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16. ユカリ

毎日、たとえ1人でも読んでくださっている方がいると思うと大変嬉しいです。

見つけてくださっただけでなく、読んでやろうと思ってくれたことに感謝しております!


じろり、と睨まれている。

お世辞にも友好的は雰囲気ではない。

さすがに、それは察することができた。


「信じられない。

本当に、何も気がつかなかったの?!」


向けられた言葉が、鋭い(やいば)となって私を切りつける。


「リンちゃんは優しいし、あんたのことも友達だと思っているから何も言わなかったみたいだけど。

あの子、本当に困ってたんだから。」


ショックだった。

そんなの、はじめて聞いた。


「何で言われないとわからないの?

それに誕生日プレゼントだってさあ、あれユカリが欲しいものでしょ。

何で自分が良いと思うものを、他の子も欲しいなんて当然のように思えるの?」


何でって…。

だって、可愛いじゃない。

みんな、可愛いと思うんじゃないの?


「本当に信じられない。

リンちゃんや他の子がどう思っても、あんたみたいな鈍くて空気読めない子、私は大っ嫌い。」


嫌われているなんて、思ってもみなかった。

友達だと思っていた。


それに。

リンちゃん。


あのとき、私が隣に付いてまわっていたこと、嫌だったなんて知らなかった。

一緒に行動することが当然だと思っていた。

友達だから。


あのとき、好きな子に声をかけたかったのなら、言ってくれれば良かったのに。

今さら、私以外の子は気がついていたと聞かされても。


言われないと、そんなのわからない。


同じ気持ちじゃなかったなんて。


そんなの、言ってくれないと、わからない…。



♢♢♢



「明日、神殿へ向かう。」


急な話だが、と前置きされてはいたが、本当に急な話だった。

神殿と連絡が取れないことは聞いていたが、とうとうアッカーが出向くのか。


「私もだよね。」


元々は、私の身元を確認するためだったのだ。

同行すれば一度で済む。

そもそもアッカーも、そのつもりで私に言っていると思っていた。


ところが。

何を言っているんだこいつ、みたいな顔で即座に否定された。


「そんなわけないだろう。

お前、状況わかってんのか?

神殿とは連絡が取れていないと言っただろうが!」


アッカーの隣には、彼の上司だというロックさんがいる。

その彼が、目を丸くして私を見つめてきた。


あれ?

もしかして、またこの世界の常識では考えられない発言をしてしまったのだろうか?


「えっと…。連絡が取れないから、人を挟むのをやめて、アッカー自ら行くんだよね?

そこに私がいたら、すぐに身元が証明されるし一石二鳥かなって思ったんだけど。」


何かマナーに反するとか?

首を傾げていると、ぶはっとロックさんが噴き出した。


「いっ…一石二ちょ…っ!!」


アッカーの眉間に、これでもかと深い皺が刻まれた。


「連絡が取れないってのは、神殿に行かせた人員が戻って来ないってことだ。

次の奴も。そのまた次の奴も!!

1人目が帰って来ねえ時点で次の奴から戦闘力を吟味して行かせてんだよ!」


もはやアッカーに怒鳴られることに慣れて、ちょっとやそっとでは動じなくなりつつある私だが。


これには驚いた。

つまり、とアッカーが続ける。


「神殿が何者かに占拠されている可能性と、賊との戦闘を念頭においてるっつーか、ぶっちゃけ戦闘しに行くんだよ!!

お前、戦えねえだろうが!!」


あ、そういう…。

そこまで想定できていなかった。


「面白いな。

ユカリの世界では、みんなそうなのか?

それともユカリが特別に平和ボケ?」


世界の珍しい動物特集を見るような目はやめてください…。


しかし、気になることがある。


「神殿が何者かに占拠されている可能性があるのはわかった。

それなら、連絡が取れないのも頷けるよね。

でも何者か、って誰?」


アッカーが、片眉をあげる。


なんとなくだけど。

ここ数日、容疑者(仮)の肩書きのままとはいえ、アッカーの近くにいたのだ。

わかることもある。


「ねえ、アッカーは知っているんでしょ?

