4. 使命
はじめに神が現れた。
神は自らの爪を落として、大地を作った。
一筋の髪を用いて、空を作った。
そして大地と空が生物を生み出した。
それを見て、神は生物に使命を与えた。
全ての生物に、生まれてきた、その意味を。
ゆえに、それぞれ使命を果たし、世界の役に立つべし。
我々は、生きている。
♢♢♢
朝日が昇るころ、私たちは沼地へと出発した。
沼地へ進むに連れて、足元が悪くなっていく。
正直、運動不足なアラサーには大変きつい。
こんなことなら、ジムにでも通っておけばよかった。
いや…無理だな。
もし入会していたとしても、続けられずに数ヶ月後に退会していた気がしてならない。
飽き性なんだよ。
面倒になったり、他のことに目がいって三日坊主、なんてことがいっぱいあった。
いやはや、怠惰な人間だな。
私のことだけど。
そんな体力のない私に対して、聖騎士のキーは余裕だった。
それどころか、神官のセイまでも。
ぜあはあ、と肩で息をしていると、2人とも見かねたのか休憩を入れようと言ってくれた。
もちろん、喜んで休ませていただきますとも。
こうして楽な方にすぐ流されるのも、私という人間である。
改めて考えてみると、ろくな人間じゃないな。
しかし。
普段であれば、それさえも認識していない。
コクトくんが、あまりにも純粋に目標に向かって走っていたから。
だから、ちょっとだけ自分の若い頃はどうだっただろう、なんて思ってしまった。
それで20代のころ、10代のころ、と遡ってみたわけだが…。
まあ、お察しくださいというやつだ。
いやほんと、フラフラと芯のない人生しか送っていなかった。
さすがに虚しい。
何かやりたい事を探すべきかな。
といっても何をすれば良いのかもわからないが。
ああ、でも浄化に関してはチートだった。
とりあえず浄化しとけってことだろうな…。
「お疲れさまです。
ユカリさまって本当に貴族みたいですね。」
私の様子を見ていたキーが、しみじみと言った。
「セイにも同じこと言われたよ。
でも、私の国には貴族制度とかないから。
向こうでは移動に足を使わない人も多いんだよ。」
舗装された道に、電車や車が普及している。
ウォーキングなど、特別な理由がなければ歩いて遠方に行くことはなかった。
こちらでは、庶民の移動手段なんて自分の足しかない。
歩き慣れていない人といえば、馬車に乗り慣れた王侯貴族という発想になる。
さらに、トリップした直後には爪に薄いピンクのネイルを施していた。
会社の服務規定に反しない、地味なネイルである。
事務仕事だが、顧客に接することも少なくない職場だ。
ナチュラルメイクと同様、女性の身だしなみの範囲だろう。
だが、こちらの庶民は爪に色を付けたりしない。
こちらの染料では水に溶ける。
炊事は絶対にできないし、いちいち水で落ちていたら他の家事や仕事もままならない。
つまり。
これもまた、王侯貴族のように思われる一因である。
そういう理由で、セイは私のことを貴族だと思っていた。
コクトくんに貴族だと説明したのは、そんな経緯があったので、他の人も納得するだろうと思ってのことだったらしい。
「世界が変われば常識も違うというやつですね。
そういえば、昨夜は勝手にユカリさまの経歴や使命を捏造してしまって…。」
貴族のくだりで、コクトくんに説明した設定を思い出したらしい。
セイが申し訳なさそうな顔をした。
たしかに驚いたけど、真実を語るより無難な対応だったと思う。
だから、そんなに気にするようなことではない。
むしろ、この際きちんと設定を詰めておくべきではないか。
同じような状況は今後も起こりえる。
と、思っていたのだが。
セイはもとより、キーも気にしていたようだ。
私の態度に、2人そろって微妙な顔になってしまった。
なんというか、珍獣を見るような目はやめてほしい。
「え、なに?世間話での嘘だったけど、すごい重罪になるとか?
