九八 国の長たる「威厳」
目の前で繰り広げられるエレーシーとウェレアのやり取りを、ティナは羨ましそうに眺めていた。
「……ああ、そうですわね。ちょっと順番が逆になってしまいましたけど、総司令官にも何か差し上げなくてはなりませんわね……」
ウェレアはエレーシーへの贈り物とは違い、何にするか少し悩んでいたようだった。
「そうね……貴女、ティナ・タミリアとおっしゃいましたわね?」
「ええ」
「貴女の家系には、私達のような『紋章』は何かお持ちで?」
「いいえ、何も」
「うーん……それなら、この際にお作りになってはいかが?」
「え? 紋章を?」
ウェレアの提案に、ティナは戸惑いの顔を見せた。
「何せ、総司令官ですもの。昔はともかく、これからは必要になりますわ。特に、貴女が天政府人だけでなく、悪魔族や魔法族と直接話しをする時には、『見栄』も必要になりますわよ」
「見栄……ですか」
「そうですわ。天政府人と対面してお相手するなら、まずは見た目から、せめて相手と同等くらいには威圧することですわね」
「うーん、なるほど」
「そういうわけで、総司令官も何か、自分の『紋章』を決めて持っておくといいですわ。そうですわね……簡単な図柄なら金物細工の職人に作らせましょう。何かお好きな物はあるんですの?」
「好きな物……?」
「何か、胸元に飾っておきたい物とか……」
「どうしようかなあ……それじゃあ……」
ティナはエレーシーが手にした紋章をちらっと横目で見ながら、ついに決心がついた。
「それじゃあ私は、花の紋章にします」
「花の紋章?」
「ええ、私の地元でよく見かけた、ネルベトリアの花が好きなので」
「まあ、ネルベトリア。あの淡い赤色の花でしょう? 貴女もなかなかお上品な花を選びましたわね」
「え? ええ、まあ……」
「宜しくてよ。ネルベトリアなら、このルビビニアにも咲いてますから。花弁の部分だけで宜しいですわね?」
「ええ」
「分かりましたわ。ネル、互助会のラナリアさんにお願いしてきて」
ウェレアはネルを呼び寄せると、手元に置いてあった紙に何かをサラサラと書き、ネルに手渡した。
「はい、承知いたしました」
ネルはもらった紙をサッと読むと、即座に部屋を後にした。
「ネルベトリアの花なら図柄は簡単な方ですし、今日言っておけば、まあ、数日中くらいには出来ると思いますわ。貴女達、そのくらいの間はこの町にいらっしゃるのでしょう?」
「ええ、まあ、ちょっと休憩してから行軍を続けようとは思っていますけど……」
「それなら、とりあえず総司令官のレプネムが出来るまではこの町にいるといいですわ。ミティリアも、突然任されたのでは戸惑うこともありますでしょう?」
「え? うーん、そうですね」
「ほら。もし完成したら、町役場に届けさせますわ」
「あ、ありがとうございます」
ティナの感謝の言葉を聞くと、一段落ついたと思ったのか、ウェレアはまたお湯に口を付け、ネルの代わりにいた使用人にお代わりを要求した。
「しかし、見栄といえば、貴女達、ネルと同じような服装では、軍の中ではともかく、外に対しては示しがつきませんわよ」
「え? 服も変えなくてはダメですかね?」
エレーシーは目を丸くして問いかけた。
「ええ、いくら元々『市民の寄り』とはいえ、もう貴女達は国を自称しているなら、国の長たる威厳を見せなければならないこともあるのではなくて?」
「うーん、そうかな……」
「やはり高い位にいる人は身なりも相応にしてなくてはダメですわよ。私がお召し物の商人をご紹介致しますわ」
「ありがとうございます。でも、お高いのでは……?」
「ああ、そうですわね。うーん……仕方がありませんわね。貴女達と幹部級の方のお召し物を各一着ずつならお出ししますから、二着目からは自分でお出しなさいね」
「ありがとうございます」
「では、ネルが帰ってきたら、商人の元に参りましょう」
外出の約束を取り交わし、再び他愛もない話を続けていると、ネルが用事を済ませて帰ってきた。
「ウェレア様、ラナリア様に発注して参りました。3日程掛かる見込みとの事です」
「分かりましたわ。それでしたら、貴女、出来たところで受け取りに行って下さらない? こちらの総司令官の物ですから、出来たらルビビニアの町役場に届けて欲しいのだけど」
「承知致しました」
ネルは二つ返事で承諾した。
「さて、ネルも帰ってきたことだし、そろそろ呉服商人の元に参りましょう。レルノ、馬車を2台手配して下さる?」
「承知致しました」
レルノと呼ばれた使用人は返事をすると、ウェレアやティナに挨拶をしてすぐに部屋を後にした。
しばらく経ってレルノに導かれて館の外に出てみると、これまでに見た中で最も豪華な馬車が二台、ティナ達を出迎えた。
「さあ、それでは皆さん、ルビビニアの町に繰り出すとしましょう」
エレーシーは、失礼ながらもミティリアがウェレアについて言っていたことをじわじわと肌で感じてきながら、馬車に乗り込んだ。




