依頼達成
ギルドの受付。
アレンは、さっきまで薬草を採取していたとは思えないほど平然とした顔で、獣人の受付嬢の窓口へ戻ってきた。
「ただいま」
「どうしたにゃ?」
受付嬢が顔を上げる。
「依頼終わったよ」
「……はやすぎるにゃ」
受付嬢の猫耳がぴくりと動いた。
「これ見て」
アレンは採取した薬草をまとめた袋をカウンターに置く。
「こんにゃに……?」
「なんか群生地を見つけて、すぐ終わった」
「群生地を見つけたって……それでも早すぎるにゃ」
受付嬢は袋の中身を確認しながら、ため息をついた。
「査定するから待つにゃ」
「はーい」
受付嬢が薬草を一つずつ確認していく。
その間、アレンは何気なく受付嬢を眺めていた。
猫耳。
そして、椅子の後ろから伸びている尻尾。
やっぱり獣人はいいな。
そんなことを考えていると、ふと思いついた。
「ねえ、お姉さん」
「なんだにゃ?」
「僕の専属になってくれないかな」
「専属の受付嬢はCランク以上にゃ」
「そうなの?」
「そうにゃ。新人冒険者が専属受付を付けてもらえることは、基本的にないにゃ」
「ギルドの制度、ちゃんと聞いてなかった」
受付嬢は呆れたような顔をした。
「依頼をこなしているだけで、Dランクまではいけるにゃ」
「Cランクは?」
「Cランクから一気に減るにゃ」
「そんなに?」
「Cランクは上級者の一歩手前にゃ。冒険者全体でも一割もいないにゃ」
「へえ」
「しかも、ただ強ければいいわけじゃないにゃ」
受付嬢は指を一本立てる。
「採取」
二本目。
「魔物との戦闘」
三本目。
「護衛」
四本目。
「盗賊討伐」
「……いろいろあるんだね」
「そうにゃ。試験もあるし、いろんな種類の依頼を達成する必要があるにゃ」
「つまり僕はDランクまでしかいけないね」
「……才能ありそうなのに、どうしてにゃ?」
「護衛依頼と盗賊討伐は一生受けないから」
「どうしてにゃ?」
受付嬢が首を傾げる。
「悪人だからって、殺していい理由にはならないからね」
「……にゃ?」
受付嬢が少し困ったような顔をした。
「でも、盗賊を退治しないと、どこかで誰かが困るにゃ」
「そうだね」
アレンはあっさり頷いた。
「でも、今この世界中でたくさんの人が困っていたとしても、僕はここに一人しかいないんだよ」
「どういうことにゃ?」
「人一人でできることには限界があるんだよ」
「……そんな話だったかにゃ?」
「僕はそう思ってる」
受付嬢はしばらくアレンを見つめた。
「十歳の新人冒険者がする話じゃない気がするにゃ……」
「そうかな?」
「そうにゃ」
受付嬢は頭を抱えた。
その様子を見ながら、アレンはもう一つ思いついた。
「ところで、お姉さん」
「今度はなんだにゃ?」
「僕と結婚して、猫耳と尻尾を触らせてくれる気はないかな?」
「……」
受付嬢の動きが止まった。
「私が売れ残ったら、その時にはもらってほしいにゃ」
「分かった」
「軽いにゃ!」
受付嬢が思わず声を上げる。
周囲の受付嬢たちが一斉にこちらを見た。
そして――
全員、ものすごく微妙な顔をしていた。
十歳の子供に、
『売れ残ったら嫁にしてほしい』
と言っている受付嬢。
その光景を見た他の受付嬢たちは、完全に引いていた。
「……あの子、十歳よね?」
「十歳にゃ」
「何を話してるの?」
「聞かないほうがいいと思う……」
「私もそう思うにゃ」
そんな声が聞こえてくる。
「査定終わったにゃ」
「いくらだった?」
受付嬢は意味ありげに笑った。
「聞いて驚くにゃ」
「いくら?」
