第16話『大舞学園。マジOMG学園』
ざっくり立地関係。
糸哉・敦斗の地元→(3駅先・自転車で12分)→大舞学園中等部→(2駅先・自転車で10分)→シェンの家(大舞賀駅)
『諸君!これがプロである!!』――主に動画・配信共有サービス『Nico・Tube』で活動する大日本帝国のゲーム実況グループである。現在のチャンネル登録者数は六十万人。チャンネル開設二周年を機に新メンバーのホットが加入し、二人実況を軸に活動している。
年齢や出身地といった個人的な情報はほとんど明かされていない。それでも長年の付き合いと錯覚するほど、息の合ったやり取りと親密さが画面越しにも伝わってくる。
そんな謎に包まれた二人は――同じ中学校の入学式を迎えようとしていた。
☆彡
敦斗が少し大きめの制服に袖を通すと、鏡の中の自分が昨日までとは違って見えた。この日をきっかけに新調したスニーカーが、これから始まる時間の重みを伝えてくる。
「糸哉おはよ」
「はよぃ……」
「……まさか配信の後も編集してた?」
「だいじょぶ。歩いたら目覚めるからー」
「ホントさぁ……式の途中で寝ても俺起こせないからな!?」
大舞学園中等部の制服に身を包んだ糸哉と敦斗は、毎日二駅分の距離を自転車で通学することになる。今日は初日なので敦斗母が運転する車で向かった。
――近くはないけど、絶対テディと近道見つけて独自ルート開通しよ。
まだ肌寒さを残した春の風が吹くたび、ひらりと舞い落ちた花びらが信号待ちの車を横切る。
――俺……ホントにテディがいないと無理なのかな。
少し緊張して手に汗が滲むが、死んだように眠っている糸哉を見ると胸の奥がすっと落ち着いた。
――元々目が寝てるみたいに閉じてるから分かりにくいけど今は絶対寝てんな。後頭部から何か出てるし。
「はぁ……」
「大丈夫よー。テディ君がいるんだから」
「もーテディ!寝るならせめて幽体じゃなくて鼻ちょうちん出してよ!」
「……ハッ!」
敦斗は緊張で表情を固くしたまま後車し、糸哉は眠たげにあくびを噛み殺す。対照的な二人は最初の関門――クラス分けが掲示された看板の前へ向かった。
「えっ二クラスだけ?」
「そだよ」
大舞学園中等部――市内でも比較的裕福な家庭が多く集まる地域に位置するこの公立校は、初等部・中等部・高等部を併設する一貫教育校として知られている。公立でありながら教育環境や進学実績に定評があり、学区内の家庭はもちろん、周辺地域からも一定の注目を集めてきた。
原則として内部進学を前提とした体制をとっているが、中等部および高等部では例外的に各学年一クラス分のみ外部からの進学者を募集している。選抜は学力重視で行われ、狭き門であることから外部進学者は『選ばれた生徒』と見られる一方、校内では微妙な立場に置かれやすい。
「一組は内部進学者で、二組は全員僕らと同じ受験組。おまけに三年間クラス替えなし!」
「最高……なのか?それ」
――でも堀蔵小よりクラスが少ないのは結構新鮮……。
「まぁ何かと比較されるらしいけど、敦斗ならちゃんとやってけるよ」
内部進学者は初等部からの六年間を共に過ごしており、学習進度や校風、暗黙のルールに精通している。一方、外部生は『途中から入ってきた存在』として扱われ、成績や素行によって常に評価される立場に置かれがちである。
この学校は公立という看板の下で平等を掲げながらも、静かな軋轢を孕んだまま日常を回していた。その歪みが表立って問題になることは少ないが、確かに生徒たちの意識の底に影を落としている。
「外部生かどうかって組で分かるのかな」
「あと名札の色だね。僕らのは机の上にでも置いてあるんじゃないかな」
中等部の制服には革製の名札が指定の位置に取り付けられている。名札には学年と組、苗字が刻まれ、上部には校章のピンバッジが留められていた。革の色は生徒の出自によって異なり、初等部から進学してきた内部生は赤、外部進学者には黒が与えられる。
「いやめっちゃ知ってんじゃん怖……何で黙ってた?」
「いや今西暦何年だと思ってんの。それに全校生徒の半分が外部生なんだから格差も大したことないって。本気で終わってるトコなら僕も敦斗誘ってないよ」
一年二組の教室に向かう途中、敦斗はどうでもいいことが気になった。
「テディがここ受けたのって何でだっけ。頭良いから?」
「もあるけど、真の動機は――」
糸哉は階段の踊り場に掲示されたポスターを指差す。それは新入生を歓迎するためのデザインだった。
「――キャッチコピーが『大舞学園。マジOMG学園』とか天才でしょ!センスの塊すぎ!敦斗知ってた!?」
「「だせぇ!」」
敦斗が自分と重なった声に気づいて振り返ると、間近にスポーツ刈りの男子生徒が立っていた。
「俺たち二組なんだけど……何組?」
「……俺も」
「えーやった!僕はテディで、君と同じこのキャッチコピーの秀逸さがあまり理解できていない凡人が敦斗だよ。よろしくね!」
「全然よろしくする気ねぇ!」
「テディごめんて!俺まだその領域まで達してないみたいだわ」
同じく外部受験組の服部は偶然前を歩く二人の会話を耳にし、相手を天然だと早合点していた。
――片方がカースト違うくらいイケメンなの除けばどっちも良い奴っぽいか……?
