第51話『ディザスター襲来』
大会本番まで残り五日。それでも中学生は、今日も夕方まで学校だった。
「舐められてる」
「誰に」
「テディにだよ!」
「えぇっ」
二時間目の音楽室へ移動する途中、敦斗は当の本人を前にして小声で文句を言う構えに入った。
「昨日の俺、後半酷かったからさ……」
「大丈夫だよ。誰しも自分が投げたグレで自爆くらいするって」
「俺を巻き込んでな」
「このままじゃ下位争いだって……!テディもテディで『やー。このチームなら勝つるね!』としか言わんし!何だよ勝つるって!俺らが足引っ張ってる所為でこのままじゃ勝つらねーよ!」
「それは……でもゲームに関してだけはお前と肩組みたくない」
「あれ?ひょっとして幸樹も俺のこと舐めてた?」
幸樹は敦斗より長くネットゲームをしてきたという意地と、ゲームと成績以外では敦斗に敵わないと思っていることは黙っていた。
「テディのキャリーのお陰でウェルテックス祭優勝できたねおめでとーって結果は嫌だ!」
「でも今夜から毎日二時間の練習配信するよ?」
「足りんて!」
「マジかぁ」
これプロチャンネルでは今日から五日間、毎日二十時から二十二時まで大会に向けた練習配信を行う予定である。その間、動画投稿はお休みとなっていた。
「先に行っておくけど」
糸哉の全て見透かしたような声に、敦斗の肩が小さく跳ねる。
「敦斗が部活を休んだり夜更かししたりしないと上位を狙えないなら、僕は中位でも構わないよ」
「ま、二時間の練習で底上げするしかねーな。あとは連携でカバーできるだろ」
「……時間足りねぇー」
チームの中で最もプレイヤースキルが低い敦斗は自分の実力に自信が持てず、練習量で埋めるしかないと思っていた。しかし時間が足りない。
そんな彼の願いが天気の女神に届いたのか――翌日、彼等の住む地域に台風が接近した。
「まさか暴風警報まで出るとは……」
「お天気の女神様ありがとうございます……!もう時間足りないとか言いません!」
「お前やったな?」
「やっ……母ちゃんにも同じこと言われたんだけど。俺がやっちゃったってことになる?」
午前八時。三人はボイスチャットアプリ『スカイコード』に集合しウェルテックスを起動する。敦斗だけは嬉しそうだったが、残りの二人は休校を素直に喜べずにいた。
「視聴者に違和感を与えないように、配信時間は昨日と同じで。あと代役用意するから、これを機に僕も家事と編集やっていいかな」
「そんなー!」
「代役?」
――シェンとかか?
二人はテディの言葉に疑問符を浮かべたが、理由が切実なだけに引き止めることはできなかった。
「じゃあシェンが来るまで射撃場行こ」
「ん」
ロビーへの転送が終わり、足元に地面の感触が戻る。目の前に広がるのは、赤茶けた岩に囲まれた広い谷だった。
射撃訓練場――そこは射撃練習、キャラクターコントロール練習、模擬戦闘までできるトレーニングエリアだ。
全ての銃はもちろん、スコープやマガジンなどの補助パーツ、アーマーや装備も一通り揃っている。
ホットとタンドリーは模擬戦闘エリアに向かい、自分たちと同じ装備と銃を持つデコイが入り乱れる中で、互いを倒すという遊びに近い訓練を行った。
「タンドリーもだけど、テディも大分達観してるよな。勝ち負けとか数字にあんまりこだわってないっていうか……いつも『見てる誰か』が楽しめる結果を選んでるって感じしない?」
「実況者だからな」
タンドリーはテディの口癖を思い出す。
――『これプロはプロ並みにゲームが上手いんじゃなくて、プロ並みにゲーム実況が上手いって意味だよ。だから知識が浅い人に何言われても、それがこのグループにおける金科玉条だから。忘れないでね』
ホットほど物事を深く考えないタンドリーでも、さすがに気づくことはあった。テディは『熱戦ウェルテックス祭』での優勝を本気で狙っているわけではない。
この大会に出た目的はあくまで『売名』と『箔がつく程度の実績』、そして『大会の番狂わせ枠』であると。
「余計な事考えんな。本番は計四試合の総合ポイントで最終順位が決まる。テディがキャリーするために本気出すのか、優勝狙うために本気出すのか……それって全部俺ら次第だろ」
「うん……」
またホットも勘づいていた。視聴者から『大健闘だった』と言われるくらいの結果を残せれば十分だと考えていることに。
二人のランクが低いまま出場を決めたことも、カジュアル大会を選んだことも――全ては、心ないコメントを減らすための保険だった。
