11. キー
読んでくださった方に感謝を申し上げます。
ありがとうございます!
さて、今回はキーのターンです。
じゃり
一歩、前に進み出る。
自分で思うよりも、強く大地を踏みしめたようだった。
でも、仕方がない。
負けたくない。
「なんだよ…。」
対する相手は、戸惑っていた。
それもそうかもしれない。
彼はどうして、自分にそんな眼差しを向けられるのか心当たりがないのだ。
だが、仕方がないだろう。
負けたくはない。
どうしても、負けたくないのだ。
自分の能力が、劣っているとは思いたくない。
そうだ。
そいつは、いつも周りの人間に合わせてばかり。
ほとんど自分の意見を言わないのだ。
そんな人間に、リーダーが務まるものか。
俺なら、できる。
だから、俺に任せておいたらいいのだ。
できないことは何もない。
俺は本気でそう思っていた。
♢♢♢
通りすがりの人物に結界を壊してもらったあと、すぐにカラの村へ向かった。
だが、全ては終わった後だった。
ぎりり、と唇を噛む。
これは、己の侮りがもたらしたものだ。
隣に立っていたセイが、膝から崩れ落ちた。
すっかり日が昇っているため、村の惨状が隅々までよく見てとれる。
粉々に破壊され、焼け落ちた家屋。
すでに息をひきとった村人たちが、列になって横たえられている。
「これは…ひどいな。」
沼地から同行してきた男も、茫然と立ち尽くしている。
彼は、南の荒地帰りの冒険者だという。
腕に多少の覚えがあったために、夜の闇も恐れずに戻ってきたとのことだった。
「…ユカリさま!」
しばし、口も聞けないほど打ちひしがれていたセイが、はっと顔を上げて駆け出した。
瞬時に、自分もセイの後を追う。
たとえ一瞬でも、護衛対象たる神子さまのことを失念するとは。
セイが一目散に駆け寄ったのは、一時的な死体安置所となっている一角である。
軽傷とおぼしき人が、亡くなった人物に縋りついて泣いている。
そんな中、1人ずつ死者の顔を確認していく。
「…っ!」
ひゅっと息をのむ音が耳に届いた。
セイだ。
彼女の視線は、ある一点から離れない。
まさか。
背に冷たい汗が流れ落ちる。
一瞬で最悪の事態を思い浮かべ、手足から力が抜け落ちそうになった。
覚悟を決めて、そちらを見る。
神子さま、ではない。
神子さまではないが、知った顔をそこに見つけてしまった。
あの、チャド虫の少年である。
「ああ…。神よ、お許しください!!」
セイが苦痛に満ちた表情で祈る。
自責の念に駆られ、どうしようもないのだろう。
彼女は自己評価が低く、自己否定をしがちである。
しかし、その気持ちを今は理解できた。
なぜならば。
2人に実力が伴っていれば、この惨状を止めることができていたのだから。
未来ある少年が、ここで冷たくなっていることもなかったのだから。
だが、ここで悲嘆にくれるわけにもいかなかった。
生きるということは、思いもかけないことが身にふりかかるもの。
思い通りにならないことも。
罪の意識にとらわれることがあっても。
全て、自分の中で飲みくだしながら。
耐えながら、前に進まねばならないのだ。
そうした先に、必ず神による救いがある。
聖職者なのだ。
そこを疑うことはない。
「セイ。ユカリさまを見つけなければ。」
死者のための祈りを終えるのを待って、彼女に声をかける。
ゆっくりと立ち上がったセイは、再び死者の確認に戻った。
結果として。
死者の中には、神子さまはいなかった。
やはり、あの盗賊集団は聖職者を殺すつもりがなかったということだ。
そして。
怪我人を治療するテントにもいなかった。
残る可能性は、重傷者が搬送された東の街。
もしくは、解放されず、連れ去られたままだろう。
「あんたら、残念だったな。
あの子、知り合いだったんだろ?
お悔やみ申し上げる。
それに、まだ知人が行方不明なんだよな。
…ひどいことしやがる。」
同行していた男が、痛ましそうに声をかけてきた。
「ありがとう。
あなたも、ここまで付き添わせて悪かった。
急いでいたのだろう?
私たちは大丈夫だ。先を急いでくれ。」
道中、こちらの気が焦っていることもあって、男の事情は全く聞いていない。
だが、帰りを急いでいたことはわかっていた。
それなのに、この惨状に何も言わずに付き合ってくれたのだ。
そもそもが恩人であるし、これ以上の迷惑をかけるつもりはなかった。
そう伝えると、申し訳なさそうな表情をしたものの、すぐに村を発って行った。
やはり、かなり急いでいたようだ。
「キー、東の街へ行きましょう。
重傷者の中にユカリさまがいる可能性もあるわ。
それに、神殿へ報告もしなくては。」
セイの言うことに、異論はなかった。
「もし、東の街にいなければ盗賊たちを追いかけたい。」
俺の発言に、セイは目を丸くした。
それはそうだろう。
対人戦闘は禁止なのだ。
これ以降は、軍や冒険者ギルドの領分。
それは理解している。
だが。
それでも。
後悔は、したくなかった。
♢♢♢
バシっという音ともに、手を振り払われる。
「お前、いい加減にしてくれよ!」
もう我慢ならないと、そいつは言った。
それだけではない。
そいつの周りには、味方がたくさんいた。
「いつもいつも、なんで絡んでくるんだよ。
俺、お前に何かした?
