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「脅しでは無い。次は心臓を狙う。殺されたくなければ、言う事を聞くんだ」
ナルシアが撃たれたのが解ったのだろう、少年の顔はいっそう、険しくなった。
少年は近づくのをやめた。だが、少年の、意思の強いその眼は諦めていない事を物語っていた。少年は、赤い鳥の脇腹に付けている鞄から、銀色に光る小型なリングを取り出し、それをナルシアへ見せた。
「あれは……」
ナルシアは、痛みに呻きながら、少年へ頷いた。少年が、それを勢いよく放り投げると、銀色のリングは空に弧を描いて舞った。
次の瞬間、兵士はあっと声をあげた。止める隙も無く、ナルシアは二、三歩駆け出すと、大きく跳躍して空の中へと飛び込んだ。
風に揺らめく炎のような真紅の翼を見つめながら、ナルシアは青く、どこまでも自由な空の底へと墜ちていった。
「ナルシアが逃亡しただと?」
宰相ハンセンの声は、広い執務室の全体へと響きわたった。報告へ来ていた兵士は、ハンセンの険しい顔に怯えたように身をすくませた。
「イプテシナ号は、赤い鳥に乗った人物に襲撃された模様です。墜落こそしませんでしたが、光線銃で撃たれ、ナルシアはそこから出来た穴から逃げだしたと。しかし、無謀にも高度二千メートルの高さから飛び降りたようで、生きてはおりませんでしょう……」
「赤い鳥? 何者なのかは解っているのか?」
「目下、調べている最中でございます」
「わかりしだい連行しろ」
ナルシアがいなくなったとたん、化けの皮がはがれたように高圧的になったハンセンの物言いに、兵士は内心、気色ばんだが、機械のような無表情で敬礼すると部屋から出て行った。
ナルシアを助けようとする人間が、まだこの国民の中にいたとはな。ハンセンは苦々しい思いで舌打ちをした。
ナルシアの生死は不明だという事だが…。普通の人間なら生きてはいまい。人間、ならばな……。
だが、゛神の一族″という言葉が、ハンセンの脳裏を鮮烈によぎる。神アシュラウルは、ナルシアのために奇跡を起こすのだろうか。
ハンセンの胸に不安がよぎった。しかし、ハンセンは冷徹な理性と意地で、それを抑えつけた。
まぁ……、いい。ナルシアが生きていようと、エンリトは我が手中にある。今さら、政治をわからぬあの小僧に何ができる。
ハンセンは含み笑いをすると、ふと窓に眼をやった。夜だというのに、やけに窓から光がもれている。
一体、何の光なんだ? 王家に無許可で、国民がパレードでも開いたか? それにしては静かすぎる。
まさか、敵襲か? レイダートの裏切り。不吉な言葉がハンセンの脳裏をよぎった。
ハンセンは窓に近づくと、バルコニーへと出た。
だが、レイダート軍の襲撃にしては警報が鳴らなかった事に、彼は気付かなかった。
窓を開いた外に、レイダート軍よりも恐ろしいものが待ち受けていようとは、ナルシアを陥れた宰相ハンセンもさすがに気付く事はできなかった。
大鍋の中では、ごた混ぜにされた野菜が、薄い飴色のスープの波を揺らめいていた。
ごぼごほと小さな音を立てていた泡が、白い細かな泡となり吹きこぼれそうになったところで、ルミナは光脈のエネルギーが詰まった過熱器を止めた。
「アリサ、ラニの葉を取って」
「はぁい、二枚でいい?」
アリサと呼ばれた少女は、スプーンを磨く手を止めると、木製の脚立によじのぼり棚の中を覗き込んだ。
「もう、夕飯できたの? ルミナ姉。俺、腹ぺこぺこだよ」




