表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

4. 使命


はじめに神が現れた。


神は自らの爪を落として、大地を作った。

一筋の髪を用いて、空を作った。


そして大地と空が生物を生み出した。

それを見て、神は生物に使命を与えた。


全ての生物に、生まれてきた、その意味を。


ゆえに、それぞれ使命を果たし、世界の役に立つべし。


我々は、生きている。



♢♢♢



朝日が昇るころ、私たちは沼地へと出発した。


沼地へ進むに連れて、足元が悪くなっていく。

正直、運動不足なアラサーには大変きつい。


こんなことなら、ジムにでも通っておけばよかった。

いや…無理だな。

もし入会していたとしても、続けられずに数ヶ月後に退会していた気がしてならない。


飽き性なんだよ。

面倒になったり、他のことに目がいって三日坊主、なんてことがいっぱいあった。

いやはや、怠惰な人間だな。

私のことだけど。


そんな体力のない私に対して、聖騎士のキーは余裕だった。

それどころか、神官のセイまでも。


ぜあはあ、と肩で息をしていると、2人とも見かねたのか休憩を入れようと言ってくれた。

もちろん、喜んで休ませていただきますとも。


こうして楽な方にすぐ流されるのも、私という人間である。

改めて考えてみると、ろくな人間じゃないな。


しかし。

普段であれば、それさえも認識していない。


コクトくんが、あまりにも純粋に目標に向かって走っていたから。

だから、ちょっとだけ自分の若い頃はどうだっただろう、なんて思ってしまった。

それで20代のころ、10代のころ、と遡ってみたわけだが…。

まあ、お察しくださいというやつだ。

いやほんと、フラフラと芯のない人生しか送っていなかった。


さすがに虚しい。

何かやりたい事を探すべきかな。

といっても何をすれば良いのかもわからないが。

ああ、でも浄化に関してはチートだった。

とりあえず浄化しとけってことだろうな…。


「お疲れさまです。

ユカリさまって本当に貴族みたいですね。」


私の様子を見ていたキーが、しみじみと言った。


「セイにも同じこと言われたよ。

でも、私の国には貴族制度とかないから。

向こうでは移動に足を使わない人も多いんだよ。」


舗装された道に、電車や車が普及している。

ウォーキングなど、特別な理由がなければ歩いて遠方に行くことはなかった。


こちらでは、庶民の移動手段なんて自分の足しかない。

歩き慣れていない人といえば、馬車に乗り慣れた王侯貴族という発想になる。


さらに、トリップした直後には爪に薄いピンクのネイルを施していた。

会社の服務規定に反しない、地味なネイルである。

事務仕事だが、顧客に接することも少なくない職場だ。

ナチュラルメイクと同様、女性の身だしなみの範囲だろう。


だが、こちらの庶民は爪に色を付けたりしない。

こちらの染料では水に溶ける。

炊事は絶対にできないし、いちいち水で落ちていたら他の家事や仕事もままならない。


つまり。

これもまた、王侯貴族のように思われる一因である。


そういう理由で、セイは私のことを貴族だと思っていた。

コクトくんに貴族だと説明したのは、そんな経緯があったので、他の人も納得するだろうと思ってのことだったらしい。


「世界が変われば常識も違うというやつですね。

そういえば、昨夜は勝手にユカリさまの経歴や使命を捏造(ねつぞう)してしまって…。」


貴族のくだりで、コクトくんに説明した設定を思い出したらしい。

セイが申し訳なさそうな顔をした。


たしかに驚いたけど、真実を語るより無難な対応だったと思う。

だから、そんなに気にするようなことではない。

むしろ、この際きちんと設定を詰めておくべきではないか。

同じような状況は今後も起こりえる。


と、思っていたのだが。

セイはもとより、キーも気にしていたようだ。

私の態度に、2人そろって微妙な顔になってしまった。

なんというか、珍獣を見るような目はやめてほしい。


「え、なに?世間話での嘘だったけど、すごい重罪になるとか?

