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兵士が下がると、ナルシアは机に置かれた粗末な食料に眼を移した。昨夜から何も口にしていないのに、いっこうに食欲がわかない。そのことにナルシアは、自分がまいっている事にあらためて気付かされるのだった。
ナルシアは、祈りを捧げるように両の手を組んだ。その右手には、白い石にアヴェルガ家の紋章が刻まれた指輪が嵌められている。それは、父から貰った形見の品だった。
私は神の子などでは無い。アヴェルガ家の公子として生まれついたナルシアにとって、それは絶望に他ならない。
民衆を守り、導く。それだけのために産まれ、それだけのために生きていく。それが王としての務め。幼い頃からそう教えられ、自分でもそう信じていた。
責任をはたせない、己の無力。その事が、刃となって胸に突き刺さる。
精霊の声が聞こえない。その事にはじめて気付いたのは、いつだったろう。ナルシアは幼い頃の事をぼんやりと思い出した。
ナルシアが五歳の時、エンリトは大嵐にみまわれた。死者の出るほど酷い災害だった。だが、ナルシアは嵐が恐くなかった。精霊は自分の僕であり、自分ならば鎮められるという自負があったからだ。
けれど、精霊は自分の問いかけに何も応えなかった。精霊の存在は確かに感じるのに、聞こえない。祖父も父も、精霊が何を望み、何に怒り、何を考えているのか解るのに、自分だけがわからない。
ナルシアはその時、激しいショックを覚えながらも、声が聞こえ無いのは、自分がまだ幼いせいだと考えた。
いつかは……、いつかは。そう信じながら今まで生きてきた。
だが、自分は脱け殻でしか無かった。
―アシュラウル様、お教え下さい。私は何のために生きていけば良いのですか。―
ナルシアが、そう想った突如、ドーンと鼓膜の破れそうな程、大きな衝撃音がした。
振動は機体を揺らし、ナルシアは斜めに転がり落ちた。仰天して顔を上げて見ると、壁に大穴が開き、そこから暴風が流れこんでいた。
ナルシアは何事かと、風に煽られながらも、飛ばされないようにできた穴に近づいた。壁は焼け爛れ、いびつな形に変形していた。
「赤い……鳥……?」
鮮やかな真紅に燃える翼を羽ばたかせ、巨大な鳥がナルシアを見下ろしていた。その鳥に、自分といくつも年の変わらない少年が乗っているのに、ナルシアは気付いた。
一瞬、その少年の澄んだ琥珀色の眼と、眼が合った。強い、眼差しだった。
一体、何を? ナルシアがいぶかしんでいると、少年はしなやかに片腕をナルシアへと伸ばした。その動作に、ナルシアは驚きと身体の震えるような衝撃が走った。
助けようと、してくれているのか?
「あっ……、危ない」
異変に気付いたイプテシナ号の兵士が撃ったのだろう。光線銃の強い光が、赤い鳥を掠める。
赤い鳥は、身体に似合わぬ敏捷な動きでそれをかわしたが、少年の顔が舌打ちで歪むのがナルシアに見えた。警備の兵の的にされ、少年は思うようにナルシアに近づけなかった。
ナルシアの背後で、ドアの開く音がした。
「何をやっているんだ!! 」
ナルシアが振り向くと、兵士達が中に入ってくるのが見えた。皆、壁に開いた大穴に仰天している。
「おとなしく、こっちへ来い」
隊長らしき男がそう言うと、兵士達はナルシアに銃を向けた。
観念するんだな。ナルシアには、ハンセンの声が聞こえたような気がした。
ここから逃げて、どうしようというんだ。王家の復興か? だが、国民の信頼を失ったお前に何ができる?
「私は……」
ナルシアは赤い鳥に乗る少年の姿を見つめた。彼が何者なのかは、わからない。だけど、自分を助け出そうとしている事だけはわかる。
次の瞬間、左肩に強烈な痛みが走った。ナルシアは、脳天まで痺れるその痛みに、反射的に右手で肩を押さえた。粗末な白いシャツが、血で赤く染まる。




