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87.魔界の水族館

 あぁ、またサメの季節がやってきました。


「うーん、やっぱりメカシャークVS巨大ロブスターか。なぁ、ジェルはどう思う?」


「またサメ映画ですか」


 毎年この時期になると、兄のアレクサンドルはネット配信で特集されるサメ映画を観たがるのです。


「いや、やはりここは最近の映画レビューでワースト一位に輝いたナインヘッドハウスシャークにすべきか……」


「なんでわざわざワースト1位のを観たいんですか」


「こういうのは酷ければ酷いほどいいんだよ」


 モニターでは双頭のサメに空を飛ぶサメ、トイレから出没するサメ、ゾンビになったサメなど様々なサメを扱った映画の予告が一覧に並んでいて、彼は熱心にどれを観るか悩んでいます。

 しかしまぁ、よくこんなにバリエーションがあるもんだと感心してしまいますね。


「よし、ナインヘッドハウスシャークにするぞ! ジェル、キリト、一緒に観ようぜ!」


「勝手に流しておいてください。嫌でも視界に入りますから」


「小生もソシャゲの周回のついでに観るであります」


 やる気のなさそうな声で応えるワタクシ達にアレクは、特に文句も言わずに映画を流し始めました。


 そこから2時間。


「あぁ……時間を無駄にした気がします」


「小生はゲームの周回ついでだったからまだ耐えられたでありますが、これは正気で観るものではないであります」


 映画は9つの頭を持つ凶悪なサメという設定なのですが、実際は段ボール製のサメの塊みたいなのでちっとも怖くありません。

 相当な低予算だったのでしょう。


 アレクの方を見ると、彼は楽しそうに「次はどれを観ようかな~♪」と予告一覧をチェックしています。

 こういうのを楽しめるのはひとつの才能ですね。ワタクシには無理ですが。


 ふぁぁぁ……とあくびが出たところで、不意に目の前の壁に空間のひずみを感知しました。

 何者かがこのリビングに転移してくるようです。

 ぐにゃりと景色が歪んだかと思うと、目の前にはギラギラのパンツに黒いマントを羽織った筋肉質の男性が立っていました。


「いとし子たちよ。息災であったか?」


「フォラス!」


 フォラスはワタクシ達の後見人であり、魔界でも大きな権力をもつ悪魔の一人です。


「誰かと思えば、おっちゃんじゃねぇか! 遊びにきたのか?」


「いや、今日はそなた達を水族館に連れて行こうかと思ってな」


「水族館ですか?」


 詳しく話を聞いてみると、魔界に水族館ができて今は関係者だけのプレオープン期間なんだそうです。

 フォラスはそこに出資しているので招待されたとのことでした。


「どうせなら、そなたたちも一緒にと思ってな。誘いに来たのだが」


 このままアレクのサメ映画鑑賞会に付き合わされるくらいなら、まだフォラスと一緒に水族館に行く方が有意義な気がします。

 以前に出かけた魔界の動物園にはコカトリスやキマイラなど珍しい生き物がいました。きっと水族館も見たことない生き物がいるに違いありません。


「それはいいですね。ぜひ連れて行ってください」


 こうして、ワタクシ達は皆で魔界の水族館に行くことになったのです。


 案内された先は、巨大な四角いデザインで想像以上に近代的な建物でした。

 魔界は住民の趣味でゴシック系のレトロな建築物が多いので、このようなデザインは珍しいです。


「人間たちの水族館を参考にして作ったのでな、建物も同じような感じになったのだ。だが単なる模倣では無いぞ。独自の珍しい生物を展示しているし、スケールも桁違いである」


