番外 セイのあたたかい手
※番外編
読まなくても、本編には影響ありません。
セイの過去が、ストーリー序盤のためアッサリ風味になってしまったので。
ひとりぼっち、になってしまった。
お父さん、お母さん。
どうして、死んでしまったの?
おばさん。
わたしのこと、嫌いなのは、知ってたよ。
でも。
家においてもらえるだけで、良かった。
邪魔者だって、わかってても。
ふっと振り向いたときの、顔が。
お母さんに、そっくりで。
だから、あなたの側にいたかった。
なのに。
今は、見知らぬ大人ばっかりで。
とても、さみしい。
♢♢♢
神殿の朝は早い。
朝日が昇るころに、起きてこなければならない。
「セイ!朝だよ!!」
同室の子に、ばしばし、と叩いて起こされる。
神殿にいる、神官見習いや、聖騎士見習いの子どもたち。
神殿に入ってからは、彼ら彼女らと一緒に行動しなければならなかった。
井戸から、水を汲み。
身支度をととのえる。
ぎゅっと、雑巾をしぼって。
廊下を拭く。
神像をみがく。
セイたち、見習いの子どもの1日は、掃除と簡単なお勉強で終わる。
お世話役の神官と一緒に、午前中は割り当てられた場所の掃除をして。
午後は、神話の講義を受けるのだ。
神殿に入って、もう半年。
けれども。
セイは、ちっとも馴染めなかった。
当然だ。
あの子たちと、わたしは、ちがうもん。
みんな、捨てられたわけじゃない。
それに。
大人たちからも、好かれてる。
みんなは、光の中にいる子どもたち。
どうせ、わたしは捨てられて仕方なく神殿にいるダメな子。
知ってるもの。
だから。
仲良くなんて、できはしないのだ。
「ねえ、セイ。
あなたは、隅っこが好きなの?」
同室の女の子が、不思議そうに聞いてきた。
「1人が好きなの?
みんなで一緒に遊んだほうが楽しくない?」
そう言われたけれど。
それは、あなたが幸せだから言えるのだ。
今日という日が、明日も明後日も、永遠に訪れることを疑っていない。
でも、わたしは違う。
今日、命が終わるかもしれないのに。
明日なんて来ないかもしれないのに。
未来があるか、わからないのに。
どうして。
当たり前のように、あなたたちと一緒に笑っていられると思うの。
まわりに、同じ見習いの子どもが何人いようとも。
神殿の大人たちに囲まれていようとも。
どうせ、わたしは、ひとり。
いっそのこと。
お父さん、お母さんと一緒に神の世界へ連れて行って欲しかった。
ねえ、神さま。
どうして、わたしに、こんな運命を用意したのですか?
わたしばっかり、ひどい。
わたしは、不幸だ。
♢♢♢
突然、後ろから呆れたような声がした。
「まったく、困ったちゃんだなあ。」
他の子どもたちが、昼食をもらいに行ったころ。
彼女たちと一緒に行く気にもならなくて。
木陰で、ぼんやりと座っていたら。
ぽん、と何かが頭に当たる。
「成長期でしょう。
きちんと食事は摂りなさい。」
視界いっぱいに広がるパン。
生野菜と卵を挟んである。
最近、お世話役になった神官のシアンさま。
ここのところ、1人で行動していると、お説教をしにやってくる。
ちょっぴり嬉しいような、お節介なような、放っておいてほしいような。
「セイはみんなと仲良くなりたくないのかな?」
まっすぐに見つめられる。
人の眼差しが、苦手だった。
セイには、もう帰るところがない。
おばさんに、捨てられたのだから。
だから。
みっともないと思われていないだろうか。
呆れられてはいないだろうか。
そう思ってしまって。
周囲の人たちの、視線が気になって仕方がない。
嫌われてしまわないか、不安なのだ。
だというのに。
どうしても、周りの子どもたちと、うまく付き合うことができなかった。
どうせ私なんて、という気持ちが大きくて、輪の中に入ることができないのだ。
矛盾している。
そんなことは、わかっている。
でも、自分ではどうしようもなかった。
「本当に…。セイは困ったちゃんだなあ。」
目尻の皺が、深く刻まれて。
がしがし、と乱暴に頭を撫でられた。
「受け入れて欲しい、と思っているくせに。
素直じゃないんだから、まったく。
それも個性かもしれないが。
でもね、いいかい?
