13. アッカー
昨夜、地震があったそうですね。
みなさん、大丈夫ですか?
昨夜はニュースを見ておらず、今朝知りました。
本当に地震の多い国ですよね…。
被災地域の方々が、1日でも早く日常を取り戻すことができますように。
いったい、どうしてこうなったのか。
許せなかった。
なんて理不尽なんだ。
どう考えても、悪いのはあいつだろう。
もうずっと、握った拳が震えている。
身の内を、激しい感情が駆け巡る。
なのに、どうして誰も、わかってくれないのか。
「私だって幸せに、なりたいんだもの。」
あなた、いつも怒鳴っていて怖いのよ。
私だって、優しくてされたい。
それを聞いて、カッとなった。
暴力的なまでの怒りで、この身が燃えるようだった。
気がつけば、思い付く限りの言葉で、相手を罵っていた。
なにが幸せになりたい、だ。
お前がいつも、怠惰であったから。
だから、それではダメだと言ったんだ。
これ以上、堕落しないように。
お前のために、言ったことだ。
そんなダラダラと過ごして、どうやって使命を果たすんだ。
俺は正しいことしか、言っていない。
お前のため、だったんだぞ!
それなのに、お前は他の男と結婚するというのか!!
あんな男の、どこが良いんだ…。
ああ。
この世は、本当に理不尽だ。
やはり。
他人は信用できないのか。
もう…どうでもいい。
好きにしろ。
もう、どうでもいい…。
♢♢♢
パラパラ、と報告書をめくる。
盗賊集団は、おそらく全部で7人。
リーダーと幹部2人が、この集団の要。
彼らがギルドをクビになったのはなぜか。
その理由は、それぞれ違う。
酒を飲んで一般人に殴りかかった、出来心で窃盗をはたらいた、などなど。
だが、リーダーと幹部2人。
この3人は、パーティを組んでいた。
彼らは、評価の高い実力のあるパーティのはずだった。
元々、素行が悪かったわけではない。
ポッと出の新人が、気が大きくなってヤンチャしたわけでもない。
何年もかけて、コツコツと積み上げた実績。
それを、つい最近になって突然、あっさりと捨て去った。
とある一般人宅に押し入り、相手を殴る蹴るの暴行。
暴行された男は、そのまま息を引き取ったので、事情が全くわからない。
それから。
彼らは、同じように冒険者資格を剥奪された者を集めながら、各地で暴れるようになった。
奴らの目的は何だ?
ユカリによれば。
彼らは、通り魔だと言っていた。
おそらく、カラの村を襲う理由はなかったと。
そして、ユカリたちを襲う理由もなかったはずだと。
だが、本当にそうか?
生き残ったカラの村人も、盗賊たちとは接点がなく、襲われた理由がわからないと言っていた。
ユカリたちとも、接点はない。
だが、襲うことを目的とした襲撃なんて。
後から加わったメンバーはともかく。
リーダーと幹部たちのイメージからして、どうにも違和感を拭えなかった。
♢♢♢
『だから言ったのよ。
あの子は、お前には釣り合わないって。
いい加減、帰ってきなさい。
いい子がいるって言ったでしょ。
その子と結婚しなさいな。
お前のためよ。
それに、そんな辺鄙な町の軍人なんて辞めてしまいなさい。
どうせなら、王都の軍に口をきいてあげるから。
お前のために言っているのよ。』
『何が、お前のためだ!
いつもいつも、勝手に押し付けて。
俺の話を聞いたこともない。
あんたの都合のいい人形なんかじゃないんだぞ!
ああ、イライラする。
誰も俺をわかってくれない。』
『おいおい。
お前、何をそんなに怒ってるんだ。
話を聞いている限り、お前は、お前の母さんとやらと同じことをやっているぞ。
何のことだって?
お前の母さんは、息子のために言っている。
お前は、彼女のために言っている。
その結果、どちらも相手のためと言いながら、その相手から避けられた、というわけだ。』
『なんだと?!
お前に何がわかるってんだ!!』
『残念ながら、わかることもあるんだよなあ。
とりあえず、お前。
明日から、うちに来い。』
『 …はあ??』
♢♢♢
にや、と笑って手を上げた初老の男。
目に入れた瞬間、思わず踵を返していた。
「待て待て待て!
