってあるわね」
ティナはウェレアに話題に乗ってくれることを期待しつつ、エレーシーに話しかけた。
「え、ああ、そうだね。さっきの部屋にもたくさん飾ってあったけど……」
「ああ、それらは、このルビビニアの金工職人の皆さんから戴いた物達ですわ」
「へえ、これだけあるという事は、相当盛んなのでしょうね」
「いえいえ、そうも言えませんわ。私が取り仕切るようになってから飾ったものは一つもありませんのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、ミティリアにも話してなかったけど、ここにあるものは新しいものは5、60年前の物、多くは地上天暦100年以前のものばかりですの」
「そんなに古いものだったんですか?」
「ええ、それをネルを始めとした使用人の皆さんが、毎日きれいに掃除したり、場合によっては修理に出したりして、その当時と変わらない輝きを今でも保っているんですのよ」
「そうなんですか……大変ですね……」
「ええ、これは、私達が栄華を極めていた天夢戦争以前の記憶を留めるものの一つですので」
「天夢戦争……」
エレーシーは、その言葉を聞き逃さなかった。
「普通の学校では学ばないその戦争の名前を、ウェレア様はご存知なんですね」
「え? ……ああ、そうですわね。普通のミュレス人学校では、この言葉は禁句ですものね。貴女は何で?」
「私は、とある方法で天政府人用の教科書を読んで知りました」
「なるほど……ということは、天政府人の学校では教わっているということですわね。それでは、貴女達もご存知なんですの?」
ティナとエルルーアは、静かに頷いた。
そういうと、ウェレアは座り直して語り始めた。
「私の家系、ルビビニアのト・タトー家は、天夢戦争とは切っても切れない関係にありますの」
「切っても切れない関係……?」
「貴女はその戦争のミュレス民族側の最重要人物をご存知?」
「えーと……誰でしたっけ?」
「アルピア・ト・タトー、でしたよね」
エレーシーは、ティナと違い、同じ名字を持つその人の名前を忘れているはずがなかった。
「よくご存知でしたわね。私達の家は、そのアルピア義勇軍首領の親戚にあたりますの」
「ああ、あのアルピア・ト・タトーの?!」
エレーシーは驚きを顕にした。
「とはいっても、あくまで傍系ですけど」
「傍系……?」
「ええと、従兄弟とかそういう関係の話ですわ。私達ルビビニアのタトー家は、首領の兄が領主役として務めていたと言われておりますのよ」
「ああ、なるほど、そういう関係なんですね」
「聞いた話では、直系のタトー家の方は殆ど処刑されてしまったそうですけれど、私達の家系は、権限を奪われるまでの間は、ルビビニアの支配を続けることが出来たみたいですわ」
「なるほど、運が良かったわけですね」
「天政府人をうまくやり込めたのか、ルビビニアに攻め込んだ天政府人が寛大だったのかは分かりませんけど、そのおかげで、今日まで続いておりますわ。まあ、そうはいっても、支配権は剥奪されて、今はこの館や宝飾品を守るのがやっとな状況なのだけど」
ウェレアは部屋の中を見回しながら、少しため息をつき、お湯に口を付けた。
「でも、これからは我々ミュレス民族が再びルビビニアを支配する時ですよ」
エレーシーはここぞとばかりに身を乗り出して、ウェレアを励ました。
「そうですわね。ミティリア、折角彼女達が命を賭けて勝ち取ったのだから、みすみす返すようなことにはならないようにしなくてはなりませんわね」
ウェレアはミティリアに鋭い視線を送った。
「は、はい、ウェレア様」
返事を聞いたウェレアは、またにこやかな表情でエレーシーの方を見つめた。
「天政府人からミュレス民族の地、ミュレシアを取り戻す事……それは、アルピア義勇軍首領が成し遂げられなかった悲願ですわ。それを、三百余年の時を経て、成し遂げようとまた奮闘する方がいらっしゃるとは思いませんでしたわ、ね、ネル」
ウェレアは側でずっと立ち続けていたネルの方を見て同意を促した。
「ええ、良かったですね、ウェレア様」
「これで、あの天政府人達に大きな顔をされないと思うと、枕を高くして寝られますわ」
ウェレアとネルはお互いに笑いあった。
「それに、そのうちの一人は、同じタトーの姓を持つとは、何か縁を感じますわね」
「ええ、そうですね」
「まあ、何にせよ、私達が成せなかった事を成してくれた事だし、これは何かお送りしなくてはなりませんわね……」
ウェレアは一層目を輝かせながら呟いた。
しばし無言になって考え込んだ後に、壁に飾られている金物細工を眺めながら、いい案が浮かんだと思ったのか、急に明るい表情でティナ達の方を振り向いた。
「そうだ、折角、ルビビニアにいらっしゃったのだから、我が町ご自慢のレプネムを一つ、お譲り致しますわ。ネル、使っていない家紋のレプネムがありましたわよね」
「えーと、おそらくいくつか」
「一つ、持ってきてくれないかしら?」
「はい、承知致しました」
ネルはそう言うと、すぐに部屋から出ていき、しばらくして小さな光る物を携えて帰ってきた。
それは
「ウェレア様、こちらで宜しいでしょうか?」
「ええ、これですわ。これくらいの大きさが丁度いいでしょう」
ウェレアはネルからそれを受け取ると、エレーシーにそれをよく見えるように提示した。
「これは……何ですか?」
エレーシーは興味深げに聞いた。
「これは、私達、ト・タトー家が代々受け継いできた紋章をあしらったレプネムですわ」
「タトー家の紋章……」
エレーシーは丁寧に手に取り、その宝飾品をまじまじと眺めた。
僅かな葉と小さな花を象ったそれは、エレーシーがシュビスタシアでもよく見掛けていた草花をよく表していた。ミュレス民族ならば誰でも知っている程、どこにでも生えている草である。
「しかし、私がこれほど伝統ある紋章を戴いてもよろしいのでしょうか?」
エレーシーは、その小さなレプネムの放つ高貴さに畏れを感じていたが、この言葉を聞いて、ウェレアは静かに頷いた。
「ええ、もちろん。私達は「ト」という古姓(註:現代とは違い、分家を表す記号として使われていた。)が示すように、元々は古のミュレス国初代国王フェバー・トルから続く血筋。そして、義勇軍首領が立ち上がったように、民衆を戦闘と反逆に導く血筋でもある」
「古姓……」
「兵を従え、地上統括府に支配されたミュレシアを名実ともにミュレス民族の手に取り戻そうとする貴女は確実に、その高貴な名に相応しいと思いましてよ。だから、この縁を機に、貴女に是非、この紋章を受け取って戴いたいのですわ」
「なるほど……ウェレア様がそこまで仰るのならば……」
エレーシーは納得したように穏やかな顔で、改めてそのレプネムを頂き、その感触をしっかりと味わうかのようにぐっと掌の中に収めた。




