89.ジェル、舞台に立つ
最近、我が家で使っている包丁が寿命を迎えました。
刃が欠けてしまったので、錬金術で修復しようとしたら大失敗してしまいまして。
刃がまん丸になってしまい、まったく切れなくなってしまったのです。
「これは買い替えるしかないですねぇ……」
どうせ買うなら良いお品を買いたいものですが、どうしたものか。
誰かに相談してみようかと思っていたのですが、ちょうどいいところに兄のアレクサンドルが、テディベアのキリトと包丁について熱く語り合っている光景に出くわしたのです。
「やっぱり、三徳包丁だよなぁ。万能すぎてヤバい。どの編成にも入れられるし」
「自分はペティナイフがいいであります! 可愛くて機動力があって先制取れるのがデカいでありますよ」
そんな都合のいいことがあるだろうかと思いつつも、ワタクシは話に加わることにしました。
「あの……あなたたち、包丁に詳しいんですか?」
「あぁ、最近ちょっとやり始めてな」
「包丁は今とても熱いでありますよ! 明日から大規模なリアルイベントも始まるであります!」
包丁の大規模なリアルイベント……展示即売会のことでしょうか。
いろんなブランドの包丁を直接見て買えるなら、いいかもしれません。
「ちょうどよかった。ぜひワタクシをそのイベントに連れて行ってください!」
「えっ、マジで⁉ まぁいいけど」
「ジェル氏が食いつくとは珍しいであります」
なぜか二人とも驚いていましたが、その理由は会場に着いたときに理解しました。
ワタクシが連れて行かれた先は、包丁をモチーフにしたゲームである「包丁スターレイル」のオフィシャルイベントだったのです。
会場内は包丁を持ったキャラクターの等身大パネルと、それを撮影するお客さんでいっぱいでした。
「まさか、ゲームの展示会だったとは……」
「うん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです」
「俺とキリトはステージを見に行くけどジェルはどうする?」
「ワタクシは適当に会場を回りますので、別行動にしましょう」
正直まったく興味がなかったのですが、連れて行ってくれと自分から言った手前、すぐ帰るとは言いにくいので別行動することにしました。
一応少しは見て回ったものの、普段ゲームをしないので展示物を見てもさっぱりわかりません。
ワタクシは隅っこで途方にくれながら時間が過ぎるのを待つしかなかったのです。
すると、所在なく立っていたワタクシのところへ、なぜかスーツを着た男性が近づいてきました。
「すいません~。ちょっとお時間いいですか?」
彼はケースから名刺を取り出して、愛想よく会釈をしながらワタクシに差し出してきます。
名刺にプロデューサーと記載されているので、そこそこ偉い立場の人なのでしょう。
「実は、この後ステージでゲームを再現した舞台があるんだけどね、キャラクターを演じる役者が急病で欠員が出ちゃって」
「はぁ、それは大変ですね」
「それで貴方に舞台に出てもらえたらと思うんだけど」
「ワタクシがですか⁉」
「うん。今回新規で実装するキャラだから何がなんでも出さないといけなくてね。どうしようかと悩んでいたら、ちょうど見た目がそっくりな人がいたんで……これなんだけど」
プロデューサーが鞄から出してきた資料に描かれていたのは、豪華な着物を着た金髪碧眼の美女でした。
「女性じゃないですか。ワタクシ、男ですから! お断りします!」
「いや、本当にイメージ通りなんだよ! セリフも不要だし、衣装を着て立っているだけで良いのでどうかお願いします!」
断ったのに、彼は食い下がって頼み込んできます。かなり困っているようです。
「……本当に立っているだけでいいんですか?」
「もちろん。戦闘シーンがあるけども、皆には君に攻撃しないように言うから!」
「そういうことでしたら……少しだけなら」
「いや~助かるよ! 今日の発表さえ済めば何とかなるのでどうかお願いします!」