「それに俺らがQuirk Hematiteや他のプロゲーマーチームに叶うワケないって分かってるけどさ……視聴者は違うじゃん」
「蓮夢も普通に下剋上期待してたな……簡単に言いやがって」
「昨日の配信もほぼテディのキャリーだったし……あー情けねぇー!」
「――本当に情けないんだけど」
「「っ!?」」
「上だよ上」
二人は慌てて視点を動かし、顔を上げる。現在、彼等がいる建物内は中央が大きく吹き抜けになっており、二階にはそれをぐるりと囲む円状の通路が伸びている構造だ。
その通路の手すりに、配達員の長袖制服を着た男が腰かけていた。彼の膝の上には段ボール箱が乗っている。肘置きのように軽く腕を乗せ、まるで休憩でもしているかのような気楽な姿勢だ。
「……え?すみません誰ですか?」
「ユイガだけど」
「……あ?『ヤマトTV』じゃねーのかよ」
「何でその名前を」
「スカイコードのユーザー名」
タンドリーがスカイコードを確認すると、これプロメンバーしか入れないはずのボイスチャットルームに『ヤマトTV』という名のアカウントが紛れていた。
「…」
乱入者は無言で名前を書き換え、長い前髪の隙間から覗く猫めいた金の瞳を細める。
「俺はハコビネコ・ユイガ――それがテディに名付けてもらったゲーム名だけど?」
「日本式!?えっ名前かっこよ」
「俺ら食いもんなのに……おいテディは?」
「テディは忙しいから。『諸君!これがプロである!!』で二番目……」
「!」
――今こっち見た?
一瞬こちらを見た気がした――ホットがそう思った次の瞬間、ユイガは段ボール箱から二丁拳銃スタイルのハンドガン『ラピッドビーク』を取り出して両手に構えた。
「……にゲームが上手い俺が『干支組』を鍛え直す」
『パシュパシュパシュパシュ!』
「痛っっ!?」
――この銃……ギバさんが使ってるのと同じ!
『ラピッドピーク』――コンパクトな銃身から三発の弾丸を同時に撃ち出す、近距離戦特化の二丁拳銃だ。左右の銃を別操作することはできないが、弾の量と近距離での火力が単純に二倍となる。
だが装弾数は八発と少なく、外せばすぐに弾切れになる。加えて弾の拡散が大きいため、しっかりと狙いを定めなければ威力を発揮できない。使い手の腕が試されるが、近距離戦では一瞬で勝負を決めるポテンシャルを秘めた武器だった。
「チッ……!」
タンドリーは高所を取るユイガの強さを瞬時に見極め、いったん退くことを選んだが――
『バシュッ!バキィン!』
「嘘だろ!?」
――ユイガのスナイパーライフル一発で固かったはずのシールドを剥がされ、生身になってしまった。
「今のタンドリー、ウルト無しでもシールド耐久高いキャラなのに……」
「弾の被ダメージ軽減してこれかよ!」
「武器の基本性能、ヘッドショットダメージ……遮蔽物を意識するだけじゃ勝てないけど?」
タンドリーが建物の影に隠れてシールドを回復する間に距離を詰め、ラピッドビークで撃破。その一連の攻防で、ユイガには一ダメージも入らなかった。
「すげぇ……!ユイガさんってプロゲーマーですか!?テディこんな凄い人が知り合いにいたんだ!」
「待てホット。さっきコイツ聞き捨てならねーこと言ったぞ。何だ『これプロの中で二番目にゲームが上手い俺』って。あと何だ『干支組』って」
「犬と鶏だから?」
「テディがレゾクラの撮影でノリで命名してたじゃん。忘れ……てるねこれ」
ホットとタンドリーのコンビはテディによって『干支組』と名付けられ、ファンの間でその呼び名が徐々に定着しつつあった。
「タンドリーはアクションゲーム専門言うだけあってウェルテックスのキャラコンも上手いのに何で今機動力低めのキャラ使ってんの?最後のラビー(ラピッドビーク)もタンドリーならキャラコンで躱せると思ってたのに……巨漢ピックするなんてガッカリなんだけど?」
「うるせぇ!巨人キャラアツいだろ。俺はヒットボックスでかくてもこのデブが好きなんだよ!」
「あそ。でも変えないと上位入れないよ絶対。空中移動できるキャラに変えて」
「っ……」
――凄い言うじゃん。ユイガがそう思ってるってことはテディも思ってないワケがないってことで……。
出会い頭に忌憚のない意見をぶつけられ、ホットとタンドリーは揃って言葉を失う。自らをこれプロメンバーだと名乗る謎の存在――ユイガに、二人は大きく動揺していた。
キャラコン……キャラクターコントロールの略。ストレイフやジャンプ、スライディング、空中操作などの動作を統合し、敵の攻撃をかわしつつ自らの位置を最適化する操作全般のこと。