「それは楽しみですねぇ」


 建物の正面は立派なエントランスホールになっていました。

 本来ならここで切符を買ったりするのでしょう。


「ようこそ、魔界水族館へ!」


 魚の模様が描かれたすりガラスで出来た扉の前で、魚のヒレがついた女性がにこやかに微笑みをたたえながら接客をしています。


「フォラス様、ようこそお越しくださいました。海の神秘を心ゆくまでお楽しみくださいませ」


 鈴を転がしたような声に見送られ、ワタクシ達は最初の展示室へと入りました。


 扉の向こうは巨大な水槽で作られた南洋の海の中でした。

 青くライティングされた珊瑚の間を、スイスイと尾を揺らして黄色い魚が集団で泳いでいます。

 その美しさに感動していると、赤やオレンジの可愛い魚たちが舞い踊るように目の前を通り過ぎていきました。


「綺麗だなぁ~!」


「これは素晴らしいですね!」


「ははは、いとし子たちよ。まだ入り口であるぞ」


 確かにまだ入り口に入ったばかりです。もっと見ていたい気持ちはありましたが、先に進むことにしました。

 入口を抜けるとまた別の巨大な水槽があり、大量のマグロが泳いでいます。


「ずいぶんたくさん泳いでますが、何匹くらいいるんでしょうね」


「100くらいはいるんじゃねぇかな」


「あっちの魚はピカピカしているでありますよ!」


 キリトが大喜びで別の水槽に近づいていきます。

 魔界ではテディベアが動いたり話したりしても驚かれませんので、今日は彼も自由に歩いて見学できるのです。

 まぁ、足は汚れるので帰ったら洗わないといけませんが。


 キリトが見つけたのはイワシの群れでした。水槽に上からライトが当たっていて、ぐるぐると同じところを周回している鰯が銀色に光り輝いています。


「マグロにイワシ……寿司が食いたくなるなぁ」


「新鮮で美味しいでしょうね」


 こんな感想がでるなんて、ワタクシもアレクも日本での長い生活で、すっかり日本食に馴染んでしまっていることを実感します。

 なんだかお腹がすいた気がしつつ通路を進むと、照明が暗めで急に不気味な雰囲気の部屋に出ました。


「ちょっと怖いであります」


 キリトがアレクの後ろに隠れて彼のズボンのすそを掴んだので、アレクはキリトを抱き上げました。


「よしよし、お兄ちゃんがついてるから大丈夫だぞ」


「アレク氏、何かあったら小生を連れて迅速に逃げるであります」


「わかったわかった」


「ぬぅ……ここは深海魚の展示であるな」


 フォラスの視線の先には説明文が書かれたパネルがあります。


「さすがに生体の展示ではないでしょうし、剥製ですかね」


「いや、生きておるぞ。魔術を用いて水圧や明かりを調節して魚に負担をかけないようにして展示しているとのことだ」


「なんと。それは興味深いですねぇ」


 水槽には様々な形の深海魚がゆったりと泳いでいます。

 フォラスの言った通り、特殊な魔術がこの部屋全体に機能しているようです。


「やっぱ深海魚って変な形だな」


「気持ち悪いであります」


 彼らがそう言うのも無理はなく、異様に大きな口だったり目が無かったり逆に目が異様に大きかったりと、いわゆる異形とされる見た目ばかりです。


「気持ち悪いというのもわかりますが、環境に適応した結果ですからねぇ。たとえば目が大きな魚は深海の中でも太陽光がわずかにとどく水深で暮らしていて、暗い中で少しでも光をとらえられるように目が肥大しているんですよ」


「逆に目が無いやつは、光が届かない場所に住んでて目が必要無いから無くなっちまったのかな」


「必要ないからって気軽に無くなっていい物ではないであります」


「俺も深海に住んだら目が無くなるのかなぁ」


 不思議な形状の生き物たちは、賑やかに話すワタクシたちを気に留めることもありません。おそらく魔術で音なども遮断しているのでしょう。


 深海魚の部屋を抜けると椅子とテーブルが置かれていて、休憩所になっていました。

 どうやら現在の展示範囲はここまでのようです。

 一息つこうかと思ったのですが、フォラスが「おおっ」と声をあげます。


「どうやらスタジアムでショーが開催されるらしいぞ! 行こうではないか」


「ショー? イルカショーですかねぇ……?」


 スタジアムに行ってみると、そこはコロシアムのように大きな空間で中央は巨大なプールになっています。

 プールは相当深いのか底が真っ暗で見えません。

 そしてなぜかプールの中央には小さなモーターボートが三隻ほど停泊しています。


 客席はまばらで半分も埋まっていませんが、ワタクシ達が席につくと、ちょうどショーが始まったようで軽快な音楽が流れました。


「皆さん、マリンショーにようこそ! 海の脅威をたっぷり楽しんでいってくださいね!」


 司会進行を務めるのは入口で見かけた、魚のヒレがついた女性です。


「それでは早速、クラーケン君に登場してもらいましょう! クラーケンく~ん!」


 彼女が呼ぶと、プールの水が急に大きく揺れ動き、柱のように太い灰色の触手がモーターボートに絡みつきました。触手には無数の吸盤がついています。

 それに驚く暇もなく、水面から巨大なタコが姿を現しました。ノルウェーに伝わる伝説上の海の怪物であるクラーケンです。

 クラーケンは音楽に合わせてモーターボートをお手玉のように空中で放り投げてキャッチしています。


「ひぇっ! あの船、大丈夫なのかよ⁉」


「誰も乗っておらんようだな」


「乗ってたら大問題ですよ!」


 お手玉が終わり、その後はクラーケンとの握手会になりました。


「握手してみたいお友達はいるかな~?」


「はーい! 俺!」


 司会の呼び声に真っ先に答えたのはアレクでした。


「大丈夫ですかね……」


「何かあれば我が全力で救出するゆえ、安心するがよい」


 ワタクシ達が見守る中、プールの傍からアレクが水際から手を伸ばすと、灰色の触手がシュルリと彼に向って伸びていきます。


「えへへ……えっ、ちょっと待って! いや、おい! うわぁぁぁぁぁぁ!」


 クラーケンの触手はアレクの体に巻き付くと、彼を空中に持ち上げて軽く上下に揺すりました。

 幸いすぐに元の場所に下ろしてくれたので事なきを得たのですが。


「いやぁ、ダイナミックな握手でびっくりしたわ~!」


「まったく。これだから魔界は……」


 ちょっと磯臭くなったアレクを連れて、ワタクシ達は水族館を後にしました。


 ――数日後。


「よし、ジェル。キリト。次は巨大タコVS悪魔エビフライを観るぞ!」


「え~……またそんなしょうもないのを観るんですか?」


 水族館に行ったことで彼のサメブームは落ち着いたのですが、今度は海の怪物に興味をもったらしく、そういったものが登場する映画を観始めたのです。


「クラーケン君、すごかったなぁ。また会いたいな~」


 アレクの好奇心はあの程度では消えないのだなぁと、ワタクシはしみじみ思ったのでした。

次回の更新は8月3日です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


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