その占拠してる何者かの正体。」


そう言うと、恐ろしいほど真顔になった。

しばらく無言。


「カラを襲撃した盗賊集団だと考えているな、我々は。」


「機密をアッサリ漏らすんじゃねえよ!!」


のんびりと、横から口を出したロックさん。

それに対するアッカーの反応は早かった。


「別に構わんだろう。

ユカリに漏らしたところで、どうとでもなる。

それよりも、ここは漏らしてしまう方がいい。」


うんざり、といった表情でロックがアッカーをあしらう。

そして、こちらに目を向けて。

にやり、と笑いかけられた。


どうしてだろう。

この人、物語とかに出てくる悪い大人みたいなんだけど。


「クソがっ。…おい、ユカリ。

とにかく明日から、俺はギルドを留守にする。

その間は、この支部の人間にお前のことを頼んでいるから安心しろ。」


上司に対しても遠慮なく悪態をついてから、アッカーがこちらを向く。


「私も行く。」


目が合った瞬間。

その言葉がするりと口をついて出た。


目の前の顔が、怒りに染まっていく。

憤怒の形相である。


「お前…、ちゃんと話を聞いていたのか?」


声にも、怒気がこもっている。


正直、これはコワイ。

それに、自分でもどうして行くと言ったのか理解できていなかった。


だが。

直感だ。

これは曲げてはならないと思った。


「私も行く。」


ロックさんが、楽しそうに目を輝かせているのを視界に捉えながら。

再度、アッカーに宣言したのだった。



♢♢♢



ドアノブに触れようとした手が止まる。

行き場のない手は、しばらく彷徨ったものの、そのまま降ろされた。


「…カンダさんのせいだったの?」


しまった。

ドア越しに、自分の名前を聞いて思わず…。


「それで担当者が平謝りしたんだけど、未だにお怒りらしいよ。

なんていうか鈍いところあるもんね、カンダさんって。」


ああ、噂になっているのか。


顧客の対応をしたのは、私だった。

おざなりな対応をしたつもりはない。

丁寧に接したつもりだった。


だが。

何がいけなかったのか。

怒らせてしまった。

正直、何が悪かったのかがわからない。


「うちの会社には珍しいタイプだよね。」


「あー、社長の友人のお嬢さんらしいよ。

だから、きついこと言いづらいって課長が。」


「縁故採用?ああ、納得したわー。」


「就活に苦しまなかったなんて羨ましいよねー。」


「でもさ。希望の業界とか会社、なかったのかねえ?

噂では、ウチにしときなさいって親に言われたからって聞いたけど。」


「マジ?子供じゃないんだから。

全部落ちて仕方なく、ってことならわかるけど。

ウチの会社、向いてなさそうじゃない?」


「たしかにねー。

この業界で働きたいからってことなら、ウチにしがみつくのも理解できるけど。

そんな感じしないし。何がしたいんだろ?」


ドア向こうの同僚たちは、軽い世間話のつもりだろう。

やがて、話題は別のものへ移っていく。


しばらくの間。

私は何も反応できなかった。



♢♢♢



もう何度目だろうか。

彼の、この呆れた目は。


「お前さあ。マジでそれやめろ。」


いつも、そう。

私のこと、好きだったんじゃないの?