「銀貨七枚にゃ!」
「銀貨七枚か」
アレンは少し考えた。
「薬草採取は二度と受けないな」
「どうしてにゃ!?」
「思ったより稼げないから」
「いやいやいや!」
受付嬢が身を乗り出す。
「新人冒険者だったら、銀貨二枚稼げたらすごいにゃ!」
「そうなの?」
「そうにゃ!」
「じゃあ、かなり稼げたんだね」
「そうにゃ!」
「でも薬草採取はもういいや」
「なんでにゃ……」
受付嬢の猫耳がしょんぼりと垂れる。
「冒険者活動そのものを減らすかもしれない」
「冒険者活動を減らしても、私に会いに来るにゃ?」
「もちろん」
「……」
受付嬢の尻尾が、ぴくっと動いた。
「僕のお嫁さんになれば、食べ放題なのに」
「……九十七パーセントしかぐらっときてないにゃ」
「三パーセントは?」
「理性にゃ」
周囲の受付嬢たちは、またしてもドン引きしていた。
「……誰か止めて」
「十歳相手に何を言ってるのよ」
「本人が一番普通の顔をしてるのが怖いにゃ……」
アレンは周囲の声を気にすることなく、受付嬢に手を振った。
「今日は帰るね」
「またにゃ」
ギルドを出る。
外に出ると、町の大通りには朝よりも多くの人が歩いていた。
「さて」
アレンは町を見回す。
宿屋。
武器屋。
防具屋。
食堂。
八百屋。
パン屋。
雑貨屋。
そして、露店。
「町を歩いてみようかな」
村にいた頃は、買い物をする機会なんてほとんどなかった。
マイルームには前世の生活用品がある。
食料もある程度は揃っている。
だから今まで、異世界で普通の商品がいくらするのか、あまり気にしていなかった。
「物価を知りたいな」
アレンは大通りを歩き始めた。
まず目に入ったのは、パン屋だった。
「いらっしゃい」
「パンっていくら?」
「普通のパンなら銅貨二枚だよ」
「銅貨二枚……」
日本円にすれば二百円。
前世の感覚なら、まあ普通か。
次に八百屋へ向かう。
「これ、いくら?」
「それなら銅貨一枚だ」
野菜をいくつか見て回る。
村で作っていたじゃがいもとは違い、町ではいろいろな野菜が売られている。
「じゃがいもは?」
「一袋で銅貨三枚だな」
「一袋?」
「これくらいだ」
店主が見せてくれた袋には、じゃがいもが十個ほど入っている。
「銅貨三枚……」
つまり三百円。
思ったより安い。
「肉は?」
「種類によるな。普通の魔物肉なら銀貨一枚前後だ」
「銀貨一枚……」
アレンは今日の薬草採取を思い出す。
「じゃあ、薬草採取って結構大変なんだね」
「新人ならな」
店主は笑った。
「森まで行って、魔物に襲われる危険もある。それで銀貨数枚なら、命懸けの仕事としては楽じゃない」
「なるほど」
アレンは少し考える。
今日の薬草採取。
群生地を見つけたから短時間で終わった。
だが普通の冒険者なら、森まで移動して、薬草を探して、魔物を警戒して、採取して、町まで戻る。
それで銀貨二枚や三枚。
「……やっぱり、僕には向いてないかも」
アレンは呟いた。
冒険者として稼ぐこと自体はできる。
しかし、効率を考えると別の方法がありそうだった。
「まずは町の相場を全部調べてみよう」
アレンは再び歩き出す。
武器。
防具。
宿。
食事。
日用品。
そして――
「魔道具も見ておきたいな」
異世界の町で、何にどれくらいのお金が必要なのか。
それを知っておけば、これからの生活にも役立つ。
十歳になったばかりのアレンは、冒険者としての第一歩を踏み出したばかりだった。
しかし本人は、魔物を倒すことより先に――
町の物価調査を始めていた。




