ディスコネクト
奇跡的に誰一人として傷一つ負わなかった公民館の大崩落。
早朝から調査に臨んだ専門家たちが、その原因として手抜き工事を疑い始めたころ。
人生初の二日酔いに苛まれてうなされながら眠るギンガを揺すり起こしたのは、まだ寝間着のままのルイであった。
「ん、・・・なんだルイか。 イッ!、頭痛って・・・」
そういって頭を押さえる情けない様子を、まじまじとうかがう。
そして相変わらず無表情な顔をわずかに赤面させながら、おずおずと尋ねた。
「・・・・忘れた? ・・・・昨日のこと」
「昨日って・・・、いや、覚えてるよ」
二日酔いとは言え、よく考えずにそう答えてしまうあたり、彼の迂闊なところである。
寝ぼけた意識を一掃するビンタの音がバチンと響き渡った。
「酒で酔って記憶をなくす」などと言うご都合展開は無く、しばらくして起きて来たハルミともども平身低頭で謝るのだが、公衆の面前でストリップ紛いをやらされたルイの怒りは収まらない。
それどころか「どうしてそうなったのか」を説明する際中、ハルミがうっかり『Weed Climbing』のことを喋ってしまい、怒りは頂点へと達した。
「・・・・歌って。・・・・私もその歌聴きたい」
いつもの巫女装束、正式名『一族の白衣緋袴-繭-』に着替えると、踊る気満々でずいっと迫る。これはとても断れそうにない。
「いいじゃない一曲ぐらい。 あの歌結構良い歌だったしさ。 ルイちゃんもそれで許してやってね。 こいつも悪気があったわけじゃないんだし」
「お前なに第三者ぶってんだよ! 半分以上お前の責任みたいなもんだろ!」
「なによ! ことの発端が私ってだけで、実際にやったのはあんたでしょ!」
「・・・・うるさい」
醜く責任のなすりつけ合いを始めた2人を、静かな威圧感で黙らせる。
舞台最前列で緋袴の中を覗きこもうとしていたハルミの、あのぎらつく眼光ももちろん忘れていない。
「いや、あの歌は本当にまずいんだ。 せめて別の歌にさせてくれ」
窮地に陥ったギンガがそう言って食い下がる。
『Weed Climbing』を主題歌とする「魔方陣グダグダ」。
自称勇者の少年と魔法使いの少女による魔王討伐の旅を描いたものだが、一般的にいうギャグアニメである。当然ながらストーリーには笑い優先の不条理な展開が多く見られる。ちなみに魔法使い少女のお決まりセリフは「また失敗しちゃった、てへっ」。
ギャグ作品を好む読者は多いが、果たして当事者になることを望むものはいるのだろうか。「Dr.ストップ アバレちゃん」は好きだが、地球がバカバカ割れるあの世界に住みたいとは思わないものだ。
下手にギャグアニメの主題歌効果を発動させてしまった場合、「ギャグだから」というあの世界の理屈が通用するのかどうかもわからないし、スキルの効果が切れると全て元に戻るのかもわからない。
ようやく冒険者ギルドに課せられた郊外活動自粛令が解除されようとしている昨日今日に、王都の中で下手なことはしたくなかった。
「・・・魔法。 ・・・・じゃあ、・・・ほかの曲で、魔法使いになりたい」
ルイは考えた。怒りに暴れる頭で考えた。
ゴネればそれなりに我儘を聞いてくれるこの青年が、こうも拒むのだ。きっとその歌は本当に止めたほうがいいのだろうと。
しかしでは何でもいいから歌ってというと、それはそれで女としての沽券にかかわるような気がする。人前で玉の肌を晒したのだ。安くする気はない。
そんな板挟みの思惑が、話題にあった「魔法使いの少女」というキーワードをわざわざ引っ張り出すことになった。魔法使いそのものが珍しいこの世界では、魔法を使ってみたいという願望もあながち嘘ではないのだが。
「ま、魔法少女か・・・・」
思わぬ方向からの要望に、これまたギンガが二日酔いに痛む頭を抱える。
魔法少女と一言にいっても千差万別。指先を振るだけで魔法の名のもとに何でもできる反則級もあれば、ただ単に姿が変わったり、身体が数年ほど成長するだけといったものもある。魔法で問題を解決する日常型もあれば、悪の怪人を必殺魔法で吹飛ばすバトル型もある。多種多様に富むため、いざ1つだけを選べと言われても、絶対に安全なもの、最善案などすぐに思いつくはずがない。
そもそも以前からの懸念事項でもあるのだが、目の前の怒れる少女は荒事には一切向いていないのだ。
引っ込み思案で気が小さいのはともかく、突発的なことに対してパニックを起こす節があるのは見逃せない。どんなに便利でどんなに強力な力でも、使い手が誤るとその全てがあだとなって帰って来るものだ。
ギンガも馬鹿ではない。人が思いつくようなことは思いつく。
あのフクロ青狸ロボットの歌を歌わないのも理由は同じで、パニックになったルイがうっかり「わくせいはかいばくだん」的なものを取り出しかねないからである。
