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始動

「・・・おかえり。」


10分後。

バツの悪そうなむすっとした顔で濱本は戻ってきた。

それもなんだか照れ隠しに見えるから、あたしは微笑む。


「ただいま。」


なんだか楽しい気分になっているのはきっと寝不足のせいで。

ナチュラルハイになっているのは自覚済み。


「・・・何ニヤニヤしてんの。」

「別に。素敵な超大作だったわ。」

「けっ。嫌味に聞こえる。」

「素直な感想よ?」


椅子に座ると濱本はすっかりさめたレモンティを飲み干した。

ポケットから取り出したマルボロは、空っぽなんかじゃなくてもちろん新品でもなくて。


それを見ながらあたしはまた笑った。


「笑うなって。」

「寝てないからなんか変なのよ。気にしないで。」

「俺も寝てねぇよ。」


ふてくされたように濱本はマルボロを咥えた。


「で。今日は何であたしは有給になってるのかってことは聞いてもいいのかな?」

「ああ。それは俺が兼田部長に朝電話したの。」


濱本があたしの有給申請?

それ・・・。またいろいろな憶測が渦巻くんじゃないのか?

あたしの社会的立場危うし。


「俺が澤木さんに迷惑かけることになってしまっていますので、自分でケリつける為に時間が欲しいってね。だから今日は澤木さんに有給ください。俺が謝る為の時間をくださいって言った。」


通じてるのか・・・?それ。


あたしの不審げな表情を見て取ったか、濱本はあたしをやさしく見て。

「俺が言うのも変だけど、兼田部長は澪ちゃんの事心配してた。余計なことを言った、傷つけたと思ってたみたいだよ?」

「傷つけた?」

「澪ちゃん自覚してないみたいだけど、結構表情に出る人だし。」


そ、そうなの?


「兼田部長はあれで部下の気持ち気にする人なんだと思うよ。特に澪ちゃんはそういうの嫌かもしれないけど、唯一の女性営業だしさ。」


そう言うと、濱本はいたずらっぽく笑った。


「女だからって別に考えないでくれって言いそうだもんな、澪ちゃん。」

「そういうの嫌なんだもん。」

「でも事実だからね。それも兼田部長の思いやりだよ。」

「わかるけど・・・」


女だからって言われ方はこの時代でも確実にある。

もしもあたしが女じゃなかったら、今回の誤解だって生まれなかったわけで。

女だからなんて言わせないって思って今まで仕事をしてきていた。

だからKARIYAの部長の公私混同は許せなかった。同じ女として。


でも。

あたしが女であることは紛れもない事実であることくらい、いい加減自覚してもいいのかな。


甘えるとかじゃなくて。

事実をうけとめて、じゃああたしは・・・どうする?


「兼田部長思いやりの表し方が下手なんだよ。」


濱本は窓の外に視線を移してそう呟いた。


「俺と付き合うなって言われたんでしょ?」

「知ってたの?」

「兼田部長に聞いた。電話でね。」

「そうなんだ。」

「俺トラブルメーカーだもんな。すぐ熱くなって動いちゃうし。」


何がおかしいのか濱本はくくっと笑った。


「あの人も・・・同じなんだよ。兼田部長も熱くなっちゃって、俺が澪ちゃんに迷惑かけてる事自覚してないって怒られちゃったよ。」

「え?」

「女守れないようなら男辞めちまえ、だってさ。俺、ふわふわしてるように見えるからね~。」


意外だった。

兼田部長って部下にあんまり興味ない人だと思ってた。

だから余計に・・・認められたかったのかな。あたし。


「まぁ。そういう事で今日は澪ちゃん部長公認の有給。川原課長は何も知らないけどね。」

「そか。わかった。」


すっかり珈琲も飲み干してしまい。

あたしと濱本はお互い何も言わずに外を見ていた。


何かを確かめたいような気はするけど。

面と向かって確かめる言葉もなくて。


何を確かめたいのかわからなくて、あたしは池の向こうを見ていた。


どれくらい時間が経ったのか。濱本が呟いた。


「・・・澪ちゃんってさ。」

「ん?」

「よくそういう表情をする。」

「どんな?」

「さっきまで仲良く話してたと思うのに、いきなり全く初対面みたいな・・・なんつうの?寄せ付けない感じって言うのかな。」


あたしはぼんやりと濱本を見た。


「そう?」

「うん。いつも俺の話聞いてくれて冷静でって思ってたよ。」

「そうかなぁ。」

「だからさ昨日・・・嬉しかったんだよな。」


ほえ?


「あんなに感情的な澪ちゃん見るの初めてでさ。俺に感情ぶつけてきたの初めてだったでしょ。」

「あれは・・・酔ってたし・・・。」

「そうか。澪ちゃんに踏み込むには酔わせればいいのか。」


ふふっ。濱本が笑う。

・・・そんな甘く見てんじゃねぇよ。


「酔わせてどうこうって・・・馬鹿じゃねぇ。」

「冷たいなぁ。ま。本当は感情ゆたかだって知ってるからいいけど。」

「・・・余裕見せちゃってやな奴。」


濱本はまだ笑っている。あたしを見つめながら。


でも、なんだろう。この心地いい感じ。

自分を出してもいいのかなって思える感じ。


こいつといるのは楽だ。そう思った。


楽ってことは楽しめるってことなんだ。


「・・・あのさぁ。」


のんびりとした声で濱本は言う。


「あの人たちでも恋をするのかなぁ。」


濱本の視線の先にはカフェにいた老夫婦が池を散歩していた。


恋ねぇ。

はんっ。そんな単語もあったわね。


「馬鹿ね。」


あたしは濱本を覗き込んで笑う。


「10代の子が見ればあたしたちだって恋なんてしないように見えるわ。」


恋なんて言葉口に出す事すらないんじゃないかというような大人になってしまったあたし達だけど。

それも楽しめるならいいかな、なんて思えるから。


あたしはこいつを楽しんでみたい。


「そっか。」


こいつははじけるように笑った。












何とか完結でございます。読んでくださった方有難うございました。

しばらくは「大人のピュアな恋愛」シリーズで短編を続けたいと思っております。


もしまた読んでみようと思って頂けましたなら。

これからもよろしくお願いいたします。


では。また。

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