わざわざ上司が会いに来たんだぞ。
挨拶くらいしないか。」
ぴたり、と足を止める。
関わりたくない気持ちはやまやまだが、そう言われると挨拶せざるをえない。
「どうも、クソジジイ。
すこぶる元気そうで誠に残念です。」
「それのどこが挨拶なんだ、このクソガキめ。
相変わらず、可愛くないなあ。」
ものすごく残念なものを見るような目をされたが、可愛いと思われるほうが気持ちが悪い。
よって、今の言葉は無視だ。
イーロ支部で与えられている自室に、とっとと入る。
ついでに、どこぞのクソジジイにも入室を促す。
「それで?何かあったのか?」
こんな場所まで来たのだ。
何もないはずがない。
茶ぐらいは出すべきか。
「神殿のことだ。
ここ数日、あたりを見張らせていた。
どうやら、ビンゴだぞ。十中八九、お前の担当の奴らだな。」
目の前のクソジジイが、頭を掻きむしった。
白いものが混じり、さらに量も寂しくなりつつある頭だ。
「この件、無事に片付いた暁には、神殿から死ぬほど嫌味をもらうわけですか。
いやあ、大変ですね。ジジイの皆さまは。」
しれっと、茶を口に含む。
俺の言葉を聞いたクソジジイは、呆れたと言わんばかりの表情をした。
「何を言ってるんだ、アッカー。
その嫌味をもらう役目、お前も一緒にやるんだぞ。」
途端、目の前が真っ赤に染まるのを感じた。
普段ならば、もう少し冷静になれるよう一呼吸を入れる努力をするのだが。
これは無理だ!
「どういうことだ!
こちとら、只でさえ禿げそうな仕事してんだぞ!!
そのうえ、神殿の対応までさせる気か!!
俺を殺す気か、このクソジジイ!!」
身を焼くほどの怒りが、全身を満たしていく。
俺の迸る怒りの気を浴びたはずのクソジジイは、なんでもないことのように目を細めて笑った。
「おや。久しぶりに、そこまで怒ったのを見た。
懐かしいな、アッカー。」
どうやら、開き直ったようだ。
呑気に、俺が淹れた茶をすすりだした。
イライラして、仕方がないが。
話を聞かないことには、何もはじまらない。
腹の中に、どうにか怒りを押し込めて、落ち着け、と自分自身に言い聞かせた。
「それにな、禿げるのは親父さんからの遺伝だ。
諦めろ。30手前で後退し始める奴もいるんだぞ。
その歳で、それだけの毛量が残っていることをありがたいと思え。
むしろ神に感謝しろ。」
ダメだ。
怒りをおさえるどころか、憎しみまで湧きそうだ。
俺が身の内にある怒りと戦っていると。
コンコン、とノックの音が響く。
返事をする前に、何故か目の前のクソジジイが、どうぞと入室を促していた。
どうして俺ではなく、アンタが許可するんだよ。
「えっと…、ごめんなさい。
来客中とは知らなくて。
大した用でないので、また後で来ますね。」
ユカリだ。
なんていいタイミング。
申し訳なさそうに顔を出して、すぐに戻ろうとしている。
俺は慌てて、ユカリを呼び止めることにした。
このまま、このクソジジイと2人でいると、本当に爆発してしまいかねない。
ユカリには悪いが、しばらくクソジジイとの緩衝材になってもらおう。
「おい、待て。
こんなクソジジイ、客人じゃねえ。
無視していい。入って来い。」
ユカリは少し逡巡したが、俺がいいと言ったこともあり、深く考えずにそのまま入室してきた。
以前、このサラッと物事を流しがちなことに苦言を呈したこともあるが、今だけは助かった。
「はじめまして、お嬢さん。
私はロック。こいつの上司です。よろしく。」
「はじめまして、ユカリです。
お話し中に、お邪魔してすみません。」
ユカリに席を勧め、茶を淹れる。
そういえば、あれを渡そうと思っていたんだった。
2人は放っておいて、奥の本棚へ向かう。
この世界の常識に疎いユカリに、子供向けの本を数冊取り寄せていたのだ。
残された2人は、俺の話で勝手に盛り上がっていく。
「食堂で周りの迷惑も考えずに、怒りを撒き散らしてるアッカーを見かけてな。
それからだ。長い付き合いになったもんだ。」
「はあ…。怒りん坊ですものね。」
「そうそう。女にフラれて、親に見知らぬ女と結婚させられそうになったことに、爆発したそうだ。
しかし、勢いで仕事辞めたどころか、国まで出ちゃう奴なんて、こいつぐらいだろ。」
おい。
同じ部屋にいるんだ。
丸聞こえなんだよ、このクソジジイ。
「それでヤケになって冒険者になったんだと。
面白い理由だろ?
