恐ろしき姉
豪華絢爛な建物の一室に、目元にくまがある一人の愛くるしい少女が椅子に腰かけている。彼女は眉間に皺を寄せて、山積みの書類を整理している。ついいつもの癖で、腰まで届きそうな銀髪をかきあげる。
「疲れたぁぁあ。そろそろ補給が必要ね。シーア“例の物”をお願い」
「本日最後の1個になります。本当によろしいですか?」
落ち着いた大人の女性の声がすぐ傍から聞こえる。
「頑張ったご褒美にもう1個は……」
「駄目です」
少女の後ろに静かに控えていた女性は席を外すとすぐに戻ってきた。籠には赤く熟れたリンゴが1個入っている。
ミリーはナイフでリンゴを半分に分けてシーアに渡す。
「いつもありがとうございます」
「気にしなくていいの」
2人は無言で食べる。シャリ、シャリとリンゴをの咀嚼する音だけが聞こえる。
「口の中に甘みが広がり美味しぃの」
「本当に美味しいですね。いつまでも冷たくて、甘味もあり、水分も補給できますね」
「毎日、毎日、数えきれない程のパンばかり見ているとおかしくなりそう。だけど、魔法の果実を食べていると嫌なことも忘れられるの」
「それは……」
「ごめん。また貴方に愚痴をこぼしてしちゃった。今のは忘れてね。それよりこの硬貨を見てくれない?」
少女が取り出した10円銅貨を背の高い女性に渡す。
女性は硬貨を手に取り、裏表をじっくり観察する。
「見たことない文字のような記号に、高い技術力によって、複雑な建物が描かれていますね。ミリー様これはどこで手にいれたのでしょうか?」
「シーア。話し言葉はもう何も言わないけど、2人だけの時にわたしに様は必要ないと何度言えば分かるの?わたしたち“親友”だよね?」
「友達ですが、私は一般人です。国を飢餓から救ったミリー様とは身分が違います」
「わたしが唯一気楽に話せるのはシーアと妹だけだ」
「ミリー」
ミリーは10代で魔法が突如使えるようになった。彼女の魔法は、砂からパンを生み出すという奇跡のような力。国が放っておく訳はなく、国のお抱え魔法使いとなる。例え一時的であろうとエイモス王国の食料問題を大幅に改善した。彼女を取り巻く変化の中で、シーアは常に傍にいてくれた。
不老になってから齢を重ねることはなく、ミリーは見た目は子供のまま。方や同い年のシーアは大人の女性へと成長していく……。
2人はしばらく静かに語り合う。
「っと、話がそれちゃった……この硬貨の話だったね。これはレニーからのプレゼントで貰ったもので、あの水の魔法使いのミドリから譲り受けたらしい。世界に3枚しかない硬貨。わたしたち姉妹とミドリしか所有していない貴重な物だ」
「どれくらい貴重な物なんですか?」
ミリーの華奢な体を屈めるとさらに弱弱しそうに見える。少しの間「うーん」と考えこみ、立ち上がる。
「報告書によると、ミドリは異国の顔つきで、この辺りの事もよく知らないと聞く。よって、出身はこの大陸ではないだろう。レニーによると変わった服装に、腕に何か“見たこともないもの”を巻き付けていたのを一瞬見たらしい。この硬貨も高い技術で製造されていて再現するのは難しいだろう。それを踏まえると、金貨100枚以上の価値はあると思うの」
「……」
放心状態のシーアに構わずに話す。
「ところで、飛竜〈ビュラエ〉の様子はどう?」
「も、問題ありません。ご用意出来次第、直ぐにでも出発できます。しばらく王都に滞在する予定だったかと。どちらに向かわれる予定ですか?」
「直接砂漠のオアシスに出向いてみようと思うの」
「ぇ、えええーーー。それは絶対に駄目です。ミリーにもしもの事が起きれば何て説明すればいいのですか!」
「レニーと砂漠のオアシスで合流するつもり。あの娘ったら近頃ずっとオアシスで過ごしてるみたいなの。当然、シーアにも来てもらうよ。“希少種”のビュラエなら2人でも乗れるしね」
「……分かりました。何とかしましょう」
一度決めたことは梃子でも動かない頑固な面を持っていることを思い出したので、諦めて従うことにした。それに、彼女に逆らえる者はこの国にはいない。見た目からは判断がつかないが、恐ろしい少女なのだ。




