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めざせ! バケモンマスター

 王宮が郊外活動自粛令を促してから、かれこれ2週間。

 一部の例外を除きパーティの収入源は、ハルミが市販の薬草から作り出すポーションであった。

 元天才の面目躍如か。その錬金術の腕前は確かなようで、ろくな材料が手に入らない状態でも一定水準の品を作り上げる。


 そうしてハルミは今朝も、完成したポーションを冒険者ギルドに卸しにいった。

 昼前に帰宅した彼女は、2つの報告と1人の神官服を着た女性客を連れ立っていた。

 歳は20代半ばほどか。整った顔立ちと淑女然としたたたずまい。神官帽から流れる綺麗な銀髪に普通であれば目を引かれるところなのだが・・・。

 留守番していた2人は、また変な依頼を負わされるんじゃないかと警戒するのだった。


「ええとね、順番に説明するわね。 あ、この人は神官のラキアさん」


 居間のテーブルを囲み、ラキアと名乗った女性神官が腰を下ろした。

 隣に座るハルミが説明するには、1つは郊外活動自粛令が解除されたこと。


 衛兵による徹底的な王都周辺の郊外調査を2週間にわたり行ったものの、大猿や大巨人の手掛かりは一切見つからず。また蝶舞の森でも暴風による破壊の痕跡は見られたものの、目撃されたという蛾の大怪物につながる手掛かりはなかった。

 その調査結果を受けた王宮は、これ以上の城門通行規制による各方面への悪影響も懸念した結果、郊外活動自粛令の解除を宣言したのだった。


「そろそろとは聞いてたが、やっと外のクエストが受けられるな」


 最近漠然と抱いていた、芸人として身を立てるという生き方。

 しかしアライン一座との件でそれが生半可な道ではないと思い知らされたギンガは、目標を失い身を持て余し気味だった。そんなところへ今回の自粛解除の報せを受け、やはり冒険者として地道に行こうという気概が少しずつ湧き上がって来た。


「それなんだけどね、2つ目の報告。 私たちに名指しでクエストの依頼が来たのよ」


「ハルミさん。ここからは私が説明します」


 2つ目の報告を切り出そうとしたハルミを制して、神官服の女性ラキアが話し出した。

 どんどん悪い方向へ流れている予感がして、ギンガは尻に汗をかく。


「ハルミさん、そしてパーティメンバーのあなた方にも頼みたい依頼があります」


 そう言ってラキアがすっとテーブル中央に進めた1枚の依頼表だった。

 そこには『王都地下墓地の除霊依頼』の文字。横にはハルミとラキアのサインがある。手回しのいいことに、新人受付嬢イーグレットの承認印まで押されていた。


「除霊? 除霊って悪霊とか悪魔を追っ払うあれか?」


 ギンガが額に冷や汗を浮かべながら訪ねる。

 悪霊や悪魔の討伐と言えばゲームにおける冒険者クエストの定番だ。その反面、相手に通常攻撃が効きにくく難易度が高いというイメージも付きまとう。

 高難易度どころか討伐クエスト自体やったことが無く、この男に至っては敵に通常攻撃を敢行した記憶すらない。そんな支援職3人パーティにはどう考えても荷が重い依頼のように思えた。


「いいえ。 悪霊の討伐のような高難易度のクエストではありません。 あくまで除霊のみですので、ご安心ください」


 そう言ってラキアは具体的な説明を進めた。

 曰く、墓地などには「霊気」と呼ばれる魔力の一種が時間の経過とともに蓄積するらしい。

 霊気自体は人体には影響をほとんど与えず、霊気が濃い時などに気分を悪くする人が出るのがせいぜいだそうだ。しかしこの霊気はアンデッド系モンスターのエネルギー源となるらしく、溜まった状態で放置しておくとスケルトンやゾンビ、ゴーストなどが住み着く原因となる。

 よって街中の霊場や人里近い墓地などでは、定期的に除霊をおこない霊気を払うのが神官の務めとなっている。特に王都の地下墓地など大規模な場所は、朝夕に2度払うのが日課とされていた。


