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番外編 ~おくりもの 後編~

「ここ?」

「考えてたのと違う、って顔だな。」

 明らかに戸惑う恋人に、竜杜(りゅうと)はそっと笑う。

「だってこれ……年季はいりすぎ。」(みやこ)はうーんと唸る。

 若者に人気のある私鉄沿線の駅。

 洋服屋や雑貨屋、携帯ショップの並ぶ通りを抜けやってきたのは、枯れた蔦の枝が絡まる古いマンション。エレベーターのない階段は手摺が華奢で、それがまた一段と古さを感じさせる。階段の左右に一部屋ずつ。それが五階まで。扉に掲げられた名前を見るとすべて店舗とオフィスのようだ。

 三フロア上ったところで、扉を開け放している部屋に遭遇する。と、竜杜が迷うことなく入って行ったので後に続く。

「うわ……」

 そこは、古色蒼然とした空間だった。

 天井からいくつも下がる照明器具も、並んでいる食器も、そして猫足のガラスケースに並ぶアクセサリーも、古い外国映画か博物館で見るような年代物ばかり。かといって骨董屋のような埃っぽさはなく、むしろノスタルジックな懐かしさを醸し出している。

 レジ台でノートパソコンを開いていた女性が顔を上げた。

 都の保護者と同じくらいだろうか。長い髪は束ねて、耳には大きめのピアス。黒のニットに黒のロングスカートがどこか現代の魔女のよう。

 彼女はパソコンを閉じると笑顔で二人を迎えた。

「こんにちは、早瀬(はやせ)さん。」

「その節はお世話になりました。」

「もしかしてそちらが婚約者さん?」

 まぁ、と掌をあわせながら相手はレジ台をまわって来る。

「ここの店長の静谷(しずたに)です。指輪、ちょうどよかったみたいね。」

 都は自己紹介すると、左手を差し出した。

 薬指にはめているのは、結納のときに竜杜から贈られた早瀬家伝来のアンティークの指輪。新しいものを発注する時間もなく、せめてサイズ直しをと、竜杜が駆け込んだのがこの店だった。

 それはもう数ヶ月前の話だが、以来、都がこの店に来たがっていたのを思い出したのだと、竜杜は店長に説明した。

 本音を言えばこの年の瀬押し迫った時期に混みもせず、退院して一週間の都が負担にならない近場、それでいて束の間、事件を忘れられる非日常的な場所が他に思いつかなかったのだ。が、もちろんそんなことは口に出さない。

