第166話『大舞学園入学式』
『諸君!これがプロである!!』とは――主に動画・配信共有サービス『Nico・Tube』で活動する大日本帝国のゲーム実況グループである。現在のチャンネル登録者数は百十万人。
テディをリーダーとし、ホット、タンドリー、ユイガ、ナキを加えた五人での実況を軸に活動している。
全員が各分野で高いゲームスキルを持っており、元プロゲーマー説やトップランカー説がファンの間で囁かれているが、その過去は一切明かされていない。
そんな年齢もプライベートも謎に包まれたグループは――それぞれ進級し、新しい環境でのスタートを切ろうとしていた。
☆彡
針北満士が三十二名の三年生が集う教室へ姿を現すと、教壇に立っていた高齢の女性教師は驚いたように目を丸くした。
「針北君!?髪が……」
「んなことでHR止めてんじゃねーよ」
悪態を吐いて一番後ろの席に座る。始業式の日には金髪だった彼が、翌日には黒髪に染め直して現れたのだ。教師が絶句し、クラスメイトたちもざわつくのは当然だった。
「先生!針北君ピアスも取ってます!」
「ええっ!?先生が何回泣いても校則守ってくれなかったのに……どーしたの!?誰が泣いたの!?」
「ほっとけ」
満士は鋭く睨みつけて威嚇する。しかし、強かな女性教師は目元をそっと拭う仕草を見せて一言。
「針北君……救急車に乗って来なさい」
「このクソババァ!今年もオレをダシにして笑い取ろうって腹か……いい度胸じゃねぇか!後で覚えてろよ」
「はいはい。えーこの後に入学式が――」
満士と女性教師のやり取りに、教室からクスクスと笑い声が上がる。
「チッ……」
――ババァが昨日、最高学年だの受験生の心構えだの語ってたからだろうが!
その話に触発された満士はさっそく幼馴染に頼み、髪を黒く染め直してもらったのだった。
――てか今日入学式かよ。ユイガって今年から中一だっけ……大丈夫か?
クラスメイトとは険悪ではないものの、最低限の付き合いしかしない満士は――自分のことはさておき、孝太の入学デビューを心の中で案じた。
そんなユイガこと山根孝太はというと。
――ここどこ……もう帰りたい……。
人目を避けられるトイレを求めて教室を離れたが、その後うっかり教室への帰り道を忘れてしまった。
――落ち着け……冷静に冷静に。とにかく一旦外に出よう。
方向感覚を完全に失い、まるで迷子の子猫のような状態に陥ってしまう。それでも孝太は動揺を鎮め、下駄箱を目印にして教室までの道筋を思い出そうとした。
「で、ここは……職員玄関かよ」
――ならここを背にとにかく前へ進めば……!
駆け足で角を曲がると、突き当りに一人の男子生徒が立っていた。
「……!」
見るからに先輩らしい生徒へ道を尋ねることも考えた。だが人見知りの孝太にはその一歩がどうしても踏み出せない。
廊下をゆっくり歩きながら迷い続け、ついに腕を組んで立つ人物を横目で窺った。
――ん?この苗字って……。
そのまま通り過ぎようとした足が、名札を見た瞬間止まる。
「こんなとこで何してる……んですか?」
「…」
声を掛けられた幸樹は、緊張が少し和らいだ様子の孝太に探るような視線を向けた。
「……ま、もういいだろ」
そう呟いてロッカーを軽くノックし、左へスッと身をずらす。
――え。まさか匿ってた?
『ガラッ』
すると開いたのはロッカーではなく、その背後にあった空き教室の扉だった。中から敦斗と翠羽が顔を出す。
――そっちがフェイクかい!
思わずツッコミを入れたくなる展開に、孝太は状況を飲み込めず立ち尽くした。そんな彼を見て、翠羽は気まずそうに眉を下げる。
――私と敦斗君のこと不審者みたいな目で見てる……さっきのアレに関わってない一年生、ってことでいいのかな。
敦斗と翠羽は『先輩に会いたくてこの学校を受験しました!』と猛アピールする母校の後輩たちに囲まれ、偶然通りかかった幸樹の助けを借りて逃げ回っていた。
「ビックリさせちゃってごめんね。ちょっと新入生に追いかけられてて……」
「幸樹、匿ってくれてありがと」
「見つかる前に帰るぞ」
「待っ!」
幸樹がさっさとその場を離れようとしたため、孝太が慌てて呼び止めた。
「一年の教室ってどこ……すか」
「あ、道分かんなくなっちゃった?つっても二年の教室の真下だから……じゃあ俺らと一緒に戻ろ」
人懐っこい笑みを浮かべた敦斗が、孝太の隣に並んで歩き出す。
――声も違うし……流石に一発じゃ気づかれないか。
敦斗と幸樹はユイガの本名しか知らず、本人の顔までは把握していなかった。
「俺は二年の犬飼。えーと……何て呼べばいい?」
「…」
――まだ内緒でいいや。
「ヨリドリカレー」
「!?」
その一言に、幸樹がぴくりと反応した。
――何で服部君のお店の名前……お客さん?知り合い?
