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14. 雑草


「…おい。」


私がイーロ支部で自由に出入りする許可をもらっている場所は限られている。


そのうちの1つ。

イーロ支部、VIP用の客室階にある娯楽室。

昼間、特に用がなければ時間を持て余すので、ここに来ることも多い。


正直に言おう。

私は油断していたのである。

思わぬところで攻撃を受けたために、通常よりも深手を負ったのだ。


「……。とりあえず、拭け。」


そっと、ハンカチを差し出された。

ありがたく使わせてもらおう。


「ああ、神話のやつか…。」


私の手元にある本を確認して、腑(ふ)に落ちたようだ。

納得していただいたようで何より。


しばらく、放っておいてくれてもいいんだぞ。

そう思いながら、ハンカチを目元に押し付ける。


しかし、気配は近づき、背中をさすられた。

短気ですぐ怒鳴るし、人嫌いだとか言うけど、こういうところあるよなあ。

眠れず、娯楽室で時間を潰していたときも、心配してくれていた。

面倒見が良いのだ。

まあ、心配を怒りで表現してくるところはどうかと思うけど。


「うぅ。こんな、こんな子供向けの本のくせに…!」


「お前…。子供向けにわかりやすくなっているだけで、内容が変わるわけじゃねえんだから…。」


いや、そうかもしれないけど。


まさかまさか。

神話なんていうから、堅苦しいものだとばかり。

子供向けに易(やさ)しいものになっているだけで、内容は神の話だろうって。


確かに。

間違いなく、神の話でしたとも。

でも、とっても身近な神さまの話だった。


うう。

武器や防具を装備せず、強敵の前に飛び出してしまったような気分だ。

とんでもない精神攻撃だ。

こんなの、普通の小説じゃないか!!



♢♢♢



― 待て、その話は本当か?

だって、あれは…。

彼女も、病(やまい)で倒れたって…。

まさか、そんな。


― 嘘じゃない。

あれは、あの男の仕業だった。

あいつのせいだ!

俺は許せない。

許せそうにない…。


― 落ち着け。

俺も混乱してはいるが、とにかく落ち着こう。

まず、事実確認だ。

俺たちで調べてみる。


― そうだな。

ハーク、俺たちが調べるよ。

他の誰かが言ったことより、俺たちの方が信用できるだろう?

俺たちが調べるから。

それまで、お前は彼女の側にいるんだ。



♢♢♢



アッカーが用意してくれた、子供向けの神話の本。

一章ごとに主人公が違うし、エピソードが完結するので短編風。

だが、全て同じ神さまの話。

ひとつエピソードを紹介しよう。


まず、使命の章。

なんと、この章の主人公、雑草である。




雑草は、自分に価値を見出せずにいた。

あらゆる動物に踏みつけられ、時に草食動物に食べられる。


殺されるために生きているようなものではないか。

私に、生きている意味はあるのか。

なぜ、生まれてきたのか。


そう嘆く雑草を、神が目にとめた。

神は驚いた。

自分自身の存在を認められないとは、なんと悲しいことだろう。

だから、雑草に言ったのだ。



『お前に任務を与えよう。

たとえ、すぐに奪われる命であったとしても。

お前が生きることには意味がある。


見なさい。

踏まれ、食べられるだけじゃない。

お前がいることで、この土地が潤っている。

お前の存在が、動物に命を与え、土を豊かにしているのだ。

お前は、見守りなさい。

あらゆる命を。


きっと、気がつくことがあるはずだ。

それが、お前の役目だよ。』



そう告げられた雑草は、はじめ半信半疑だったのだ。


だが、ある日のこと。

妊娠した雌猫がやって来た。

出産場所をさがして、雑草のもとへ辿り着いたのだ。


猫はやがて、出産した。

健康な子猫をたくさん。


だが、1匹だけ。

生まれてきたときには、すでに息がなかった。

母猫は嘆き悲しんだ。

他の子猫の世話をしながら。

なかなか立ち直れずにいたのだ。


雑草も、辛かった。

母猫がこの地にやって来てから、ずっと見守っていたのだから。


とにかく、慰めようと必死だった。

そのとき。

神の言葉を思い出したのだ。



『猫よ、猫よ。

悲しまないで。

生きることには意味がある。


たとえ、短い命でも。

この地に産まれでることができなくとも。

あなたの腹に、命が宿ったことには意味がある。』



母猫は驚いた。



『産まれてくることができなかったのに?

それってどんな意味があったというの?』



雑草は言葉に詰まった。

だが、ここで諦めてはダメだと思ったのだ。



『猫よ、猫よ。

あなたは、妊娠して嬉しかったんじゃないのかい?