「つまり、飲食店で虫が沸かないように掃除するようなもんか」


 状況の理解とともに、ほっと胸を撫で下ろす。

 掃除の依頼で良かったと心底思う己の不甲斐なさを、内心で嘆かないわけではないのだが。


「ところが例の自粛令によって、郊外にある地下墓地への除霊が大変滞っているのです」


「それはまた・・・」


 2週間の放置を懸念した教会本部職員が朝一番に地下墓地を訪れたところ、墓地の壁面や石室にはコケのようにびっしりと霊気がこびりつき、とても神官たちだけで取り除けるような状況ではなかったらしい。

 またあまり掃除に時間をかけていて王都付近にモンスターでも沸かそうものなら、責任者の首が飛びかねない。慌てて助っ人をかき集めることにしたのだった。


「話はわかりましたが、なんでまたハルミを名指しで依頼するんです?」


「霊気を払うには『除霊』のスキルか、火炎・電撃系統の魔法が有効なのですが、人手が足りず・・・」


 そこまで来ると話はいつも通りの展開につながった。

 要はその昔、「神官職のスキルを教えろ」と教会本部に乗り込んできたハルミの面倒を押し付けられたのが当時下っ端であったラキアであり、今回の降って沸いた多忙に際して、不詳の弟子に除霊スキルを教えたことを思い出し、依頼してきたのだった。


「つまり、またお前の被害者達からの依頼という訳か」


「な、なによ。 仕方ないじゃない。 悪いとは思ってるわよ」


 送り付けられる冷ややかな視線を、ハルミが明後日の方向を向いて躱す。


「しかしなあ、墓地で、しかも地下だぞ? やっぱりなあ」


 鉱石集めも森の調査も、なんだかんだで大変な目にあったのだ。ギンガとしては出来ればああいった事態になど金輪際会いたくないのだが、今回の舞台はよりによって地下墓地だという。

 再度不安に駆られるその様子を汲み取ったのか、ラキアが言葉を重ねる。


「衛兵の数班が墓地内を調査しておりますが、今のところモンスターの発見報告は上がっていません」


「はあ、そうなんですか」


「それに地下墓地は広大ですから。 あなた方以外にも神官や魔導士、除霊スキルの使い手が参加します」


「うーん、そうですねえ」


 どうにか依頼を受けて貰おうと、安全性のアピールが積み上がっていく。

 一方のギンガはなおも渋る。安全性のアピールは理解できるのだが、現代日本に生まれ育った彼からしてみれば、その言葉自体が危険に思えてしまうのだ。そういえば鉱石集めも森の調査も安全な依頼だったはず。そんな不安が頭を巡る。

 これでは埒が明かないと判断したのか、ラキアが角度を変えた説得を試みた。


「ところで報酬の方ですが、この依頼票にハルミさんの名前しか書いていないのはなぜだと思います?」


「ん? そうか。ハルミひとりで受ければいいってことだよな」


「ちょっとギンガ。 それはあんまりよ」


 その漫才を聞き流しながら、ラキアはさらに2枚の依頼票を鞄から取り出し机に置いた。1枚目の依頼票と同じものだが、受注者欄にはそれぞれギンガとルイの名前が記載されている。

 深刻な人手不足のなか、少しでも使えそうな2人を取り逃すつもりなどさらさらないようだ。まして除霊などという通常の冒険者では対応の難しい依頼ともなれば。


「我々教会本部は、記載された報酬額をみなさんおひとりずつに用意しております」


「えっ!! 本当ですか? なんかえらく気前がいいですが・・・」


 その申し出にギンガが思わず声を上げる。

 依頼表の報酬額は1万5千ギルダンと、1日の仕事にしてはなかなか高額なものとなっている。しかしこのクエストを3人で受けるとなると1人頭日当5千ギルダン。不安の残る現状でそれでも受けるかといわれるとどうしても考えてしまう。

 しかしラキアは一人づつ1万5千ギルダンの報酬を出すと言っているのだ。この破格報酬の裏には教会本部から王宮に強く抗議をしてふんだくった潤沢な「除霊特別予算」なるものが影響しているのだが、今話すべきはそのことではない。話すべきは、ダメ押しとなる一言だ。


