18. とある聖者の話
いきはよいよい かえりはこわい
神殿総本山。
その名のとおり、山に建つ神殿である。
そこに、神の泉があるから。
その保護を目的として、建てられたことがはじまり。
そして、後に信仰の、神殿の本拠地となった。
そう、山である。
つまり、坂道。
行きは、よかった。
下りだったのだから。
でも今は。
これはもう、間違いなく登山である。
コンクリートで舗装されている道ではないのだ。
ガチ登山だ。
おそらく、みんな気がついていただろう。
私は山ガールなどではない。
そして、体力もない。
ただの、運動不足のアラサーである。
本来なら、使えねえ、と置いてけぼりコースだろう。
しかしながら。
私は、ただの使えないアラサーではなかった。
いや、実際には紛うことなき使えないアラサーなのだが。
私は、神子なのだ。
そして、同行しているのは聖職者たちである。
冒険者一行も、一応は神子の護衛という立場なので、置いていくわけにはいかない。
まあ、なんというか。
総本山は占拠されている、もしくは何か異常な事態に見舞われていると思われるので、非常に緊張感を孕んではいるのだが。
神子の体力を鑑みて、休憩を挟みながらの行程となっていた。
いや、本当にすみません…。
「まあ、この間に斥候をだしているようだし。
お前のせいで無駄な時間を浪費しているだけ、というわけではないみたいだぞ。」
それ、フォローしてないから。
さすが、アッカー。
言い方に容赦がない。
「ユカリさまのおかげで、我々も休息をとることができているのです。
有事に備えて、体力を温存することも大切ですから。」
そして、キー。
君はなんて優しいんだ。
逆に辛い。
「しかし。彼らの目的は何なのでしょう?
総本山を占拠して、何をしたいのか…。
狙いがわかりません。
彼らは信仰を捨ててはいない、と思っていたのですが…。」
セイが首をひねる。
私たちを襲ったこと。
カラの村を襲ったこと。
そして、総本山の占拠。
目的が全くわからない。
彼らは、いったい何をしたいのだろう?
「ねえ、神殿の総本山には何か価値のあるものが置いてあるの?金塊とか。
それか神殿を押さえれば、世界征服できるとか?」
世界征服まではいかなくとも、国の一つくらいなら意のままにできそうだ。
なんといっても、こちらの世界の人たちは敬虔な信者である。
なんか…そんな気がしてきた。
「世界征服ですか…?どうでしょうか。
神殿は政には携わりません。
そんなことをすれば、民も神殿が操られているのではと疑問に思うはずです。」
私は、そうかもしれないと思いはじめていたのだが、セイは腑に落ちなかったようだ。
「強盗というのもスッキリしませんね。
神殿にも価値のあるものはありますが…。
金銭目的なら、他にも狙い目があるでしょう。
わざわざ、民に最も反感を買うような場所で盗みをはたらくでしょうか?」
続いてキーが口を挟む。
まあ、そうだよね。
みんなが信仰している場所にケンカを売るのは得策とは言えない。
では、本当に何が目的だろうか。
「まあな。歴史や宗教的な価値はともかく、儲けている商会とかの方が、金はある。
神殿にあるのなんざ、神像に、壁画とか、聖者の棺とかか?
あとは神の泉…。」
アッカーも、隣で難しい顔をして考察していたのだが、不意に口を閉ざした。
「アッカー?」
彼だけではなかった。
セイやキーも、もしやと顔をしかめた。
「…おい。もしかして、そっちが目的じゃねえか?
あんたらも、奴らの足取りを追っていたんだろう?
俺は嫌な予感がするぞ。」
腕を組んで、むっつりとアッカーがセイとキーを見た。
「…私もそんな気がしてまいりました。
彼らは真っ直ぐに総本山へ向かっていなかったようです。
巡礼のつもりだったのかもしれません。」
巡礼?
聖地巡礼とかの?
「我々を襲ったのは、聖者試練のつもりだったかもしれない…?」
待って。
全く意味がわからない。
頭に疑問符を浮かべる私をおいて、話はどんどん進んでいく。
「じゃあ、カラの村は欲得に駆られ、魔物と化した愚者の見立てか。」
なになになに?
全然、話がみえない。
だが、3人は何かを確信したようだった。
♢♢♢
その後の道中で、セイが説明してくれた。
神殿に埋葬されている、とある聖者の話を。
ある日、農民が神の啓示を受けた。
彼は、慌てて近くの神殿に赴いたという。
彼は自らの使命を確信した。
伝えたい。
神の教えを、民へ説くこと。
神官となって、生物の生きる意味を後世へ。
使命を見失ってはならない、と伝えること。
闇の誘惑に囚われてはならない、ということ。
それこそが。
彼の使命であった。
その後、彼は総本山で神に仕えることを希望する。
願いは聞き届けられた。
また、彼は聖騎士のように魔物へ対抗する力を身につけんとした。
そこで、屈強な聖騎士に稽古をつけて欲しいと願ったのである。
のちに彼は、師匠たる聖騎士を追い越して、ついには師匠を投げ飛ばすまでに成長する。
そして。
ついに総本山へ赴くことができるようになった。
彼は道中、あらゆる村や町、街へ立ち寄ったという。
伝えることが使命であったから。
できる限り、多くの人との出会いを求めたのだ。
やがて、彼はある村へ辿り着く。
闇に覆われた、もはや人とは呼べない者たちの村。
村には、金銀財宝を求める人の成れの果て。
もはや人とは異なる異形のものたち。
闇は動物に取り憑き、魔物と成す。
だが、時に人までも魔物としてしまう。
魔物になったら、もう元には戻れない。
人の姿を失ってなお、金を求める魔物に同情したものの。
このままにしておくわけにもいかず。
魔物を討伐し、浄化を行ったという。
後に。
彼は功績を称えられ、聖者と呼ばれることとなる。
総本山への道中、寄り道をし、人との出会いを求める。
聖者にならって、そんな風習ができた。
今となっては、正しい聖地巡礼の作法となっている。
また、対人戦闘は禁止されているが、聖職者同士の訓練は良しとされている。
見込みのある若手が先輩に勝負を挑むことを、聖者試練と呼び、訓練の一種として推奨されている。
つまり。
これが事実ならば。
盗賊集団は本当に、信仰を捨てていないということだ。
だが、どうして聖者の行動を真似る必要があったのか。
何よりも魔物の村として見立てられた、カラの村人にとっては、冗談ではない。
彼らは魔物でもなんでもない。
普通に生き、使命に邁進していただけである。
「聖者の行動を真似た可能性は高いのですが、依然として目的がわかりませんね。」
セイが理解できないという顔をする。
「ですが、神殿に用があるのは確かなようです。
聖者の行動をなぞって、神殿へと赴く。
歴史上、最も気高いとされた人物です。
もしかすると、神の泉に何か願うつもりかもしれません。」
キーも、同じように困惑している。
願うといっても。
そんな非道なことをした人間の願いを、どうして叶えてくれるというのか。
「聖者を尊敬しまくっている変人かもな。
目的は聖者の棺かもしれんぞ。
神の泉だろうが、聖者の棺だろうが、どちらにしても簡単に一般人の目に触れるもんじゃねえな。」
ここへきてはじめて、彼らの目的を予想することができた。
だが、その心情は全く理解できない。
私たちは這い上る嫌悪感に耐えながら、総本山へと足を踏み入れたのだった。