もうマジで、やめてほしいんだけど。」
ちがう。
何かされたわけじゃない。
ただ、負けたくなかっただけだ。
人に負けてはいけないと思っていたんだ。
「おい、キー。こいつの言うとおりだ。
嫌がらせにも程があるぞ。」
周りの奴らも、口々に責めだした。
なんでだよ。
お前ら、困っているとき助けてやったじゃないか。
演習の立ち回りについて、悩んでいたじゃないか。
だから、采配してやったのに。
俺がいなければ、何も進まなかっただろう?
なのに、どうして。
そんな俺に対して、そいつは冷たい目を向けた。
「なあ、キー。
お前さ、全部が全部、自分が対処してきたと思ってんじゃね?
けど、それは違うだろ。」
何がだよ。
俺は責任をもって、一生懸命にやってきたぞ。
自分の意見も持ち合わせていない、お前と違って。
「呆れた。何言ってんだ、こいつ。」
そいつの周りの奴らが、また口を挟んできた。
「そうだぞ!
ダイもちゃんと自分の意見を発言してた。
お前が聞いてないだけだろ!
つーか、お前は全員の話を聞いてない。
お前、それでよくリーダーやりたいなんて言うよな。」
なんでだよ。
俺は努力してきたのに。
はあ、とため息をつく気配がした。
目の前にいるやつだ。
「お前さあ…。」
目の前のそいつが、うんざり、というように俺に諭してくる。
その時のことが、きっかけだった。
孤立した俺は、しばらくして村の自警団をやめた。
もはや、その村に住んでいることも屈辱で、ほぼ身ひとつで村を飛び出したのだ。
♢♢♢
セイが胸に手を当てて、祈る姿を見つめる。
死者が安らかに眠れるように。
やがて祈りを終えた彼女と共に、東の街へ出発した。
「ねぇ、キー。
あなたも自覚しているでしょうから、あまり言いたくはないんだけど…。
私も未熟な身だし。」
おずおず、とセイがこちらの様子を伺う。
わかっているさ。
自分の欠点ぐらい。
直そうとは思っているんだ。
なかなか直らないけども。
だが、自覚はしている。
「傲慢で自信家。
自分が特別だと思っている勘違い野郎。」
口に出すと、おかしくて笑えてくる。
セイの眉が下がる。
困っているのだろう。
俺たちの気質は、全く正反対だ。
「…そこまでは言ってないわよ。
でも、あなたは少し、物事に対して傲るところがあるから。
気を引き締めてね、と言っておこうかと思って。」
「わかっている。ただ、わかっていても、直そうと思っても、すぐに変われないのも事実だ。
だから、目に余るなら、また教えてくれないか。」
そう伝えると、セイも安堵したようだった。
俺たちは、本当に未熟な身だ。
だからこそ、神の導きに従っている。
神子さま。
今回の件は、俺の侮りが招いたこと。
合わせる顔もない。
だが、それでも。
使命を果たさんとすることを、お許しいただきたい。
♢♢♢
今なら、わかる。
あの時の自分が、いかに愚かであったか。
全ての成果が、自身の能力によるものであると思っていた。
自分には、人より優れた才能があると思っていた。
だが、それは違う。
確かに、努力はしていた。
何事にも、手を抜かず。
しかし。
本当に、全て自分の能力による成果だったのだろうか。
影で支えてくれた人が、いなかったか。
俺が動きやすいように、より才能を発揮しやすいように、環境を整えてくれた人がいたのではないか。
いつも、最善を選んできたつもりだった。
これが一番だと思うものを、周囲にも伝えて行動するように指示した。
だというのに、他者の言葉に耳を傾けることができていなかった。
反対する人間に対して、こんなこともわからないなんて、と馬鹿にする気持ち。
慎重で充分な議論を求められる場において、彼らの言葉を一笑に付していた。
だが、話を聞かなければ相手の考えを理解することは難しい。
また、きちんと説明しなければ、こちらの意図も伝わらない。
そう。
今なら、わかる。
俺のことを、傲慢で自信家の勘違い野郎だと評した、あいつは正しかった。
神よ。
私は本当に愚かでした。
競争にとらわれ、大事なものが見えてはいなかったのです。
人に優れていると思われたかった。
しかし、人に優劣をつけても仕方がなかったのですね。
勝つことだけが全てではない。
嫉妬にかられて、他者の欠点をさぐって。
本当に愚かであったと反省しています。
私は、もう少し謙虚であるべきでしょう。
今後も、絶えず精進して参ります。
ですから。
どうか。
どうか、もう一度。
神子さまを、お守りする機会を与えては頂けませんか。
私は、守りたいのです。
神子さまを。
全ての民を。
あらゆる脅威から。
神よ。
私は使命を心得ています。
全ての民を守ること。
私に使命を果たす機会を。
どうか。
私に、民を守る使命を果たす機会をお与えください。
私は勝負を否定するつもりはありません。
成長するために、お互いに切磋琢磨するために、勝負することも必要でしょう。
キーの場合、勝手にライバル認定した相手に事あるごとに絡んでしまったんです。
そして、とにかく相手を貶めて、自分の優位を確立しようとしたんですね。
当時の彼は、負けたら人生終わると思っていたので。
やりすぎて、理解してくれていた人にも見限られ、孤立してしまったんです。
今回の話では、勝負も大事だけど、勝敗だけが全てではないよ、と言いたかったのです。
勝ち負けが決まるまでの過程で、得るものも重要だと私は思っています。
勝負の裏で、協力してくれた人との関わりも大事です。
そういうところが、伝わるといいなあと思っています。