まぁ、手持無沙汰でどうやって時間をつぶそうかと思っていたから、ちょうど良いといえば良いのですが。
まさかこんなことになるとは思いませんでした。
こうしてワタクシは、オフィシャルキャストとして舞台に上がることになったのです。
最初はそんな大役が自分に務まるのかと心配でしたが、楽屋で衣装を着てプロの方にメイクをしてもらうと、確かに見た目だけはキャラクターそっくりになりました。
「ジェルマン君は音楽に合わせて舞台に登場して、お客さんに軽く手を振ってからそのまま中央に立っててもらって。皆が退場する時に一緒に退場すればいいから」
「わかりました」
プロデューサーの指示を聞いた感じ、本当に舞台に立っているだけで良さそうです。それなら未経験の自分でも何とか務まるでしょう。
しばらくすると、舞台が始まりました。
キャラクターの姿をした演者がステージに登場するたびに客席から大きな歓声があがります。
どうやらたくさんお客さんが集まっているようです。
「ジェルマン君、そろそろ出番だよ」
「はい、行ってきます」
打ち合わせ通りにワタクシが舞台に登場すると、客席からひときわ大きな歓声がおきました。スポットライトが眩しい。
客席に目をやると、このステージがちょっとした劇場くらいの規模であることがわかりました。
しかもここに居る皆が全員、ワタクシに注目しているのです。
数百人の視線に晒されて、緊張を通り越して言いようのない高揚感を感じました。
ワタクシが軽く手を振るだけで観客席が湧きたつのは、なかなかに気持ちがいいものです。
あとは他の出演者が演舞を行うのを、ただ眺めていればいいだけだったはずなのですが。
「うぉりゃぁぁぁぁ!」
急に出演者の一人が手に持っていた大きな包丁でこちらに切りかかってきたのです。そんなの聞いてない。
もちろん包丁は本物ではありません。
でも役者の熱の入った演技は、それを本物に感じさせるだけのものがありました。
だからつい、反射的に障壁の魔術を使ってしまったのです。
とっさに手前に出した片手から輝く光の壁が現れ、包丁は弾かれました。
「新キャラすげぇ!」
「どうやったんだ!」
「今の演出やばいな! かっこいい!」
予想外のアクシデントでしたが、観客は演出だと思い大興奮しています。
こうして舞台は大盛況に終わりました。
「ジェルマン君! 最高だったよ!」
「立っているだけって聞いてたんですが……」
「いや、それが伝達ミスで間違えて斬りかかったらしくてね……本当申し訳ない。でも、タイミングよく演出できたねぇ。打ち合わせでは、あんな光るエフェクトが出せるなんて聞いてなかったけど、どうやったんだろう?」
「えっ、あぁ……そうですねぇ。裏方さんに良い感じにしてもらえたみたいですね」
ワタクシが魔術を使いましたと言っても信じないでしょうし、ここは正直に言わなくてもいいでしょう。
「お客さんたちも大喜びだったよ。これで社長に怒られずに済む。ジェルマン君、本当にありがとう!」
「いえ、ワタクシも楽しかったです」
「それで今回のお礼なんだけどね……」
プロデューサーはそう言って、出演料の他に包丁のセットを差し出しました。
有名な包丁メーカーとのコラボ商品なんだそうです。
「ちょうど包丁が欲しかったんです! ありがとうございます!」
こうして、結果的にワタクシは新しい包丁を手に入れました。
その後聞いた話によると、舞台での出来事はファンの間でかなり話題になったそうです。
上演中は撮影禁止だったのもあり、魔術を使ったのを拡散されることがなかったのが幸いでした。
「あの金髪の子、綺麗でかっこよかったよなぁ」
「推せるであります!」
アレクとキリトは観客席で見ていたそうなのですが、出演していたのがワタクシとは気づかなかったようです。
――面白いので、このまま内緒にしておきましょうかね。
ちょっとファンシーなデザインの包丁を握りながら、ワタクシはご機嫌で食事の支度をするのでした。
次回の更新は10月5日(土)です。ここまで読んでくださりありがとうございました!