「さらに働きによっては、それぞれに特別手当も出します」


 地獄の沙汰も金次第。黄金の輝きの前では悪霊も悪魔も道を譲る。

 まして日々の生活こそ送れるものの、蓄えらしい蓄えも持っていない貧乏パーティに効果は絶大だった。

 かくして依頼を受けることになったギンガだったが、なんだか騙されて上手く丸め込まれた気がして面白くない。ラキアが帰っていったあと、その憂さを晴らすためにハルミへと辛らつな言葉を投げかけた。


「ハルミ。 お前の報酬と特別手当はいつも通りパーティの生活費に充てるからな?」


「え? じゃあ、あんたとルイちゃんの分は?」


「小遣いだ」


「そんなあ」と涙目になるハルミを見てようやく気が済んだギンガ。ハルミをやり込めたと内心ほくそえむ。しかしまだまだ甘い。自分は鋭いほうだと誤解している凡人の限界というところか。大げさに机に突っ伏したこの女が、密かに舌を出しているところまでは見抜けなかった。

 なんせギルドに訪れた朝から帰って来た昼前まで、彼女には考えて準備をする時間が沢山あったのだ。



 翌朝、集合場所となる城壁北門に3人は向かう。

 ルイとハルミはいつもの格好である巫女装束とエプロンドレス。一方なんだかんだでダンジョンのような地下墓地に潜るのを楽しみにしていたギンガは久々に皮鎧を着込み、昨晩研いたショートソードを腰に下げていた。北門には他の参加者らしい神官や魔導士もちらほら見える。彼らはアルバイト感覚で集まった見習いの連中であり、全員で15人ほどが参加するようだ。


 やがてラキアが先導するかたちで、舞台となる地下墓地へと移動となった。

 場所は北門から歩いて10数分の丘陵。斜面に掘った横穴から階段を降りて地下に入る様になっているのだが、いつぞや3人がガルヴィオンから降り立ったあの丘であった。

 飛竜が墜落した場所を望むことが出来る地下墓地。なるほど教会の日課たる除霊作業が、郊外活動自粛令の対象外にならなかったのもわからなくはない。


「2時間置きに必ず外で休憩を取って下さい。 また中は安全が確認されていますが、念のために2人以上で行動すること。 霊気に火炎魔法は有効ですが、地下ですのでくれぐれも注意を払うように」


 ラキアの最終確認とともに、クエストの受注者たちが入口から地下墓地へ降りていく。

 大方の連中が降りたのを見計らってギンガはルイに声をかけた。


「ルイ。 歌うから踊る準備をしてくれ」


「・・・うん!」


 ギンガにしろルイにしろ、別にスキルを隠している訳ではない。

 しかしハルミの忠告に従い、明らかに普通ではない効果を発揮する歌の場合はある程度人目を忍ぶように心がけていた。今回の歌もそうだ。そしてその歌は、以前からの懸案事項、パーティ唯一の戦力であるルイが戦闘に向かないことに対する解決策の1つでもあった。


「バケモン! ゲットだぜ!!」


 気合を入れた叫びとともにギンガが歌い始める。


 闇の中から 夜の中から 影の中 墓の中 心の中 スカートの中 

 さあ出ろ さあ出ろ デロデロデロデロ 化物たちよ

 この世の未練をはらせ 俺のモンスター 飛び出してこい



 約20年ほど前に放送が開始されたアニメ『化けっとモンスター』の主題歌。

 元は同名のゲームが発端である。

 プレイヤーは主人公の少年を操作してフィールドを巡り、妖怪やオバケをモチーフとした化けっとモンスター、通称「バケモン」を捕獲して育て、戦わせるというゲームだ。そのユニークなバケモンのデザインや150を超える種類の豊富さもさることながら、プレイヤー同士の通信対戦でバケモンたちを戦わせることが出来るシステムは当時画期的であり、ゲーム雑誌や口コミなどを介してあっという間にブームとなって広がった。

 これを受け1年後に放送されたアニメシリーズはこのブームにさらに拍車をかけ、現在でも世界中にファンを擁する一大コンテンツとなっている。

 ギンガがこれをプレイしたのはシリーズ第4作『化けっとモンスター ブラッドサン/シャドゥムーン』。

 人気シリーズのナンバリングタイトルに偽りなく、やはりど嵌りした。あまりの面白さに寝食を忘れてプレイし続け、過労で担ぎ込まれた病院で同室のお兄さんと初めて通信対戦を試み、巡回の婦長さんに尻を叩かれるという苦い思い出までが鮮明に頭に浮かぶ。