大事なときには、素直になりなさい。
わかったね?」
♢♢♢
ぺちん、と乾いた音が鳴る。
思わず、左頬をおさえていた。
目の前の女の子も、目を大きく見開いている。
手が出てしまったことに、彼女自身も驚いたのだろう。
だが。
だんだんと理解が追いついたようだ。
セイを叩いてしまったことを自覚すると。
くしゃくしゃに顔を歪めて、泣いてどこかへ行ってしまった。
「ひどいよ、セイ。
どうして、あんなこと言ったの?」
たまたま見ていた子が、声をかけてくる。
少し、責めるような口調だった。
「叩いてきたのは、あの子だもん。
わたし、悪くないもん。」
咄嗟に言い返していた。
どうして、わたしを悪者にするの。
わたしを、いじめるのはやめて!
「セイが悪いよ!
あの子、一緒に作ろうって誘っただけでしょ?
セイと仲良くしようと思っただけじゃん。
なのに、断るだけじゃなく、あの子のお父さんとお母さんを悪く言うなんて…。」
それが、嫌だったのだ。
もうすぐ迎える感謝の祭り。
周囲の人に、感謝を伝えるお祭り。
子どもは、親に花を贈る習慣がある。
『一緒に、押し花にして栞を作ろうよ。』
親への感謝の贈り物。
そんなもの、誘われても意味がない。
むしろ、遠回しな嫌がらせかと思った。
だって、セイには。
もう両親が、いない。
『普通は生花を贈るものでしょ?
押し花がいいなんて、変な親ね。
わたしだったら、そんなの欲しくないよ。
変な親!』
本当は、こんなことを言うつもりではなかった。
でも。
わたしには、もう親がいないから。
やりきれなくて。
自分の中に暗い感情がグルグルして。
つい、言ってしまった。
きっと、いまセイを責めている子も。
セイに嫌がらせしているのだ。
「ひどいのは、あなたたちでしょ?
わたし、もうお父さんもお母さんもいないんだよ。
なのに、どうして贈り物を一緒に、なんて言うの?
みんな、みんな、わたしがひとりぼっちって、知ってるくせに!」
ひどいひどい、みんな、ひどい。
そう訴えたセイに、女の子は怒って言い返した。
「なに言ってるのよ!
あの子だって、お父さんとお母さん、亡くしてるじゃない!
ここで、お父さんもお母さんもいないの、あの子とセイだけじゃん。
だから、あの子はセイに声をかけたんだよ!」
その子は、まなじりを吊り上げて。
さらに言い募った。
「それに、押し花って言ったのも、セイと仲良くなりたいからだよ!
一緒に花を摘みに行くだけじゃなくて、もっと話をしたいと思ったから、押し花にしようって言ったんだよ!
なのに、変な親、なんて言うことないじゃないっ。」
その言葉は、ナイフのように、セイの心に突き刺さった。
♢♢♢
いつかの、木陰で。
膝をかかえる。
もう死んでしまいたかった。
なんてバカなのだろう。
今日も、セイはあの子に謝ることができなかった。
「だから大事なときには素直になりなさい、と言っているのに。」
あのときと同じように、お説教でもしにきたのか。
またしても、シアンが隣にやってきた。
「セイ、今だよ。
今がまさに、素直にならなければならない大事なときだ。
悪いことをしたと反省しているのだろう?
なら、1人で沈んでいないで、直接、ごめんなさいをしてきなさい。」
それができたら、どんなにいいか。
「このまま仲間はずれは嫌だろう?
一緒に謝りに行こう。」
ぶんぶん、と首を横にふる。
だって。
もう取り返しが、つかない。
「セイ。まだ謝っていないのに、もう無理だと決めつけるのは早いと思うよ。」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。
でも…。
「なあ、セイ。
君は、ご両親が亡くなって可哀想だ。
そんな可哀想な子は、セイだけだったかな?」
ちがった。
あの子も、お父さんとお母さんがいなかった。
「親がいても、可哀想な子はいるよ。
君の同室の子には、両親ともに生きているけど、その両親に捨てられて貧民街で泣いていた子がいる。」
一瞬、何を言われているのか、わからなかった。
親に、捨てられた?