「服部幸樹君かぁ……じゃあタンドリーだ!フルネームはタンドリー・チキン」
「バッ……あ。確かに言われてみればタンドリーからカレーっぽ……」
「分かった。天然が行き過ぎて頭のネジがぶっ飛んだ奴だな。極力関わるなよ」
「待ってー!ここではちゃんと幸樹って呼ぶから!」
こうして、糸哉と敦斗は教室に入る前から新たな友達を作ることに成功した。それは同姓で同じ小学校出身の生徒がいない幸樹も同様である。
「幸樹の席、教卓の真ん前じゃん。僕も隣の人と変えてもらおっかな……」
「え!じゃあ俺も出席番号一番の人と……」
「横一列に並ぼうとするな。テディが俺と交換すればいいだろ」
「……いや待って!テディがその席にいったら俺と同じ班になれるじゃん!来て!」
「敦斗が言うんならしょーがないなぁ」
「端と端でロクに会話できねぇだろ……」
幸樹が呆れ半分でツッコんだその時。彼の右隣に柄崎という女子生徒が座った。
「……待って。テディ頼む俺と変わって。俺すげぇ視力いいから」
「えっどした?さては授業中のペアワークで女子とやるのが嫌……って程ではないけど圧倒的に男同士の方が気楽だから?」
「当てんな!変われ!」
「幸樹……」
「タンちゃん……」
糸哉と敦斗が生暖かい目で見つめると、耳を赤くした幸樹は生活指導の冊子を丸めて反撃した。
☆彡
次の日の朝。敦斗の頭の中は昨日糸哉に聞きそびれたことでいっぱいになっていた。
――入学式終わったらテディは親とご飯行っちゃったし、夜も編集でシェンとしか話せなかったから……気になる!
「テディおはよ」
「おはよー」
糸哉が通常通りなのかを挨拶で確かめ、敦斗は意を決して口を開く。
「幸樹のことなんだけど」
「あー。タンドリーじゃなくて幸樹ね。何となくビビッと来てつい……」
「ねぇ。まさかタンドリーも……」
敦斗がゴクリと生唾を呑み込むと、糸哉は口の端を上げて「まだそれは分からない」と言った。
「仲間になろうがならまいが、幸樹とは良い友達になれる気がするんだ。敦斗はどう?」
「昨日前後の席の人と軽く話したけど、幸樹だけだったんだよな。俺の顔褒めてこなかったの……」
――テディと同じで……。
「まー初手ツッコミからだったから触れる暇なかったのもあるかもね」
敦斗にとって、顔立ちを褒められることに特別な抵抗はない。ただ糸哉のときと同様、遠慮のない距離感で接してきた幸樹には一際良い印象を持った。
「そんでさ、テディも幸樹からカレーの匂いがしたの気づいてたじゃん。あれやっぱ俺等だけだよな?」
「なんたって僕ら熊と犬だからねー。そこで気になったお店が次の角曲がった道にあるんだよ」
糸哉の先導で自転車のハンドルを切り、道を一本外れると――『ヨリドリカレー』という看板を出した個人経営の店が視界に入った。そして少し先には、二人と同じ制服を着た男子生徒がてくてく歩いている。
「よし!敦斗のお陰でタイミングミラクル!挟むよ!」
「オッケー!」
糸哉と敦斗は同時に立ち漕ぎに切り替え、気づかれるより早く獲物を自転車で左右から挟み込んだ。
「幸樹おはよー!」
「家近いのいいなー。でも徒歩通の割には家出るの早くない?」
「お前等っ……退路塞ぐなヤンキーかよ」
「まぁまぁ。兄ちゃん一緒に学校行こうや」
「寄せんな。どんだけカッコつけてもピカピカの中1にしか見えねーよ」
幸樹はヘルメットを外して自転車を押して歩く二人を睨み、本気が伝わるよう声を低める。
「……言うなよ。冷やかしで店来てほしくねぇし」
「えっ秘密にしたいの?なら幸樹のお父さんお母さんにSNS気をつけるよう言った方がいいかも」
「は?」




