88.違う違うそうじゃない
なぁなぁ、ちょっと聞いてくれ。俺の弟ってちょっと変わったことができるんだよ。
なんと、呪文を唱えるだけで割れた窓ガラスを修復したり、素材から形を作ったりできるんだ。
本人いわく「物質の状態を変えたり造形したりできるだけ」ってことらしいが、普通は設備とか道具とか必要だよな。
それが呪文ひとつでできちまうんだから便利だよなぁって思う。
ただし、それにはひとつだけ欠点がある。
造形するには本人の物の形をイメージする力が反映されるってことだ。
残念ながら弟のジェルマンはそういうことはあまり得意じゃない。
だから今までに彼が修復した物は、微妙に形が歪んでたり余計な物がついてたりする。まるで出来の悪い3Dプリンターみたいな感じだ。
まぁ、それも味があっていいじゃねぇかとお兄ちゃんは思うけどな。
でも本人は納得がいかないらしくて、たまに庭で造形の練習しているらしい。
今日はたまたまその現場に出くわしたんで、暇だったし付き合うことにしたんだ。
「よし、次はミケランジェロのダビデ像を再現してみますよ! アレク、キリト、見ててくださいね!」
「あの有名なフルチンのやつか」
「アレク氏、わかるけど身もふたもないであります」
「材料の関係でサイズは小さいですけど」
「本物はめちゃめちゃデカいからな」
「確か5メートルくらいあるんでしたっけ」
「そんなに大きいんでありますか?」
俺たちの話を聞いたテディベアのキリトが驚いている。
キリトは本でしかダビデ像を見たことが無いらしい。
「ガイドブックに載ってる写真だと大きさはわからないでしょうね」
俺は旅行が好きで世界中を旅したことがあるから、ダビデ像のあるフィレンツェの美術館にも行ったことがある。
「ほら、この写真見てみろよ。観光客と一緒に映ってるからサイズわかりやすいと思うぞ」
自分のスマホに入っていたダビデ像の写真をキリトに見せてやると、彼は両手で口を押えて驚いた。
かくいう俺も行ってみるまではあんなに大きいと思ってなかったんだけどな。
なにせ、足元の台座だけで俺の身長超えてたからな。
全体は二階建ての家くらいの高さがあったと思う。
「まるで巨人でありますね」
「さすがにそんな大きな物を作るには素材が足りませんので、今回は1メートルくらいにしましょうかね」
ジェルの目の前には石膏の粉が入った袋が山積みになっていた。今回は石膏像にするらしい。
「じゃあ、アレク。バケツに水を汲んできてください」
「おう、任せろ」
「水なんて何に使うでありますか?」
「石膏を固めるのに使うんですよ。この粉と水を混ぜると
水和反応をおこして固まる仕組みなんです」
「知らなかったであります」
俺が水を汲んで戻ってくると、ジェルは袋を開封して地面に白い粉をぶちまけた。
粉が宙を舞って、ぶわっと一瞬白い煙が上がったように見える。
その粉にジェルはバケツの水を流して、呪文を唱え始めた。
加工は全部呪文だけでできるらしい。素材さえ揃えば、混ぜたりしなくていいのが便利だと思う。
彼の両手がふんわりと光る。これはジェル独自の西洋魔術と融合させた特別な錬金術だ。
ジェルの声に従うように、粉だった物は白く縦に長い塊になり、それはぼんやりと人っぽい形になっていく。
解像度が上がっていくかのように少しずつ形が具体的になっていくのが見ていて面白い。
「えーっと、ダビデ像……パーマヘアーで、マッチョで局部が小さくて……」
ジェルが写真を見ながらぶつぶつ言っているが、大丈夫だろうか。
「――こんな感じでどうでしょう?」
しばらくして出来上がった像は、たしかにダビデ像っぽくはあるんだが絶妙にこれじゃない感じだった。
だらしない中年体型で、パンチパーマで周囲ににらみをきかせながら左手を上にまげて肩に手ぬぐいがかかっている。
「これは……風呂上がりのヤクザだな」
「なんで手ぬぐいを持っているでありますか?」
「失敬な、手ぬぐいではありません! この像はダビデが巨人ゴリアテとの戦いに臨み、岩石を投げつけようとしている場面を表現しているんですよ。なのでこの肩にかけているのは投石器です!」
ジェルは力説してるけど、どう見ても手ぬぐいだ。
この後、腰に手を当てて牛乳でも飲みそうなくらい風呂上がり感がすごい。
「まぁ、ほんの肩慣らしですよ。次は本気だしますから」
ジェルは新しい石膏の袋を開封して、また俺に水を汲んでこいと命令した。
「じゃあ、次は何を作りましょうかねぇ……リクエストはありますか?」
「んー、作りやすそうなのがいいよなぁ」
「自由の女神なんかどうでありますか?」
「それいいな!」
俺はスマホで画像検索してジェルに差し出した。
「これも実物は大きいので、1メートルくらいのサイズ感で作ってみますかね」
ジェルはスマホに表示された自由の女神像の写真を、食い入るように見ている。
「えっと……トゲトゲの王冠があって左手に板を持っていて右手には松明をかかげて――」