翠羽も『どういうこと?』と言いたげな顔で幸樹を見上げる。一方、当の本人は気まずそうな渋面で孝太を見下ろした。
「……あんま広めんなよ。急に来られても困る」
「はーい」
そこで会話は途切れ、孝太は二人に案内されながら、無事一年生の教室へと戻ることができた。
☆彡
「さっきの一年生、服部君がお店手伝ってるの知ってたね」
「同じ学区の子?」
「うーん。名前聞いたら覚えてる中にいるかもしれないけど……」
「常連の家族じゃねーことは確かだな。だだ……」
幸樹は言葉を切り、記憶の引き出しを探るように思案する。
「見覚えある気が……」
「分かる。俺もどっかで会ったような……店に食べ行った時かな」
「ごめん……私は無いかも」
三人は小さな疑問を胸に抱えたまま、新たな教室――『二年二組』の扉をくぐった。
クラスメイトの顔ぶれも担任も変わらない。そんな空間で糸哉はというと――
「zzz……zzz……」
――呑気に惰眠をむさぼっていた。
「テディ入学式始まるって!」
「起きろ」
「ハッ……!」
敦斗と幸樹に起こされたものの、糸哉は入学式でも糸目に隠れて眠る。教師に気づかれないよう姿勢を正したまま眠る特技を存分に発揮し――山根兄妹の入学式は彼の記憶にほとんど刻まれないまま、何事もなく終わった。
「――貴方、入学式の最中ずっと寝ていたでしょう」
だが新三年生になったカレンは、糸哉の居眠りを見逃してはくれなかった。
――何で先輩がここに……知り合いでもいたのかな。
入学式を終えた中庭では、新入生とその家族が思い思いに記念写真を撮っている。そんな賑わいの中、糸哉は山根家の両親へ挨拶するため足を運んでいた。
――話は逸らせそうにないし……ここは言いくるめで矛を収めてもらおう。
「なーに言ってんですか。見ての通り、バッチリ開眼してましたよ」
「いつも起きてるのか寝てるのか見当つきづらい顔をしているから他の人は気づかないでしょうけど、私の目は欺けないわよ」
「ふっふっふ……先輩がいくらどれだけ言っても、僕は式の間ちゃんと覚醒してたことになっ、痛たたたたたたたた」
「その生意気で開き直ったお口はこれかしら?」
糸哉が勝者気取りの笑みを浮かべた途端、カレンの細い指が彼の頬を左右からぎゅっとつねる。口元は笑っているのに目だけは据わっている――そんな彼女の笑顔を目にした新一年生たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「……今日はマンション来るの?」
「え?」
桜舞う春風にのせて届いたカレンの言葉に、糸哉は思わず聞き返す。彼女が少し焦れたように言い直そうとしたその時――
「糸哉先輩!」
――縋るような声が、二人だけの空間を打ち破った。
「あ、純花ちゃん」
「向こうでパ……お父さん待ってるから」
「分かった。ありがとう。じゃあ先輩、僕はこれで」
「…」
カレンは何も答えず、並んで歩いていく糸哉と純花の背中を見つめる。
――純花さん……制服の効力かしら?初めて会った時の幼さが嘘みたいね。
一瞬、胸を締め付けられるような痛みが走る。それを認めたくないかのように、彼女は静かに踵を返した。
☆彡
各々が進級や入学を終え、ゲーム実況者としての顔に切り替わる。五人全員が揃うと、テディは動画と変わらない調子で業務連絡を始めた。
「そんなこんなで、これプロチャンネル三周年最初のビックイベントがーこちら」
『BROレゾクラ~ラン・フロム・ザ・KP~』
「なにこれ」
「レゾクラで鬼ごっこでもやるのか?」
「KPって書いてあるんだけど!これプロ!?俺たちが主役!?」
「『BRO』ってアレだろ?色んなゲームイベント主催してるトコだろ?」
「そう!今週の日曜日にハンターのこれプロVS三十三名のランナーで大規模ケイドロやるよー」
「「えっ」」
突然告げられたイベント開催の知らせに、残る四人は揃ってフリーズする。
リアルでは新年度を迎え、新生活の空気が漂う季節だが――ゲーム実況界も新企画や新イベントが次々と動き出しており、こちらも負けじと賑わいを見せていた。
大舞学園中等部は入学式当日、机の上に冊子や名札セットが置かれています。(なのでこの話では孝太は名札つけてません)
説明書に従って近日中に氏名プレートや校章を家で縫い付けたりネジ留めで固定するパターンです。
糸哉「僕たちも二年生になったからバッチ変わったねー」
敦斗「学級委員長のバッチも無くなってる。今年はやんないの?」
糸哉「うん。他の委員会もやってみたいから。風紀委員か報道委員がいいなー」
幸樹「どっちもねーよ」