でも、数年経ってもギルドの食堂で、相席の相手にグチグチ言ってじゃえねえよな。
さすがの俺も、あの時は引いたもんだ。」
わざとだな?
絶対、わざと俺に聞かせるように言ってんだろ!
見ろ、ユカリが反応に困ってんじゃねえか!!
「だがなあ。
人間不信の塊すぎて、逆に楽しくなってきちまった。
それで特別査問委員会に引き抜いてきたんだが…。
おかげで今、禿げそうらしい。」
ははは、と軽快に笑いだしたところで、血管がブチッと切れる音を聞いた。
「いい加減にしろや、このクソジジイが!!」
だが、俺の怒りに慣れまくっているクソジジイは、華麗に聞こえないフリをしてくれた。
「なあ、ユカリ。
こいつ、いつも怒っているだろう?
怖くないのかい?」
ユカリは居心地悪そうにしていたが、その言葉にきょとんとした顔になった。
「確かに口悪いし、言い方もキツいし、いつも怒鳴ってますね。」
ユカリ、てめえ…。
「でも。心配してくれますし。
わかりづらいけど、優しいときもあるので。
そこまで怖くはないです。」
何か一言、ユカリにも言ってやろうと思っていたのだが。
口からは、何も言葉が出てこなくなってしまった。
「そうか、成長を感じるなあ。
昔に比べて、怒りを鎮められるようになった甲斐があったわけだ、アッカーよ。」
ぴしり、とユカリが固まる。
しばらくして、やっとクソジジイが言った言葉を理解したようだ。
「…え?マシになったの?これで??」
…知らん。
だが、クソジジイが言うんだから、少しはマシになったのかもしれない。
「この目で成長を感じることができるとは。
子育ても悪くねえもんだな。」
おい。
さすがに、あんたに育てられた覚えは欠片もないぞ。
ああ、でも。
あのとき。
声をかけてくれたことは。
今も…。
♢♢♢
怒りが湧いて、抑えられない?
それなら、怒鳴る前に一呼吸、入れてみろ。
一瞬でもいい。
口に出す前に、間を置け。
そうすれば、怒鳴らずに済むこともあるかもしれんぞ。
あ?
なんで特別査問委員会に引き抜いただって?
お前、人嫌いなんかじゃないだろ。
元々、軍人やってたのだって、誰かを助けたかったからじゃないのか?
なあに、人と関わることに臆病になることもあるさ。
1人でやる仕事なんざ、冒険者でなくともある。
それでも、お前は冒険者を選んだ。
冒険者のクエストなら、誰かのためになってるものも多いからな。
だから、だよ。
本当は、人を助けたいと思っているくせに。
色々あって、人と関わるのが怖くなっただけで、お前は人嫌いになったわけじゃないだろう。
だからこそ。
少しずつ、克服していけ。
本当は、怒りたくないと思ってるんだろう?
人はな、アッカー。
あらゆる闇の誘惑に常に脅かされてるもんだ。
怒り、他者への不信、責めること、投げやりになること。
そんなもんは全てが闇の誘惑だと思え。
人によって、闇の誘惑は違うんだ。
どいつもこいつも、それぞれ闇の誘惑に引っ張られているのさ。
だが、変わりたいと思うならば。
きっと。
変わることができる。
そうだな。
10年くらいしたら、少しは変わっているんじゃないか?
何事も、小さなことからだ。
うちは、きっと多くの人を助けることができるぞ。
お前の使命のためにあるような職場だ。
歓迎する。
ようこそ、アッカー。
♢♢♢
あのとき、声をかけてくれたこと。
今でも。
口に出してなんか、やらないが。
昔も今も。
感謝、してるんだ。
アッカーはツンデレです。
本当は、もっと登場人物を増やそうと思っていました。
魔王とか勇者とか出したかった!
ですが、キャラごとの性格や過去のエピソード、心情などを把握し管理するのが難しくて…。
登場人物が多い小説を書ける人ってすごい…。