「もう、うんざりだよ。

確かにさ、ニコニコしてて良いなと思ったよ。

でも、こっちが相談してんのに、話は適当に流すし。

そのくせ、どうでもいいような話は、延々とされるし。」


どうでもいい話なんかじゃない。

嬉しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと、1日にあったことを共有したいと思っていただけ。


相談なんて。

それこそ、どうでも良かった。


「ごめん。旅館なんてどっちでも良かった。

2人で行くなら、どっちでも楽しいし。

好きに決めてくれていいと思ってて。」


はあ、と彼がため息をつく。


「どっちでも良い、好きに決めてくれていい、そればっか。

これ、お前の話でもあるんだけど。

デートの場所も店も全部、決めるの俺じゃん。

俺は2人で楽しめるように、2人で決めようって言ってんのに。

どっちでも、だもんな。」


限界だわ、なんて言われても。

何と言えば良かったのか。


「価値観合わなさすぎ。別れよう。

でも最後に言わせて欲しいんだけど。」


もはや、その目に愛しさは感じられない。


ショックだった。

どうしてこうなってしまうのだろう。


「お前、自分の意志ないの?」


なかったのだ。

やりたい事なんて、なかった。


だから。

会社も親に勧められるまま、まあいいかなって就職した。


デートも、どこでも良かった。

こだわりなんてない。

ここに行きたい、とかなかった。


彼が、いつも計画してくれるから。

それでいいかなって思ってた。

そういうことするのが好きなんだって思ってた。

彼が何も計画しなくても、それはそれで良かった。

無計画に行き当たりばったりでも、それはそれで楽しいのではないか。


いつもそう思っていた。

彼も、そう思ってくれているとばかり。


でも、違ったのか。

同じように、思ってくれているわけではなかったのだ。


同じ気持ちでは、なかったのだ。



♢♢♢



差し出された荷物を受け取る。

旅に必要なものを、今度はギルドが用意してくれた。


アッカーは明日の準備に忙しい。

というのは建前で、怒りの末に拗ねてギルドの訓練所でストレス発散をしているらしい。


私の用意を手伝ってくれているロックさんからの情報だ。


「あいつは機密情報を漏らしたことが許せないんだ。 それに、君を連れて行くことも。

非戦闘員だからな。」


アッカーの中には、彼の価値観による正義があるという。

それに反することは許せなくて、すぐ怒り、理不尽だと言う。

それが受け入れられないと、好きにしろと投げやりになる。


これがパターン化しているとロックさんが教えてくれた。


「でも、聞いておいてなんですけど…。

私に盗賊たちのことを漏らして良かったんですか?」


「大丈夫。俺が良いって言ってんだから。

俺がギルドのルールみたいなもんだ。」


とっても軽い調子で、とんでもないことを言い出した。


「あはは…。」


これまた私の悪い癖だが、笑って流そうとしたら、ロックさんが説明してくれた。


「大丈夫じゃないことは、さすがに俺もやらんよ。

ギルドは厳しいんだ。

基本、機密情報の漏洩は禁止だが、俺は特別査問委員会の会長だぞ。

これは俺の裁量のうちだ。」


会長なんて、初耳なんですが。

上司と聞いてはいたけど、責任者だったのか。

ロックさんが判断できる範囲内で、OKをだした。

だから問題ないってことだ。


それなら、どうしてアッカーは私に漏らしたことを怒っているんだ。


あ、アッカーの中にある正義云々か。


「俺がユカリに話したことも、同行を許可したことも、俺がOKしたから全く問題ないんだよ。

だが、アッカーはダメだと思ってる。

頭ではわかっていても、どちらもアッカーの正義に(もと)る。

難儀な奴だよなあ。」


頑固な奴だと苦笑しているが、そんなアッカーのことを好ましく思っているのだろう。


「ところでユカリ。

君が行くと言ったのは意外だった。

実は期待していたから、盗賊集団だと漏らしたんだが、本当に行くと言ってくれるとは。

君は留守番だと言われれば、そのまま言うことを聞くタイプだと思っていた。」


俺の目も歳とって曇りはじめたかー良い誤算だ、なんてニヤけている。

アッカーはクソジジイと呼んでいるが、気持ちがわかった。


うさんくさい。

先ほども悪い大人みたいだと思ったが、本当にそのとおりな気がしてきた。


でも。

ロックさんの言うとおりなのだ。

留守番だと言われたら、おとなしく留守番をする。

戦闘が予想されるのなら、なおさら言うことを聞く。

それが、普段の私というものである。


それなのに。

なぜだろう。

どうしても、行かねばならないと思った。

いや、行きたいと思ったのだ。


あの盗賊集団が絡んでいること。

神殿総本山に保護されたこと。

セイとキー、神官長。

それに高位神官たち。

彼らの顔を順に思い浮かべていく。


じっとしてはいられなかった。


「本来、神殿は不可侵なんですよね?

たとえ有事であっても、ギルドが総本山に戦闘を目的とした人員を派遣することは問題になりませんか?

でも、神子がいたら?

神子が神殿に帰る道すがら、ギルドに護衛をお願いしていたら?

その護衛が総本山に侵入した賊と相対しても問題は何もない、ということになりますよね?」


これは、ロックさんが満足する返答であったようだ。

にやりと笑って。

手を差し出す。


「期待しているよ。ユカリ、いや神子どの。」



♢♢♢



やりたい事なんて、なかった。

就きたい職業も。

これができないと困る、というような趣味も。

本当に、心からコレだというものは何もなかった。


いつも、どこか他人事。

誰かが、なんとかしてくれる。

何かあっても、誰かが必ず助けてくれる。


まあいいか、なんて言って。

現実感が足りず、楽観的。

みんな、自分と同じように感じているはずだと根拠もなく信じていた。


そんなはず、なかった。

違う人間なんだから。


同じように感じる人もいるだろう。

助けてくれる人もいるだろう。


でも、自分と同じように感じる人ばかりではないのだ。

相手を(おもんぱか)る心が必要だった。

まあいいか、で流してはいけない時もあったのだ。


助けてくれる人がいても。

自分のことなのだ。

きちんと考えねばならなかった。


やりたい事がないのなら。

どうして、さがしてみなかったのだろう?

まだ見つけていなかっただけかもしれないのに。


いつも。

全て、受動的だったのだ。

彼と付き合うときでさえ。

好きだと告白してくれたから、付き合ったのだ。

本当に、自発的なことを何もしてこなかった。


でも。

今は。


他人事ではいけない、と教えてくれた人がいるから。

他力本願はやめろ、自分の足で立て、と教えてくれたから。


この世界の神さま。

全ての生物に、使命があると言うのなら。

地球人ですが、私にも与えてくれませんか。


やりたい事も見つからない私ですが。

それでも、自分の意志で動く人間になりたい。


今まで、たくさん失敗してきたんです。

今後は失敗しないように。

変わりたい。


今は、強くそう思っています。


だから。

私は留守番なんてしない。


行きたい。

何か役立つことがあるのなら。


神殿へ。

総本山へ。


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