「頼まれたのはサイズ直しとクリーニングだけだったけど、もともとのコンディション良いから大丈夫そうね。不具合が出たらいつでもメンテナンス承りますから。」

「ここで直してるんですか?」

 どう見ても雑貨屋か骨董屋にしか見えない店内を都は見回す。

「ここはあくまで窓口。職人さんの工房は別にあるわ。」

 自分自身が買い付けたアクセサリーの修理を頼んでいるうちに、なぜか窓口になってしまったのだと、彼女は説明した。

「買い付けって、海外に行くんですか?」

「ときどきね。あとは向こうの知り合いが目星つけて、仕入れてくれたり。」

「アンティーク?」

「うちで扱ってるのはヴィンテージ。百年経ってないとアンティークって言わないから。」

 そうなんだ、と目を丸くする都に、静谷はガラスケースの中からキラキラ光るものを出して見せる。

「これ、宝石じゃない?」

「ガラスのラインストーンを使ったコスチュームジュエリーよ。」

「こすちゅーむじゅえりー?」

「こういうガラスとかフェイクパールを使った大ぶりで華やかなな、でも軽くて廉価なジュエリー。古いって言っても五十年くらい前かな。」

「五十年……経ってるんだ。でも、そんな風に見えない。イヤリングも?」

「それは古いエナメルボタンを作り変えたもの。」

 工房に頼んで加工してもらったオリジナル品だと言う。

「エナメル?」

七宝(しっぽう)焼き。ボタンのままもあるわよ。お手ごろな値段で。」

「そういうこと、言っちゃうんですね。」

 気安い店主の解説に、都はすっかり店内探索モードになっている。あれこれ手に取り、説明を聞き、驚いたり感心したり。

「これ、は?」

 レジ台の近くにあったのは整然と並べられた直径二センチほどのガラス球。

「それはこの近所の作家さんが作ったトンボ玉。」

 勧められて、都は布の上に並んだトンボ玉を手に取る。

 ずしりとした重さと、ガラスの冷たさが指先に伝わる。かざすと透明な中にオレンジと緑の螺旋が閉じ込められていて、まるで水の中に浮遊しているようだ。

「トンボ玉ってガラスのことか?」

 竜杜も興味深げに覗き込む。

「色ガラスをバーナーで熱して作った……ビーズの親玉ね。」

 中に入れるモチーフは螺旋(らせん)だったり花だったり。時には金箔を用いることもあるという。

「私も、ほら。」

 静谷がニットの袖をめくり上げる。手首に巻いた細い革紐のブレスレットに、一回り小さなガラス球がワンポイントでついている。

「長くすればネックレスになるわよ。」

「あ、そっか。」

 それからしばらく、都はうんうん唸りながらトンボ玉とにらみ合う。

 ようやく店の外に出たときには、すでに冬の短い陽が沈もうとしていた。

 駅近くのコーヒーショップのカウンター席に、並んで座って一息つく。

「なんか、買い物したの久しぶり。」

 ミルクティーのカップを両手で包みながら、都は満足そうに息をつく。

「ガラス瓶を買うのはどうかと思うが。」

「あれは波多野(はたの)くんへのお礼。巻き込んじゃったし、みんなへのフォローしてくれたし、それにコギンのお見舞いも来てくれたし。」

大地(だいち)のところは酒屋なんだから、瓶なんて売るほどあるだろう。」

「アンティーク瓶は別格なんだって。濃い色ってあんまりないって言ってたから、ちょうどいいかなって。リュートはなに買ってたの?」

「レースとリボン。フランスヴィンテージと言ってた。」

「え?」

「セルファのところのチビたちに良さそうだったから……」

「あ、セルファさんの娘さんたち。」ほっと胸をなでおろす。

「俺が使うわけないだろう。」

「お義母さま、とか。」

「それは父親の役目だ。トンボ玉はリィナとネフェルに、か?」

「言ったっけ?」

「いいや。でも、真剣に選んでたから。それに同じモチーフの色違いだったろう?」

 そこまで見てたのか、と都は観念する。

「まだ内緒。誰にも言わないで。」

「俺が言いふらしたこと、あったか?」

「ないけど……マスターとかセルファさんに知られたら、計画バレそう。」

「そんなに困ることか?」

「わたしが……謝るきっかけにしたいから。」

 竜杜は首をかしげる。

「謝るって、別に都が悪いことしたわけじゃないだろう。」

「そうだけど……」

 けれど世界の違うことが結果的にネフェルとリィナ、二人の友人に衝撃を与えたことは間違いない。だからちゃんと会って謝りたいのだと都は説明する。

「そこまで思い詰める必要なんてない。ネフェルはオーロフの御大の孫娘だし、リィナはオーディの妹だ。」

 竜杜の実家、ラグレス家と古くから付き合いのあるオーロフとオーディエなら、都たちが真実を公にできなかった事情をちゃんと説明してくれるはず。

 それは都とてわかっているが……。

「もしわたしが二人の立場だったら、本人から説明してほしいかなって。だから、渡すの口実にして……」

「口実も何も、普通に渡せばいいだけだ。名前も知らないときから、意気投合してたんだろう。」

「え?」

「ガッセンディーアで暮らす前、カーヘルの神舎(しんしゃ)でネフェルが言ってた。」

「カーヘルって……あ……」

 都は思い出す。

 確かにあのときネフェルと名前を交わしたのは、知り合った翌日だった。しかも告白の場は平原の神舎の地下迷宮。それにあのときまだ、ネフェルはオーロフを名乗っていなかった。

「たまたまネフェルが一族を名乗ってガッセンディーアで暮らし始めた。それだけだろう。」

 確かに。

「リィナも賢い子だから、道理が通れば納得する。」

 そっか、と都は納得した。

 竜杜は親友を通してダール家のことを熟知している。オーロフ家のことも。 

 根拠のない慰めではなく、本当に大丈夫だとわかっているから、都の弱気発言をいさめているのだ。

「ネフェルもリィナも、都がどこの生まれだろうと気にしないはずだ。」

「そうかな。」

 きっとそうだろう、と都は思う。

「でも……びっくりさせたのは事実だよね。」

「それはまぁ、そうか。」

 だよね、と都は苦笑する。

「やっぱりさっきの買い物、お詫びだな。だから内緒にしててね。それと、リュート。今日はありがとう。」

 真っ直ぐ見上げる婚約者の笑顔に、竜杜も微笑む。

 と、都のカバンの中で携帯が震えた。

(さえ)さんからだ。」

「そろそろセルファが着く頃か。」

「あ、えーと、うん。セルファさんも着いたみたいだけど……」

「も?」都の言い方に竜杜は眉をひそめる。

「他に誰が来るっていうんだ?」

 都は一瞬言葉に詰まる。

「たぶん……お義母さま……」

「えっ?」

 驚く竜杜に、都は携帯のメール画面をぐいっと突きつけた。

「セルファさんと一緒に、エミリアお義母さまもフリューゲルに来てるって。」


番外編 完 

物語とリアル日付での投稿です。

次回作は、予告どおり年明け・・・2月末を予定しています(^^


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