 余談はさておき、この乗りのいい歌に併せてルイがひとしきりクルクルと舞い踊る。

 踊りながらも体内に何らかの凄まじい力が蓄積されていくのは感じていたが、しかし踊り終わってみるとどこにも変化は見られなかった。


「ねえギンガ。 特にルイちゃんに変化が見られないんだけど」


「そりゃそうだ。 『バケモン』の主人公は一般人の少年だからな」


「ちょっと、そんなの歌ってどうする気よ!?」


 噛みつくハルミを取り合わず、ギンガはルイに声をかけながら近づく。


「ルイ。 ちょっとジャンプしてみろ」


「・・・?」


 頭に疑問符を浮かべながらも、ルイはその場でピョコンピョコンと飛び跳ね・・・・

 バサバサと揺れる緋袴の中からコトンと音がしたかと思うと、野球の硬球サイズの何かが転がり出してきた。小ぶりのバケツに蓋をしたようなそれこそがバケモンコフィン。バケモンが中に封印された座棺型の格納アイテムである。


「おお! すげえ、本物のバケコンだ」


 ギンガが周囲の反応をそっちのけでバケモンコフィンに駆け寄る。

 座棺の蓋を封するお札が燃えるようなエフェクトとともに消滅したかと思うと、デロデロという効果音とともに蓋が開き1匹のモンスターが飛び出した。


「デンチュー!」


 棺桶から飛び出したのは、ウサギほどの大きさの黄色い毛むくじゃら。

 クリッとしたドングリ眼に背中に走る稲妻の黒模様。日本刀のような長い尻尾が特徴的なそれは、数あるバケモンのなかの1匹「デンチュー」である。ネズミのような髭から発する電気攻撃、尻尾を使った斬撃を主な攻撃手段とするこのモンスターは、アニメシリーズでも主人公の相棒として活躍し、絶大な人気を誇った。

 元々、時代劇『忠臣蔵』でおなじみ浅野内匠頭の怨霊という設定であり、電撃は癇癪持ち、尻尾は脇差を現しているらしい。しかし発売直前になって「殿中でござる!」という作中の有名なセリフは、浅野ではなく激高した彼を止めようとした家臣のものであると指摘され、スタッフが慌ててその設定を無くしたという逸話がある。結局は隠ぺい工作の甲斐なく、バケモンの大ヒットに併せて有名な裏話として世界中に広まってしまうのだが。


「よっし! 狙い通りデンチュー来た! 大成功だ!」


 その見事な原作際現に、我を忘れて浮かれるギンガ。

 半ば放心状態で突っ立っている巫女少女の心情には気付かない。年端もいかない少女の下半身から拳大の物体が転がり出し、さらにその中からモンスターが生まれたのである。いくらデンチューが愛くるしかろうが、その衝撃はあまりに強過ぎた。


「いいかルイ。 バケモンは放っといても勝手に戦ってくれるが、指示を出せば技を繰り出す」


「・・・・・・・・」


 スキルをその身に宿し、パーティ唯一の戦力となる人物が、戦闘に向かないという問題。

 それに対してギンガがようやく出した答えは、スキルで戦闘要員を生み出せばいいというものだった。その考えた先の『バケモン』である。しかし皮肉なことにバケモンを生み出して放心中のルイには、ギンガの生みの苦しみは伝わっていないようだ。


「このデンチューの攻撃技は4つ。 でんじは・でんショック・9まんボルト・ざんげき。 どうだ、覚えたか?」


「・・・・・・・・」


 興奮状態で空気の読めないこの男の説明に、ルイはようやく放心状態から覚めた。

 うつむいた顔が徐々に真っ赤に染まり、わなわなと身体が怒りに震えはじめる。

 ちなみにハルミはというと、ラキアの手を引いては10メートル程避難して様子を見ている状態だ。


「よし! 試しにでんショックを使ってみろ。 そうだな、目標はあの岩だ」


「・・・・でんしょっく」


 怒りに震えるルイのつぶやきとともにデンチューのヒゲ先から発せられた稲光。

 それが果たして誰に命中したのかは、記すまでも無いだろう。

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