引き続き云々と唸り続けるギンガと、それを目の前にふんすふんすと意気込みを漏らして待機するルイ。
その光景にパーティで一番気の短いハルミがしびれを切らした。
「あーー、もう、煮え切らないわね! 魔法少女だかなんだか知らないけど、あんたの一番好きなのは何よ!?」
「そりゃお前、ダントツで『のる☆ソル』だろう」
「じゃあそれ。 決定。 ルイちゃん良かったわね、ギンガが一番好きな歌だって」
アニメオタクには大きく分けて2種類ある。
好きなアニメを聞かれて饒舌になるタイプと、適当に誤魔化して沈黙するタイプだ。
悲しいかな前者に該当するギンガは、条件反射的に答えてしまった。相変わらずの迂闊さ。よりにもよって不運が重なれば世界が改変されるレベルの危険作品だ。
『魔法堕天録のるか☆ソルカ』
珍しく本放送を視聴し、その展開にど嵌りした深夜アニメだ。
キャラクタデザインの可愛さ裏腹に、5人の魔法少女が悪の魔女たちとギャンブルバトルを繰り広げるダークファンタジーものである。その戦い描写の苛烈ぶりと、一か八かの疾走感。時に味方すらも裏切り騙す、先の読めない展開は多くのアニメファンを震撼させた。
第3話のロシアンルーレット勝負にて、銃火器魔法の使い手である先輩魔法少女がまさかの敗北を喫し、無残にも首から上が唐突に吹き飛ばされるシーンはいまだ語り草となっているほどだ。
このような状況でもなければ、主人公「乃瑠華」が悪徳妖精ENDに騙されて契約し、借金返済のために豪華客船ワルプルギス号で賭博の才能を開花させる流れなど2、3時間は語ることが出来るのだが。
「・・・その歌がいい。 ・・・それ以外はダメ。 ・・・はやく」
目の前の巫女少女に『のる☆ソル』のストーリーラインの素晴らしさを5時間語っても、どうやら納得はしてくれそうにない。「何かあったらすぐにスキルは切るからな」そう念を押して歌い始める。仮に巫女装束が黄色っぽくなって、薄い胸が肥大化し始めたら問答無用で歌を止めるつもりだ。
笑いあえた日忘れないよ 確かめるその背中に
押し寄せる闇を払って這い回るよ
今は壁に届かなくても きっと乗り越える
明日を信じて手を伸ばすよ
本来なら女性歌手の透き通った声が響くはずの美しい歌。
多少の罪悪感を感じながらギンガは歌う。
効果はすぐ現れた。
歌に併せて舞うルイの服装は、途中で光に包まれたかと思うと一瞬で変貌を遂げる。幸か不幸か黄色ではなく、白と黒を基調に紫をあしらったものだ。それは主人公の1人「魔法少女むらさき」の衣装。左腕には彼女の魔法具である時計板をモチーフにした小さな円盾が出現している。
黒髪、無表情、無口、まな板。
なるほど類似点が多い。そういえば肩までだった髪が腰まで伸びているのか。なんにしても下手なことは言えないと胸に刻み込む。
ひとしきり踊ったルイは、今まで青年が歌ってくれた歌の中で、特に綺麗で繊細なその歌に大変満足していた。いつのまにか身体を包み込んでいた、見たことも無い衣装も実に素敵だ。
つい見とれてしまう視線を、やがてチラリチラリと歌声の主に送った。
「ああ、なんだ。 ・・・可愛いと思う」
ギンガもそこまで鈍感なわけではない。
その言葉を聞いたルイは、視線の行き場を無くして思わず俯くのだった。
ここで終わっていたのなら、あんな惨劇は起きなかったのだろう。ソファに座り傍観していたはずのハルミが寄ってきて口を挟んだ。
「あーあ、なに言ってんのよ。 全然乙女心が解ってないじゃない! ほらルイちゃん落ち込んじゃった」
「はっ?」
思わぬ指摘に、ピンチを上手く乗り切ったと安堵していたギンガが目を丸くする。
そうなのかと慌ててルイを見やるのだが、彼女も同じような表情をしていた。
「よく考えなさいよ。 変身して”可愛い”じゃあ、変身する前はなんだって話になるでしょ」
「そんな理不尽な」
「それが女心ってもんでしょ」
そう答えるハルミの隣では、乙女心だか女心だかをようやく理解したらしいルイが、目からうろこが落ちたような顔をしている。
そしてそれは目に見えてわかるほどに、不機嫌なものへと変身していった。
「待て、ルイ! そんなつもりじゃ、痛っ」
慌てて弁明しようとしたギンガの手の甲に痛みが走る。
つねられたような鈍い痛み。カチリという時針の音が聞こえた気がした。
「ちょっと待て、まさかこれって、グオッ!」
再びカチリという音とともに、足の甲を襲う踏んずけられたような痛み。ルイの立ち位置が一瞬ぶれたような気がした。やはりこれは・・・。
「・・時間停止魔法か!」
作中で「魔法少女むらさき」が得意とするのは時間魔法。特に魔法具を使った時間を止める魔法は、ギャンブルバトルに置いて手札や配牌のすり替えなどで大活躍したものだ。