「しかし今日は暑いなぁ……アイス食いてぇ~!」
「そうですねぇ。冷凍庫にアイスがあるんで、これを作ったら食べますか」
そう言ってからジェルは呪文を唱え始めた。両手が光り、白い石膏はみるみる形を人型に変えていく。
今度はわりと上手くいった。誰が見ても自由の女神と答えるだろう。
――ただし、右手の松明がアイスクリームになっていたが。
ご丁寧にワッフルコーンの模様までしっかり入ったジェラートだ。
「ジェラートが食べたいって思ったらつい……」
「ジェラートの造形だけやたら解像度が高いであります」
「雑念がもろに反映されるんだな」
「でも、それ以外は良い感じですよ!」
確かにさっきのダビデ像よりは造形が良くなった気がする。
「じゃあ、もっと難しいの作りますよ! 見ててください、今度こそは完璧な物を仕上げてみせます!」
「えー、アイスは~?」
「これを作ったら終わりにしますから!」
「しょうがねぇなぁ」
ジェルが新しく石膏の袋を開封したので、俺は仕方なく水を汲みに行った。
「次はもっと造形が細かい物を……千手観音を作ってみせます!」
「難しそうだけど大丈夫かよ」
「えっと手には宝剣に宝珠、錫杖、それと……これは鐘と水差しですかね、あとは花に――」
ジェルは書庫から図録を持ってきて資料を見ながら、千手観音が手に持っている物の確認をし始めた。そんなの覚えきれるんだろうか。
「ではいきますよ!」
彼が呪文を唱えると、石膏は観音像に形を変え始めた。
胴体からにょきにょきと無数の手が広がるように生えてくる。
でもその手にあるのはジェラートやカップアイスにソフトクリームだ。
「どんだけアイス食いたいんだよ!」
「食いしん坊観音であります!」
「途中でうっかり、これが終わったらアイスを食べようと思ってしまったんですよ」
「とりあえずアイス食おうぜ」
俺たちは冷凍庫からミルクのアイスキャンディを持ってきて庭先で齧り始めた。
「はぁ……冷たい甘さが体に染みる感じですねぇ」
「それにしても、この石膏像たちどうするんだ?」
「そうですねぇ。どうしましょう?」
「考えてなかったのかよ」
「素晴らしい作品になると思っていたので、店に置いて売ろうと思ってたんですけど」
「どこからその自信がわいてくるのか不思議であります」
「でもきっと売れないでしょうねぇ……」
いろんな形のアイスを持った千手観音を見ながらジェルは溜息をついた。
うちの店は雑多に何でも置いてるから、少々変な像が混ざっていても構わないとは思う。
ただ、このままだと売れないだろうなぁというのも何となく察しがつく。
「やっぱり潰してしまうしかないでしょうか……」
「いや、潰さずに売る方法があるぞ」
俺は石膏像を見ながら、あることを思いついた。
「お兄ちゃんがギャラリーを借りて企画展をやるから、そこでジェルの作品を展示販売しようぜ!」
「こんな失敗作でいいんですか?」
「いや、これは素晴らしいぞ。わかる人にはわかる芸術品だ! ダビデ像は天才錬金術師の苦悩が、自由の女神にはアバンギャルドな感性と欲望が、そしてこの千手観音には猛暑に対するアンチテーゼが巧みに表現されているっ……!」
「そ、そうですか……いやぁ自分の才能が怖いですねぇ!」
俺が全力で褒めたたえるとジェルの瞳に自信が戻ってきた。
「相変わらずジェル氏はチョロいであります」
俺の隣でキリトがボソッとつぶやくが気にしてはいけない。
「だけど、展示会をするには作品の数が足りないな」
「じゃあもっと作っていいんですか?」
「あぁ。練習だと思ってバンバン作っていいぞ!」
「任せてください! ギャラリーに相応しい傑作を作って御覧にいれましょう!」
ギャラリーで販売されると聞いたジェルは喜んで、古今東西の有名な作品をモチーフに石膏像を作った。
その結果、微妙に変で子ども向けの間違い探しみたいな像が次々に出来上がった。
よしよし、俺の狙い通りだ。
そして数日後。
俺の企画した「違う違うそうじゃない展」は、大盛況となった。
ジェルが作った「だいたい似てるけど何か違う石膏像」を本物の写真と並べて展示したのだ。
ツテを駆使して広告やSNSで宣伝もしたおかげもあって展示は話題になり、すべての作品に買い手がついた。
とくに大量のアイスを持った千手観音像は人気で購入希望者が複数いて抽選になったほどだ。
「この企画展のタイトルはどうかと思いますが、お客様が楽しんでくださっているようでよかったです」
ちなみにジェルの造形の腕前はちっとも上達しなかった。
――でも、これもジェルの個性ってことで、いいんじゃねぇかな。
俺は楽しそうに像を鑑賞するお客さんたちにパンフレットを配りながら、そんなことを思ったのだった。
暑中お見舞い申し上げます。
次の更新は9月7日(土)です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