その喜びは、他の子猫も与えてくれたけど。

死んでしまった子猫も与えてくれたことだ。


きっと。

他の子猫は、これからすべきことがある。


だから。

死んだ子猫が、あなたに喜びを与える役目だったのだ。


妊娠しなければ、知らなかったはずの、出産するまでの色々な思い。

きっと、その子猫が与えてくれたんじゃないかな。』



母猫は目を丸くした。

未だに悲しみが薄れてはいない。

一生、癒えることはないかもしれない。


でも。

この子猫にも、生きた意味があったのだとしたら。

無駄ではなかったのだとしたら。

少し、報われる気がしたのだ。



『雑草よ。

ありがとう。

この子に、生きた意味があるのなら。


きっと。

私にもあるでしょう。

今、生きている子たちのためにも生きなければ。


この子のことは、忘れないわ。

妊娠して嬉しかった。

待ち遠しかった。


絶対に、忘れないわ。』



しばらくして。

母猫と子猫たちは、別の地へと旅立っていった。



神よ、神よ。

こうやって見守ることが、私の役目なのですね。

ただ死を待つだけの以前の私なら、あの猫たちを見ても、心が動くことはなかったでしょう。


母猫の気持ちを思うと、悲しい。

死んだ子猫のことを思うと、もっと悲しい。


でも、これが生きるということなのですね。

そして、私の言葉が猫が前へと進むきっかけを作ったのだとしたら。


それは、なんて嬉しいことだろう。


神よ、神よ。

願わくば。

全ての生きとし生けるものに、使命を。

どうか、生きる意味をお与えください。


私のようなものにも希望を。

死んだ子猫にも、生きた証を。


どうか、お与えください。



雑草の願いは、聞き届けられた。

全ての生物は、使命を与えられた。


使命を果たすために、生まれてくるのだ。


生きることには意味がある。




この使命の章は、コクトくんを思い出させた。


あまりにも短い命。

彼は、夜の移動を可能にすることが自らの使命だ、と思っていた。

冒険者など、腕に覚えがある人しか移動ができない現状を打開しようと考えていた。

その研究も道半ば。


だが。

子猫に生きる意味があったのだから。

たとえ10年であったとしても。

彼もまた、生きた意味があったはず。



「当たり前だろう。

無意味な人間なんているはずがない。」


やはり、こちらの人はナチュラルに神を信仰している。

アッカーでさえ、何の迷いもなく言い切った。


「少なくとも、ユカリは彼のことを知っている。

ユカリと同行していたという神官と聖騎士も。

あとは生き残った村人も知ってるだろうな。」


うん。

コクトくんが、使命に一生懸命だったことは知ってるよ。


「そこじゃねえ。

いや、それも大事だが。

俺が言いたいのは、その研究だよ。

液状にすれば、手元に置いておける。

街道の光という形ではなくとも、いつかきっと、その知識が活きるんじゃないか。」


え。

野宿するときとか?


「それだけじゃねえ。

お前、いま俺に話しただろう。

人から人によって伝わる知識もある。

そうして、その知識が必要な人の手に渡ることがあるんだ。

お前は、今まさに彼の生きた証を人へ繋いでいるってことだな。」


目から鱗。

そんな考え方もあるのか。


「それに。長生きもいいことだが。

それが一番ってわけじゃないと思うぞ。

どう生きたのか、ということも大事だ。たぶんな。」


アッカー、あんたって人は。


「…なんだよ?」


むちゃくちゃ良い人じゃないか!


「…黙れ、クソガキ!」


だんだん、わかってきた。

この人、照れるときも悪態つくんだ。



♢♢♢



― これを、どう見る?


― 難しいところだ。

薬の一種だからな。

そのために買ったと言われれば、それまでだろう。


― だが。

こいつの根を利用したとしたら?

葉は、鎮痛剤となる。

しかし、根は毒だ。

もし。

もしも、根を食事に混ぜていたとしたら?


― 吐気や下痢、発熱に手足の痺れ。

あの村の病と同じ症状か。

…いや、待て。

病に倒れたのは誰だ?


― え?

確か…。

村長と、奥さんだろ?

それから、そこの子供に…。

彼女と、その両親。

…全部、近隣住民だぜ?

病だとして、感染したと考えれば、おかしくはないんだよな。


― …違う。

全員、同じ井戸を使っているんだ。

あの村は、水源が豊富だ。

だいたいの住民は、湖で水を汲んでいる。

井戸があるのは、奥にある村長の家の隣だけ。

あの井戸は限られた人しか使っていないはず。


― なんだって?!

言われてみれば確かに…。

倒れたのは井戸を使う住民だけだな。

そして、湖で水を汲んでいる住民は倒れていない、か。

これは…。


― 本当に、ハークが言ったとおりかもしれない。

あの男が、ムラサキノメ草を買ったことは確かだ。

だが、これだけでは…。


― 調査を続けよう。

事実がどうであったとしても。

まずは、真実を確かめなければ。



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