その力を発現させたルイが、どうやら時間を止めて攻撃しているらしい。心構え無く不意に見舞われる攻撃は肉体よりも精神に大きくダメージを与える。
戦慄に、震えた。
「でも、つねったのも蹴ったのもルイちゃんでしょ? 可愛いもんじゃない。 少しは耐えアヒャ!?」
言い終わる前にハルミの胸が揉まれる。
例のストリップ騒動では、この女に対しても少なからぬ恨みを持っているようだ。時間停止魔法が使えることをいいことに、ルイは一度その造りを調べてみたいと思っていた豊満な胸を揉みしだいたのだった。
「ルイ! 頼む! 許してグエ!」
脛に走った鈍い痛みにギンガがうずくまる。時間停止中に脛の同じ部分を5、6回ほど蹴っ飛ばしたらしい。同じタイミングで感じる痛みに悶絶してフローリングを転げまわった。スキルの効果を切ろうと集中した瞬間をピンポイントで狙ってくるのだからたちが悪い。
「んんん! 破っ!!」
それを見ていたハルミが奇妙な構えとともに裂帛の気合を飛ばす。
心なしか全身の筋肉がパンプアップされているようだ。
「お前・・・、それ、なんだよ・・・」
「武道家から学んだ硬気功ってスキルよ。 しょうもない効果だから気にしなくていいわ」
「てっめ、自分だけきたねえ!」
「さあ、ルイちゃん、どっからでもかかってきなさい! お姉さんも本気出すわよ!」
そう言って見栄を切ったハルミだったが、次の瞬間エプロンドレスの胸元が大きく肌蹴て健康的な右肩を晒すことになった。「それは反則よ」と悲鳴が響く。
その凄惨な光景に、ギンガは思わず目を背けた。
紳士としては当然、背けなければならない。
背けようとした。したのだが、身体が言うことを聞かない。
決して時間停止によるものではなく、悲しき男のサガによるものか。攻略対象外だと思っていた女友達キャラのエロシーン程、エロゲームでグッとくるものは無いという万物不偏の法則。言うなれば円環の理にズルズルと引きずり込まれてしまった。
予想以上に肉付きの良い身体。まさかあれで着痩せしていたのか。だとすれば女性の纏う全ての衣服は、魔法の衣装とでもいうのだろうか。普段は飄々としている表情の慌てる様と、首を振ることでチラ見えするうなじ。そしてなによりも背丈の割に意外なほど華奢で美しい肩。
それは超人的な集中力と動体視力が呼び起こした、超スピードの早業であった。
しかし、本当に時間を止める魔法少女の前には、一瞬も無限大である。
そしてその視線は、よほどお気に召さなかったらしい。
「「「「「「「「「「「「「「「「ズバン!!」」」」」」」」」」」」」」」」
紛うことなき一瞬十六打の重撃。
ビンタの豪快な炸裂音とともに、彼の視線は明後日の方向に振り切れたのであった。
30分後。
サンドバッグのようにあちこち打たれたギンガと、下着姿であちこち揉まれたハルミが息も絶え絶えで床にへたり込んでいる。
2人の前には依然魔法少女コスで仁王立ちのルイ。無表情の目から眼光だけが鈍く光る。
実はこの時、ボロボロの2人を見たルイは、さすがにやりすぎたと自省の念に駆られ始めていたのだが、最後の最後までタイミングが悪く余計な一言の多い2人が口を開く。
「もとはと言えばギンガがあんな卑猥な歌を歌うから」
「やれって言ったのはお前だろ! 最前列で踊りを見たのもお前だ」
「だってあんなエロい踊り、普通見るでしょ!」
「俺は見てなかったんだ!」
耳を塞ぎたくなるような、醜い罪の擦り付け合い。
しかし最後の言葉は聞き捨てならなかった。
「・・・・見て・・・無かったの?」
「お、おう、 そうだぞルイ。 俺はあの時歌で精いっぱいで踊りは見てなかったんだ! 本当だ!」
果たして魔法少女の胸中を狂わせたのが、乙女心か女心か、はたまた別の何かは解らない。
しかしとうとう怒りによって魔女へと変貌したその姿は、ギンガの頭を丸呑みに噛り付くのだった。
もし正気に戻ったルイの「時間遡行魔法」が間に合わなかったら。
そうと思うと冷や汗が流れる思いのギンガとハルミは、全てが元に戻った後、改めてルイにあやまった。
「・・・・わたしも、・・・やりすぎた。・・・ごめんなさい」
そう言ってショボンと頭を下げ返すルイ。3人揃って謝り、3人揃って笑い合う。
本来あるべき休日の穏やかな時間だったのだが。
変身が解けて戻った巫女装束に、どうやら時計板型のブレスレッドが追加されていることに気付く。
どうやらまだ、魔法は解けてい無いようだ。
2人はもう一度、冷や汗を流すのだった。
こうしてルイの巫女装束が『一族の白衣緋袴-刻の繭-』へと進化した。
各ギルドの郊外活動自粛令が解除される前日のことであった。