異世界からきた神子、なんて言うより良いと思ってたんだけど。」


私にはこちらの常識がない。

地球の、日本での物差しでしか判断できないので、認識のずれを度々感じることになる。


「いえ、刑罰を与えられるようなものではありません。

そこはご安心を。

ただ、あの状況では仕方がなかったとはいえ、使命を偽るというのはちょっと…。」


ちら、とセイを横目で確認してから、キーが告げる。

その後をセイが引き継いだ。


「倫理観の問題かもしれません。

使命とは、神から与えられたものですから。

我々は聖職者ですから、一般の方とは多少ずれがあってもおかしくはありません。

ユカリさまは神子になられたばかりですし。

我々が敏感になっているのかも…。」


「使命?

そういえば、コクトくんも使命とか言ってたね。

やりたい事をしっかり持っている子だなって思っていたけど…。

もしかして、使命というのは特別な意味がある?」


話の流れからして、使命が重要らしいことはわかった。


なので、確認のつもりで聞いたのだが。

ぽかん、と2人して口を開けたまま固まった。

さっきから息ぴったりだな、この2人。




聞くところによると。

人に限らず、生物とは例外なく使命を帯びて生まれてくる。

神が、皆に与えている。

だが、誕生の瞬間に大事な使命を忘れてしまうのだという。

あの世から、この世に渡るための門には忘却の神術がかけられているからだ。



仏教には輪廻転生という考えがあって、生まれ変わるときに前世の記憶をなくしてしまう。


ライトノベルや漫画などで流行りの転生モノの主人公は、当然のように前世の記憶もちである、が…。

この場合、ライトノベル的な主人公は例外だろう。


生まれる時に使命を忘れる、というのは転生するときに前世の記憶をなくす、ということに近いのかもしれない。

詳しくは知らないが、もしかして転生の考えもあったりするんだろうか。

まあ、それは置いておいて。



話を元に戻そう。


たとえ忘れてしまっても、与えられた使命が消えるわけじゃない。

心の奥深くに眠っているだけ。


だから、大切な使命を思い出し、その使命を果たすことは、非常に尊いこと。

自らの心に、使命は何なのか問いかけ、実際に行動する。

大切な使命だからこそ、思い出すために色々と試行錯誤する。


これは、この世界の人々の根底にある考えのようだ。

幼子に、寝物語に話すくらい一般的。


そのせいか。

つまり、私にも大切な使命があるのに、不審に思われないためとはいえ、捏造(ねつぞう)してしまったことを気にしていた。

2人は神殿所属の神官と聖騎士。

下手をすると神への冒涜(ぼうとく)、くらいに罪悪感があったのかも。



こちらには、こちらの宗教がある。

おそらく、日本人は宗教に対しての垣根が低い。

強いこだわりのない人が多い、と言ってもいいかもしれない。


昔、ある新興宗教が大事件をおこしたこともあり、宗教にのめり込むということに対するイメージは悪いかもしれない。


だが、もともと受け皿はある。

でなければ、日本古来の神道があるにもかかわらず、仏教を受け入れたりしない。


ハロウィンやクリスマス、キリスト教の行事も当たり前にこなす。

クリスマスを祝った一週間後の大晦日には、お寺の除夜の鐘をきく。

その翌日、正月は神社で初詣。

結婚式を教会で行い、葬式に坊さんを呼ぶという人は多いのではないか。


人種の坩堝(るつぼ)ならぬ、宗教の坩堝。

つまり、私は日本人らしく、こちらの宗教的な考えを受け入れた。


『へぇ、神さまが使命を与えてるのかー。こちらの人にとっては大事なことなんだねー。』

みたいな感じで。


軽いと言うなかれ。

郷に入っては郷に従え、だ。



それに。

この考え方、私は嫌いじゃない。

だって、どのような経緯があれ、生まれてきた理由のない人はいない、ということでしょう?


親に疎まれたり、もしくは学校や会社で嫌われたとしても。

あなたには大切な使命がある、価値がある人間だよって肯定してくれる考え方だ。


たとえ宗教に基づいたものでも、自分を必要としてくれる考えっていいじゃないか。


地球人だが、私にも使命があればよかったのにな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