恐ろしき妹
人類にとって、砂漠の環境で生活するのには厳しい。砂漠には寒暖差がある。太陽が昇る昼間はうだるような暑さが続く。砂漠に滞在するのならば、大量の飲料水がどうしても必要になる。逆に夜になると、冬のように寒くなる。そのため、砂漠で一夜を過ごすには、それなりの準備と知識が必要になる。
月に照らされた砂漠に、たき火による一筋の明かりと、煙が空に立ち昇る様子が遠くからでも認識できる。たき火を囲むように5人の男女が暖を取り、ご飯を食べている。男女が乗ってきたと思われるラクダたちは、身を寄せ合うようにテントの近くに固まっている。
一人の痩せこけた男が、対面に座る銀髪の少女を舐めるような視線で盗み見ている。少女の体形は出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。それに気づいた大柄の男は、頭を小突く。痩せこけた男は舌打ちをして、「トイレ」と一言断り、砂丘の方へ歩く。
倍以上年齢が違うと思われる大柄の男が、少女に敬うように話しかける。
「ところで、レニー様。夜の見張りはどうしましょうか?」
「必要ない。ミドリが近辺に潜む、砂漠で要注意生物のワームを殲滅してくれた。よって、寝ている間に、地面から襲われる心配は少ないだろう。他に旅人や隊商も寝てる時間だから接触してくることはなかろう。仮に襲撃者がいても、ジンならその程度問題ないよな?」
「お任せください。我が身に代えてもお守りしましょう」
「よく言った。私はもう眠いから先に寝させてもらう。レモン行くぞっ」
ひっそりと、まるで亡霊のように、静かに付き添う少女はレニーの後を付いていき、天幕に入る。
レニーは砂漠にあるオアシスに見つけてから生活ががらりと変わった。
王都にある自宅で過ごす日数より、魔法のオアシスでの滞在数の方が多くなった。自宅に滅多に寄りつかず、魔法のオアシスに滞在するのは、気温が快適で過ごすことができるから。また、ラクダレースの娯楽があり、退屈しない事に気にいっている。
レニーには最近悩みがある。レモンを奴隷の身分から解放して、正式にレニー専属の世話係として雇った。それからだ。内気だと思っていた、レモンの性格や態度ががらりと変わった。私の前で、明るく振る舞うようになったのは歓迎するが、奇妙な事をするようになった。
レモンは天幕に入るとなぜか服を脱ぎだした。黒いセミロングの髪に似合う、開放的で扇情的な格好。もしもこの場所にミドリがいたのならば、中東の踊り子のような姿の衣装だと言っているだろう。普段は決して見せぬ妖艶な恰好に、レニーはついドキリとしてしまう。
一体レモンはどうしてしまったのだろうか?姉に相談するべきだろうか?それともレモンが話してくれるのを辛抱強く待つべきだろうか?私にはどうしていいのか分からない。
砂漠の夜は想像以上に寒い。いくら天幕の中とはいえ、風邪を引いてしまうだろう。
「おへそまでだして、寒くないのか?」
「あ、あ。あーあ。あああああ゛あ゛」
座っているレモンが突然、奇声をあげる。
「ど、どうしたのだ?体調が悪いのか?」
レモンを再び見ると、産まれたての子牛のように痙攣をしている。次第にぐったりしていき、ついに動かなくなる。
まさか、し、死んだ……の?
私がついていながらなんてことに。変な恰好をさせなければ良かった。直ぐにでも止めるべきだった。幾度となく考えを巡らせている中、レモンは目を開け、チラっと私を見る。衣服を着替えて「先ほどは冗談です。もう寝ます。お休みなさい」と答える。彼女はそのまま寝ようと横になる。
冗談で死んだふりをするために、痙攣の真似をする者なぞ聞いたこともない。理由を聞かなければ。
「待て、なぜ奇行に走ったのだ?本当に死んでしまったと思った。心配したぞ。頼むから、もう変な事はやめてくれ」
「レニー様がミリー様と比べて、ご自分の事を悩んでいたのを知っています。私は少しでもレニー様の役に立ちたかったのです。奴隷市場でレニー様のお目にかかり、買って頂いた感謝しています。若い娘の奴隷が買われるとどうなるか、学のなかった私でも簡単に想像できます。ふふ、少しでも報いるために必死に勉強しました。それからミドリに譲渡されたときは、捨てられたと思いました。結局、私をまたレニー様のお傍に仕えさせてもらい、奴隷の身分から解放されてどれだけ感謝していると思いですか!だから、レニー様に笑ってもらいたかったのです」
……どうしよう?私の事を真剣に考えてくれたのに、酷い言葉を投げてしまった。
姉と比べられる事に悩んでいたことに、吹っ切れたと思っていたのに。まだ顔に出ていたか。それより、レモンの行動は笑うより怖いよ。傍に仕えてくれるだけで十分役に立ってくれている。それとなく言っておこう。
「……ところで、知っていましたか?レニー様をお慕い申す者が多いことに――」
レモンやジンも、レニーの人となりの魅力に惹かれた内の一人である。
レニーに関わった人間が彼女に惹かれていくことに、自分だけ知らなかった。
彼女は恐ろしく魅力的な少女なのである。
「ふん、そんなことか。それより明日にはオアシスに着く。今度こそ寝る。お休み」
ソプラノの声色はどこか嬉しそうに聞こえた。