異世界からきた神子、なんて言うより良いと思ってたんだけど。」
私にはこちらの常識がない。
地球の、日本での物差しでしか判断できないので、認識のずれを度々感じることになる。
「いえ、刑罰を与えられるようなものではありません。
そこはご安心を。
ただ、あの状況では仕方がなかったとはいえ、使命を偽るというのはちょっと…。」
ちら、とセイを横目で確認してから、キーが告げる。
その後をセイが引き継いだ。
「倫理観の問題かもしれません。
使命とは、神から与えられたものですから。
我々は聖職者ですから、一般の方とは多少ずれがあってもおかしくはありません。
ユカリさまは神子になられたばかりですし。
我々が敏感になっているのかも…。」
「使命?
そういえば、コクトくんも使命とか言ってたね。
やりたい事をしっかり持っている子だなって思っていたけど…。
もしかして、使命というのは特別な意味がある?」
話の流れからして、使命が重要らしいことはわかった。
なので、確認のつもりで聞いたのだが。
ぽかん、と2人して口を開けたまま固まった。
さっきから息ぴったりだな、この2人。
聞くところによると。
人に限らず、生物とは例外なく使命を帯びて生まれてくる。
神が、皆に与えている。
だが、誕生の瞬間に大事な使命を忘れてしまうのだという。
あの世から、この世に渡るための門には忘却の神術がかけられているからだ。
仏教には輪廻転生という考えがあって、生まれ変わるときに前世の記憶をなくしてしまう。
ライトノベルや漫画などで流行りの転生モノの主人公は、当然のように前世の記憶もちである、が…。
この場合、ライトノベル的な主人公は例外だろう。
生まれる時に使命を忘れる、というのは転生するときに前世の記憶をなくす、ということに近いのかもしれない。
詳しくは知らないが、もしかして転生の考えもあったりするんだろうか。
まあ、それは置いておいて。
話を元に戻そう。
たとえ忘れてしまっても、与えられた使命が消えるわけじゃない。
心の奥深くに眠っているだけ。
だから、大切な使命を思い出し、その使命を果たすことは、非常に尊いこと。
自らの心に、使命は何なのか問いかけ、実際に行動する。
大切な使命だからこそ、思い出すために色々と試行錯誤する。
これは、この世界の人々の根底にある考えのようだ。
幼子に、寝物語に話すくらい一般的。
そのせいか。
つまり、私にも大切な使命があるのに、不審に思われないためとはいえ、捏造してしまったことを気にしていた。
2人は神殿所属の神官と聖騎士。
下手をすると神への冒涜、くらいに罪悪感があったのかも。
こちらには、こちらの宗教がある。
おそらく、日本人は宗教に対しての垣根が低い。
強いこだわりのない人が多い、と言ってもいいかもしれない。
昔、ある新興宗教が大事件をおこしたこともあり、宗教にのめり込むということに対するイメージは悪いかもしれない。
だが、もともと受け皿はある。
でなければ、日本古来の神道があるにもかかわらず、仏教を受け入れたりしない。
ハロウィンやクリスマス、キリスト教の行事も当たり前にこなす。
クリスマスを祝った一週間後の大晦日には、お寺の除夜の鐘をきく。
その翌日、正月は神社で初詣。
結婚式を教会で行い、葬式に坊さんを呼ぶという人は多いのではないか。
人種の坩堝ならぬ、宗教の坩堝。
つまり、私は日本人らしく、こちらの宗教的な考えを受け入れた。
『へぇ、神さまが使命を与えてるのかー。こちらの人にとっては大事なことなんだねー。』
みたいな感じで。
軽いと言うなかれ。
郷に入っては郷に従え、だ。
それに。
この考え方、私は嫌いじゃない。
だって、どのような経緯があれ、生まれてきた理由のない人はいない、ということでしょう?
親に疎まれたり、もしくは学校や会社で嫌われたとしても。
あなたには大切な使命がある、価値がある人間だよって肯定してくれる考え方だ。
たとえ宗教に基づいたものでも、自分を必要としてくれる考えっていいじゃないか。
地球人だが、私にも使命があればよかったのにな。