セイは。
おばさんに、捨てられてしまったけど。
亡くなった両親は、セイのことを大事にしてくれた。
お父さんと、お母さんが、子どもを捨てることなんて、あるの?
「君のご両親が亡くなったことは、悲しくて残念なことだ。
そして、君が悲しい経験をしてきたように。
他の子にも、悲しい経験があるものだ。
セイ。君だけが特別に可哀想なわけじゃない。
他の子が、特別に幸せなわけでもない。
みんな、幸せも、不幸も経験しているし、これからも経験していくんだよ。」
ぽろぽろと、膝に水滴が落ちる。
瞳から、涙が溢れ落ちていた。
「一緒に、謝りに行こう?」
ほら、と手を差し出されて。
ぎゅっと、その手を握り返す。
あたたかい。
「良い子だね。大丈夫。」
「…わ、わたし。傷つけちゃった。
シアンさま、わたし、わたし…。」
「よしよし。大丈夫だよ。
闇の誘惑に負けてしまうことがあっても、やり直すことができる。
大丈夫だよ。」
君はダメな子、なんかじゃない。
他の子が、光の中にいるのなら。
セイ、君も同じように、その光の中にいるんだよ。
その日は、ずっと。
シアンさまが側に居てくれて。
そう励ましてくれた。
そして。
ごめん、と言うときは、どきどきして、不安で、こわくて。
それでも。
繋いだ手が離されることはなかった。
そこには、ずっと。
大きくて、あたたかい手があったのだ。
♢♢♢
コンコン、とノックを2回。
どうぞ、という返事を聞いて。
そっと、扉を開く。
「待っていましたよ。
さあ、座りなさい。」
手で示された椅子に、腰かける。
その手は、ずいぶんと皺が増えた。
シミもでき、血管が浮き出た老人の手だ。
「神子さまが、実に150年ぶりに現れました。
君には、そのお世話を頼みたい。
セイ、君ならできるでしょう?」
…それはどうだろうか?
ようやく後輩たちの指導をお手伝いするようになったけれど。
まだまだ、私の心は未熟だ。
昔のように、すぐに闇に囚われてしまう。
「おや?また、でもでもだって、と考えているのかな?」
もうそこまで、ウジウジしたりはしない、たぶん…。
「神官長さま…。出来る限りはさせていただきます。
ですが…。
私よりも、立派な方々がいらっしゃるのでは…?」
まだお世話役にもなっていないのだ。
抜擢してくれたことは嬉しいが、良いのだろうか?
「セイ。 君は神子さまと同性で同年代だ。
神子さまにとって、話がしやすい存在だろう。
それに。
どうやら、神子さまは非常に楽観的というか、危機感が足りないというか…。
そういうところがあるからね。
セイのように、気をつかいすぎるくらいの人物のほうが、良いと思う。
大丈夫、私が選んだのだから。」
もう手を繋いでいなくても、君には出来ることがいっぱいあるだろう?
そう、穏やかな瞳が告げている。
思えば。
この方のおかげで、人と目を合わすことができるようになったのだ。
今でも失敗することは多いけれど。
手を繋いで貰わなくても。
私は、ひとりではない、と気がついた。
だけど。
別の世界から来た、神子さまは。
おそらくいま、ひとりぼっちだ。
それならば。
ひとりぼっちの寂しさを知る私が、助けになれるかもしれない。
心の中で、そっと祈りを捧げる。
どうか。
苦しい想いをする人が1人でも救われますように。
シアンさま。
今まで見守ってくださって、ありがとうございます。
「かしこまりました。
そのお役目、お任せください。」
これからは。
私が、誰かの手を繋いであげられる存在になるのだ。
本編、番外編みたいに大きくわけたいのですが…。
章の管理の方法が、いまいちわかりませんでした…。




