5
アナウンスが流れて暫くたつと、二階からおりてくるラスリークの姿が見えた。
「やぁ、ロック君。久しぶりだね」
ラスリークは三十代の若さながら飛行隊の隊長を務めるエリートで、髪をきっちりと頭に撫で付け黒々とした髭を蓄えたその姿は貫禄を身につけていた。
ロックの母親とは児童学校からの幼なじみで、彼には妻子もあったが、初恋の相手の息子というのは、また違った特別な存在なのだった。
「すみません。急がしいのに、無理言って」
ロックが頭を下げると、国立航空試験の頃より一回り大きくなり、精悍な影のさしたロックの顔を、感慨深気に眺めながらラスリークは答えた。
「気にしなくていいよ。どうせ午前中は飛行船の荷物の搬入で、飛行隊のパイロットは暇なんだ。朝ご飯はまだかい? そこにあるカフェで何か食べようか?」
「いえ、それより、相談したい事があるんです」
ロックの申し出に、ラスリークの皺ができかけた顔に笑みが広がった。
「そうか、君が私を頼ってきてくれるとは嬉しいよ。エントランスで立ち話もなんだから、私の部屋へ行こう。何も無いところだか、ニオル豆のコーヒーぐらいあったはずだ」
ラスリークはロックを自室へと案内した。
ロックはラスリークに勧められるまま、革ばりの黒いソファーに腰掛ける。
ラスリークは何も無い部屋と言ったが、家具は全て一級品だ。目の前に出された湯気のたてているコーヒーは、ロック達が、祝い事の日にしか飲めないリゴ酒よりも高い。
「世界への門」のパイロットになるということは、それだけ裕福であることを約束される。その将来を蹴ったのだから、街の人達に、変わり者と噂されるのもしょうがない事だった。
「それで、何の話だい? 私に出来る事なら何でも力になろう」
「えぇ……、有難うございます……」
ロックは少しためらったように言い淀んだが、やがて意を決したように、真っ直ぐな眼差しを向けた。
「俺は……、アヴェルガ家皇太子ナルシアを助け出したいんです」
ラスリークは初め、言葉が解らない子供のように、間が抜けた顔をした。そして、じわじわと彼に意味が追いついてくると、ぎょっとした表情になり、冗談にしてしまおうとするかのように軽く笑ってみせた。
だが、ロックの顔が、緊張と真剣さから怒ったような顔をしているのを見ると、やっと掠れた声を出した。
「本気か?」
「本気じゃ無ければ、わざわざこんな所まで来たりはしません」
「君は自分が何を言っているのか解っているのか? ナルシア様は追放された身だ。王家といえども犯罪者として裁かれている。その逃亡の助けをするなんて、立派なゲリラ行為なんだぞ」
「あなたに、迷惑はかけません」
「そういう意味じゃない。君の身を案じて言っているんだ。君が君主交代に不賛成なのは解る。私だって正直、納得しているとは言えない。だが、権力者には逆らわないほうがいい。古くから諺にもあるじゃないか。権力者に立ち向かう者は、巨人に立ち向かう虫だと。小さな力では、逆さいして終わりだ」
そう一気にまくししたてておいて、ラスリークはハッとした。ロックの眼が怒りに燃えていたからだ。だが、不思議な事に、その怒りの炎は不快なものではなく、何故か美しく見えた。
「だから、何もするなと? 自らの手を染める事なく、汚れ役を光の騎士団へ押し付け、安全な場所から、のうのうと自分の心配だけをする。自分の苦しみを救ってくれる救世主を何もしないでただ待ちわび、救世主が現れなければ神を呪って死んでゆく。それが、今の国民の姿だ。何もしなければ、傷つくことはない。けど自ら、生き延びる事だって出来やしないんだ」




